AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 10 2009, Vol.325


あなたの目の前の黒点(Sunspots Before Your Eyes)

太陽黒点には、umbra と呼ばれる中心の暗い領域が、penumbra と呼ばれる色の薄い放射状のフィラメントに囲まれて存在する。この penumbra に沿って、水平方向で外向きの質量の流れが存在する。この流れは 100年も前に発見されたのにもかかわらず、まだ、完全には理解されていない。Rempel たち (p.171, 6月18日号電子版;Scharmer による展望記事を参照のこと) は、S,N極が隣り合った太陽黒点のペアに対する包括的な数値シミュレーションを行った。このシミュレーションは、平均的な磁場の傾きが45度より大きい領域では、ほとんど水平な磁場が作るチャネルに沿って、規則正しい放射状の外向き流れを有する penumbra が外側の領域に発達することを示している。その外向き流れの原因は、上昇してきた熱いプラズマが表面で折れ曲がりそして、傾いた強い磁場によって外向きに誘導されるためである。このシミュレーションは、penumbra 全体を通して観測された特性を再現しており、太陽黒点中のpenumbra 構造と外向き流れは、変化する傾きを伴う磁場中の対流として理解することができる。(Wt,nk)
Penumbral Structure and Outflows in Simulated Sunspots
p. 171-174.

クールダウン(Cooling Down)

硫酸塩(sulfates)のようなエアロゾルは、太陽光を反射するため、気候を寒冷化する効果がある。他方ブラックカーボンのような粒子は、太陽光を吸収するため、温暖化効果がある。反射性エアロゾルの効果の方が強いので、差し引きするとエアロゾルは寒冷化の効果をもたらす。しかし、観測値に基づく推定値に比べ、地球規模のエアロゾルモデルに基づくエアロゾル効果の推定値には大きな乖離があるため、寒冷化の程度は不明である。Myhre (p. 187,6月18日号電子版; Quaasによる展望記事参照)は、観測データとモデリングを組み合わせ、人工的エアロゾル中でブラックカーボン比率が増加しつつあることに特に注意を払いながら2つのアプローチを一致させた。2つのアプローチを使った結果、エアロゾルの寒冷化効果の最良の推定値は、過去に報告された値の60%に相当する値を示唆している。(TO,Ej,nk)
Consistency Between Satellite-Derived and Modeled Estimates of the Direct Aerosol Effect
p. 187-190.

飢えて生きる(Starved to Life?)

カロリー制限--普通に元気な個人の経口摂取するカロリーを30%程度減量する--により、動物実験では寿命が実際に延びている。ウィスコンシン国立霊長類研究センターにおいて成体のアカゲザルに対し20年間カロリー制限を続けた結果をColmanたち(p.201)が報告している。報告時点では普通に食事した対照群の生存率が50%であるのに対し、カロリー制限した方は80%が生存し、かつ齢に関連した病の発生開始時期が遅れることが分かった。これらのデータはカロリー制限が霊長類の老化を遅らせることを示している。もしもこのような食事制限に従うことが困難でさえなければ、サルの集団で明らかになったような脳萎縮、心臓病、糖尿病や癌の発生率減少を自分たちも享受したいものだと多くの人々が心を動かされるだろう。(KU,nk)
Caloric Restriction Delays Disease Onset and Mortality in Rhesus Monkeys
p. 201-204.

神経発生と空間的記憶(Neurogenesis and Spatial Memory)

海馬の歯状回は脳の二つの部位の一つで、生涯にわたって新たなニューロンが作られる。成人になって生まれたニューロンは歯状回路網に統合され、学習と記憶に役割を果たしていると考えられている。しかしながら、海馬機能へのその寄与は不明である。Clellandたち(p.210)は、マウスにおいて神経発生を除去し、二つの行動課題を用いて、相互に関連のないエピソード記憶表現の形成における機能障害のテストを行った。一つの課題において、二つの腕が表示され、マウスはより前の画面の中で最も新しく訪れた腕を選択すると報酬が与えられる。第二の課題において、マウスはタッチスクリーン上である場所を選択すると報酬が与えられる。神経発生を切除されると、腕あるいはスクリーンの位置がお互いに接近していた場合のみに二つの課題での識別成績に影響があった。このように、神経発生は歯状回における空間的なパターン分離に必要である。(KU)
A Functional Role for Adult Hippocampal Neurogenesis in Spatial Pattern Separation
p. 210-213.

パークフィールドの微動(Parkfield Tremors)

カリフォルニア州パークフィールドはサンアンドレアス断層の上、1857年におきた歴史的な大規模断裂の端部近くに位置している。この地点での最近の継続観測の結果、地震性微動すなわち、断層の特定の領域で繰り返し発生する小規模な地震、に変化が起きたことが明らかになった。Nadeau と Guilhem (p. 191)は、4年前に近くで起こった二つの中程度の地震が発生した頃から、この微動が周期的に発生し始め、大きさも増加したことを示している。驚いたことに、地震性微動の発生はこの地震の後も衰えることなく持続している。これはサンアンドレアス断層のこの領域の応力状態に段階的な変化が起こっていることを示しているかもしれない。(Uc,Ej,nk)
Nonvolcanic Tremor Evolution and the San Simeon and Parkfield, California, Earthquakes
p. 191-193.

レストンだけではない(Not Reston at All)

レストンエボラウイルスは、おそらく誤って、バージニア州のレストンにちなんで命名されたが、レストンで1970年代に輸入されたマカク(macaque:短尾のサル)のなかで発見された。ある種の警戒の後で、特異的な恐るべき様相の症状を示す致死的な病であるエボラウイルスの中ではユニークな、ヒトへの病原性はないことが見出された。Barretteたち(p.204)は、他のウイルスと一緒にフィリピンで呼吸器疾患を引き起こした家畜の豚でレストンエボラウイルスを再発見した。見出されたこの系統は最初のマカク系統に密接に関係しており、ウイルス中で相異が殆どないとすると、コウモリ中にその貯蔵庫を持つ他の幾つかの動物由来感染症ウイルスと同じく、多分これらの種の間を自由に行き来しているらしい。血清学的アッセイから、農場労働者も感染しているが、明白なヒト疾患の症状は出ていない。(KU,Ej)
Discovery of Swine as a Host for the Reston ebolavirus
p. 204-206.

薬剤開発に向けて(Toward Drug Development)

市場に出回っている医薬品の大多数は、元々は生きている生物由来の天然の分子に基づいている。しかしながら、新しく認可された薬になると、その状況はかなり異なってくる。天然の医薬品に関するそのハイスルートップのスクリーニングと合成実験の困難さから、医薬品メーカーは、その遥かに低い「的中率(fit rate)]にもかかわらず、合成化合物のライブラリーに関心を抱いている。LiとVenderasたち(p.161)は、天然化合物とその誘導体に関するスクリーニング、分析、及び合成を容易にする方法論に関してレビューしている。その利点と、可能性のある薬剤候補として開発するに値する莫大な数の生物と環境を考えると、天然化合物に基づく新たに認可される薬剤における最近の停滞は一時的なものであろう。(KU)
Drug Discovery and Natural Products: End of an Era or an Endless Frontier?
p. 161-165.

動物細胞の成長と大きさの恒常性(Cell Growth and Size Homeostasis in Proliferating Animal Cells)

異なるタイプの細胞はその大きさが異なっている。細胞の大きさは成長と分割のトレードオフから決まり、その結果、ある集団中での細胞の大きさの分布は長期間、安定性を保っている。細胞生理学における古典的な論点によると、細胞成長速度は長期間一定であるのか、それとも、細胞が、その周期中に成長するにつれて成長速度も増加するかどうか、であった。実験の数学的処理を利用して、Tzurたち (p. 167; および、 Edgarと Kimによる展望記事参照)は、培養液中のマウスのリンパ芽球様細胞の成長速度は、G1期において低く、その後成長速度が一定の指数関数的成長速度にまで上昇することを明らかにした。また、細胞分割確率は、細胞サイズや年齢とは無関係に変動している。このように、動物細胞には能動的なサイズ制御メカニズムが存在し、サイズの変動を制約している。(Ej,hE)
Cell Growth and Size Homeostasis in Proliferating Animal Cells
p. 167-171.

量子歩行でぶらつく(Strolling Out on a Quantum Walk)

ランダム歩行とは、歩行者が次のステップを右に出すか左に出すかをコインの表裏により決める歩行である。歩行者の取り得る位置間の分布はよく知られており、情報処理のアルゴリズムを基礎付けたり、物理学あるいは生物学における拡散プロセスを記述し、株式市場価格の数学モデルにさえ使われてきた。Karskiたち(p.174)は、1次元の光格子に閉じ込められたセシウム単原子を使い、量子によるランダム歩行である量子歩行を実行した。波動関数の可干渉性のために量子系のランダム歩行は古典的なそれとは大きく異なり、原子の内部状態に依存して全く異なった分布を生成する。その結果は、探索アルゴリズムや量子情報処理プロトコルに対する示唆を与えるかもしれない。(TO,nk)
Quantum Walk in Position Space with Single Optically Trapped Atoms
p. 174-177.

形態的な絶縁体(Topological Insulators)

形態的な絶縁体とは最近発見された物質状態であり、バルクでは絶縁体であるが、表面は逆伝搬スピン状態(counterpropagating spin states)nの金属相となっている。表面相はバルクギャップ中でのフェルミ表面の形態と構造によって保護されており、ディラック点で線形分散現象を示すディラック・コーン(Dirac cone)によって記述される。Chen たち (p. 178, および、6月11日発行の電子版参照)は、Bi2Te3の光電子放出に関する包括的な研究成果において、この物質も形態的バンド絶縁体の範疇に入ることを示した。さらに、光電子放出スペクトルにはたった1つのディラック点を有するたった1つの表面状態が存在することも明らかになった。単一のディラック点を有する物質の同定には、多表面状態に起因するあいまいさが無いため、このようは全く新しい物質の物理を調べるための理想的なテストベッドとなる。(Ej)
Experimental Realization of a Three-Dimensional Topological Insulator, Bi2Te3
p. 178-181.

グラファイトの呼吸を観察(Watching Graphite Breathe)

物体の構造を細かく観察する道具として、電子顕微鏡は最適である。これと同じ原理を使った電子エネルギー損失スペクトル装置(EELS)では、電子線プローブが試料に侵入する際、散逸する力学的電子エネルギーを数量化して物質固有の電子的構造特徴を計測する。Carbone たち(p. 181) は、EELSを使用したフェムト秒の時間解像度でグラファイトを計測し、試料がレーザー光で加熱された時の電子と核の相関した動きを追跡した。レーザーパルスによってグラファイトのシート構造に急激な圧縮と膨張が誘発される。同時に、EELSは非局在化した電子励起状態、つまり、プラズモン(plasmon)を測定する。炭素層の圧縮と、プラズモンが表面状態からバルク状態(すなわち、層間状態)への分布変化と同期しており、逆の変化は膨張と同期していた。(Ej,hE)
Dynamics of Chemical Bonding Mapped by Energy-Resolved 4D Electron Microscopy
p. 181-184.

電子はここで受容される(Electrons Accepted Here)

海洋の有機物が堆積物として分解する過程で大量のメタンが発生する。メタンは気候を制御する重要な温暖化原因ガスの一つである。メタンはまた海底で、大量の嫌気性微生物のエネルギー源として、海面上の大気に出る前にほとんどが消費される。海洋系でのメタンの嫌気的酸化には硫酸塩の存在が欠かせない。硫酸塩は電子受容体として機能し、この反応の必須物質と考えられている。Beal たち(p. 184) は、海底堆積物内での嫌気的なメタンの酸化が、硫酸塩と同様に鉄とマンガンによっても促進されることを報告している。鉄とマンガンを使った嫌気的メタン酸化プロセスは重要なメタンの消費反応であるとともに初期生物圏におけるエネルギー源でもあった。(Ej,hE,KU,nk)
Manganese- and Iron-Dependent Marine Methane Oxidation
p. 184-187.

カメの甲羅(Shelling Turtles)

ほとんどの脊椎動物において、肩甲骨は肋骨の外側に出ている。カメは、肋骨から形成された甲羅の背側の部分である背甲がカプセルとなって肩甲骨を包み込んでいるという点でユニークである。このカメに特異な身体構造の起源を理解するために、Nagashimaたちは、ニワトリとマウス、中国の甲羅の柔らかなカメあるニホンスッポン(Pelodiscus sinensis)を比較した(p. 193; また表紙とRieppelによる展望記事参照のこと)。現代のそれらの胚を免疫染色や3次元再構築、さらには初期骨格の前駆物質のマーカーなどを用いて調べ、これまで報告されていた化石と比較したのである。最初のうちはそれら3種の動物の胚は同じ発生パターンを共有していて、それは彼らの共通の祖先に共有されていたものらしい。このパターンはしかし、カメにおいては、胚形成の際の体壁の特異な折り畳みによって変えられていた。この折り畳みは骨格と筋肉要素の間の結合性をいくらか保存しながらも、新たな結びつきを産み出すものでもあった。(KF)
Evolution of the Turtle Body Plan by the Folding and Creation of New Muscle Connections
p. 193-196.

ブタインフルエンザの誕生(Generation of Swine Flu)

新たに出現したインフルエンザウイルスが世界中の人間に感染し始めるにつれ、2009年ブタインフルエンザA型(H1N1)大流行の遺伝的秘密が明らかになってきた。広範な系統発生解析によって、Gartenたちは、そのウイルスの8つの構成成分のうち、赤血球凝集素、ヌクレオプロテインおよび非構造的遺伝子によってコードされていた塩基成分が、トリに起源をもち、1918年にブタに転移したことを確認した(p. 197、5月22日号電子版)。引き続いてそれは、1968年にトリからヒトに転移し、次いで1998年にブタに転移したRNAポリメラーゼPB1と、1998年にトリからブタに転移したRNAポリメラーゼPAおよびPB2が結び付くことで、3種のリアソータント(異なる種からのDNAとタンパク質からなる再構築ウイルス)を形成した。ウイルスを完全なものにするノイラニダーゼと基質タンパク質遺伝子はトリ由来で、1979年にブタに入り込んだものである。こうした解析は、薬感受性と病原性への洞察をもたらすだけでなく、宿主特異性を決定する今までに未知 の因子の可能性まで提起するものである。重要な問いは、現行の季節性インフルエンザワクチンのH1成分がブースターとして作用する潜在的可能性がどれだけか、というものである。新たなリアソータントの出現を監視するために配列決定を続けていくことの必要性とは別に、将来のブタ集団については、出現してくるインフルエンザウイルスを密に監視していく必要がある。(KF,KU)
Antigenic and Genetic Characteristics of Swine-Origin 2009 A(H1N1) Influenza Viruses Circulating in Humans
p. 197-201.

オピオイド投与中止後の不可解な疼痛(Paradoxical Pain After Opioid Withdrawal)

オピオイドは、疼痛の患者と薬物濫用者の双方によって広く用いられている。オピオイドの投与中止により、オピオイドによって誘発される痛覚過敏、すなわちオピオイドによる不可解な疼痛の増幅のせいで、複雑なものになる場合がある。Drdlaたちはこの不可解な疼痛、すなわちオピオイドによる疼痛経路におけるシナプスの長期増強(LTP)の誘導、を説明する助けとなるかもしれない新規な細胞性オピオイドの作用を検出した(p. 207)。試験管内および生体内で、μ-オピオイド受容体刺激薬の投与中止により、侵害受容性C線維のシナプスにおける頑健な長期増強を誘発したのである。これはそれらシナプスにおけるオピオイドによるシナプス前抑制とは対照的なものである。オピオイド性LTPとシナプスの急性抑制は空間的にも仕組みとしても別のもので あるので、オピオイドによって誘発される痛覚過敏をオピオイドの鎮痛効果を損なうことなく選択的に処置することは可能であるかもしれない。(KF,KU)
Induction of Synaptic Long-Term Potentiation After Opioid Withdrawal
p. 207-210.

自分の提示(Let Me Present to You)

主要組織適合性(MHC)クラスI分子による外来性抗原の提示は、交差提示として言及される。樹状細胞による交差提示は、自然の抗原およびワクチンの抗原への細胞溶解性Tリンパ球応答のプライミング(初回免疫)おいて、また1型糖尿病などの自己免疫疾患の開始において、中心的役割を果たしている。交差提示についての満足すべき細胞生物学的モデルはまだ存在していないが、それは、交差提示に固有の分泌性経路およびエンドサイトーシス(樹状細胞による貪食作用)経路の間のリンクを解読することが必要とされる。Saveanuたちは、MHCクラスI分子と直接相互作用する、インスリンによって制御されるアミノペプチダーゼ(insulin-regulated aminopeptidase:IRAP)を同定した(p. 213、6月4日号電子版)。IRAPは、受容体によって標的となる貪食される抗原のMHCクラスI交差提示において重要な役割を果たしている。特に、IRAPをユニークなマーカーとして持っている特異的なエンドソームの区画は、貪食される抗原の交差提示に関わっているのである。(KF,KU)
IRAP Identifies an Endosomal Compartment Required for MHC Class I Cross-Presentation
p. 213-217.

選択をなす(Making the Choice)

特異的血液系列の産生にとってのサイトカインシグナルの重要性はよく知られている。しかし、サイトカインが、すでにある系列にコミットしてしまった細胞の生存と増殖だけに影響しているのか、サイトカインが系列の選択にも影響しているのかは、はっきりしていない。何十年にもわたって、研究者たちは造血前駆細胞の系列選択が細胞外因性サイトカインに影響されているかどうか論争してきた。前駆細胞の培地にあるすべての細胞の直接的観察を可能にする生体イメージングアプローチを用いて、Riegerたちはこのたび、ある種のサイトカインが実際に血液系列の選択を指示していることを明らかにしている(p. 217)。(KF)
Hematopoietic Cytokines Can Instruct Lineage Choice
p. 217-218.

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