AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 7, 2008, Vol.319


設計された抗生物質に向けて(Toward Designer Antibiotics)

過去数年間メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)(MRSA)感染症が病院や地域社会で驚くほど増加している。Liu たち(p. 1391, および、2月14日オンライン出版参照)は、カロチノイド色素・スタフィロキサンチン(staphyloxanthin)を標的とした抗生物質のアプローチを示している。この色素は、S. aureusを金色にしているだけでなく、宿主の免疫系が菌を殺すことに対する抵抗性を与えている。このスタフィロキサンチンとコレステロールの生合成の初期合成ステップは似ており、色素生成に関わっている酵素、CrtM (dehydrosqualene合成酵素)は、構造的にはヒトのスクアレン合成酵素(SQS)に似ている。SQSの阻害剤を用いてCrtMに対する活性をスクリーニングし、in vitroで色素生成を抑制する3つの化合物に結合するCrtMの構造を調べたところ、そうした阻害剤の一つは、初期のヒトの臨床治験を通じてコレステロール低下薬として考えられたもので、S. aureausを死滅させようとする本来の免疫系の働きに対する感受性を増加させるものであった。(Ej,hE)
A Cholesterol Biosynthesis Inhibitor Blocks Staphylococcus aureus Virulence
p. 1391-1394.

海面水位の変化を一致させる(Reconciling Sea-Level Changes)

白亜紀の間の全世界的な海面水位の推定値は大きく変化していて、その推定値には、当時陸上で広く氾濫が発生したという地質学的記録と突き合わせるのが難しい場合がある。そうした矛盾をいくつか除くため、Mullerたち(p.1357)は、海洋地球物理学上のデータを、再現された海盆の規模に組み入れて検討し、白亜紀の間の気候は現在に比べて相当温暖であり、世界的な海面水位は175メートルから235メートルの範囲で現在より高かったことを示している。さらにマントル対流モデルを用いて、ファラロンプレート(Farallon Plate)の沈み込み運動に伴う北アメリカ東海岸の変動する地形の影響を考慮して、互いに相容れないように見えた幾つかの異なった海面水位の再現値(reconstructions)を一致させることができた。(TO,nk)
Long-Term Sea-Level Fluctuations Driven by Ocean Basin Dynamics
p. 1357-1362.

レアの周りの環 (Rings Around Rhea?)

レアは、土星の最も大きな衛星のひとつであるが、土星の主要な環の外側に存在しており、そこにはおびただしいクレーターが存在している。Jones たち (p.1380; Kerr によるニュース解説を参照のこと) が記しているように、カッシーニ探査機は、最近レアの近傍を飛行し、レアの半径の数倍の距離にいたるまでのレアの下流にある土星の磁気圏尾部において、イオン化粒子や電子の枯渇を検出することができた。データと枯渇した領域の形状の解析によると、レアのまわりには衝突によってレアから舞い上げられた塵から形成されたリングが存在し、そのリングが観測された電子やイオンの枯渇を引き起こしている可能性がある。(Wt,nk,tk)
The Dust Halo of Saturn's Largest Icy Moon, Rhea
p. 1380-1384.
PLANETARY SCIENCE: Electron Shadow Hints at Invisible Rings Around a Moon
p. 1325.

手本となる市民?(Model Citizens?)

人間社会の中には、自分に利益とならない利他的な懲罰(altruistic punishment)を行なう、向社会的な効力(prosocial force)が多くある。それは、ある個人が、他人に対して協力的な流儀で振る舞うことを強いるために、自らコスト損失を受けることであっても進んで行うことである。Herrmann たち(p.1362;表紙およびGintisによる展望記事参照)は、様々な社会にわたって、大学生から集めた大量のデータセットについて論じている。本来反社会である行動、すなわち以前に懲罰を受けた個人が協力者を罰しようという反応をする頻度と程度は、同じ社会の中において、法の規則と市民的共同性(civic cooperation)の社会規範を計測した過去の調査データと相関が見られた。こうした反社会的懲罰の社会横断的な変動(Cross-societal variation)は、協調的行動における社会横断的な変動と相関しており、社会規範が弱体化している社会において、より一般的にに見られるものである。(TO)
Antisocial Punishment Across Societies
p. 1362-1367.
BEHAVIOR: Punishment and Cooperation
p. 1345-1346.

グランドキャニオンの歴史(Grand Canyon Dates)

グランドキャニオンがいつ出来たかという問題は、未だに決着のついてない問題である。その理由の一つは、通常溶岩流と石灰華(travertine)の分析に頼る年代測定法では百万年以上前の情報が得られないからである。この問題点を克服するために、Polyakたち(p. 1377; およびAtkinson and Leederによる展望記事参照)は、ウラン−鉛年代決定法の技術的進歩を利用して、洞窟の乳頭状析出物を分析した。これは地下水面付近にのみ形成されるものである。幸いこの種の構造はグランドキャニオン全域にあまねく存在するため、著者たちは1700万年に渡る歴史をたどることができた。(Ej,hE)
Age and Evolution of the Grand Canyon Revealed by U-Pb Dating of Water Table-Type Speleothems
p. 1377-1380.
GEOLOGY: Canyon Cutting on a Grand Time Scale
p. 1343-1344.

溶媒で剛性を変える(Changing Stiffness with Solvents) 

ナマコは急激にまた可逆的に内部真皮の剛性を変えることができる。Caoadonaらは(p.1370)ゴム状コポリマーと被嚢類動物由来のセルロースナノファイバーを組み合わせることでこの特性を再現できる材料を作り上げた。水素結合性溶媒を加えることでこのファイバーを分離することができる。このプロセスは、溶媒を取り去ることで浸透構造をつくるようにファイバーが再凝集することで、元の状態に戻すことができる。このように、セルロースのネットワークを妨害することで、この複合材料の剛性は40倍のオーダーで変化させることができるのである。(NK)
Stimuli-Responsive Polymer Nanocomposites Inspired by the Sea Cucumber Dermis
p. 1370-1374.
   

光の事象の地平線(イベントホライズン)を調査する

重力のブラックホールにおける事象の地平線は、何も抜け出せない領域を表わしている。すなわち、この境界の内側のフォトンを含む粒子は逃げ出すことができない。しかしながら、事象の地平線を直接観測し提唱された理論特性を証明することができるようになるのは、ずっと先の話のように思える。実験物理の観点から、根底に横たわる物理の類似性に着目してPhilbinたち(p.1367; Choによるニュースを参照)は、光ファイバ中の光伝搬とブラックホール物理との関係を発見したことを報告している。彼らは光の事象の地平線を観測したことについて報告するとともに、またプローブ光の周波数シフトのような予測される特性のいつくかを調査している。また、著者らはホーキング放射を観測するためのシナリオを提案している。(HK,nk)
Fiber-Optical Analog of the Event Horizon
p. 1367-1370.

バランスが悪くなる(Getting the Balance Wrong)

ガンが発生するかどうかは腫瘍抑制活性と腫瘍促進活性のバランスで決まる。Halazonetis たち(p. 1352) は、細胞を急速な細胞分裂サイクルに強制的に追いやるガン遺伝子が、DNA複製中にエラーを生じ、その結果損傷したDNAを蓄積していると思われる証拠をレビューし集めた。DNA複製の際の問題を検出した細胞は、p53腫瘍抑制タンパク質を通じて信号を送ることができ、細胞周期の進行を遅らせる。しばしば見られるようにp53中に変異があると、この障壁が迂回されて、その結果、腫瘍の形成に向うものと思われる。(Ej,hE)
An Oncogene-Induced DNA Damage Model for Cancer Development
p. 1352-1355.

デザイナー酵素に向けて(Toward Designer Enzymes)

新しい活性を有する「デザイナー酵素」を創り出すことは、いまだチャレンジであり続けている。Jiangたちは、計算機を使ってretroaldolaseをデザインすることで、この方向に一歩前進した(p. 1387)。retroaldolaseとは、多段の反応によって、非自然の基質中の炭素-炭素結合の破壊を触媒するものである。異なった4つの触媒作用モチーフと異なった10種の骨格(scaffold)を表す72個のデザインが検討された。そのうち、電荷を帯びた側鎖ネットワークを用いて水素移動を仲介する活性部位デザインは、水分子を用いた、より単純なデザインほどにはうまくいかなかった。2つの結晶構造とそれに対応するデザイン・モデルとがぴったり対応したことによって、こうしたデザイン手順の妥当性は検証された。しかしながら、デザインされたタンパク質の触媒作用の効率は、自然な酵素のそれには遠く及ばぬものであった。(KF)
De Novo Computational Design of Retro-Aldol Enzymes
p. 1387-1391.

デザイナーGASワクチンに向けて(Toward a Designer GAS Vaccine)

Mタンパク質とは、グループAレンサ球菌(GAS) の、抗原性が可変な細胞表面病原性因子である。この生物体はヒトの病気の重要な原因の1つであり、とくに自己免疫疾患リウマチ熱を誘発する。McNamaraたちは、宿主フィブリノーゲンに結合して炎症を促進するM1断片を調べた(p. 1405)。このM1タンパク質は、コイル状コイルに不規則性と不安定性を分け与える特有の構造的特徴を担う逆向きのらせんコイル状コイルから構成されている。こうした特徴は筋肉のミオシンとトロポミオシンを模倣するものであり、これによって感染後の自己免疫性応答を説明できる可能性がある。変異体によって免疫化されたマウスでは、安定化されたMタンパク質が、防御免疫応答において妥協することなく、有害な炎症を減少させたのである。(KF)
Coiled-Coil Irregularities and Instabilities in Group A Streptococcus M1 Are Required for Virulence
p. 1405-1408.

ヒト多様性に関する微細スケールの分析(Fine-Scale Analysis of Human Variation)

ヒトの間に存在するいくつかの有意なバリエーションの基礎にある、ヒトの組換えのパターンについて、2つの報告が検討している。Coopたちは、Hutterite集団中の個々人の遺伝子型を明らかにして、世代間での微細スケールの組換え現象を同定した(1月31日オンライン発行されたp. 1395)。Kongたちは、アイスランド人の集団における親たちを調べ、組換え頻度に付随するある遺伝子を同定した(1月31日オンライン発行されたp. 1398)。これらの研究は、合わさって、個々人の間での組換えレベルの変動に影響するゲノム領域を指し示すものになっている。(KF)
High-Resolution Mapping of Crossovers Reveals Extensive Variation in Fine-Scale Recombination Patterns Among Humans
p. 1395-1398.
Sequence Variants in the RNF212 Gene Associate with Genome-Wide Recombination Rate
p. 1398-1401.

グルコースの恒常性を直接調節する(Directly Modulating Glucose Homeostasis)

血流中のグルコース濃度は、ホルモンであるインスリンやグルカゴンによってだけでなく、グルコース自身によっても制御されている。グルカゴンは、サイクリックAMP応答エレメント-結合タンパク質2(CRTC2)として知られる転写共役因子のリン酸化を制御することによって、糖新生を部分的に刺激している。Dentinたちは、循環しているグルコースが高い濃度になることもまたCRTC2を制御していること、しかしそれは、ヘキソサミン生合成経路を刺激することおよび、その結果のリン酸化によって修飾されたCRTC2中の同じセリン残基への0-連結糖鎖付加を介して行われることを発見したのである(p. 1402; またBirnbaumによる展望記事参照のこと)。(KF)
Hepatic Glucose Sensing via the CREB Coactivator CRTC2
p. 1402-1405.
SIGNAL TRANSDUCTION: Sweet Conundrum
p. 1348-1349.

エアロゾル問題の核心(Core Aerosol Issues)

新しいエアロゾル粒子の形成は、ナノメートル・レベルでの凝結核の形成によって開始されるが、しかし、雲の形成などの大気のプロセスに影響しているエアロゾル形成におけるこの重大な段階を詳細に理解するのは困難であった。それは主として、関係するナノメートル・サイズの粒子を作り出すために必要なツールが手に入らなかったためである。Winklerたちは、分子と同じくらい小さなタングステン酸化物ナノ粒子を作り、それからそれら粒子を異なった電荷状態にすることで、これら粒子および陽イオン、陰イオンの上でのn-プロパノール・エアロゾルの活性化と増殖を調査した(p. 1374)。サイズと電荷、核形成の役割に関する彼らの観察は、クラスター活性化のより正確な記述を可能にし、新しい大気粒子形成における有機化合物の役割を明らかにするに違いない。(KF)
Heterogeneous Nucleation Experiments Bridging the Scale from Molecular Ion Clusters to Nanoparticles
p. 1374-1377.

植物はTOPLESS(Plants Going TOPLESS)

植物ホルモンであるオーキシンは、適切な植物発生の主要制御因子である。オーキシンに対して適切に応答し損ねると、シロイヌナズナの胚形成の間の、根と脈管構造の発生ができなくなる。Szemenyeiたちはこのたび、AUX/インスリン自己抗体経路を介しての適切なオーキシン応答には、複合的補助因子としてTOPLESSが必要であることを明らかにした(2月7日オンライン発行されたp. 1384)。このデータは、オーキシンに仲介された転写が植物発生を導くその機構についての洞察を与えてくれるものである。(KF)
TOPLESS Mediates Auxin-Dependent Transcriptional Repression During Arabidopsis Embryogenesis
p. 1384-1386.

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