AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science January 16 2009, Vol.323


銀河のちり(Galactic Dust)

ビッグバンからわずか8億7千万年経過した時点の銀河の中でダストが検出される。どのようにして、このような初期において宇宙がダストに満たされるのかは、論争の種であった。我々の銀河系の近くの宇宙では炭素星が重要なダスト源であるが、初期の宇宙ではその寄与は不明なところが多い。Sloan たち (p.353)は、Spitzer 望遠鏡からのデータを用いて、初期の宇宙でならこう見えるのではないかと想定される星と似ている 近傍銀河中の炭素星を研究した。太陽よりも少ない重元素しか含まれていないにもかかわらず、この星はダストを生成しており、それの原初の組成はダスト生成には障害ではないことを示している。(Wt,nk)
Dust Formation in a Galaxy with Primitive Abundances
p. 353-355.

表面に何も見えないようにすること(Seeing Nothing on the Surface )

変換光学はマックスウェルの方程式をうまくあやつる方法を提供し、またメタマテリアル(自然界に存在する物質では不可能な機能を生じるようにデザインされた人工的な機能材料である)と共に用いると、自然界で入手可能な物質では実現できない"トリッキーな機能"を光に持たせる可能性を提供する。これの一つの応用には、光がある領域の周りをうまく迂回して通過し、その領域内に置かれた物体が視界から隠されるようにしてしまう透明マント(cloak)がある。Liuたち(p. 366)は、金属表面に置かれた物体に対してマント(cloak)を作成しそれを実証した。メタマテリアルマントは数千の個々の異方性かつ非共振性の要素ユニットからなり、その個々のユニットは個々に設計され、自動化されたプロセスによって製作された。透明マントが作られ、広い周波数範囲にわたって機能した。(hk,KU,nk)
Broadband Ground-Plane Cloak
p. 366-369.

欠けていた炭酸塩の源が見つかる("Missing" Carbonate Source Found)

海洋におけるカルシウム炭酸塩のほとんどは、通常海洋プランクトン、特に円石藻(coccolithophores)と有孔虫(foraminifera)から生成される。Wilsonたち(p.359;SeibelとDierssenによる展望記事参照)は、別の重要な源として、これまで硬骨類の魚が見過ごされてきたことを示している。硬い骨からなる骨格を持つ硬骨類の魚は、彼等の消化器官の中にカルシウムあるいはマグネシウムの豊富な海水を絶え間なく摂取し、浸透圧調整の反応から多量のカルシウム炭酸塩を生成し、それを排泄物として出している。このカルシウム炭酸塩は、プランクトンの生成よりもマグネシウムが豊富に含まれ、そのため水により溶けやすく、海洋の炭酸塩の収支の4分の1以上を構成しているかもしれない。そして、海洋の上部1000メートルにおける炭酸塩の分布を巡って多くの混乱した見方があったが、このカルシウム炭酸塩は、海洋の炭酸塩の収支で欠けていた部分に相当する可能性がある。(TO,nk)
Contribution of Fish to the Marine Inorganic Carbon Cycle
p. 359-362.
OCEAN SCIENCE: Animal Function at the Heart (and Gut) of Oceanography
p. 343-344.

まるで丸天井(Vaults in View)

興味深いがよく理解されていない構造として、真核細胞中に広く分布している大きなリボ核タンパク質粒子でヴォールト(円蓋)と呼ばれているタンパク質がある。これは電子顕微鏡像によると、まるで大聖堂の丸天井を支える複雑なアーチのように見えることから名付けられた。Tanaka たち(p. 384)は、ラット肝臓のヴォールトの構造を報告し、78個の部分構造から構成され、円筒状に折り畳まれた39の同じ主要ヴォールトタンパク質(MVP)鎖からなる半ヴォールトの2量体が鳥籠形状を構成していることを示した。一つの領域の構造は脂質ラフト結合領域と類似しており、病原体クリアランスの役割を演ずる脂質ラフトにこのヴォールトが充当されるという以前の知見と整合する。(Ej,hE)
The Structure of Rat Liver Vault at 3.5 Angstrom Resolution
p. 384-388.

衝撃を受けていないアポロ(Unshocked Apollo)

アポロ計画の期間中に集められた多くの月の石は、磁気(magnetic signature)を帯びている。しかし、磁場は衝撃の際に生じたのか、あるいは月に内在していた金属核によるダイナモ効果で生成したのかは判っていない。Garrick-Bethellたち(p. 356)は、アポロが持ち帰った衝撃を受けていない、最も古い約42億年前の年代の石のサンプルを分析した。彼等の分析には、そのサンプルの温度履歴の再現と、様々な鉱物における特定の残留磁気特性(remnant magnetic signatures)と温度履歴特性とを関係付けることが必要だった。その分析データは、その年代に強力で持続的な磁場が存在し、おそらく月の内部の鉄コアが対流することで磁場が生成されていた可能性が高いことを示唆している。(TO,Ej,tk)
Early Lunar Magnetism
p. 356-359.

無機材料で有機的芸術を作る(Forming Inorganic Biomorphs)

シリカ存在下で炭酸バリウム或いは炭酸ストロンチウムを含む溶液から結晶を成長させる際、炭酸塩の形状とシリカの形状の間で化学的カップリングが生じる。このカップリングは成長面におけるpHの振動と二つの化合物の波のように交互に変化する析出を発生させる。Garcia -Ruizらは(p362; Kunz とkellermeirの展望記事参照)この振動現象を追跡し、多様な美しい流線型の析出物が得られることを発見し、これを"Bimorphs"と命名している。これら無機複合体は典型的な双晶の擬六方晶毒重石結晶から生じているが、シリカによって結晶成長が変化し結晶学的分岐を経ない。この複雑な構造は、ある種の原始有機体の成長と非常によく似ているという。(NK,tk)
Morphogenesis of Self-Assembled Nanocrystalline Materials of Barium Carbonate and Silica
p. 362-365.
MATERIALS SCIENCE: Beyond Biomineralization
p. 344-345.

遺伝子の精霊(Gene Genie)

種分化の遺伝子は僅かしか同定されておらず、同定された遺伝子はその後の種分化の段階で生じる強化プロセスに関与しているらしい。Phadnis and Orr(p.376,12月11日の電子版;Willisによる展望記事参照)は種分化の遺伝子を同定したが、この遺伝子は合衆国とコロンビアにおけるショウジョウバエpseudoobscuraの集団間での生殖隔離を引き起こす。Overdriveと命名されたこの遺伝子は、二種の密接に関係したショウジョウバエの亜種間での雑種不稔性をもたらし、また雑種の分離ひずみ--子孫へのひずみ遺伝子(distorter gene)の伝達を好ましくするメンデルの分離法則上のバイアス--をももたらす。このように、遺伝的矛盾が種分化に於ける重要な進化の力なのかもしれない。(KU)
A Single Gene Causes Both Male Sterility and Segregation Distortion in Drosophila Hybrids
p. 376-379.
GENETICS: Origin of Species in Overdrive
p. 350-351.

線虫の間違った行動(Nematodes Behaving Badly)

病原性や共生の微生物は免疫応答をトリガーし、宿主の挙動をコントロールするが、これは明らかに宿主と微生物の間での複雑なコミニュケーションの結果である。様々な系統の線虫間での病原体感受性に関する自然変動は、npr-1遺伝子の多形性に関連付けられているが、この遺伝子は哺乳類の神経ペプチドY受容体の相同体をコードしている。Reddyたち(p.382)は、NPR-1-介在の病原体感受性のメカニズムを研究し、そして細菌の存在によって引き起こされた酸素レベルの変化に対応した線虫の行動変化が、病原体への更なる曝露に由来し、結果として感受性の増加を引き起こす。これらのデーターは病原菌の存在下で線虫生存への行動回避の重要な貢献を強調している。(KU)
A Polymorphism in npr-1 Is a Behavioral Determinant of Pathogen Susceptibility in C. elegans
p. 382-384.

抗生物質からの逃避(Escape Artists)

細菌の多種薬剤耐性(MDT)は、感染を完全に押さえ込もうとする抗生物質を無能化する点で大いに危惧すべき現象である。殆どの抗生物質は分裂細胞をいち早くターゲットする。MDTはpersisterと呼ばれる小さな細菌細胞の集団によってもたらされるが、この細胞集団は何らかの方法で休眠状態となり、その後抗生物質の除去後に成長相に戻り、感染を再開する。耐性に関する生化学的な基礎は未知であるが、大腸菌のHipA(high persistece A:高耐性A)タンパク質が真実の耐性因子として同定されている。Schumacherたち(p.382)は、HipAの機能の背後にある構造面でのメカニズムを研究している。HipAは必須の翻訳因子であるEF-Tuをリン酸化するセリン/スレオニンキナーゼであり、EF-Tuは潜在的に翻訳を停止し、細胞を仮死状態に導くものである。HipAを無効化するDNA結合タンパク質HipBは、HipAを不活性な状態にロックし、EF-Tuの標的からHipAを隔離することが見出された。(KU,so)
Molecular Mechanisms of HipA-Mediated Multidrug Tolerance and Its Neutralization by HipB
p. 396-401.

Draxinと軸索誘導(Draxin and Axon Guidance)

発生中の神経系は、成長していくニューロンの軌道をガイドする種々のシグナルやモルフォゲンの助けを借りて構築される。Islamたちは、draxinと呼ぶ軸索誘導タンパク質を同定した(p. 388)。ニワトリとマウスでの実験では、draxin(神経突起の伸長を抑制するらしい)が、ニューロンが脳の正中(midline)をうまく交差して、脳の主要な神経交連(commissure:神経を横に連絡する繊維)を形作るのに必要であることを示している。(KF,KU)
Draxin, a Repulsive Guidance Protein for Spinal Cord and Forebrain Commissures
p. 388-393.

インサイダー的なRNAの仕事(Insider RNA Job)

レトロウイルスは、宿主のゲノムに統合されたあとで、宿主細胞由来の遺伝的配列をたまたま獲得する能力があるということで知られているが、複製のその機構がまさに違うせいで、非レトロウイルスであるRNAウイルスは、DNA-統合フェーズが無く、外来性の配列をたやすく乗っ取ってしまうことはできないと考えられてきた。このたびGeukingたちは、非レトロウイルスであるマウスのRNAウイルスが、内在性のレトロトランスポゾンと力を合わせて、ウイルスのRNAの逆転写と宿主細胞への統合を可能にしていることを発見した(p. 393)。リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスは内在性の大槽内(intracisternal)A-型粒子との組み換え型を形成し、レトロトランスポゾンと一緒になってマウス染色体中に統合可能な相補的DNA分子が生じる。こうした知見は、遺伝子治療においてRNAウイルスベクターを利用する可能性をも含むものである。(KF、KU)
Recombination of Retrotransposon and Exogenous RNA Virus Results in Nonretroviral cDNA Integration
p. 393-396.

染色質とDNA修復と変異と(Chromatin, DNA Repair, and Variation)

ゲノムDNAは染色質の中に織り込まれている。このパッケージの主要な要素は、その周囲におよそ二本鎖DNAの150個の塩基対が巻きつきうるヒストンタンパク質複合体からなるヌクレオソームである。染色質は、転写因子やDNA修復因子などのエフェクタータンパク質のゲノムへのアクセスに影響を与えることがある。染色質はその後にも、遺伝的変異に影響しているのだろうか? Sasakiたちは2種のJapanesekillifish(メダカ)のゲノムを比較し、転写開始の前後における変異の割合が、ヌクレオソームの占有と相関して周期的な山や谷のパターンをなしており、極大時には挿入や削除、極小時には置換が行われていることを示している(p. 401、12月11日の電子版; また、SempleとTaylorによる展望記事参照のこと)。転写と結びついた修復がこの変異パターンに貢献しているらしい。(KF,so)
Chromatin-Associated Periodicity in Genetic Variation Downstream of Transcriptional Start Sites
p. 401-404.
MOLECULAR BIOLOGY: The Structure of Change
p. 347-348.

ポリマーを相に留める(Keeping Polymers in Phase)

分子における電子が光を吸収すると、励起状態になる。この量子力学的な現象にたいするもっとも身近な古典力学的類推は時計の上下する振り子である。この類推と一致して、分子の電子は全面的に照射された試料を通して或る位相を共有する。しかしながら、溶媒の乱れと同じように、励起分子間のランダムなお互いの相互作用により、この共有された位相関係は通常数十ヘムト秒内で急激に消滅する。最近の研究から、ある種の光合成タンパク質が共有結合したドメイン間で位相コヒーレンスを保持する能力を持っており、そしてそれ故に一方から他方へのエネルギー移動を促進していることが示された。Collini and Scholes(p.369;Bredas and Silbeyによる展望記事参照)は、類似の効果が十分に溶媒和した共役ポリマーにおいても生じていることを示している。超高速の異方性測定から、予期される位相消滅時間よりも長い時間スケールにて個々のポリマー鎖に沿ってのコヒーレントなエネルギー伝達が明らかになった。しかしながら、ポリマー間の伝達はコヒーレントには起こらず、このことは分子内の位相保存のメカニズムを示唆している。(KU)
Coherent Intrachain Energy Migration in a Conjugated Polymer at Room Temperature
p. 369-373.
CHEMISTRY: Excitons Surf Along Conjugated Polymer Chains
p. 348-349.

マウスの雑種不稔性(Hybrid Sterility in Mice)

交配すると生殖不能な子孫を生じるような、2つの密接に関連した植物あるいは動物の亜種が存在しているということは、雑種不稔性という現象を実証するものであり、新しい種の形成における重要な隔離メカニズムを示している。Miholaたちは、マウスの亜種Mus musculus musculusとMus musculus domesticusとの間の雑種不稔性を引き起こす、雑種不稔性1遺伝子(Hst1)を同定し、単離した(p. 373、12月11日の電子版; またWillisによる展望記事参照のこと)。この雑種不稔性表現型の特定によって、遺伝子PR領域9(Prdm9)がHst1であることが明らかになった。Prdm9はヒストンH3リジン4trimethyltransferaseをコードしており、精巣(一次精母細胞)と卵巣の双方の生殖細胞に発現し、そこでmicrorchidia 2bの発現を制御している。Prdm9は、初発性の種分化イベントであるDobzhansky-Muller不適合性に関わる要素であろう。(KF,KU)
A Mouse Speciation Gene Encodes a Meiotic Histone H3 Methyltransferase
p. 373-375.
GENETICS: Origin of Species in Overdrive
p. 350-351.

無数の変異の蓄積(Myriad Mutation Accumulation)

ゲノムレベルでの変異の蓄積率とその影響は、従来は、微細スケールでの進化速度を決定するのに用いられた遠く関連する生物間での推論によって特徴付けられていた。Moranたちは、エンドウマメ・アブラムシの内部共生体である細菌Buchneraaphidicolaの7つの系統の全ゲノム配列を決定したが、それはヌクレオチド塩基置換が高率であることを明らかにし、遺伝子不活性化の根底にある個々の停止の解決を可能にするものであった(p. 379)。さらに加えて、DNAの純損失が大きな欠失によるものであることが発見され、遺伝子損失が同定され、アデニン/チミンホモポリマーの蓄積により小さな挿入と欠失が高率になり、タンパク質翻訳領域遺伝子のフレームシフトを生み出していることも発見された。こうした知見は、減少した細菌性ゲノムの偏った塩基組成と遺伝子機能の損失の継続との間の関連を明らかにするものである。(KF)
The Dynamics and Time Scale of Ongoing Genomic Erosion in Symbiotic Bacteria
p. 379-382.

[インデックス] [前の号] [次の号]