AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 18, 2008, Vol.321


しゃべる魚(Talking Fish)

話す能力は人間特有の特性と思われているが、鳥、カエル、魚といった他の動物は発声(Vocalization)によって社会や環境の情報を知らせることができる。Bassたち(p.417; MargoliashとHaleの展望記事参照)は、成長後様々な発声を使うことで知られているBatrachoidid fishの幼生の成長について調べた。後脳の成長(特に8番目の菱脳節(rhombomere))を分析し、発声運動核の出現を明らかにした。この魚の発声ペースメーカー回路の発生は、その他の脊椎動物のものと似ている。発声をつかさどる脳回路の起源は脊椎動物進化時にまで遡るのかもしれない。(NK)
Evolutionary Origins for Social Vocalization in a Vertebrate Hindbrain–Spinal Compartment
p. 417-421.
NEUROSCIENCE: Vertebrate Vocalizations
p. 347-348.

ショウジョウバエの不眠症(Sleepless in Drosophila)

全ての動物は眠るし、起きている時間が長いほど眠気を催す。この眠るプロセスをより良く理解するためにKoh たち (p. 372; Youngsteadtによるニュース記事も参照)は、睡眠の制御に関与する遺伝子を探す目的で突然変異体のショウジョウバエをスクリーニングした。彼らは正常な睡眠に必要なsleepless遺伝子を見つけた。この遺伝子が無い場合には、ショウジョウバエは睡眠時間が非常に短くなり、正常なハエの約20%になる。長時間起こしておいた後の回復睡眠にも、このsleeplessは必要である。Sleepless遺伝子はShaker(これも睡眠に影響する)によってコードされるカリウムK+チャネルの活性を調節する遺伝子であるquiverの対立遺伝子である。K+チャネルに付随する神経細胞の感受性が睡眠を制御しているようであり、SLEEPLESSタンパク質は、膜興奮性を減少させることによって眠りへ駆り立てるシグナル伝達を行っているようだ。(Ej,hE)
Identification of SLEEPLESS, a Sleep-Promoting Factor
p. 372-376.
GENETICS: Simple Sleepers
p. 334-337.

残光(Afterglow)

ガンマ線バーストは、宇宙で最も大きなエネルギーを放射するものであるが、これは、高速に回転する大質量星をブラックホールが飲み込むときに生ずると考えられている。多くのバーストでは、長く伸びたX線の残光があとに残る。Kumar たち(p.376, 6月26日にオンライン出版)は、この残光を解析し、これが星からの連続する放射であると仮定して、飲み込まれた星の特性を決定した。三つの星を解析することにより、それらの回転速度が特徴付けられる。その解析により、星自体は残光に使われる質量の何倍もの大きさであるかもしれないが、残光にはほんの太陽の数倍の質量が消費されるだけであることを示している。(Wt)
Properties of Gamma-Ray Burst Progenitor Stars
p. 376-379.

完全を目指して(Striving for Perfection)

物質の機械的性質は、ほとんど理論的で理想的な物性値に達することはないが、それは、これを合成したり処理する過程で欠陥が導入されることによる。しかしナノスケールでの物質は欠陥無しに合成することはもっと容易になるため、理想値と実際値のギャップは少なくなる。Lee たち(p. 385) は、炭素原子1個分の厚さのグラフェン膜の弾性的性質や破断力を測定し、最新のシミュレーション値や計算値に合致する値を得た。それによると、この物質は線形の範囲を超えて弾性変形可能で、グラフェンは今まで測定した物質中で最強の物性を示した。(Ej,hE,ok)
Measurement of the Elastic Properties and Intrinsic Strength of Monolayer Graphene
p. 385-388.

ひずみがあっても割れがない(Not Cracking Under the Strain)

延性の材料は損傷する前に変形するが、一方脆性な材料は突然に割れたり破断し、差し迫った破断の兆候をほとんど示さない。ほとんどの鋼鉄は延性を伴った破断を示すが、一定の引張り応力をかけられたり、理にかなった(あるいは間違った)化学的環境に曝されると、それらは応力腐蝕割れの形態を取り突然に脆性破断となる。Kingたち(p. 382; Stierleによる展望記事参照)は、粒界に沿って破断する応力腐食割れを追跡するために回折コントラスト・トモグラフィー(断層撮影法)を使った。材料内部にある程度の延性を維持するような靭性をもたらす形態(粒界を架橋する帯状のもの)によって割れ過程に対抗する特殊な粒界が観測された。(hk,KU)
Observations of Intergranular Stress Corrosion Cracking in a Grain-Mapped Polycrystal
p. 382-385.
MATERIALS SCIENCE: Tracking Corrosion Cracking
p. 349-350.

分解から詳細なことが(Details from Damage)

表面増強ラマン散乱(SERS)は、かなり解析された現象であり、これによって入射レーザ場がナノスケールで鋭く構築された金属媒体により100万倍かそれ以上に局所的に増強される。この効果は感度の良い分子センシングへの応用に用いられてきたが、最大の増強を得るための金属媒体の構造最適化の方法は、未だ経験的なままである。特に大きな課題の一つが、任意の表面上の複数の部位にまたがる増強の大きさの分布を定量化することであった。Fangたち(p.388、6月26日のオンライン出版)は、広く研究されているSERSの媒体である銀-皮膜ナノ粒子に吸着された分子の分解(おそらくイオン化による)誘発する場の増強を用いることでこの分布を研究した。入射レーザパルスのエネルギーを段階的に与えることで、彼らは増強因子の低下した部位での分子を徐々に分解し、低強度のプローブパルスでその分解を観測した。(KU)
Measurement of the Distribution of Site Enhancements in Surface-Enhanced Raman Scattering
p. 388-392.

目に映らない過去(The Invisible Past)

電子出版への移行により、著者が文献を検索したり引用したりする流儀を変えてきたのだろうか?Evans (p. 395) は、過去に比べて、研究者がより限定的な 範囲の参考文献を引用し、引用件数も少なくなり、そしてより最近の文献に偏って引用していることを報告する。1998年から2005年にかけてオンラインで アクセスが可能になった、定期刊行物から収集した3400万の記事を保持するデータベースを分析し、ある出版年度に出された記事から引用されている(あるジャーナル誌の)記事を数多く分析した。その結果は、年月や雑誌に依存しない現象を示しており、紙の文献によって検索した著者の参照文献や概念(ideas)は、おそらくハイパーリンクや効率の良い電子的な索引付けが無いがゆえに、より広範囲の集合を対象としているように見える。(TO,Ej)
Electronic Publication and the Narrowing of Science and Scholarship
p. 395-399.

リン酸化の内と外(Phosphorylation Inside-Out)

Hippo経路と呼ばれるシグナル伝達経路は、発生における組織構築のコントロールやショウジョウバエにおける臓器サイズの制御に重要な役割を果たしている。Hippoはタンパク質キナーゼで、細胞表面にある非定型カドヘリン分子のFatやDachsousから別の細胞内キナーゼであるWartsへシグナルを送り、次いで転写共役因子を制御している。このタンパク質キナーゼとやや遠い関係にある別のタンパク質、Four-jointedもこの経路において遺伝的に関与している。Ishikawaたち(p.401)は、ゴルジ複合体に局在化しているFour-jointedが実際にキナーゼの一種であり、そしてFatやDachsousのカドヘリン領域をリン酸化し、細胞表面での細胞外領域になるという証拠を与えている。(KU)
Four-jointed Is a Golgi Kinase That Phosphorylates a Subset of Cadherin Domains
p. 401-404.

折り重なり合った決定(Doubled-Up Decision)

CD8+T細胞はウイルス感染細胞や腫瘍への細胞免疫にとって主要な貢献をしている。そのヘルパーCD4+対応物と同じく、これらの細胞はその正確な発生において転写制御因子T-betに依存している。最近、eomesoderminと呼ばれる第2の因子もまた、CD8の機能をコントロールしていることが見出された。Intlekoferたち(p.408)は、この二つの因子が無いと、CD8+T細胞は正常な細胞-仲介の機能を行うことができず、その代わりに最近ヘルパーT細胞において解析された炎症性のサイトカインIL-17を分泌することを見出した。IL-17の分泌はウイルス感染に関するマウスモデルにおいて有意な病状を引き起こし、このことは二つの転写制御因子が感染に対して適切なる細胞-介在の応答維持に決定的な役割を果たしていることを示唆している。(KU)
Anomalous Type 17 Response to Viral Infection by CD8+ T Cells Lacking T-bet and Eomesodermin
p. 408-411.

寒冷期の不在(Absence of Cooling)

ヤンガードリアス(Younger Dryas)は、最終氷期の温暖化が中断した約1300年の期間である。この期間は、北半球の多くの場所において著しく寒冷化し、氷河期がはっきりと再出現していた。南半球も同じように並行して寒冷化を経験したのかどうかは、未解決な問題である。Ackertたち(p392; LowellとKellyによる展望記事参照)は、パタゴニア南部における氷河が形成した氷堆石であるモレーン(moraine)の宇宙線照射年代(cosmic-ray exposure ages)を計測した。これにより、そのモレーンを形成した氷河の増進(glacial advance)がヤンガードリアス期の間に発生したのかどうかを調べた。そのモレーンはヤンガードリアス期が終了してからまもなくの時期に堆積した。そして氷河が成長したのはその地域が寒冷化したからではなく、降雪量が増加したためであった。このことは、ヤンガードリアス期には北半球と異なり、南半球の温度は低下しなかったことを示唆している。(TO,KU,nk)
Patagonian Glacier Response During the Late Glacial–Holocene Transition
p. 392-395.
CLIMATE: Was the Younger Dryas Global?
p. 348-349.

脳イメージングと微小刺激の併用(Simultaneous Brain Imaging and Microstimulation)

これまで、機能的脳イメージング研究は、特定の刺激あるいは認知課題によってそれぞれの領域がいかに活性化されるかに焦点を当ててきた。しかしながら、機能的ネットワーク内のノードが、お互い因果的にどのように相互作用しているかは、いまだ不十分にしかわかっていなかった。Ekstromたちは、覚醒して行動しているサルに対して、長期的な皮質内微小刺激と機能的磁気共鳴画像法との新たな組み合わせを用いて、入力された感覚性情報についての前頭眼のトップダウン信号のインパクトを研究した(p. 414)。前頭眼運動野(frontal eye field)は、視覚刺激が存在する時に限り初期視覚野を調節することができ、一方高次視覚野は視覚的刺激には独立に調節されたのである。(KF,KU)
Bottom-Up Dependent Gating of Frontal Signals in Early Visual Cortex
p. 414-417.

眼窩前頭の強迫(Orbitofrontal Obsessions)

強迫性障害とは、しばしば強固な規則に基づいて演じられる反復性の侵入性思考(obsession:強迫観念)と、反復性の儀式(compulsion:衝動脅迫)とによって特徴付けられる神経精神医学的条件である。眼窩前頭皮質の異常な機能が、この病気の神経生物学的モデルにとって中心的である。しかし、そうした異常が障害の症状なのか、遺伝的リスクの高い人々にも存在している脆弱性を表すマーカーなのかは、はっきりしていなかった。きちんと確証された脳イメージングによって、Chamberlain たちは、正常な対照者に比べて強迫性障害をもつ患者と何らの障害を示さない障害者の一親等の人が、逆転学習課題中に眼窩前頭皮質の活性化の減少を観察した(p. 421)。こうした活性化の欠乏は、つまるところ、強迫性障害の内在的な病因を表している可能性がある。(KF,KU)
Orbitofrontal Dysfunction in Patients with Obsessive-Compulsive Disorder and Their Unaffected Relatives
p. 421-422.

X線利用のビジョン(X-ray Vision)

典型的な回折実験では、散乱した照射源(scattered radiation source)の振幅または強度を捉えることはできるが、付随する位相情報は捉えられない。そうした位相情報を再構築するにはいくつかのアプローチがあるが、通常は、回折データのオーバーサンプリングを介して行われる。Thibaultたちは、ピンホールで回折したビームを介して物体をスキャンした初期の研究をフォローしている(p. 379; またChapmanによる展望記事参照のこと)。位相情報を再構築するのに、データをデコンボリュートするのではなく、彼らは差分地図技法(difference map technique)を用いる。Pilatus検出器を用いて、彼らはすばやくノイズのないデータセットを集めることができる。この技法は多くの材料科学問題における埋もれたインターフェースの研究および次世代のX線源の特徴づけを可能にするに違いない。(KF,Ej)
High-Resolution Scanning X-ray Diffraction Microscopy
p. 379-382.
APPLIED PHYSICS: Focus on X-ray Diffraction
p. 352-353.

大きいことは良いことだ(Bigger Is Better)

種の身体サイズの分布は、ほとんどの大きな分類学的グループ、たとえば昆虫や鳥類、魚類、哺乳類内では、その体重に適合した種の分布は、重い方に偏る傾向にある。こうした分布傾向は体重に関して数桁のオーダー(101g〜107g)にまで伸びており、ほとんどの種は最も小さな種よりも遥かに大きい。ClausetとErwinは、進化の時間経過にわたっての種の身体サイズのモデル--これは生理的な制約による制限と、かつ化石データから見積もられた絶滅のリスクによって形作られた--が、第四紀後期以降の陸生哺乳類4002種の身体サイズを再現することを示している(p. 399)。さらに、著者たちは、陸生哺乳類の拡散過程はわずかながら、しかし普遍的により大きなサイズに偏っていることを発見した。(KF,Ej,ok)
The Evolution and Distribution of Species Body Size
p. 399-401.

ゴルジ-局在性のシグナル(Golgi-Localization Signals)

ゴルジ-常在性の糖転移酵素は、そのリサイクルに関与する、いわゆるCOPI小胞との相互作用を仲介するモチーフを欠いている。このたび、Tuたちは、膜タンパク質Vps74pが、酵母の21個のゴルジ-常在性糖転移酵素のうち16個の細胞質的に適応した尾に存在しているあるペプチドモチーフにだけでなく、COPIにも結合することを示している(p. 404)。Vps74pの非存在下では、モチーフを担っているゴルジ-常在性糖転移酵素(21個中5個)は、間違って空胞に局在化された。著者たちは、Vps74pが、ゴルジ糖転移酵素をCOPI-被覆小胞へと並べ替えるタンパク質選別受容体として機能していると提唱している。(KF)
Signal-Mediated Dynamic Retention of Glycosyltransferases in the Golgi
p. 404-407.

リボスイッチを突き止める(Nailing a Riboswitch)

細菌では、二次メッセンジャー環状di-GMPが、広範囲の遺伝子を制御して、多様な生理的(また病気を引き起こす)プロセスに影響を与えている。環状di-GMPは特異的な環状di-GMPリボスイッチを介して転写と翻訳を制御している、と示唆されてきた。Sudarsanたちはこのたび、これはまったくその通りであって、環状di-GMPと密接に関連した分解物ではなく環状di-GMPそのものが、環状di-GMP合成と分解酵素の双方の上流に見出される高度に保存されたGEMM・RNAおよび標的遺伝子らしきものに結合する、ということを示している(p. 411)。このGEMM・RNAは、環状di-GMPリボスイッチのアプタマー領域を構成している。このリボスイッチはまた、バクテリオファージにも見出されるが、これは、ウイルスが環状di-GMPによって駆動される宿主の生理的形質転換をモニターし、それに応答していることを示唆するものである。(KF)
Riboswitches in Eubacteria Sense the Second Messenger Cyclic Di-GMP
p. 411-413.

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