AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 4, 2008, Vol.320


何と美味しい抗生物質だこと(Yummy Antibiotics)

細菌が抗生物質を食料にするとしたら、それはさぞかし貧弱な食事となるに違いない。しかし、 Dantas たち(p. 100) は、土壌中から抗生物質だけを炭素源として生きる、数百種の細菌を培養することに成功した。重要なことは、これらの細菌は複数の属から成っており、その内のいくつかはヒトや家畜の病原体の密接な近縁種であり、一般的に多くの抗生物質に強い耐性を持っている。消化の対象となる抗生物質は、天然の抗生物質だけではなく、 レボフロキサシンのような人工の新世代分子も対象となっている。今まで報告されたことの無い、抗生物質を代謝する細菌というものは、病原性細菌に対する抗生物質耐性遺伝子の潜在的ストックとなっている。(Ej,hE)
Bacteria Subsisting on Antibiotics
p. 100-103.

土地に関するアステカ族の計算(Aztecs' Lay of the Land)

近代国家は、課税するために厳密な土地調査と土地の価値の記録を必要としているが、同様にアステカ族でも土地所有や不動産取引を行った際に、入念に記録をとっていた。アステカ族は、平面図に記録された寸法からどのように正確に土地区画の面積を計算しただろうか?Williams とdel Carmen Jorge y Jorge (p. 72)はCodexVergaraの記録を調べ、アステカ族によって使われた土地面積を計算する計算方法を決定することができた。(TO)
Aztec Arithmetic Revisited: Land-Area Algorithms and Acolhua Congruence Arithmetic
p. 72-77.

細胞の運命におけるチャンスの側面(Chance Aspects of Cell Fate)

バクテリアから人間に至るまで、細胞の運命は、一般的に予め設定されたプログラムで管理されている。しかし、確率と細胞の運命についてのレビューにおいて、LosickとDesplan (p. 65) は、環境や細胞の系譜が、一般的に考えられているほど細胞の運命に影響を与えてないことを論じている。むしろ、分化の経路は確率的に、つまり、ランダムに決まっていく。この例として、枯草菌が競合状態に入る場合とか、キイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の光受容器のカラー視野が、交互に生じることが上げられる。細胞が決定論的プログラムを使わなかった理由については多様な説があり、例えば、細菌は環境が悪化する場合の保険を掛けているというもの。細胞の運命が確率論的であることは、場合によっては、個体や種の生存に有利であったり必要なのだろう。(Ej,hE)
Stochasticity and Cell Fate
p. 65-68.

コバルト原子を選び出す(Cobalt Atoms Singled Out)

磁性材料の外部磁場応答である磁化曲線は長きにわたって、例えばメモリー応用への有用性を支配している材料物性の評価に用いられてきた。評価技術は、たとえ磁気メモリーサイズが表面に吸着した単一磁気原子(アダトム)にまで小さくなっても、その微細化と並行して開発されなければならない。以前の研究では、幾分人為的な環境で磁性表面と強い相互作用をしたアダトムを観測していた。Meierらは(p.82、表紙参照)スピン偏極走査型トンネル顕微鏡を開発し、より技術的に関連性のある非磁性金属表面上のコバルト吸着原子の磁化曲線の測定に成功している。(NK)
Revealing Magnetic Interactions from Single-Atom Magnetization Curves
p. 82-86.

初期のグラファイトウィスカーの凝縮(Early Condensation of Graphite Whiskers)

ひげ状に伸びた炭素繊維であるグラファイトウィスカーは、実験室においては高温プラズマから凝縮することができるが、これまで自然界では知られていなかった。これらのウィスカーの存在は、タイプ1aの超新星(天文学においては、距離のものさしとして用いられている)の明るさや宇宙マイクロ波背景輻射へ影響を与えるものとして、その前提とされてきている。Fries と Steele (p.91; Bland による展望記事を参照のこと) は、いくつかの隕石中の最も原始的で最高温度を経たある粒子中に、数個のグラファイトウィスカーを発見した。彼らは、ラマンイメージングと電子顕微鏡を用いてそのウィスカを同定した。その結果、これらのウィスカは初期の熱い太陽系星雲から凝縮したものらしく、また、それらは他の恒星系にも存在する可能性がある。(Wt,tk,nk)
Graphite Whiskers in CV3 Meteorites
p. 91-93.
ASTRONOMY: Small-Scale Observations Tell a Cosmological Story
p. 61-62.

ポスト-ペロブスカイトの伝導度を探る(Probing Post-Perovskite Conductivity)

地球のコア近くのマントル深層では、ケイ酸塩ペロブスカイトがポスト-ペロブスカイトに変換している。ポスト-ペロブスカイトの特性の把握は、深いマントル層の特性と、熱や磁束の流れ、そして、コアからマントルへの運動量の流れを推測する上で決定的に重要である。ダイヤモンドアンビルセルを用いて、Ohta たち(p.89)は、深層マントルの圧力、温度におけるポスト-ペロブスカイトの電気伝導度が、多くの酸化物絶縁体のものに比べてはるかに大きいことを示している。これらの結果は、コアとマントル間には強い電磁的結合があり、それは、一日の長さの10年間に渡る変化として観測されるように、地球の回転に影響を与えるものである。(Wt)
The Electrical Conductivity of Post-Perovskite in Earth's D'' Layer
p. 89-91.
   

多能性研究への逆戻り(Working Back to Pluripotency)

最近の研究によれば、成体マウスやヒトの線維芽細胞は、4つの転写制御因子のウイルスによる組込みの後に多能性状態に再プログラム化されうることが分かった。しかし、これらの細胞の起源や、特定のゲノム組込み部位が必要であるのかどうか、どうすれば腫瘍形成能が減少するのか、については未解明のままだった ( Bang および Carpenterによる展望記事参照)。胚性幹細胞やヒト腫瘍は、 let-7 ミクロRNA(miRNAs)のレベルの低さに特徴付けられ、この現象は機能的に多能性と発ガン性に関連付けられていると思われている。両方の場合とも、let-7の前駆物質は検出可能であるが、miRNAの成熟形へのプロセシングは抑制されている。Viswanathan たち(p. 97, 2月21日号オンライン出版)は、選択的にlet-7 miRNAプロセシングを抑制するRNA結合タンパク質であるLin28を同定した。Lin28は、3つの他の因子とともに、ヒト線維芽細胞を再プログラム化して多能性幹細胞とする機能を果たすことが最近示された。この研究から、miRNAプロセシングの制御が 再プログラム化と発ガンの両方に生じる脱分化に決定的な役目をしているらしいことが示唆される。(Ej,hE)
DEVELOPMENT: Deconstructing Pluripotency
p. 58-59.
Selective Blockade of MicroRNA Processing by Lin28
p. 97-100.

プリン生合成の組織化(Organizing Purine Biosynthesis)

一次代謝の酵素が生細胞中でどのように組織化されているかは、長い間議論の的であった。多酵素複合体が代謝経路をとおして流動を促進しているのではと考えられているが、このような組織化を支持する証拠が乏しかった。Anたち(p. 103)は蛍光顕微鏡を用いて、プリン生合成経路における酵素が共存して、Hela細胞の細胞質中でクラスターを形成することを示している。このような「プリノソーム(prinosome)」の形成はプリンレベルの変化によって制御されており、結果としてプリノソームはプリンに対する細胞の要求を満たすために形成されることを示唆している。類似のダイナミックな制御が他の代謝酵素の複合体にも当てはまるであろう。(KU)
Reversible Compartmentalization of de Novo Purine Biosynthetic Complexes in Living Cells
p. 103-106.

自己-スプライシングの構造(Structure for Self-Splicing)

自己触媒性のグループⅡイントロンによるスプライシングは、植物や菌類、及び酵母における遺伝子発現に必須である。グループⅡイントロンはまた、モデル系としても非常に興味あるもので、それはこれらイントロンが真核生物のスプライセオソーム(spliceotome)器官の進化上の祖先であると考えられているからである。Toorたち(p. 77;Piccirilliによる展望記事参照)は、無傷の、自己-スプライスするグループⅡイントロンの分解能3.1オングストロームでの構造を報告している。その構造は触媒として二個の金属イオンメカニズムと一致しており、そして以前の生化学での研究と合わせると、グループⅡイントロンとこのスプライセオソームは共通の祖先を分かち合っているという仮説を支持するものである。(KU)
Crystal Structure of a Self-Spliced Group II Intron
p. 77-82.
BIOCHEMISTRY: Toward Understanding Self-Splicing
p. 56-57.

リズムを得る(I’ve Got Rhythm)

低周波数脳波の周期的変動は、皮質においてはごく一般的なものであるが、しかしながらその機能的な意義は殆んど分かっていない。多くの研究で、低周波数は注意によって脱同期化される。しかしながら、Lakatosたち(p.110)は、一次視覚野、領域Ⅵからのデータを報告しておるが、そのデータはリズム性の刺激の場合に選択的な注意の背後にある潜在的なメカニズムを示唆している。刺激が予想可能な、低周波数の頻度で与えられると、低周波数の周期的変動は低周波数の刺激と同調し、いわゆるγバンドの周期的変動と呼ばれている高い周波数がその低周波数で位相変調される。その後、刺激が予期されるときに、細胞は最大の興奮性となる。視覚的な注意の間、進行中の同調と入ってくる刺激がお互いに助け合って、特に強い応答に導く。(KU)
Entrainment of Neuronal Oscillations as a Mechanism of Attentional Selection
p. 110-113.

ラットの心の時間旅行とは?(Mental Time Travel in Rats?)

エピソード記憶中に時間がどのように表現されているのかは、判りにくい概念である。アメリカカケス(scrub jays)の研究において、その鳥に対して、2つの食物品目(food items)のどちらが4時間前に現れたのか、或いは4日前に現れたのかどうかを覚えるという課題を与えることで、エピソード的記憶のテストが行われた。今回、Robertsたち(p.133)が行ったラットの実験では、エピソード的記憶(episodic-like memory)の”何時”要素(component)は、本当に”何時”の感覚なのか、あるいは単に経過時間の感覚なのかどうかを知る探求がなされた。彼らは、動物が食物品目事象について何時起こったのか、あるいは異なった条件の元でどれくらい前に食物品目事象が発生したのかを正確に憶えることが必要とされる実験のシナリオを対比させた。それらの実験の結果、ラットは経過時間しか憶えることができず、そして記憶が必要なときにいつ事象が発生したのか正確に憶えていることはまったく偶然に過ぎないことを示している。著者たちは、ラットのエピソード的記憶は、人間のエピソード想起とはかなり異なっていることを主張する。(TO,KU)
Episodic-Like Memory in Rats: Is It Based on When or How Long Ago?
p. 113-115.

単一分子DNAの再配列(Single-Molecule Resequencing)

個別医療に向けた重要な動きは、ヒトゲノムを安く、かつ信頼度高く配列決定できるかによる。共通配列の有効性が得られれば、短かい読み取り長技術(short read-length technologies)を用いて、再配列決定を実現することができるが、問題は低コストで高スループットで信頼性を達成する技術開発ができるかである。この方向性でのステップには、Harrisたち(p. 106)によって述べられている“単一分子DNA配列決定とそれに伴う合成技術”である。その方法は、280,000以上のDNA鎖を読み取り長さ約25塩基で同時に配列決定される。この方法はM13ゲノムを100%の範囲で再配列決定し、また一塩基変異を効率的に検知するために使われる。(hk,KU)
Single-Molecule DNA Sequencing of a Viral Genome
p. 106-109.

触媒作用はごく表面で(Catalysis Is More Than Skin Deep)

不均一系の工業用触媒の性質とその作用環境により、表面科学技術を用いてのそのメカニズム研究を困難にしている。それらの技術は、しばしば真空条件下や結晶サンプルにおいてもっと良い結果が得られる。さらに困難なことに、水素をモニターできるのは限られた数の方法しかない。Teschnerたち(p. 86)は、限界のいくつかを克服できる二つの技術、すなわちin situ(その場)光電子分光法とin situの迅速γ放射化分析を結合して、パラジウム触媒によるアルキンのアルカンへの選択的水素付加反応において、触媒表面下の炭素と水素のそれぞれが演じている役割を研究した。この触媒は選択的となる前にある誘導期間を持っており、この誘導期間はアルキン由来の炭素による表面下のβ水素化物相(この相がアルカンへの完全な水素化反応を促進する)の置換に対応している。(hk,KU,hE)
The Roles of Subsurface Carbon and Hydrogen in Palladium-Catalyzed Alkyne Hydrogenation
p. 86-89.

熱帯の粉塵(Tropical Dust)

発生源から長距離、風によって運ばれる風媒性の粉塵は、雲の形成や降雨、及び海洋の生産性といった多くのプロセスに多大な影響をもたらすが、これらの総てが気候に影響する。数千年にわたる粉塵源と風パターンの分布は不規則なため、粉塵の沈降率と気候との間の関係はよく分かっていない。Wincklerたち(p. 93)は、赤道付近の太平洋を横切る50万年間の長期にわたる粉塵の堆積について報告しているが、この領域に関するデータはこれまで殆んど知られていないものである。彼らの結果は、赤道付近の太平洋における粉塵の沈降率が温暖な時期よりも氷期極大期に2~3倍大きく、そして粉塵の沈降率は中央部や東部の領域よりも西部領域で3倍以上大きなものであった。これらのデータは気候モデル作成に当たって、海洋の生物地球化学的なサイクルに関する影響を更によりよく表現するのに役立つものである。(KU,nk)
Covariant Glacial-Interglacial Dust Fluxes in the Equatorial Pacific and Antarctica
p. 93-96.

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