AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science March 27 2009, Vol.323


毒素を解毒する細胞の入出口の秘密(Dissecting Drug Expulsion Portal)

P-糖タンパク質 (P-gp)は膜貫通性輸送タンパク質で、多くの哺乳類細胞の表面に見られ、幅広い疎水性薬剤に特異性を有している。このP-gpは細胞から薬剤を汲み出して解毒する機能を持っているため、ガン治療における多剤耐性に関与するとされてきた。Aller たち(p. 1718;およびShepsによる展望記事参照)は、マウスのP-gpの結晶構造を報告しており、大きな内部空孔中に環状ペプチド阻害剤が結合したときと結合していないときの構造を示した。この内向きの構造には2つの入口があり、脂質二重層の内部葉状組織から直接疎水性分子の侵入を許す。どのようにしてP-gpがガン治療薬の流出の促進しているかを分子レベルで理解することが、多剤耐性を阻止したり逆行させたりするための鍵となるであろう。(Ej,hE)
Structure of P-Glycoprotein Reveals a Molecular Basis for Poly-Specific Drug Binding
p. 1718-1722.

エッジでのグラフェン(Graphene at the Edge)

グラフェンは均一な二次元の物質として思われているが、グラフェン試料の特性はそのエッジでの構造と欠陥に依存している。Jiaたち(p. 1701)はジュール(抵抗)加熱法を用いて、炭素原子の気化により欠陥を治している。電子顕微法を使ってその過程を追跡することにより、鋭いエッジとステップエッジのアレイがアームチェア型とジグザグ型の構造へと安定化されるという主たるメカニズムが明らかになった。Giritたち(p.1705;表紙参照)は高分解能透過型電子顕微法を用いて、空中に張られた単一原子層グラフェン膜にできた穴の縁におけるグラフェンの構造とダイナミクスを研究した成果を述べている。電子注入により炭素原子が放出され、最も安定となるジグザグ構造へとエッジ部での結合の再配列に導く。(hk,KU,nk)
Controlled Formation of Sharp Zigzag and Armchair Edges in Graphitic Nanoribbons
p. 1701-1705.
Graphene at the Edge: Stability and Dynamics
p. 1705-1708.

折り畳みに関する議論(Folding Forum)

小胞体 (ER) は、分泌したタンパク質を折り畳み、その状態を保つような特異的環境を作り、かつ、保持することができる。特異的シャペロンのメカニズムと生物的役割を理解すること、あるいは単離状態での分解系に研究者は着目してきた。Jonikas たち(p. 1693)は、(Ire1/Hac1 系における)ER中のミスフォールディングの細胞内在センサーをレポーターとして利用した相補的戦略を提案した。その結果、ERのフォールディングに寄与する全ての遺伝子を決定した。ERのフォールディングに寄与する様々な因子とプロセスが見つかった。二重変異体における折り畳まれてないタンパク質の応答経路の誘導を測定すると、数百の二次的スクリーニングを平行して評価することができ、適正なER機能に必要な、以前に特徴付けられたり、特徴付けされてないプロセスの系統的、機能的な解析が可能となる。(Ej,hE)
Comprehensive Characterization of Genes Required for Protein Folding in the Endoplasmic Reticulum
p. 1693-1697.

極端に明るい光源(Very Extreme Light Source)

超大質量星の崩壊は、強いガンマ線バーストを伴う激しい爆発を引き起こす可能性がある。典型的なガンマ線バーストは、10keV からおよそ 1MeV の間のエネルギーを有するフォトンを放射する。まれには、100MeVを超えるエネルギーのフォトンが観測されてきた。しかし、それらの発生源までの距離は良く判らなかった。Abdo たち (p.1688, 2月19号電子版) は、Fermi Gamma-ray SpaceTelescope により、GRB080916C(この星までの距離は知られている) のガンマ線バーストから到着した8keV から 13GeV の間のエネルギーを有するフォトンを検知したことを報告している。これらの広範囲のエネルギーデータは、そのバーストまでの距離が伴うことによって、これまで明らかではなかったガンマ線放射のメカニズムに重要な拘束条件を課すものである。(Wt,nk)
Fermi Observations of High-Energy Gamma-Ray Emission from GRB 080916C
p. 1688-1693.

摩擦に立ち向かう(Fighting Friction)

二つの金属ブロックをお互いに擦ると、ある程度の抵抗のもとで滑る。同時に押すと、滑り運動は遅くなり、次で二つの表面間の摩擦の急激なジャンプにより突然停止する。摩擦を減らすために、オイルのような潤滑剤が付与される。摩擦係数(COF)は運動への抵抗を反映しており、低いCOFを有する物質の例は膝や股関節といった人体中で見出され、高い圧力の下でも作用する。一方、低摩擦の合成材料も作られてはいるが、高い圧力の下での低いCOFは得られていない。Chenたち(p.1698)は、ホスホリルコリン基を含む重合体ブラシを作成したが、この物質は高い圧力の下でも極端に低いCOFを示した。このポリマーブラシは非常に大きな水和殻を保持しており、二つのブラシ表面間の滑りを容易にしている。(KU)
Lubrication at Physiological Pressures by Polyzwitterionic Brushes
p. 1698-1701.

さらに広く温暖に(A Wider Warmth)

530万年前から約300万年前までの鮮新世初期は、今日よりはるかに温暖であった。この違いにも関わらず、鮮新世初期の気候は、地球が受ける太陽放射量、大気二酸化炭素の濃度、そしてほぼ同一の地理的環境など多くの重要な点において産業革命以前の時代と似ている。しかしながら、鮮新世初期には北半球にはまったく永久氷床が存在せず、そして海洋全体の水面位置は25メートルも高い。なぜこうも違っているのか?Brierlyたち(p.1714;2月26日号電子版)は、新たなデータと既に公表された約400万年前の海面温度データを分析した。このデータは、赤道と亜熱帯間の南北温度勾配(meridional temperature gradient)が今日示している勾配よりもかなり小さく(shallower) なっており、このことは海洋熱帯温熱プール(ocean tropical warm pool)が遥かにより大きかったことを表している。大気大循環モデルは、気候温暖化が将来どのような影響を及ぼすかという関連とともに、海面温度フィールド等のような主要な大気循環の変化が何を意味するかを示している。(TO,KU)
Greatly Expanded Tropical Warm Pool and Weakened Hadley Circulation in the Early Pliocene
p. 1714-1718.

見えない道(A Stealthy Exit)

結核を起こすマイコバクテリア病原菌は成長速度が遅いだけでなく、密閉した実験環境と、しばしば、宿主細胞と独立には生育しないため、研究しにくい対象である。その結果、Hagedornたち(p.1729; および Carlsson and Brownによる展望記事参照)は、簡便なモデル生物として社会性アメーバのタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)を採用して研究した。このアメーバには、ある種のマイコバクテリアが感染し、脊椎動物マクロファージに類似の、マイコバクテリアにとって好ましいニッチとなる。タマホコリカビ(Dictyostelium)細胞から逃避する間、マイコバクテリアはいわゆる射出体(ejectosome)と呼ばれるものを利用する。この射出体は、原形質膜を通して破壊していくマイコバクテリアを囲む高密度のアクチンのリングから成っている。射出体は食胞から細胞質へと逃れたマイコバクテリアから産生され、マイコバクテリア病原性座位RD1を必要とする。同じ構造型によって、結核性肉芽腫症に見られる高密度凝集細胞間に広がっていくマイコバクテリアの伝播ルートが提供されるのかも知れない。(Ej,hE)
Infection by Tubercular Mycobacteria Is Spread by Nonlytic Ejection from Their Amoeba Hosts
p. 1729-1733.

双子の脳について(Of Twins and Brains)

今日まで、双子間の脳画像による研究においても、グループ研究でよく利用された手法を利用して来たが、これは、脳画像応答の個人的な差を最小化するように処理する。しかし、遺伝的な画像応答研究においては個人的差異を検出することに注目し、そのためには前処理や脳の位置合わせも重要である。Koten たち(p. 1737)は、一卵性、二卵性双生児に算術的検証と作業記憶の課題を課し、脳活動のパターンの差異を詳細に調べた。多変量パターン解析の結果、課題によって、一貫性を保ったり、あるいは、保たなかったりする脳の活性領域を抽出し、これが遺伝性があるか否かを評価した。その結果、多くの個人間では一貫性のない活動部位において遺伝的影響が見られたが、その影響は、複雑で厳しい課題のとき顕著であった。つまり、脳活動パターンの個人的差異は遺伝的であると言えそうだ。(Ej,hE)
Genetic Contribution to Variation in Cognitive Function: An fMRI Study in Twins
p. 1737-1740.

それほど寒くはない(Not Too Cold)

外気温度は生物の生理や行動、及び進化に影響をもたらす。生物の寒暖に対する耐性を与える遺伝的変異体は極端な気候変化の時期に選択され、その後に先祖の集団の地理的境界領域を超えて集団が拡がっていくことが可能となる。Takauchiたち(p.1740)は異常な温度を好むハエをスクリーンして、ショウジョウバエのジストログリカンの相同分子種(DmDG:グルコシル化末梢性の膜で、その異常により筋ジストロフィーを引き起こす)をコードしている遺伝子を単離した。温度勾配内で運動選択をさせると、DmdGを欠如した変異ハエは野生のハエよりも数度低い温度を選択した。この挙動は動物におけるミトコンドリアの酸化的代謝速度の増加と関係している。ミトコンドリアのピルビン酸脱水素酵素の活性減少をもたらす第2の変異を持つ遺伝子組み換えのハエはDmDG欠如の影響を逆転した。ジストログリカン変異体は寒さへの耐性もあり、変異体ハエのほぼ半数は氷結温度近傍でも生存したが、野生のハエはほぼ総て死んでしまった。(KU)
Changes in Temperature Preferences and Energy Homeostasis in Dystroglycan Mutants
p. 1740-1743.

HIV侵入の実時間での可視化(Real-Time Visualization of HIV Entry)

蛍光でタグ付けされたウイルスの標的細胞への侵入をリアルタイムで可視化できれば、新たな理解や病気介入への新たな標的が示唆される可能性がある。感染中に、HIVは自分を殺す免疫応答に曝されることなく免疫細胞間に拡がる。Huebnerたち(p.1743)は、T細胞のHIV感染中にウイルスシナプスと呼ばれる感染構造の形成に関する高分解能の画像を捉えた。ダイナミックな膜輸送と細胞間のHIV移動におけるエンドサイトーシス経路は、細胞-細胞の接着によりトリガーされているらしい。連続的な長時間のイメージングにより、この経路がT細胞間の感染性HIV伝播を促進していることを示唆している。(KU)
Quantitative 3D Video Microscopy of HIV Transfer Across T Cell Virological Synapses
p. 1743-1747.

パラ-水素のスピンを取り出す(Taking para- hydrogen out for Its Spins)

核磁気共鳴は一般的な測定法であるが、実際にはかなり感度が低い。この手法はスピン状態における或る集団の差異を検出するものであるが、非常に高い磁場においてすら、全体試料のうちのスピン状態間の小さな集団の差異を捉えているに過ぎない。イメージングへの応用において、信号を高めるための一つの方法は超分極であり、そこでは大きな核スピン分極を持つ分子や原子を直接用いたり、或いは他の分子にその分極を伝達(例えば、共有結合の形成により)したりする。超分極は、従来スピン一重項パラ-水素を水素付加反応生成物に組み込むことで行われている。Adamsたち(p.1708)は直接的な水素付加反応することなく、ピリジンといった分子に分極が移動することを示している;即ち、同じ金属錯体上でパラ-水素とピリジンの可逆的な相互作用が容易に起こっている。(KU)
Reversible Interactions with para-Hydrogen Enhance NMR Sensitivity by Polarization Transfer
p. 1708-1711.

一重項状態にスピン集団を保つ(Storing Spin Population in Siglet States)

代謝産物といった有機分子の磁気共鳴画像法は、集団でのスピン状態の差を増すような超分極手法を用いて行われているが、寿命が秒のオーダと短かすぎる。Warrenたち(p.1711)は、分子において強く結合したスピン間の一重項状態にある有機分子の磁気共鳴画像法に関する代替方法を開発した。もし、スピンカップリングの強さが十分に強く、そして化学反応により回復すれば、集団はこれらの分離した固有状態で蓄えられる。例えば、13Cでラベルされたジアセチルにおいて、スピン集団を数分間蓄えることが可能であり、そして水和反応により回復する。(KU)
Increasing Hyperpolarized Spin Lifetimes Through True Singlet Eigenstates
p. 1711-1714.

炎症からの保護(Inflammation Protection)

免疫系は、病原微生物による感染症から保護してくれるものだが、身体が損傷した場合にもそれを認識する。熱傷、放射線被曝、また挫傷すべてで、損傷した組織への応答の際に、免疫系が関わっている。組織の損傷を認識し、炎症反応が手に負えなくならないようにしているのは、どのシグナル経路だろうか? Chenたちはこのたびマウスにおいて、免疫系の同時刺激性分子CD24と、シアル酸結合レクチンSiglec-10(あるいはそのマウス相同体Siglec-G)とを、感染ではなく組織損傷によって引き起こされる免疫応答に対する保護に必要な共同受容体として同定している(p. 1722、3月5日号電子版; またBianchiとManfrediによる展望記事参照のこと)。組織損傷に引き続いて放出される分子との会合とその抑制を通して、CD24とSiglec-Gは、手を打たなければ致死的な炎症反応からマウスを保護しているのである。(KF)
CD24 and Siglec-10 Selectively Repress Tissue Damage–Induced Immune Responses
p. 1722-1725.

戦場を見る(Imaging the Battlefield)

哺乳類の身体へのウイルス侵入の後に続くイベントは、不十分にしか知られていないが、初期の免疫応答のペースと規模は、宿主が回復するか圧倒されるかを決定するものになる。Liたちはこのたび、サル免疫不全ウイルスに感染したマカクザルとリンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスの系統に感染したマウスにおいて、そうした初期のイベントを可視化し、マップ化し、数量化している(p. 1726)。それら初期のイベントに依存して、感染の結末は予想することができた。ウイルス特異的なCD8+ T細胞が感染細胞と共存するのが見られた。宿主の免疫応答の増幅がウイルスの増殖割合に勝っていると、ウイルスに感染した細胞の伝播は封じ込められ、ウイルスは除去され、動物は治癒したのである。(KF)
Visualizing Antigen-Specific and Infected Cells in Situ Predicts Outcomes in Early Viral Infection
p. 1726-1729.

魚群を表す(Showing Up Shoals)

海洋音響導波管リモートセンシングは、非常に巨大な魚群形成の検出とマップ化を可能にする。Makrisたちはこの技術を使って、数十キロメーター規模でのニシンのグループ形成を数量化している(p. 1734)。明らかに、散乱した魚群というのは、実際には相互接続したクラスターになっている。集団の中核部分が夕方早くに1平方メートル当たり0.18匹という臨界密度に達すると、初期の中核部分から、急速な凝集が水平の波として始まり、数十分で数十キロを超える規模の高密度(1平方メートル当たり5匹以上)な魚群の形成に至るのである。前述のイメージング技術は、何日にもわたってモニターされる魚群の規模、形状、深さに関するプロファイルを可能にし、魚群形成と同調的放卵についての価値あるデータを提供してくれるのである。(KF)
Critical Population Density Triggers Rapid Formation of Vast Oceanic Fish Shoals
p. 1734-1737.

癌遺伝子に飛び込む (Jumping into Cancer Genes)

最近の癌のゲノム配列研究は、ヒトの腫瘍における恐ろしいほど多くの遺伝的変異を明らかにしてきた。それら変異遺伝子のどれが腫瘍形成を活発に促進し、どれがたまたま乗り合わせた無実の乗客なのだろうか? Starrたちは、眠れる美女(Sleeping Beauty)トランスポゾン(ランダムな遺伝子に「飛び込」んで、その機能を変化させるDNAの断片)が、腸上皮で選択的に活性化された後に腸腫瘍を発生させたマウスを研究することで、直腸結腸癌の原因となる遺伝子を同定した(p. 1747、2月26日号電子版)。合計77個の遺伝子がトランスポゾン挿入の場となることが見出された。特筆すべきは、それらマウスに癌を引き起こす遺伝子の80%近くが、ヒトの大腸腫瘍において発現ないし機能を変化させることが従来わかっていたものであって、このことはそれらが腫瘍形成を促進しているらしいことを示唆するのである。(KF)
A Transposon-Based Genetic Screen in Mice Identifies Genes Altered in Colorectal Cancer
p. 1747-1750.

[インデックス] [前の号] [次の号]