AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 30 2009, Vol.323


重複と差異と分岐(Duplications, Differences, and Divergence)

個体、集団、種間の遺伝的不適合が、どのように生じるかに関しては殆ど知られていない。重複遺伝子の相補性の欠如によるものという仮説が立てられているが、それを証明できる証拠が揃っていないのが現状である。Bikardたち(p.623)は、最近起きた重複により分岐した機能を獲得するようになった遺伝子の分岐が種内の不適合を引き起こしたシロイヌナズナの例について報告している。この結果は、系統の生殖的隔離が遺伝子重複に起因していること示している。(NK,KU,nk)
Divergent Evolution of Duplicate Genes Leads to Genetic Incompatibilities Within A. thaliana
p. 623-626.

せっかちな量子的死を扱う(Dealing with a Quick Quantum Death)

量子状態は情報を蓄積し、それを用いて量子論理演算を実行することができる。この論理演算は、もし、拡大することができれば、ある種の仕事に対しては古典的な計算機よりも、潜在的に遥かに高い能力を有している。量子状態のもつれは、このような仕事の中核をなすものである。プログラムされた量子状態がそれらの周囲と相互作用するにつれ、その状態は崩壊することが知られているが、最近の研究では、もつれは遥かに速く崩壊する可能性--本質的には突然終了してしまう--があることが示されている。Yu と Eberly (p.598) は、この影響をレビューして、このような突然の喪失を扱うための潜在的なアプローチ方法を示唆するともに、量子系に対して考えられる影響について述べている。(Wt)
Sudden Death of Entanglement
p. 598-601.

強度とサイズの問題(Strength and Size Matters)

多結晶金属は、結晶の粒径が小さくなるにしたがって強度を増す。それは結晶欠陥が移動し伝搬することが益々困難になる(Hall-Petch関係による現象)からである。ある粒径以下になると強度を増す効果が停止し、いくつかの物質では数十あるいは数百ナノメートルの範囲の粒径において、粒径の減少と共に弱くなるものさえある。Luたち(p. 607)はナノ結晶の銅において、変形メカニズムが粒径と共にどのように変化するのか、特に双晶境界が銅の強度を決める役割に関して示している。(hk,KU,nk)
Revealing the Maximum Strength in Nanotwinned Copper
p. 607-610.

群れるべきか、群れざるべきか?(To Swarm or Not to Swarm?)

サバクバッタ(desert locusts)が行う無害な"単生" ("solitarious")の形態から"群生" ("gregarious")相への劇的な変質は、密集度に依存する表現型可塑性(phenotypic plasticity)の最も奇妙で象徴的な実例の1つであり、経済的に大惨事をもたらす実例の1つでもある。Ansteyたち(p. 627; Stevensonによる展望記事参照; カバー記事参照)は、個体の行動変化と、この例では集合と集団移動へと至るような、群構造の根底変化とを関係づける神経化学的メカニズムを明らかにした。表現型変化(phenotypic change)を引き起こす鍵は、どこにでもある神経伝達物質セロトニンであり、この化合物はバッタの個体群密度を測っている複合した知覚信号(sensory cues)に反応して合成される。セロトニンは相互嫌悪するバッタから相互誘引するバッタへと切り替えるが、これが集団形成に必須の第1段階なのである。(TO,KU,nk)
Serotonin Mediates Behavioral Gregarization Underlying Swarm Formation in Desert Locusts
p. 627-630.
ECOLOGY: The Key to Pandora's Box
p. 594-595.

グラフェンに水素を添加すると(Adding Hydrogen to Graphene)

水素添加という化学処理は不飽和脂肪酸を飽和させるプロセスとして食品科学分野では一般的であるが、今回、Eliasたち(p.610, Savchenkoによる展望記事も参照)は、同様な処理が凝集物質物理にも実現できたことを報告した。彼らは平面状の6方晶系で導電性の最薄炭素層であるグラフェンに水素を作用させ、従来のグラフェンとは大きく異なる物性に転換させた。単層のグラフェン層は結晶構造と導電性を保持したままグラファイトを1層ずつ剥がすことで得られる。また、FETのように基板上にこれを乗せ、基盤と層の間の電位を調整して電子やホールの密度を変えられるため、量子力学やナノ電子技術に応用が可能である。通常の半導体とは異なり、グラフェンの導電電子やホールは質量を持たず、したがって光子のように振る舞う。さらに、電子やホールが存在する2つのエネルギーバンド間にエネルギーギャップが存在せず、そのためグラフェンの電子伝導度は非ゼロであり、グラフェン層間には自由荷電粒子が存在しない。これは、ある種の用途には問題となるが、グラフェンの場合は、グラフェンのシートを幅が100ナノメートル以下のリボン状に切り出すと、電子やホールをこの「量子の箱」に閉じ込めることができ、2つのバンド間にギャップが形成される。このリボンを切り出すと、リボンの端で電子結合が宙ぶらりんとなり、化学的に活性を持ち、周囲の元素と反応する。一般的にグラフェン表面は化学的には不活性と考えられており、層内の炭素間結合に寄与しない電子は全原子で共有されている。この電子が電気伝導を与える。最近の理論研究でSofoたちはグラフェンの水素添加によって、エネルギーバンドが大きくなり、物性が安定化することを予言していた。水素添加されたグラフェンでは転換炭素原子は添加水素の影響で反対方向に引き出される。この原子構成はダイアモンドと似ており、非導電性でエネルギーギャップが大きい。ダイアモンドと異なる点は、水素添加グラフェンでは、水素の量を制御することでギャップの大きさを制御できる点である。(Ej)
Control of Graphene's Properties by Reversible Hydrogenation: Evidence for Graphane
p. 610-613.
MATERIALS SCIENCE: Transforming Graphene
p. 589-590.

化学的なコミュニケーションのモデル化(Modeling Chemical Communication)

酵母といった単細胞生物の集団においては、溶液中の密度に応じて彼らの協調行動に転換が生じ、更に、この転換は化学的なシグナル伝達を通してトリガーされていいと信じられている。Taylorたち(p.614)は、膨大な数の化学的発信器(約100,000個)の研究により、彼らの変化をモデル化した。周期的に変動するベロウソフ-ジャボチンスキー反応(Belousov-Zhabotinsky reaction:BZ reaction)を促進する触媒を含んだ小さな多孔性の粒子が、その反応物と共に溶液中に懸濁された状況が調べられた。同期的な変化と急激なクオラムセンシング(定員数を感知する)的変化の両方が、発信器の密度と細胞外の溶液を通してのシグナル伝達種の交換速度の関数として観察された。(KU,Ej,nk)
Dynamical Quorum Sensing and Synchronization in Large Populations of Chemical Oscillators
p. 614-617.

ゆっくりしたクリープと他の動き(Slow Creep and Other Movement)

最近、一連の小さな揺れ、或いは微動と共にゆっくりしたクリープが、日本や北米の太平洋北西部のCascadiaを含めて幾つかの大きな沈み込みゾーンで認識されている。地震災害におけるこれらの微動の源と影響は明らかでなく、そして微動源の位置を正確に決めることがメカニズムを考える上で重要となる。La Roccaたち(p.620)は、微動源からの様々なタイプの波の到着時間の比較に基づいて、これらのミクロな地震の場所を正確に決定する方法について述べている。この方法を用いて、Cascadia地震が主要な沈み込み断層に沿って群発していることが示された。(KU,Ej)
Cascadia Tremor Located Near Plate Interface Constrained by S Minus P Wave Times
p. 620-623.

低酸素感受性の制御(Regulating Hypoxic Sensitivity)

生物、及びその細胞の酸素需要量は大きく変化する。低酸素感受性に関する遺伝的決定要因を調べるために、Andersonたち(p.630)は、厳しい低酸素条件から回復した線虫変異体のスクリーンを行った。翻訳機構の一成分であるアルギニル-転移RNA(tRNA)合成酵素における機能-減少変異体が単離された。他のアミノアシル-tRNA合成酵素も同様に低酸素感受性を制御していることが見出された。翻訳抑制のレベルは低酸素への抵抗性と相関していた。折りたたまれていないタンパク質への無傷の細胞応答が変異体の高レベルの低酸素抵抗に必要であり、このことは翻訳抑制が折りたたまれていないタンパク質応答と協同的に機能して、低酸素による細胞損傷を和らげていることを示唆している。(KU)
Survival from Hypoxia in C. elegans by Inactivation of Aminoacyl-tRNA Synthetases
p. 630-633.

緊張状態を感じること(Feeling Tense)

細胞外基質と細胞骨格との間の力の伝達は細胞機能にとって重要である(Schwartzによる展望記事参照)。タリン(細胞骨格と接着タンパク質である膜インテグリンを結びつけるタンパク質)が力を伝達する方法のモデルはあるが、実験的な証拠が欠如している。del Rioたち(p.638)は、生理学的に関係した力でタリンを伸長させると、ビンキュリン(タリン結合によって活性化される接着点タンパク質)にたいする潜在的な結合部位が露出し、細胞骨格の再編成が生じることを示している。インテグリンを結合した細胞表面によるその微小環境への細胞の動的な接着が、細胞の広がりと遊走に重要である。Friedlandたち(p.642)は、内部の細胞骨格とフィブロネクチンで被覆された細胞表面との間で作られた張力によって、インテグリンが活性化されることを見出した。張力によってインテグリン-フィブロネクチンの相互作用が制御され、この相互作用が弛緩した状態と緊張状態の間をスイッチし、細胞内のシグナル伝達経路を活性化している。(KU)
CELL BIOLOGY: The Force Is with Us
p. 588-589.
Stretching Single Talin Rod Molecules Activates Vinculin Binding
p. 638-641.
5β1 Function
p. 642-644.

白金のナノ結晶を作る黄金の経路(A Golden Route to Platinum Nanocrystals)

貴金属はしばしば触媒として利用されるが、そのために化学反応を起こす表面の面積を増加させるため、微細な粒子に加工する。ナノ結晶は表面が特定の結晶学的方位を有しており、その方位に従った異なる物性を有しているため、結晶性の高い粒子では、より大きくて多様な反応性を有している。しかし、100ナノメートル以下の結晶性粒子を作るのは容易ではない。直径5ナノメートル以下の粒子は一般的に表面が丸みを帯びており、反応性が低い。Schrinner たち (p. 617)は、直径2〜3ナノメートルの金と白金のナノ合金粒子を白金ナノ結晶粒子に変換する経路を報告している。この粒子はラテックス粒子の表面上のポリマーのネットワークに埋め込まれ、シアンイオン溶液による浸出反応によって何時間もかけて金が徐々に取り除かれ、粒子は単結晶となる。ポリマーのネットワークのお陰で白金ナノ結晶が凝集することなく、そのまま水素化反応に利用された。(Ej,hE)
Single Nanocrystals of Platinum Prepared by Partial Dissolution of Au-Pt Nanoalloys
p. 617-620.

植物発生時の非対称な分裂(Asymmetric Division in Plant Development)

植物の内部では他の多細胞真核生物と同様に、発生中に非対称分裂を起こし、その形体や多様性を形成するために利用している。非対称分裂は発生過程中に正しく方位づけられていなければならないことは言うまでもないが、その植物内での詳細はほとんど解明されていない。動物に見られる非対称細胞分裂の極性化に用いられるタンパク質や、動物細胞の方位付けに関与する経路は植物には存在しない。約50年前、発生中の草の葉の分裂パターンの観察において、補助母細胞の非対称分裂が気孔複合体の補助細胞に影響を与えて隣接する孔辺母細胞によって極性化され、孔辺細胞の前駆体となっていることが既に提案されていた。Cartwright たち(p. 649; およびSackとChenによる展望記事も参照)は、受容体様タンパク質のPAN1が関与して、孔辺母細胞由来のシグナルの伝達における非対称分裂の準備として補助母細胞を極性化させるとした。このように、非対称細胞分裂は、細胞外部の合図に反応して極性化される。(Ej,hE)
PAN1: A Receptor-Like Protein That Promotes Polarization of an Asymmetric Cell Division in Maize
p. 649-651.
PLANT SCIENCE: Pores in Place
p. 592-593.

ミエリン形成こそ重要(Myelination Matters)

脊椎動物の神経系の決定的な特色の1つは、活動電位の速い伝達である。速い伝達は脊椎動物における有髄神経によって達成され、ミエリン形成(髄で覆うこと)によって、伝達速度は300倍にまで増す。Kaoたちは、哺乳類ニューロンのミエリン形成に関与するキーとなるシグナル伝達系を記述している(p.651)。ニューレグリンとErbB受容体が、プロテインホスファターゼ、カルシニューリン、さらには転写制御因子NFAT(活性化されたT細胞の核内因子)を活性化することでもう1つの転写制御因子であるKrox20を誘発し、それが次にミエリン形成遺伝子の宿主を制御しているのである。(KF)
Calcineurin/NFAT Signaling Is Required for Neuregulin-Regulated Schwann Cell Differentiation
p. 651-654.

超伝導の臨界点(A Critical Point for Superconductivity)

高温超伝導銅塩の正常な状態におけるキャリアの振る舞いを理解することが、この物質を理解する鍵であると議論されてきた。量子の臨界性の振舞いについてさまざま議論がなされてきたが、(懸案の量子臨界点がその状態図の中に存在すると考えられていた)興味深い領域が、超伝導領域によってマスクされているせいで、実験的証拠は説得力を欠くものだった。Cooperたちは、高磁場を用いて超伝導領域を引き剥がしていくことによって、徐々に量子臨界点のベールを取り除いた(p. 603、12月11日の電子版; またBoebingerによる展望記事参照のこと)。この測定結果は、他の量子臨界系の振る舞いを比較する際に参照すべきものになるだけでなく、そうした物質内で進行していることを解釈するための明快な図式を提供するものである。(KF)
Anomalous Criticality in the Electrical Resistivity of La2–xSrxCuO4
p. 603-607.
PHYSICS: An Abnormal Normal State
p. 590-591.

作用中のカルモジュリン(Calmodulin in Action)

単一分子に力を作用させることが出来れば、タンパク質のエネルギー模式図を明瞭に調べることが可能になる。しかしながら、分解能の限界があるため、そうした研究は主に非平衡状態において実行され、アンフォールディングおよび結合解除の反応だけが調べられてきた。このたびJunkerたちは、特製の低ドリフト原子間力顕微鏡を用いて、Ca2+と標的ペプチド類の存在下で、平衡状態にある単一のカルモジュリン分子のゆらぎを直接観察した(p. 633; またBestとHummerによる展望記事参照のこと)。その結果は、リガンド結合がカルモジュリンの折りたたみのダイナミクスを調節している、ということを明らかにするものであった。(KF)
Ligand-Dependent Equilibrium Fluctuations of Single Calmodulin Molecules
p. 633-637.
BIOCHEMISTRY: Unfolding the Secrets of Calmodulin
p. 593-594.

末端のことが見えてきた(End in Sight)

直線的な真核生物の染色体の末端には、末端の複製に関する問題のせいで染色体がどんどん短くなって、遺伝情報が失われるのを防ぐために、テロメアとして知られる特殊化したDNA配列によってキャップが被せられなければならない。その特殊化した配列を付加する酵素はテロメラーゼとして知られるものだが、癌においてしばしば誤って発現することもあり、3つのこれまで知られた構成要素で成り立っている。それらは、逆転写酵素とRNA分子(TERC)、そしてタンパク質dyskerinである。Venteicherたちは、4番目のdyskerinに付随したサブユニット、テロメラーゼ・カハール体タンパク質1(TCAB1)を哺乳類のテロメラーゼの核部分に同定した(p. 644)。TCAB1はテロメラーゼの生体内機能にとって必須であり、TERCを核内のカハール体へと補充し、それによって、細胞周期のS期にTERCをテロメアに届けているのである。(KF)
A Human Telomerase Holoenzyme Protein Required for Cajal Body Localization and Telomere Synthesis
p. 644-648.

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