AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 1, 2008, Vol.319


地球の無機炭化水素を評価する(Assessing Earth's Inorganic Hydrocarbons)

石油資源業界だけでなく、生命の起源にも関連する可能性のある長年の重要懸案に、一連の無機反応が、マントルのメタンから炭化水素を生成するまでに炭素鎖を長くするような反応(Fischer-Tropsch型反応として知られている)が可能であるかどうか、という疑問がある。このような可能性のある炭化水素の例が示唆されているが、生物起源の炭化水素の豊富な環境で、純粋に非生物起源であるマントル起源の反応を実証することは困難だった。Proskurowski たち(p. 604) は、大西洋の海嶺軸から少し外れたオフアクシス性の熱水噴出孔「ロストシティ」において炭化水素の量を調べた結果、Fischer-Tropsch型反応で予測されるように、鎖が長くなるに従って系統的に減少していることが明らかになった。この炭素の同位体の分析からも、炭素の起源が無機的であることを物語っている。このような系は大洋中では大量に存在するため、マントル由来の大量の炭化水素が地球上には存在しており、地球初期においてもそうであったと思われる。(Ej,hE,nk)
Abiogenic Hydrocarbon Production at Lost City Hydrothermal Field
p. 604-607.

液体でありガラスでもある水(Water as Glass and Liquids)

分子性液体がガラス相に変化する場合、そのエネルギー変化は結晶相へ転移する時と同程度となる場合が多い。いずれの相変化でも、相当量の並進運動および回転エネルギーが失われることになる。120-160ケルビンの間で生じる純水のガラス転移は、熱容量の僅かな変化しか示さない点で非常に特異であるといえる。Angellたち(p.582)は、水溶液からナノ領域に閉じ込められた水にいたるまで様々な水のガラス転移の結果を調査した。筆者たちは水の第二の特異点としばしばいわれる温度、即ち225ケルビンにおいて、通常は分子性・イオン結晶材料に見られる秩序-無秩序転移が起き、エネルギー変化の大部分はそれで説明されると結論している。この温度以上では“脆弱な”液体(未熟なガラス状態)であり、以下では“堅牢な”液体という2つの相をとっているようである。(NK,nk)
Insights into Phases of Liquid Water from Study of Its Unusual Glass-Forming Properties
p. 582-587.

より大きな表面での緩和緩和(More Relaxed on the Surface)

物質のガラス状態--液体様構造が或る特定温度以下の場で凍結されている--は、バルクな物質全体とその表面領域部では異なっているであろう。Fakhraai とForrest (p. 600;Dutcher とEdigerによる展望記事参照)はポリスチレン薄膜の表面に金のナノ粒子を埋め込み、その粒子をその薄膜へ沈ませることでアモルファスポリマーにおけるガラス転移を厳密に調べた。金のナノ粒子は薄膜の上に小さな窪みを作ることになる。その次に、彼らは水銀を使ってその金を取り除き、様々な温度でのその表面の緩和を観測することができた。彼らはより大きな表面の緩和、すなわちバルクに比べて表面でのポリマー鎖のより大きな移動度を観察した。(hk,KU)
Measuring the Surface Dynamics of Glassy Polymers
p. 600-604.
MATERIALS SCIENCE: Glass Surfaces Not So Glassy
p. 577-578.

銅酸化物の液晶(Cuprate Liquid Crystal)

最近の実験的な研究により、相関電子系においても、従来の液晶に見られるものと類似のエキゾチック(exotic)電子秩序を有する相の存在が明らかになっている。これらの効果は非等方的な輸送特性となって現れ、その伝導性は試料中の方向に依存する。Hinkov たち (p.597, 1月10日のオンライン出版) は中性子散乱を用いて、高温超電導体 YBa2Cu3O6.45 の巨視的で、ネマティック液晶的な電子の挙動におけるスピン揺らぎの役割を研究した。彼らは、スピンの非等方的な秩序は、静的な磁性が発生する温度よりもかなり高い150ケルビンで始まること、そして、これまでに報告されている輸送特性と並行して発現することを見出した。彼らは、これらの揺らぎを見せるスピンは、相関電子系における電子の液晶的な挙動の核をなすものであると主張している。(Wt)
Electronic Liquid Crystal State in the High-Temperature Superconductor YBa2Cu3O6.45
p. 597-600.

熟考を要する食糧問題(Food for Thought)

気候変動による潜在的に最も危険な影響は、その結論では、南アジアと南部アフリカの2箇所は、幾つかの作物に対する気候変動によるマイナスの影響のために特に危険であり、その不確実性は作物に依存すると述べている。Lobellたち (p.607;および、BrownとFunkによる展望記事参照)は、気候変動に関する世界中の12地域の農業に与えるリスクを分析したが、この地域は全体で10億人近くの人口を抱えており、どのような一般的な適応化手法がそれぞれの地域で最も効果的であるかを評価するのが目的である。その結論では、南アジアと南部アフリカの2箇所が、幾つかの作物にマイナスの影響を与える可能性があり、その不確実性は作物に依存すると、述べている。また、地域毎に脆弱性の原因が異なるため、採られるべき対策の優先度は、投資機関が不確実性と危険度をどの程度認識するかに依存する。(Ej,hE,nk)
Prioritizing Climate Change Adaptation Needs for Food Security in 2030
p. 607-610.
CLIMATE: Food Security Under Climate Change
p. 580-581.

バランスを保つ(Getting the Balance)

個体集団の中に複数の対立遺伝子を保持するような適切なバランスを保った選択は、種の中に遺伝的多様性を保持するための手段である。Seidel たち(p. 589,1月10日、オンライン出版参照)は、天然の線虫(Caenorhabditis elegans)個体で胚致死をもたらす遺伝的不適合性が世界的に分布することを見つけた。適応度が陰性であるにも関わらず、この不適合性は持続するが、これは、自然の選択原理から言えば、交配集団から遺伝的不適合性を除去するはずであるという予測に矛盾する。(Ej,hE)
Widespread Genetic Incompatibility in C. Elegans Maintained by Balancing Selection
p. 589-594.
   

排卵の制御(Regulating Ovulation)

哺乳類において、メスが長期間にわたって受精を維持できるかどうかは、卵巣内の始原卵胞を休眠状態から継続的な覚醒状態にさせることに依存している。閉経、或いはメスの受精に関する自然な終末は、始原卵胞のプールが枯渇したときに生じる。始原卵胞の活性化を制御しているメカニズムは謎のままである。Raddyたち(p.611 ;Marxによるニュース解説参照)は、卵胞の活性化が卵細胞のPTEN(phosphatase and tensin homolog deleted in chromosome 10)-ホスファチジルイノシトール 3-キナーゼの経路によって制御されていることを明らかにした。PTENが卵母細胞内で特異的に除去されたマウスモデルにおいて、始原卵胞の全体的なプールが未熟なまま活性化され、その結果成人期の早い段階で枯渇し、早期卵巣機能不全となってしまった。(KU)
Oocyte-Specific Deletion of Pten Causes Premature Activation of the Primordial Follicle Pool
p. 611-613.

母方の影響(Maternal Influences)

受精とは、卵子と精子という二つの高度に特殊化した細胞から全能の受精卵への変化のダイナミックなプロセスである。受精卵への母方と父方の寄与は同じではない。核のDNAに加えて、卵子と精子は、発生的に十分な胚形成に必要なミトコンドリアや中心小体といった重要な構成体を相補的に備えている。哺乳類の卵子の核小体に関する顕微操作を用いることで、Ogushiたち(p.613)は、リボソームの組み立てにおいて重要な核内の小器官である核小体が、もっぱら母方起源であることを実証した。卵子の核小体は受精卵における核小体の組み立てに必須であり、また正常な胚発生にとっても必須である。(KU)
The Maternal Nucleolus Is Essential for Early Embryonic Development in Mammals
p. 613-616.

増殖と生存、その完全なる解明方法(Growth and Survival, the Complete Toolkit)

腫瘍がより攻撃的な状態へと進行するにつれて、複数の遺伝的な変化を獲得するが、そのうちの幾つかは何ら機能上の影響を持たないが、残りは腫瘍細胞の増殖と生存にとって必須のものである。Schlabachたち(p.620)とSilvaたち(p.617)は、ゲノム全体のレベルで細胞増殖と生存に必要な遺伝子の系統的な同定を可能にするゲノム機能解析法を開発した。ヒトの乳癌と直腸結腸癌、および正常な乳腺組織由来の細胞系は、細胞周期や翻訳調節といった基本的な細胞プロセスにとって重要であることが知られている機能的経路内に存在する多くのものと共に、いわゆる「必須の」遺伝子に関して類似のパターンを示していた。しかしながら、重要なことは、付加的な遺伝子が特異的な細胞系の増殖に必須なものとして同定された。このゲノム機能解析法は、最近成功を収めた癌ゲノム配列アプローチ法を補うものであり、癌薬剤の迅速なる発見への道を拓くものであろう。(KU)
Cancer Proliferation Gene Discovery Through Functional Genomics
p. 620-624.
Profiling Essential Genes in Human Mammary Cells by Multiplex RNAi Screening
p. 617-620.

炎症を妨害する(Interfering with Inflammation)

低分子干渉RNA(siRNA)分子の、細胞に対する効率的かつ選択的なターゲティングは、この技術を病気の治療に役立てる助けとなりうる。Peerたちは、siRNAのナノスケールのリポソームによるパッケージングと、免疫細胞に対する抗体のターゲティングとを併用している(p. 627; またSzokaによる展望記事参照のこと)。標的とされたsiRNAの中身はその標的であるCyclin D1と呼ばれる細胞周期制御分子を見つけ、効率的に失活させることができた。さらに、パッケージされたそのsiRNA粒子を全身に注入すると、炎症性腸疾患のマウスモデルにおける病理を逆向きに進める(改善させる)ことにつながったのである。(KF)
Systemic Leukocyte-Directed siRNA Delivery Revealing Cyclin D1 as an Anti-Inflammatory Target
p. 627-630.
MOLECULAR BIOLOGY: The Art of Assembly
p. 578-579.

カテプシンKのT細胞的役割(T Cell Role for Cathepsin K)

カテプシンとは、リソソーム中のタンパク質を分解するシステインプロテアーゼであり、ある種のカテプシンは免疫系のために抗原のプロセシングを補助している。Asagiriたちは、骨において破骨細胞機能に関わっていると知られている別のカテプシン、カテプシンKが、さらなる違った免疫学的役割をもっていることを明らかにしている(p. 624; またKriegとLipfordによる展望記事参照のこと)。カテプシンKは免疫樹状細胞に発現し、炎症性Tヘルパー17T細胞の完全な誘導にとって必要なものである。2つの自己免疫性条件の動物モデルで、病理はカテプシンKの欠乏によって寛解したが、それはカテプシンKが、生得的免疫受容体TLR9を介したシグナル伝達に予想外にも関与していたためであった。(KF)
Cathepsin K-Dependent Toll-Like Receptor 9 Signaling Revealed in Experimental Arthritis
p. 624-627.
IMMUNOLOGY: The Toll of Cathepsin K Deficiency
p. 576-577.

DNAに助けられての分子の送達(DNA-Assisted Molecular Delivery)

真空条件下で走査プローブ顕微鏡の先端(チップ)を用いて、原子ないし小分子を摘まんで、移動させ、目的の場所に置くことによって、表面上にパターンを組み立てる数多くの事例が報告されてきた。Kuferたちは、二本鎖DNA上で作用する力の差分を利用することで、原子間力顕微鏡(AFM)の先端を使って、水溶液中の表面上により大きな単一分子を集めてパターンを組み立てた(p. 594; またServiceによるニュース記事参照のこと)。一本鎖(ss)の30ヌクレオチド(nt)のDNAを含む「貯蔵所」領域および「標的」領域をガラスのスライド上にパターン化し、続いて、相補的配列である20-ntの「剪断」配列と1個の有機色素分子を持つssDNAをその「貯蔵所」領域の30ntのDNAに付着させた。20-ntに相補的な剪断配列を持った原子間力顕微鏡の先端は、貯蔵所領域から色素を有する20ntDNAを摘まんで、それを10ナノメートルの正確さで標的領域に置くことができた。この破断力を測定することによって、複数個またはゼロ個のDNA移動から単一個の移動を区別することができ、5000回も繰り返される(FK,KU)
Single-Molecule Cut-and-Paste Surface Assembly
p. 594-596.

分子スイッチ機構が明らかになった(Molecular Switch Mechanism Revealed)

遺伝子発現を制御するメッセンジャーRNA成分であるリボスイッチは、2つの領域、即ちリガンドと結合するアプタマー領域と遺伝子発現を制御する発現プラットフォームとによって構成されている。制御は、そのアプタマー領域のリガンド依存的な立体構造変化を介して達成されている。個々の分子の折り畳みとそのアンフォールディングの様子を観察して、Greenleafたちは、リガンドであるアデニンの有無による枯草菌から得られたpbuEアデニン・リボスイッチのアプタマー領域の折り畳みのエネルギー地形を再構築している(p. 630,1月3日にオンライン出版)。折り畳みは階層的であるが、アデニン結合ポケットを組織化する前の三次元的な接触が、安定性の最も低いらせん体(リボスイッチのスイッチング挙動を支配している必須の成分)よりもずっと安定している。このらせん体のアデニン安定化こそが、制御の根底にある機械的スイッチとして作用している。(KF,KU)
Direct Observation of Hierarchical Folding in Single Riboswitch Aptamers
p. 630-633.

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