AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 6 2009, Vol.323


テントウムシの生存(A Lady Bug's Life)

環境変化への種の対応には生態学的な面と進化の面での二通りがある。Harmonたち(p.1347;Tylianakisによる展望記事参照)は、種の相互作用が無脊椎の捕食動物-被補食系でどのように変化するのか、そして熱ショックへの耐性が被補食系においてどのように進化するかを調べた。アブラムシの存在量を減少させる熱ショックの撹乱中に、アブラムシの捕食動物である或る種のテントウムシは一定の補食圧を維持しており、一方別のテントウムシの種では補食圧が減少した。後者のテントウムシの捕食圧の減少はアブラムシの存在量に関する熱ショックの影響を和らげている。熱ショックの頻度増加に対する耐性がアブラムシの系統で急速に進化したが、これは内共生の細菌Buchneraによって仲介されている。このように、集団の存在量の変化が、連鎖網における他の種との相互作用の強さの撹乱-誘発による変化に依存している。(KU)
Species Response to Environmental Change: Impacts of Food Web Interactions and Evolution
p. 1347-1350.
ECOLOGY: Warming Up Food Webs
p. 1300-1301.

HIV根絶へのアプローチ(Approaches to HIV Eradication)

最近のHIVワクチン試行における期待はずれの結果により、HIVにたいする新たな治療へのアプローチが必要となった。Richmanたち(p.1304)はこのようの選択肢の一つ:抗潜在性(antilatency)ウイルス治療法によるHIV感染の根絶:に関してレビューしている。抗レトロウイルス剤療法はウイルスの複製を抑制し、ウイルスの量を低下させる点で非常に有効である;しかしながら、潜在性のウイルス貯蔵庫は生存し続けている。潜在的に感染した細胞を標的とした治療法はウイルス感染を除去することを狙っている。著者たちは、可能性のある治療ターゲットに関して記述し;抗潜在性治療法をテストするベストな実験系に関して論議し;そして、この目標を達成するための研究者や臨床医、資金提供団体や政府機関、及び企業に役立つ戦略を示唆している。(KU)
The Challenge of Finding a Cure for HIV Infection
p. 1304-1307.

AMPA受容体の修飾因子(AMPA Receptor Modulator)

AMPA受容体は、神経系において最も一般的に見出されている神経伝達物質受容体である。これらは脳の多くの部分で高速のグルタミン酸作動性のシグナル伝達を媒介し、調節タンパク質(そのタンパク質の中でTARP(膜貫通AMPA受容体調節タンパク質)ファミリーが最もよく知られている)と共重合していると考えられている。ラットやマウスの脳からの未変性のAMPA受容体に関するプロテオミクス解析、免疫組織化学、及び電気生理学を用いて、Schwenkたち(p.1313;Tigaret and Choquetによる展望記事参照)は、コルニコン(cornichon)ファミリーの二つのメンバー、CNIH-2とCNIH-3がAMPA受容体のポア形成サブユニットと強く共重合していることを見出した。実際に、哺乳類の脳内のAMPA受容体複合体の約70%がコルニコンタンパク質と会合しており、このことがAMPA受容体複合体の細胞表面発現を促進し、そしてそれらのゲート開閉を調節している。(KU)
Functional Proteomics Identify Cornichon Proteins as Auxiliary Subunits of AMPA Receptors
p. 1313-1319.
NEUROSCIENCE: More AMPAR Garnish
p. 1295-1296.

時間をテストする(Testing Times)

二重パルサーの系である J0737-3039A/B は、一般相対論の最も精密なテストを提供するものであることが示されている。Deller たち (p.1327, 2月5日号電子版; D'Amico による展望記事を参照のこと) は、オーストラリア長基線電波干渉計を用いて、その幾何学的年周視差を測定することにより、この系までの距離を決定した。他の10年間のパルサータイミングの観測と共にこの距離を用いると、PSR J0737-3039A/Bは一般相対論やその他の重力理論の妥当性を精度(誤差) 0.01% でテストすることが可能であると著者たちは結論づけた。(Wt,KU,Ej,nk)
Implications of a VLBI Distance to the Double Pulsar J0737-3039A/B
p. 1327-1329.
ASTRONOMY: Pinpointing Gravity
p. 1299-1300.

酸素除去による明るい発光(Brighter Emission sans Oxygen)

単層カーボンナノチューブ(SWNT)は、その直径やキラリティにより特徴的に発光するが、有機溶媒中に分散したSWNTの発光は微弱で、センシングといった多くの応用にとっての障害となっている。弱い発光に関する二つの可能な原因の双方とも、界面活性剤の粗な表面充填に起因されている。SWNT表面の露出により再集積が起こり、SWNT間の励起エネルギーの移動や酸素ドーピングを容易にし、非放射減衰経路をたどる。Juたち(p.1319)は、長いアルキル鎖で修飾されたフラビン・モノヌクレオチドがSWNTの周りを密に充填し、トルエン中での分散においても20%に達するような量子収率が得られた。(KU)
Brightly Fluorescent Single-Walled Carbon Nanotubes via an Oxygen-Excluding Surfactant Organization
p. 1319-1323.

ガラス転移と相転移の関連(Connecting Glass Transitions and Phase Transitions)

液体がアモルファスの固体に変換するガラス転移は、熱力学的な相転移とは多くの点で異なっている。たとえば、転移を起こす温度は、加熱速度や冷却速度に依存している。Hedges たち(p. 1309, および2月5日発行の電子版参照)は、Lennard-Jonesポテンシャルに従って相互作用する2成分系の数値シミュレーションを実行した。彼らの計算によると、平衡相転移が通常の配置空間で生じるのに対し、ガラス転移では平衡状態から系を外す方向に系を制御する変数により軌道空間内で1次相転移が生じている。このとき、2つの相は、有限時間で緩和する移動相と不動相が不均一に共存する。(Ej,hE,nk)
Dynamic Order-Disorder in Atomistic Models of Structural Glass Formers
p. 1309-1313.

磁性のX線による調査(X-ray Probing of Magnetism)

相関電子系では、いくつかの新奇な電子と磁気の相が生じる。磁気構造の調査は、通常中性子散乱によって行われているが、最近の研究ではX線も磁性調査に使えることを明らかにしている。Kimたち(p. 1329)は共鳴X線散乱を用いて、遷移金属酸化物であるSr2IrO4の磁気構造を明確にし、かつ物質の量子相を解明した。この技術は多くの他の複雑な電子系の基底状態調査に適用可能なはずである。(hk)
Phase-Sensitive Observation of a Spin-Orbital Mott State in Sr2IrO4
p. 1329-1332.

古代における馬の家畜化(Ancient Domestication of Horses )

馬の家畜化は人類の歴史の流れを変えた。5700〜5100年前のユーラシア平原に存在したBotai文化は、少なくとも野生馬を家畜化した場所の一つであったと思われる。このBotai文化は、北カザフスタンにおけるその地方の馬とかかわりがあったことは知られていたが、これが放牧によるものか捕獲によるものか不明であった。Outram たち(p. 1332) は、3つの証拠によって馬が家畜化されたことを示した;第1に、陶器の破片に付着した脂肪酸の同位体分析から、夏季に馬から搾乳されていたこと;第2に、くつわや馬勒(おもがい)の同定から、Botaiの馬は馬具を装着されて騎乗されていたこと;第3に、Botaniの馬は後年の、より細身の青銅器時代の家畜馬に似ており、旧石器時代のがっしりしたその地域の野生馬とは似ていない。(Ej,KU,nk)
The Earliest Horse Harnessing and Milking
p. 1332-1335.

オオカミ科の黒いやつ(Black Wolf of the Family)

家で飼われているイヌでは、毛の色が黒いのはかなり普通だが、近い親戚にあたるオオカミやコヨーテでは比較的稀である。Andersonたちは、イヌやオオカミ、コヨーテの黒毛に付随するK座位を分析し、家畜化された対立遺伝子が野生種へ遺伝子移入されていることを記述している(p. 1339,2月5日号電子版; また表紙を見よ)。KB対立遺伝子というものが、イヌやオオカミ、コヨーテにおける黒毛の優性をもたらしている。野生種から家畜化された動物へというあたりまえの遺伝子の流れに反して、このKB変異は元々イヌにおいて生じ、後に雑種化によってオオカミやコヨーテに遺伝子移入されたのである。さらに、Yellowstoneにおいて黒いオオカミが比較的多いのは、おそらく、その地域の野生種において、KB対立遺伝子がポジティブ選択されたことを反映しているのである。(KF)
Molecular and Evolutionary History of Melanism in North American Gray Wolves
p. 1339-1343.

カビとコムギの世界(Rot-Eat-Wheat World)

真菌性の病気は、コムギ作物の収量に大きなインパクトを与える。コムギのある種の系統は、それに対して自然な抵抗性をもたらす遺伝子を担っている。種子業者はそうした遺伝子を他の系統にも導入することで、価値ある耐病性の形質を共有させようとしてきた。このたび2つの論文が、そうした形質のいくつかについての分子的基盤を同定している(KliebensteinとRoweによる展望記事参照のこと)。Krattingerたちは、他の草のゲノムとの比較を用いて、その遺伝子Lr34をクローン化したが、それはアデノシン三リン酸-結合カセット輸送体に似ているものであった(p. 1360、2月19日号電子版)。Fuたちは同様に遺伝子Yr36をクローン化したが、それはキナーゼに似ているものである(p. 1357、2月19日号電子版)。どちらの遺伝子も程度の大小はあれ、ある種の病原真菌に対する抵抗性を与え、菌類の遺伝的変異では克服できないものである。そうした恒久的な抵抗性は、農業にとって非常に大きな価値あるものである。(KF,KU)
PLANT SCIENCE: Anti-Rust Antitrust
p. 1301-1302.
A Putative ABC Transporter Confers Durable Resistance to Multiple Fungal Pathogens in Wheat
p. 1360-1363.
A Kinase-START Gene Confers Temperature-Dependent Resistance to Wheat Stripe Rust
p. 1357-1360.

見分ける張力(Divisive Tension)

紡錘体への染色体付着は、セントロメアを横切る張力で制御されていて、これが正確な染色体分配を保証している。紡錘体微小管は、さまざまな立体配置において動原体部位で染色体に結合するが、双方向付着だけが正確な染色体分配を支えることができるのである。セントロメアを横切る張力は、正確な付着と不正確なそれとを区別しているが、どのようにして張力が感知されて付着を制御しているかははっきりしていない。有糸分裂キナーゼ、Aurora Bこそが、動原体-微小管付着のキーとなる主要制御因子であるが、動原体の部位においてAurora Bの基質をリン酸化すると、微小管の親和性は減少した。Liuたちは、張力に敏感な仕組みがAurora Bの活性を制御しているのかどうかを見るためのテストを行った(p. 1350、1月15日号電子版)。彼らの結果は、Aurora Bキナーゼの活性は張力によって直接的に制御されているのではないこと、また動原体の部位でのAurora Bの基質のリン酸化は内側セントロメアにあるキナーゼからの距離に依存していること、さらに、この距離こそが張力によって影響を受けている、ということを示唆するものであった。(KF)
Sensing Chromosome Bi-Orientation by Spatial Separation of Aurora B Kinase from Kinetochore Substrates
p. 1350-1353.

形状から機能へ(Form →Function)

タンパク質はいかにして、細菌細胞中の特定の場所に局在化できるのだろうか?多くの系では、タンパク質とその標的膜の生化学的特徴によって、特定の局在化シグナルを指定できるのである。このたび、Ramamurthiたちは、幾何学的手がかり、すなわちプラス(凸)の膜湾曲が、枯草菌における胞子形成の際の、小さな表在性膜タンパク質の局在化を支配しているということを報告している(p. 1354)。膜の湾曲は、生化学的に同定可能なシグナルが存在しない場合の、細菌におけるタンパク質局在化の一般的手がかりをあらわしている可能性がある。(KF)
Geometric Cue for Protein Localization in a Bacterium
p. 1354-1357.

クラスターでの角運動(Angling for Clusters)

元素周期表は原子内の電子の分布を基礎にしている。特定の電子分布を持つ原子が順序どおりにならんでいる。また、電子分布は角運動量と密接な関連があり、化学的性質も支配している。近年、数十から数百の金属原子からなるクラスターの安定性、反応性、吸収スペクトルは、同様の周期的電子数で説明されている。しかし、そのアナロジーがクラスターの角分布に実際に適応できるのかは解明されていない。Bartelsたち(p.1323はこの命題を解決すべく、角度分解光電分光を用いて19個から147個のナトリウム原子からなるクラスターを調べ、電子が原子軌道によく似た空間挙動を示すことを発見した。予備的なモデリングでは定性的にデーターを説明できるが、定量的に説明するには多電子相関を考慮する必要がある。(NK)
Probing the Angular Momentum Character of the Valence Orbitals of Free Sodium Nanoclusters
p. 1323-1327.

特許制度の問題点と代替案(A Patent Problem?)

現在、特許制度が技術革新を促進しているという一般的な認識があり、各国政府は技術革新の重要政策としてこれを推進している。しかし、この制度への多くの不満もあるが、これの代替案をテストするとなると多くの困難が伴う。Meloso たち(p. 1335; Levineによる展望記事参照)は、市場原理に基づく人を主体とした新たなシステムをテストした。これは、課題を達成するために必要な部分技術の発明者別の分け前(シェア;share)を市場で取引し、シェアに応じて報酬を得るというものだ。これはナップサック問題として知られているもので、一定の容量のナップサックをどのような部品で詰め込み、最大の価値を得るかという課題であるが、この実験を通じて、この市場原理に基づく方法は特許制度よりも条件によってはより効率的であることが分かった。(Ej,hE)
Promoting Intellectual Discovery: Patents Versus Markets
p. 1335-1339.
ECONOMICS: Eyes on the Prize?
p. 1296-1297.

炭素貯蔵量とアマゾンの乾燥(Carbon Sinks and Amazonian Droughts)

アマゾンの森林は1年間に18ぺタグラム(1015g)の炭素を処理している。これが森林の成長や動的変化による大気中のCO2濃度と気候に影響を与える潜在力となっている。2005年、熱帯北大西洋の海面温度上昇に伴って、アマゾン地域は干ばつに見舞われた。Phillips たち(p. 1344)は、アマゾン地域全般に渡る樹木のバイオマスへの干ばつの影響を記録した。これの干ばつに先立つ何年もの記録によれば、バイオマスは蓄積していた、つまり、炭素は貯蔵されていた。干ばつ期間の蓄積割合は顕著に減少したことから、今後もより頻繁に生じる可能性のある今回のような干ばつは、アマゾンの森林としての炭素蓄積能力を減少させることになるであろう。また、干ばつによって材木密度の低い速成樹木が枯死したが、もし干ばつが繰り返されれば、森林の再生能力にも影響を与えるであろう。(Ej,hE,nk)
Drought Sensitivity of the Amazon Rainforest
p. 1344-1347.

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