AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 1, 2008, Vol.321


速いといったらどのくらい速い?(How Fast Is Fast?)

アイスコア記録から、重要な気候変化は極めて急激に起こりうることを示していた。時間的に解像の高い記録が取れるアイスコアを使ったとしても、大多数の気候変化がどのくらい速く起こるのかを正確に測定することは難しかった。その主な理由は、ほとんどの気候インジケータが示す複数年度にまたがった変動性(interannual variability)と、そして異なる記録間の時間スケールを同期させることの困難さである。Steffensen(p.680, 6月19日オンライン出版;Fluckiger による展望記事参照)は、グリーンランドで採取した高解像度な記録を持つ1つのアイスコアに含まれる、複合的な気候プロキシを測定する精巧な分析的手法を使った。同一のアイスコア内にある数種のパラメータを測定することにより、別々の場所のデータに対して相互計測(intercalibrate)を試みようとした時に発生する問題を取り除いた。この高解像度の測定は、1年以内の時間スケール(subannual timescales)での気候変化を突き止めた。その結果、最後の氷河期以内の2つの急激な温暖化の期間で、気候のいくつかの属性が1年間よりも短い期間で変化していることを観測した。(TO,Ej)
High-Resolution Greenland Ice Core Data Show Abrupt Climate Change Happens in Few Years
p. 680-684.
CLIMATE CHANGE: Did You Say "Fast"?
p. 650-651.

多様な生物が住むホットスポット(Spotlight on Biodiversity Hotspots)

地球上には極めて多様な生物が生息する特定の地域がある。これらの地域は、生物多様性ホットスポットと知られつつあるが、ホットスポットの歴史については詳しく解ってない。Renema たち(p. 654) は、海洋生物の多様性ホットスポットの地球規模の移動についてレビューした。古生物学や分子的進化に関する文献の証拠を組み合わせることによって、移動性で地球規模のテクトニックな現象に対応する少なくとも3箇所の新生代のホットスポットが同定できた。著者たちは、これらのホットスポットが地球を半周程度も移動し、この継続的なホットスポットの誕生や消滅が、環境の変化や生物多様性パターンと関連していることを説明した。現代のインド-オーストラリア列島ホットスポットの生物分類の歴史から、現代の生物多様性のパターンは、更新世以前の現象が大きく影響しているという。(Ej,hE)
Hopping Hotspots: Global Shifts in Marine Biodiversity
p. 654-657.

非リボソームペプチド合成酵素の構造(Nonribosomal Peptide Synthetase Structure)

非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)は、マルチモジュ−ルの巨大酵素であり、抗菌バンコマイシンといった医学的に重要な化合物を含めた複雑なペプチドの生合成を触媒する。個々のモジュールは、少なくともアデニル化領域、ペプチジル担体タンパク質領域、及び凝縮領域を含んでいる。必須領域の総ての構造は得られているが、それらがどのように組織化されてペプチド鎖を伸ばしているかは不明である。Tanovicたち(p.659,6月26日のオンライン出版)は、完全に出来上がったモジュールの構造を決定した。領域の組織化により、NRPSモジュール内部での触媒ステップをどのように協調して行っているかが示唆され、この協調により、新たなペプチドの生合成を可能にするようなキメラ様のNRPSタンパク質の作用を容易にしているらしい。(KU)
Crystal Structure of the Termination Module of a Nonribosomal Peptide Synthetase
p. 659-663.

金の構造を振って明らかにする(Shaking Out Gold Structures)

ナノスケール金クラスターによる酸化触媒作用はクラスターサイズと原子の配列に非常に敏感であるが、これらのパラメーターを同定することは、特に混合材料の場合非常に困難である。Grueneたち(p.674)は、ガス相質量分離法により3つの中性クラスターAu7、Au19、Au20を分離し、試料の配列的純度を高め、それぞれの原子配列構造を調べた。遠赤外振動分光測定と密度関数理論から得られた理論的吸収スペクトルとの比較により、最小のクラスターは平面型を、Au20は4面体配列型を、そしてAu19はその4面体の頂点原子をとり去った構造をとっていると帰属した。(NK)
Structures of Neutral Au7, Au19, and Au20 Clusters in the Gas Phase
p. 674-676.

時と場所におけるシグナル伝達(Signaling in Time and Place)

生物の制御機構に関与するタンパク質は、しばしば大きな複合体を構築し、その内部でシグナル伝達分子が相互作用して生化学的なシグナルを伝播する。Matsuzawaたち(p.663,7月17日のオンライン出版;Eliopoulosによる展望記事参照)は、細胞表面にある活性化された受容体CD40(腫瘍壊死因子受容体ファミリーのメンバー)にて構築されたタンパク質の複合体を解析した。この複合体は受容体へのリガンド結合後数分以内に細胞表面で作られ、30分後に細胞質へと移動した。驚いたことに、マイトジェン-活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)JNKとp38、及びMAPKキナーゼMEKK1の活性化は、この複合体が受容体を離れて細胞質に移動するときのみに検知された。アダプタータンパク質TRAF3の分解にはCD40からのこの複合体の遊離が必要である。他の受容体もこのような機構を用いて、受容体の刺激に応じてシグナル伝達タンパク質を活性化するような時と場所を特殊化しているらしい。(KU)
Essential Cytoplasmic Translocation of a Cytokine Receptor–Assembled Signaling Complex
p. 663-668.
CELL SIGNALING: "Make and Brake" in Signaling
p. 648-649.

星が生まれる(A Star Is Born)

宇宙初期の恒星の観測によると、ビッグバン以降に形成された初期の星でさえも、幾つかの重元素を生成するのに十分なほどの質量を有することが示唆されている。Yoshida たち (p.669; Bromm による展望記事を参照のこと) は、ビッグバン後から始まり、初期の恒星が形成される時間まで拡張したコンピュータシミュレーションについて記述している。結果は、ビッグバンにより生成された密度変化よりもずっと小さな小原始星でも、太陽よりも小さな原始星に対する核となりうることを示唆している。しかし、その原始星は大質量星にまで成長する可能性がある。(Wt)
Protostar Formation in the Early Universe
p. 669-671.
ASTRONOMY: The Cosmic Rosetta Stone
p. 647-648.

酸素還元用ポリマー電極(Polymer Electrodes for Oxygen Reduction)

燃料電池といろいろな空気電池を含むいくつかの重要な電気化学的デバイスは、プラチナ電極を使った高酸素還元率に依存している。プラチナの価格と資源不足は、代替材料を探るきっかけを作ってきた。その代替材料は、しばしば合金成分としてプラチナを含み、またその酸素還元率で苦しんでいる。導電性ポリマーを高表面積材料として安定化することができたとすれば、導電性ポリマーは代替材料として使えるはずである。Winther-Jensenたち(p. 671; Serviceによるニュース記事を参照)は、ゴアテックス膜(通気性の高い高耐水性の膜)上で気相重合によりポリエチレンジオキシチオフェンPEDOTpoly(3,4-ethylenedioxythiophene)を成長させた。彼らは、気相と水溶液中で高面積のプラチナ電極に匹敵する酸素還元率を報告している。プラチナと異なり、PEDOT電極はいくつかの応用においては不純物となる一酸化炭素があっても酸素還元が緩慢にはならない。(hk,Ej)
High Rates of Oxygen Reduction over a Vapor Phase–Polymerized PEDOT Electrode
p. 671-674.
CHEMISTRY: New Catalyst Marks Major Step in the March Toward Hydrogen Fuel
p. 620.

ヒト免疫-自然感染(Human Immunity-Naturally)

動物モデルは感染症に対する我々の免疫に関する理解に役立ってきたが、この動物モデルにより、ヒトの免疫系が様々な病原体にどのように対応しているかをどのくらい正確に予想できるのだろうか?Von Bernuthたち(p.691)は、稀なヒト免疫不全症を用いて、様々な生得的な免疫経路が果たしている役割を調べた一連の研究を続けている。その研究はMyD88に的を絞っており、このものはマウスにおいて広範囲の病原体に対する防御で決定的な役割を果たしているシグナル伝達アダプターである。このアダプターは免疫応答遺伝子の活性化にキーとなるToll様受容体(TLR)とインターロイキン-1(IL-1)を結び付けている。マウスでの知見とは対照的に、TLRとIL-1において広範囲に欠陥を持つ被験者を用いたにもかかわらず、ヒト患者における同じタンパク質の欠如は、僅かな数の化膿菌にのみ感受性をもたらした。(KU)
Pyogenic Bacterial Infections in Humans with MyD88 Deficiency
p. 691-696.

予備的な粛清(Preliminary Purge)

Bリンパ球は、その表面上に体細胞性に再編成された免疫グロブリン受容体を発現するが、それはその細胞が後に産生する抗体と同じ重鎖および軽鎖を含んでいる。しかし、発生上の初期の遷移段階においては重鎖だけが発現し、これは、代用の軽鎖(SLC:surrogate light chain)はプレ(pre-)B細胞受体を産生するため細胞表面に重鎖がたどり着くのを助ける際に必要となることを意味している。この戦略は、軽鎖産生に実際に関わる前に、成功裏に重鎖再編成を完了したB細胞を「あらかじめ(pre-)選択する」ということである。Keenanたちは、潜在的に有害になりうる自己反応性B細胞の除去におけるSLCのさらなる役割についての証拠を提示している(p. 696、6月19日オンライイン出版)。SLCを欠くマウスは、自己抗体循環のレベルの上昇を示したが、それは、B細胞発生の初期段階における自己反応性細胞の抑制に直接帰結する。(KF)
Censoring of Autoreactive B Cell Development by the Pre-B Cell Receptor
p. 696-699.

痛みの専門家(The Pain Specialists)

痛みの研究においては、侵害受容性ニューロンのほとんどは多様式であって、さまざまな損傷を与える刺激に対して、特定の型の損傷の検出に特化した細胞表面受容体のレパートリによって応答していると想定されてきた。疼痛の様式(モード)と振る舞いを個々の感覚神経受容体に帰属させる試みは、これまで問題があったが、それはおそらく複数の損傷を感知する分子が存在しているためだった。しかし、このたび、侵害受容器のサブセットを遺伝的に切り分け、行動性および電気生理学的アッセイを用いることで、Abrahamsenたちは、特異的な型のナトリウムチャネル(Nav1.8)を発現する感覚ニューロンが、疼痛の伝達において様式(モード)特異的な機能をもつことを発見した(p. 702)。Nav1.8を発現する感覚ニューロンは、冷たい痛み、機械的な痛み、あるいは炎症性の痛みの振る舞いにおいて必須である。驚いたことに、神経障害性の痛みや熱による痛みの振る舞いには、Nav1.8を発現するニューロンは必要ではないのである。(KF)
The Cell and Molecular Basis of Mechanical, Cold, and Inflammatory Pain
p. 702-705.

多能性初期化

4つの転写因子をウイルスベクターで導入することにより、成体マウスおよびヒトの線維芽細胞を多能性の状態に初期化することができる。しかしながら、多能性細胞の起源については疑問が残っている。つまり、特定のゲノム部位に導入することが必要なのか、またどのようにして発癌性を減らせるかなど。Aoiたち(p. 699, オンラインで2月14日に発表)は、成体マウスの肝細胞および胃上皮細胞を初期化して多能性の状態であるiPS細胞を作製した。これらの細胞は胚性幹(ES)細胞とよく似ており、由来する細胞の特徴を示し、特定のウイルス導入部位を必要としないこと、また少なくとも30週は発癌性を示さないことがわかった。この研究はiPS細胞の初期化のメカニズムを理解するうえで重要であり、iPS細胞を用いて試験管内での病気の研究を行い、さらにこれを実際の治療に応用するための大きなステップとなるものである。(Ej,hE)
Generation of Pluripotent Stem Cells from Adult Mouse Liver and Stomach Cells
p. 699-702.

扱うのに熱すぎない(Not Too Hot to Handle)

固体酸化物燃料電池は、充分なイオン伝導性を発揮するために、高温で作用する必要がある。このことは、スタート時に長い時間がかかること、また、電池セルの他の部分との機械的および化学的な整合性に関する付加的な課題をもたらすことにもなる。Garcia-Barriocanalたちは、イットリウムで安定化されたジルコニア(YSZ)の超薄層をストロンチウム・チタン酸塩(STO)の2つの薄い層でサンドイッチすること、あるいはその配置で多層を作ることによって、層を横切るイオン伝導性が8桁も増加することを示している(p. 676)。この増加によって、このYSZ-STO組み合わせは、室温のほんの少し上という、固体酸化物燃料電池の実用的操作条件内に位置づけられる事になる。(KF,Ej)
Colossal Ionic Conductivity at Interfaces of Epitaxial ZrO2:Y2O3/SrTiO3 Heterostructures
p. 676-680.

腐った窒素(Rotten Nitrogen)

微生物による植物くずの分解により、タンパク質からアンモニウムまたは硝酸塩の形で窒素が遊離され、それらは引き続いて、生物が炭素を同化し、自己複製し、成長していくする際にその分解者によって再び、タンパク質へと固定されていく。Manzoniたちはデータを集め、微生物による分解の効率について、さまざまな植物のくずの栄養価との関係によるモデルを開発した(p. 684)。温度は分解率にとって重要だが、くずの中の炭素の対窒素比率が、窒素の固定化については主要な効果をもっている。分解者による炭素使用効率は、窒素の除去に炭素がどれだけ必要かに依存して、窒素のレベルに順応していく。窒素のレベルが低いと、呼吸された炭素損失がより高いという結果になる。(KF,KU)
The Global Stoichiometry of Litter Nitrogen Mineralization
p. 684-686.

スプライスする因子(Splice Factor)

転写物の選択的スプライシングによって、ゲノム内に相当な機能的多様性が生み出される。このことの良い例はCD45遺伝子において示され、この遺伝子はリンパ球における活性-依存的な制御された選択的スプライシングによって機能的に異なったいくつかのアイソフォームを産生する。Oberdoerfferたちは、特異的因子である不均一なリボ核タンパク質L-様(hnRNPLL: heterogeneous ribonucleoproteinL-like)を、CD45スプライシングの主要な制御因子として同定した(p.686、7月10日オンライン出版;また、Holmesによる展望記事参照のこと)。hnRNPLLが標的転写物と直接的な相互作用をしている証拠は未発見で、それが標的配列に結合してスプライソソーム成分と協力してエクソン切除を促進している正確な仕組みを明らかにするにはさらなる研究が必要である。(KF)
Regulation of CD45 Alternative Splicing by Heterogeneous Ribonucleoprotein, hnRNPLL
p. 686-691.
IMMUNOLOGY: A Splicing Switch for T Cells
p. 646-647.

ALS研究で幹細胞がブレークスルー(Stem Cell Breakthrough in ALS Research)

ハーバード大学、コロンビア大学のチームは、82歳のALS(筋萎縮性側索硬化症)女性患者の皮膚細胞から誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を作製し、これを運動神経細胞へと分化させることに成功したと発表した。ALSは重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、運動ニューロン病の一種である。本研究では、患者の皮膚細胞に4種の転写因子を導入して初期化してiPS細胞を樹立し、多能性を獲得したiPS細胞に神経細胞へと分化する分子を加えて運動ニューロンの特徴を示す細胞を得た。(hE)
(訳者解説)
この研究は、患者自身の細胞から得たiPS細胞を試験管内で様々な役割をになう細胞に成長させることが可能であることを示すものであり、新しい薬のスクリーニング、特に特定患者に有効な薬を試験することができ、また病気の原因やメカニズムを解明するうえでも極めて有用である。今週のサイエンス記事(11. 多能性初期化:京都大学、山中教授グループ)を参照されたい。iPS細胞については、山中教授がマウスiPS細胞の樹立に成功したと2006年8月に発表、またヒトiPS細胞にも成功したと2007年11月に発表(ウィスコンシン大学と同日)。山中グループよりも前にヒトiPS細胞を樹立していたとの発表もあり、特許を含めて世界中で研究が加速している。(hE)
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