AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 3 2009, Vol.325


ブルーバタフライの再導入(Bringing Back the Large Blue)

ブルーバタフライ(Large Blue batterfly(Maculinea arion))が絶滅危惧種の代表として、世界的な保護プログラムが推進されている。このチョウはヨーロッパからアジアにかけて生息していたが、1979年にイギリスで絶滅し、その後、再導入された。イギリスで絶滅した原因は様々な出来事が複合したもので、Thomas たち(p. 80,および、6月18日電子出版、さらに、Settele and Kuhnによる展望記事参照)が、これをまとめている。このチョウの幼虫はたった一種類のアリに寄生するため、アリの生態系に変化が起きるとチョウが影響を受ける。彼らは、生命表(年齢別余命表)と成長モデルから、生態系の変化が、多くの種にどれほど影響を及ぼし、負のカスケードとしてブルーバタフライの集団に影響を与えたことを示した。このような絶滅の原因が明らかにされ、再導入は成功している。似たような減少をたどった他の昆虫もあったが、環境資源が豊富であれば、同様に回復が可能であろう。(Ej,hE)
Successful Conservation of a Threatened Maculinea Butterfly
p. 80-83.

私が本当にそれをやったのか?(Did I Really Do That?)

私たちの通常の行動は、私たちがまさにそれを為そうと意識的な努力をしているから起こるんだ、と私たちは信じている。にも関わらず、私たちは時折、避けようと思っていたまさにその行動をしてしまうように思える。このような皮肉な心理的プロセスについて、Wegner (p. 48) は最新の心理学的研究を報告している。その研究によると、してはいけない行動による結果は作動記憶(当面の作業のために短時間に保持される記憶)中に保持されていて、まさにそのために、通常は正しい振る舞いを行わせる監視能力が注意散漫になったり疲弊した時に、例えば人前では言ってはいけないタブー的な考えが口に出てしまう、という見解が支持される。(Uc,KU,nk)
How to Think, Say, or Do Precisely the Worst Thing for Any Occasion
p. 48-50.

エルニーニョのいとこ(El Nino's Cousin)

ENSO(El Nino Southern Oscillation)は、最も活発かつよく知られた準周期的大気-海洋温度の変動であり、エルニーニョ現象と呼ばれる赤道付近東太平洋の海面温度が上昇する源である。エルニーニョ、及び海面温度が低下するラニーニャ現象は全世界的な気候に劇的な影響を及ぼすため、充分に理解することに関心が高く、また重要である。しかし、太平洋において東熱帯太平洋だけが海面温度の変動パターンが繰り返される地域ではない。Kim たち (p. 77; Hollandによる展望記事参照)は、中央太平洋においても広範囲な海面温度上昇のパターンが準周期的に発生していて、それは大気循環に大きな影響を及ぼし、そしてエルニーニョ現象よりも予測しやすいことを報告している。中央太平洋の温暖化現象は、最近数十年間でより頻繁に発生が増加してきており、我々がそれを理解することは以前にまして重要となってきた。(TO,nk)
Impact of Shifting Patterns of Pacific Ocean Warming on North Atlantic Tropical Cyclones
p. 77-80.

カード合わせするサル(Card Sorting Monkeys)

霊長類の単一ニューロンの研究で詳細な認知プロセスの理解が進み、脳に障害を受けた患者の認知障害を理解するための実験的基礎ができた。Buckley たち(p. 52)は、前頭葉前部葉の特定の領域に障害のあるサルの行動解析を集中的に行った結果を示した。抽象的規則の学習を評価するための課題としてWisconsin Card Sortingを課した。これは、被験者が与えられたカードを揃えるよう言われ、特定のカードの組が合っているかどうかを質問される、というものだ。霊長類の場合、3つの領域、すなわち主要溝、眼窩前頭皮質、および、前帯状皮質で、認知機能が解離していることが観察された。これらの結果から、ヒトの患者の神経心理学的研究と霊長類の神経生理学的研究の橋渡しをしたり、現在進行中のゴールによって方向づけられた行動研究の議論に寄与する。(Ej,hE,nk)
Dissociable Components of Rule-Guided Behavior Depend on Distinct Medial and Prefrontal Regions
p. 52-58.

Phoenix は過去へ遡る(Phoenix Ascending)

Phoenix は、火星の北極領域にある氷の豊富な土壌の研究を目的として、2008年3月に飛行を終えて火星に着陸した。Phoenix にはカメラが取り付けられたロボットアームがあり、土を通してその下にある氷まで掘削し、土と氷の試料とをすくい、他の複合装置に届ける能力もある。その複合装置には、化学的および地質学的分析のための、湿式の化学実験室や質量分析計と連結した高温のオーブンがある。これらの仕組みを用いることで、Smith たち (p.58)は、5〜15cm の深さに氷の層を発見した。Boynton たち (p.61) は、土の中に炭酸カルシウムが存在する証拠を見出した。Hecht たち (p.64) も、火星表面の可溶性の塩素の大部分は、過塩素酸塩の形であることを発見した。これらの結果を総合すれば、Phoenix が着陸した場所の土壌は、地質学には遠くない過去に、液体の水の作用により変性を受けたに違いないことを示唆している。分析結果は、アルカリ性の環境であることを示しており、これは、Mars Exploration Rovers によって見出された結果とは対照的である。この結果は、火星上にも多くのさまざまな環境が存在したことを示している。Phoenix は、また、ライダーを持っていった。このライダーとは、レーザー光を上に向けて大気中に送出し、雲やダストによって散乱された光を検出する装置である。Whiteway たち (p.68) は、そのデータを解析して、氷の結晶からなる雲は凝結して火星表面に戻ってくるが、この雲は、毎日形成され、表面に氷を配置するメカニズムとなっていることを示している。(Wt,Ej,tk)
H2O at the Phoenix Landing Site
p. 58-61.
Evidence for Calcium Carbonate at the Mars Phoenix Landing Site
p. 61-64.
Detection of Perchlorate and the Soluble Chemistry of Martian Soil at the Phoenix Lander Site
p. 64-67.
Mars Water-Ice Clouds and Precipitation
p. 68-70.

ホールへの新しいアプローチ(A Hole New Approach)

量子ドットは人工的な原子として振舞い、ドットに付与される電子の数に応じて制御可能な離散的な量子化されたエネルギー準位を示す。このように、量子ドットは量子情報処理ストラテジー等の応用に向けて広く研究されている。しかしながら、電子は環境に影響され、すぐにそのコヒーレント特性を失う。Brunnerたち(p. 70; Kolodrubetz とPettaによる展望記事参照)は、ドットの電荷をプラスに、即ち単一のホールを持つように操作するならば、そのときドットのコヒーレンス特性を拡大できることを示している。電子の代わりにホールを用いるストラテジーはデコヒーレンス性の問題への解を提供できるかもしれない。(hk,KU,nk)
A Coherent Single-Hole Spin in a Semiconductor
p. 70-72.

適応性のあるDNA類似体(Adaptable DNA Analogs)

遺伝的な設計図としてのDNAの明瞭な特色はその自己複製能力である。しかしながら、細胞において、この複製プロセスには多数の精緻な酵素の助けが必要となる。生命の起源において、酵素が存在する前に、DNA、或いはその前駆体はどのようにして複製をしていたのであろうか?Uraたち(p.73,6月11号電子版)は、酵素の無い溶液中でその配列をダイナミックに調節する、合成DNA類似体を作るという長年探求されてきた目標に到達した。その類似体(未だ単に20ユニットの比較的短いオリゴマーでの研究ではあるが)は、DNAの糖とリン酸の骨格をペプチド鎖骨格に置き換え、ペプチド鎖中のシステインがチオエステル結合により一般的なDNA塩基に可逆的に結合する。これらのペプチド鎖は真のDNAの相補的配列と対形成し、更に一個の結合した塩基が他の塩基(様々なDNA鋳型鎖が次々に溶液中に追加された場合)に交換される。(KU)
Self-Assembling Sequence-Adaptive Peptide Nucleic Acids
p. 73-77.

障壁を壊す(Breaking Barrier)

アルツハイマーやパーキンソン病といった変性疾患を治療するため、脳内に薬を輸送するには血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)を横切る必要がある。このような薬物療法の設計には、BBBに存在する非常に特異的な粘着接合部(AJ)と密着結合部の形成の理解が必須である。しかしながら、これら細胞間結合部の形成に関与するある一つの成分の発現の減少により、結合部が破壊される。Coureuilたち(p.83,6月11日号電子版)は、髄膜炎菌によるAJタンパク質の特異的な補充を開発し、このプロセスを解析した。人脳血管内皮細胞へのこの細菌の接着により、真核細胞の極性の確立と細胞間結合部の形成に必要な極性複合体であるPar3/Par6/PKCが補充された。極性複合体の細菌による補充により、脳-内皮界面での細胞間結合部に向いている細胞-細胞界面部での接合タンパク質が枯渇した。(KU)
Meningococcal Type IV Pili Recruit the Polarity Complex to Cross the Brain Endothelium
p. 83-87.

生体アミン受容体(Biogenic Amine Receptors)

生体アミンは、ヒトや他の動物における行動に重要な影響をもたらす。これらの薬剤はヘテロ三量体グアニンヌクレオチド-結合タンパク質(Gタンパク質)-結合受容体への結合によって作用するが、リガンド-開閉イオンチャネルをも活性化する。Ringstadたち(p.96)は、線虫において生体アミンに応答するイオンチャネルのファミリーを調べ、そしてクロライドチャネルとして機能している二つのファミリーメンバーを解析した。一つはドーパミンにより活性化される受容体であり、抗精神病薬としてヒトに使用されている薬に結合する。もう一つはチラミンにより活性化され、このものは遺伝的研究において行動を調節することが知られている。このように、生体アミン-活性化チャネルに関する線虫のファミリーは、以前認識されたよりも多い。同じことがヒトにも当てはまるとすると、関連したチャネルは、ある程度今日使用されている薬の効果を説明するものであり、薬物療法の開発における有用な標的になるはずである。(KU)
Ligand-Gated Chloride Channels Are Receptors for Biogenic Amines in C. elegans
p. 96-100.

コレステロール制御への信仰(Idolizing Cholesterol Control)

低密度リポタンパク質受容体 (LDLR)は、いわゆる「悪玉」コレステロール粒子、LDLを血液中から除去するが、そのメカニズムはLDL結合と肝細胞中への内部移行を含む。ところで、心疾患リスクにおいてLDLRは中心的役割を演ずるがため、その発現が制御される様子を理解することに注目が集まっており、以前の研究の多くから、転写調節の重要性が確立された。最近の研究において、タンパク分解のレベルにおいて、LDLRを制御するように見えるシグナル経路を見つけた。Zelcer たち(p. 100, および、6月11日号電子版)は、LXRと呼ばれるステロール-応答性の転写制御因子がIdol(LDLRの誘導性分解剤として)の発現を制御していることを示した。これは受容体のユビキチン結合をトリガーし、分解へと向かわせるタンパク質の一つである。この経路の活性化によってLDLの細胞への取り込みを抑制し、マウスモデルにおいて、より高い血漿LDLレベルへと導き、この経路が薬学的に血漿コレステロールレベルを制御する可能性を高めた。(Ej,hE)
LXR Regulates Cholesterol Uptake Through Idol-Dependent Ubiquitination of the LDL Receptor
p. 100-104.

視覚的記憶の調節(Modulating Visual Memory)

二次視覚野V2のレイヤー3(第3層)は、視覚情報処理においてある役割を果たしている。しかしながら、レイヤー3とは対照的に、視覚野のレイヤー6(第6層)は多くの型のニューロンから構成されていて、視覚刺激へのそれらの応答もより複雑である。視覚情報処理におけるレイヤー6の重要性は今のところ謎のままである。Lopez-Arandaたちは、ラットの視覚野におけるレイヤー6の役割を、短期および長期の視覚的記憶の処理のいずれにおいても調査した(p. 87; またSaksidaによる展望記事参照のこと)。視覚野V2のレイヤー6からニューロンを除去すると、正常な記憶はすっかり失われることになった。しかしながら、同じ領域でRGS-14と呼ばれるタンパク質の過剰発現があると、通常の45分ではなく何ヶ月にもわたってラットが視覚情報を保持するほどまで、視覚的記憶能力が後押しされたのである。(KF)
Role of Layer 6 of V2 Visual Cortex in Object-Recognition Memory
p. 87-89.

修飾因子の修飾(Modifying the Modifier)

タンパク質の共有結合的修飾は、それによってタンパク質の機能が制御される重要な手段を提供している。たとえば、酸素添加酵素によって触媒されることによる水酸化は、低酸素への応答において重要な役割を果たしている。ヒトのタンパク質Jmjd6は酸素添加酵素として作用し、アルギニン-2のヒストンH3と、アルギニン-3のヒストンH4の脱メチル化を触媒していると考えられてきた。Webbyたちはこのたび、Jmjd6がメッセンジャーRNAスプライシング因子U2AF65と相互作用し、リジン残基にあるこのタンパク質をヒドロキシル化するよう作用していることを示している(p. 90)。修飾は生体内でも観察された。さらに、Jmjd6は内在性遺伝子および導入されたミニ遺伝子双方の選択的スプライシングも調節しているのである。(KF)
Jmjd6 Catalyses Lysyl-Hydroxylation of U2AF65, a Protein Associated with RNA Splicing
p. 90-93.

ポリコームに糖を(Putting the Sugar on Polycomb)

ヒト細胞のさまざまな核タンパク質および細胞質タンパク質は、0-連結糖修飾であるN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)を担っている。これは、高度に保存されてきたO-連結GlcNAc転移酵素、Ogtによって付加されるものである。Gambettaたちは、ショウジョウバエにおいて、Ogtが発生の調節遺伝子を抑圧する役割で知られる古典的ポリコーム遺伝子群、スーパー性コーム(super sex combs)によってコードされていることを示している(p. 93,5月28日号電子版; またSimonによる展望記事参照のこと)。GlcNAc修飾はポリコーム群タンパク質によって結合された染色体部位で非常に多くなっていて、それらの1つであるPolyhomeoticはOgtによって修飾されている。つまり、ショウジョウバエにおいて、O-連結GlcNAcは、ポリコーム抑圧に影響する特異的役割をもっているのである。(KF)
Essential Role of the Glycosyltransferase Sxc/Ogt in Polycomb Repression
p. 93-96.

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