AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 3 2009, Vol.324


過去の温暖(Warm in the Past)

中世の気象異常(Medieval Climate Anomaly:MCA)(およそ紀元800年から1300年)の時代に、ヨーロッパにおける気温はその時代の直前直後に比べて高かった。その温暖の源は論議の的である。Trouetたち(p.78)は、北大西洋域における大気循環変動の支配的モード(dominant mode)である北大西洋振動(North Atlantic Oscillation)を、モロッコの樹木の年輪とスコットランドの石筍(stalagmite)のデータに基づき、中世気象異常の中間期まで遡って再現した。それによると中世気象異常の間中、北大西洋振動は持続的に振動指数が正の状態にあったようである。著者たちは、中世の時代に広範囲なラニーニャ現象のような条件が、高レベルの太陽放射(irradiance)によって引き起こされ、そして強まった大西洋子午面循環(Atlantic Meridional Overturning Circulation)によって増幅されたことを示唆している。(TO,KU,nk)
Persistent Positive North Atlantic Oscillation Mode Dominated the Medieval Climate Anomaly
p. 78-80.

心臓の治療(Healing Heart)

加齢や病気による心臓へのダメージにより心筋細胞が失われていく。細胞移植治療はこれらの細胞を置き換えるために研究されているが、心臓組織が自らの細胞を再生できれば、幾つかの利点をもたらすであろう。再生可能であるとすると、人の心臓では時間とともにどのぐらいの細胞が普通に置き換わっていくかを知るために、Bergmannたち(p.98;Murry and Leeによる展望記事参照)は、様々な年代の成人からの心臓細胞の14C同位体測定を行った。大気中の14Cのレベルは1950年代の大気中核実験の時期に上昇し、それが禁止された以降は減少した。様々な年に作られた細胞は核実験の前後で異なる14Cレベルを反映することになる。誕生後に心臓細胞においてかなりの量のDNA合成が観察され、成人の心臓DNAのかなりの割合はそれらが宿っている身体ほどの年齢は経ていないようである。この知見が生存中での細胞の増殖をどの程度反映しているのか、或いは組織修復がどの程度なのかを示しているかは今後の課題である(KU,nk)
Evidence for Cardiomyocyte Renewal in Humans
p. 98-102. Analyses of human heart cells STRONGed by a worldwide pulse-chase event reveal that some heart cells are younger than their owner.

順応性のあるハイドロゲル(Malleable Hydrogels)

ハイドロゲルは高度に膨潤したポリマーネットワークからなる。その性質は特殊な成分ポリマーの化学により制御され、そして時間とともに分解可能なように作られるがために、ハイドロゲルは、例えば細胞組織工学の足場材料として使用されてきた。しかしながら、ハイドロゲルは、その高い架橋密度により複雑な形状にパターン化するのが困難であり、かつハイドロゲル形成後にその性質を変えたり調節するのが困難である。Kloxinたち(p.59)は光分解性ハイドロゲルのファミリーを開発し、ゲル化後にもパターン化して形状を形成し、そしてゲル特性のダイナミックな調整を用いて細胞機能や分化をどのように操作するかを示している。(KU)
Photodegradable Hydrogels for Dynamic Tuning of Physical and Chemical Properties
p. 59-63.

モータを歩行させる(Let Your Motor Do the Walking)

分子モーターの設計上の課題は、分子のランダムな動きを潜在的に制御して、ある特定の方向の動きに仕向けて仕事を可能にすることである。Omabeghoたち(p.67;Shermanによる展望記事参照))は、DNA線路に沿ってのDNAに基づいた2足モーター系の作成に関して報告している。この系は二つの燃料鎖を用いて動くもので、最初の燃料鎖からの反応副生成物が二つ目の燃料鎖に必要で、線路に沿っての逆回転を防ぐラチェツト動作を促進する。(KU,nk)
A Bipedal DNA Brownian Motor with Coordinated Legs
p. 67-71.
MATERIALS SCIENCE: Building a Better Nano-Biped
p. 46-47.

アルツハイマー病におけるレドックス反応の復活(Redox Redux in Alzheimer'Disease)

神経変性疾患には、一連の病態生理学的変化が関与している。酸化的な、或いはニトロソ基によるストレスが深刻な、かつ異常なレベルのミトコンドリアの分裂を誘発し、細胞エネルギー生成の異常に導き、これが神経変性疾患に寄与する。Choたち(p.102)は、アルツハイマー病の孤発例の病変におけるニトロソ基によるストレスによって誘発される重要なニトロシル化事象に関して記述している。ダイナミン-関連タンパク質1(Drp1:ミトコンドリアの分裂において重要な作用をするタンパク質)が、S-ニトロシル化(重要なシスティンチオールとNOのレドックス反応)によって活性化される。ニトロシル化の事象は2量化したアミロイド-ペプチドによってトリガーされ、アルツハイマー病の初期に生じることが知られているシナプスのダメージを仲介している。このように、アルツハイマー病の病変形成にはレドックス成分が関与しており、このことは、何故にレドックス金属がアルツハイマー病における神経細胞のダメージに寄与しているかを説明するものであろう。(KU)
S-Nitrosylation of Drp1 Mediates β-Amyloid-Related Mitochondrial Fission and Neuronal Injury
p. 102-105.

知能を持つ機械?(Intelligent Machines?)

私たちは、現在生み出されている膨大な量の科学的データから、いかにしてその意味を読み取ることができるのだろうか?そして、ロボットは、生物学研究室の中で、研究アシスタントやポスドク、更には筆頭研究者に取って代わることはできるのであろうか?(Waltz1 and Buchanan2による展望記事を参照のこと)。Schmidt と Lipson (p.81) は、人間の推論能力が試されるような問題を解くにあたり、数学的方策を強引に力ずくで適用するというコンピュータアルゴリズムを開発した。。振り子のような物理的な系の挙動に関する生のデータを与えると、そのアルゴリズムは、データと矛盾のない数理物理の全域に渡る可能な方程式を探索し、そして、Hamilton と Lagrange によって最初に導かれた基本的な運動方程式に収束した。King たち (p.85) は、ほとんど、あるいは、全く人の介入なしに酵母の代謝に関する実験を行うだけではなく、その結果について推論し、次の適当な実験を計画するようにプログラムされたロボットについて述べている。Adam というそのロボットは、代謝とゲノム科学に関する生化学的、生物情報学的な説明に必要な未知酵素の空白部をうめ、そして、オーファン酵素(orphan enzyms)を特定したが、それらが酵母代謝過程のなかで実際に働いていることは後に人間の手で確認された。(Wt,nk)
COMPUTER SCIENCE: Automating Science
p. 43-44.
Distilling Free-Form Natural Laws from Experimental Data
p. 81-85.
The Automation of Science
p. 85-89.

マントルをモデル化すること(Modeling the Mantle)

地質学において、ハワイ・エンペラー海山列の経時変化とその目立った屈曲は、地球マントル中の固定された溶融部位上にある太平洋プレートの移動を示していると考えられていた。最近のデータからは、この溶融部位が固定されているのではなく、数百万年に渡って移動し、おそらく太平洋マントルにおける長期間の運動を反映していることを示唆している。Tardunoたち(p. 50)は、マントルの数値モデルによって提供されるいつかの可能性のある解釈と拘束条件についてレビューしている。(hk,KU)
The Bent Hawaiian-Emperor Hotspot Track: Inheriting the Mantle Wind
p. 50-53.

感冒の系統発生(The Phylogenetics of the Common Cold)

感冒はいくつかのライノウイルスの系統の一つによって発症する。Palmenberg たち(p. 55, 2月12日号電子版も参照)は、ヒトのライノウイルスの100以上の全ゲノム配列を系統発生解析し、既知のウイルス性キャプシド結晶構造の特徴を利用して整理した。出来上がった系統樹からライノウイルスの配列進化は時計のように経時変化を示し、既知の主要な2グループの外にクレード(分岐群)が存在し、遠く離れた関係のウイルス間に組換えが生じていることが示された。この発見によってヒトのライノウイルスの血清型、進化、多様性、および、薬剤抵抗性が明らかになり、大規模な疫学研究の基盤が提供されたことになる。(Ej,hE)
Sequencing and Analyses of All Known Human Rhinovirus Genomes Reveal Structure and Evolution
p. 55-59.

クリスタルダイオード(Crystal Diode)

ダイオードは整流作用を有しており、一方向へは電流が流れるが、逆方向には流れない。この作用は、通常非対称なp-n接合や金属-半導体の界面で観測される。T.Choi等は(p63,2月19日号電子版)、単一ドメイン結晶のビスマス鉄酸化物(BiFeO3)からなる純粋な材料において整流作用が起きることを見出した。整流作用はバルクな誘電分極に由来しており、電流は外部印加電圧の反転により誘電分極の向きを変えることで反対方向に流れる。この結晶はまた、光照射により電流を発生し、外部印加電圧がなくても、発生した電流の方向を制御できる。(NK,KU,nk)
Switchable Ferroelectric Diode and Photovoltaic Effect in BiFeO3
p. 63-66.

燃料電池の触媒の改善における鉄の役割(Improved Iron Availability in Fuel Cell Catalysts)

燃料電池では白金が触媒として使われるが、その希少性と高コストから他の代替物が求められてきた。鉄をベースとする触媒では鉄陽イオンはグラファイトの支持体中で窒素を含む部位に配位しており、鍵となる酸素還元反応を触媒しているが、その効率は比較的低かった。白金のように、金属触媒粒子の多くの部位で反応が生じるのとは異なり、反応可能な鉄触媒の部位の密度は低い。Lefevre たち(p. 71; および、Gasteiger and Markovicによる展望記事参照)は、鉄の活性化部位が高密度になった新しい合成経路について述べている。その結果、白金と同程度の触媒作用が可能となり、最大、1平方センチ当たり0.1アンペアが達成された。(Ej,hE)
Iron-Based Catalysts with Improved Oxygen Reduction Activity in Polymer Electrolyte Fuel Cells
p. 71-74.
CHEMISTRY: Just a Dream—or Future Reality?
p. 48-49.

酸素の除去(Oxygen Elimination)

太陽光を利用して水から酸素を得ることにかけては、植物は人間を遥かに凌駕している。この目的のために直接人工的な触媒を開発するための障害は、メタル-オキソ、あるいは、ヒドロキソ中間生成物が配位した酸素基を遊離しない傾向があるからだ。Kohlたち (p. 74; および、Eisenbergによる展望記事参照) は、この方針のもと、水溶性のルテニウム錯体を利用した反応系列の進展について報告した。最初に、この化合物を水の沸点にまで温めると、2つのOHグループがメタル中心に付加し、それに伴い水素ガスを遊離する。引き続き、これを太陽光に当てると酸素が分離するが、ほぼ間違いなく前段階での過酸化水素、 HOOHの除去を経由した反応である(H2O2→H2O+1/2O2)。このプロセスは今のところ数日必要であるが、均一な金属錯体からの酸素除去という知見は、このような系を効率的な触媒で達成するための改良への足掛かりとなる。(Ej,hE,KU)
Consecutive Thermal H2 and Light-Induced O2 Evolution from Water Promoted by a Metal Complex
p. 74-77.
CHEMISTRY: Rethinking Water Splitting
p. 44-45.

二次的メッセンジャー(Secondary Messenger)

植物は、全身性(systemic)の病原性感染症に抵抗するためにどのような備えをしているのだろうか? Jungたちは、シロイヌナズナの葉に見つかった、小さな移動性の代謝産物分子であるアゼライン酸が、病原体への全身獲得抵抗性の際の防御プライミングに貢献している可能性があると報告している(p. 89)。病原体に曝された植物では、アゼライン酸のレベルが増加し、全身抵抗性をトリガーしていた。純粋なアゼライン酸を葉に噴霧すると、野生型の全身性抵抗性を誘発したが、全身抵抗性を欠く変異体ではそうしたことは生じなかった。さらに、アゼライン酸は全身性シグナル分子であるサリチル酸の産生を刺激したが、これはプライミング効果と矛盾しない現象である。この知見は、サリチル酸が局所的に感染した組織、及び全身性の獲得耐病性は発生するが、それ自身移動性ではない遠位組織の双方において何故必要とされるかを説明する助けになる。(KF,KU)
Priming in Systemic Plant Immunity
p. 89-91.

永遠の楽観主義者?(Eternal Optimist?)

動物の成長の際に、環境条件はしばしば変化し、それがストレスになりうる。Baughたちは、飢えた状態と餌のある状態、またそうした条件を切り替えられる状態に置かれた線虫の幼生で、成長と遺伝子発現の関連を分析した(p. 92;2月26日号電子版オンライン)。線虫は楽観主義者のように振舞うらしい。好条件のもとではそれに急速に応答するが、条件が悪くなるとその条件への応答は緩慢になる。飢えている間は、幼生の発達は抑止され、RNAポリメラーゼIIが増殖と発達の遺伝子のプロモータ上に蓄積していく。この蓄積は発達の抑止からの回復を予期するもので、餌があるようになるとそれに応答して、それらの遺伝子は急速に発現上昇するのである。(KF)
RNA Pol II Accumulates at Promoters of Growth Genes During Developmental Arrest
p. 92-94.

発生の際の遺伝子発現の制御(Regulating Gene Expression During Development)

核内受容体は、グローバルなホルモン・シグナルを細胞特異的な遺伝子発現パターンに転換している。ミクロRNAは細胞内の標的遺伝子翻訳を抑制している。Bethkeたちはこのたび、線虫の核内受容体DAF-12(崩壊促進因子-12)がlet-7ミクロRNAの転写を直接活性化していることを示すことで、これら2つの機能が結びついていることを発見した(p. 95)。このホルモンによって活性化されるミクロRNAが、次にその標的遺伝子hbl-1を下方制御して、上皮幹細胞の発生の進行を可能にしているのである。つまり、ホルモンと組になった分子スイッチによって、初期段階のプログラムが切られることになり、それがまた他の動物における発生の進行とも関連している可能性がある。(KF)
Nuclear Hormone Receptor Regulation of MicroRNAs Controls Developmental Progression
p. 95-98.

睡眠と記憶(Sleep and Memory)

睡眠は、脊椎動物だけでなく、ショウジョウバエにおいてもまた、生存にとって必要な生物学的過程である。睡眠は記憶の強化にとって重要であり、目覚め体験に対しても敏感である(Millerによるニュース記事参照)。Donleaたちは、核である概日時計ニューロンが、ショウジョウバエにおける睡眠必要性の経験依存的変化を仲介する点で重要な役割を果たしていることを発見した(p. 105)。睡眠必要性の頻度依存的変化は、時計ニューロンの特異的サブセットにおける血清応答因子(Serum Response Factor)のショウジョウバエ相同体の発現に依存していた。それらニューロン内で、血清応答因子は、上皮増殖因子受容体のシグナル伝達を標的にすることによって、睡眠の経験依存的変化を変更していた。睡眠の経験依存的変化は、特定の神経回路のシナプス終末の数の増加と結びついていた。さらに、シナプス終末の数は睡眠中に減少しており、この減少は断眠によって妨げられた。これとは独立の研究で、Gilestroたちは、2つの異なったショウジョウバエ系統で、シナプス前およびシナプス後のマーカーのレベルが断眠後に時刻や性別を問わずに増加することを発見した(p. 109)。そうしたシナプスのマーカーの1つは、記憶と学習に関連するハエの脳領域において、断眠後に増加した。つまり、睡眠についてのシナプス恒常性仮説を支持するように、睡眠の重要な機能の1つは、無脊椎動物においても、シナプスの規模縮小だったのである。(KF)
NEUROSCIENCE: Sleeping to Reset Overstimulated Synapses
p. 22.
Use-Dependent Plasticity in Clock Neurons Regulates Sleep Need in Drosophila
p. 105-108.
Widespread Changes in Synaptic Markers as a Function of Sleep and Wakefulness in Drosophila
p. 109-112.

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