AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 14, 2007, Vol.318


発癌性の変異を突き止める(PIKing Oncogenic Mutations)

ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)は脂質キナーゼで、様々なシグナル伝達事象を開始する。多くのヒト癌にはPI3Kαを活性化する変異が関与している。PI3Kαとは、触媒性のサブユニットであるp110αと調節性のサブユニットであるp85αからなるヘテロ二量体で、この双方が複数の領域を含んでいる。Huangたち(p.1744)は、全体のヒトp110α触媒性サブユニットとp85α調節性サブユニットの結合部位及び活性化部位の間の複合体の結晶構造に関して記述している。その構造は、発癌性の変異が酵素活性にどのように影響しているかという洞察を与えるものであり、そして将来のイソ型-特異的な阻害薬や変異-特異的な阻害薬の設計に役立つであろう。(KU,SO)
The Structure of a Human p110α/p85α Complex Elucidates the Effects of Oncogenic PI3Kα Mutations
p. 1744-1748.

MJOのより深い理解(Deeper Understanding the MJO)

マッデン・ジュリアン振動(Madden-Julian Oscillation; MJO)は、大規模(1000km)なる大気の攪乱であり、30~60日かかってインド洋から西太平洋へと熱帯地方を通ってゆっくりと東に向かって進行する。MJOは熱帯地方のモンスーン地帯全体の降雨量に影響し、かつエル・ニーニョ南方振動事象のトリガーとして関係している。MJOは、雲量の変化による海洋表面への太陽放射量の影響と、及び海洋表面の風速の変化に起因する蒸発量への影響を通して海洋上部と関係している。これらは、MJO事象発生の間1℃ぐらい海洋混合層を暖めたり冷やしたりする。にもかかわらず、例えば海のどのぐらいの深さまでこの影響が拡がっているのか、というようなMJOに関する重要な知見が未だはっきりしていない。これは、MJOプロセスの規模の範囲がモデルでシミュレーションすることを困難にしていたせいでもある(HartmannとHendonによる展望記事参照)。Matthewsたち(p.1765)は、Argo floatと呼ばれる独立した、自由に上下浮遊する装置から得られた前例の無い規模のデータセットを用いて、MJOと関係する表面風の強さは、東に向かって進行する海洋のケルビン波(Kevin wave)を強めており、これが1500mの深さにまで拡がっていること、更に年周期のケルビン波の6倍程度の振幅を持っていることを示している。この振幅の大きさは海洋モデルで予想されたものより遥かに大きく、MJOが海洋表面だけではなく太平洋の遥かに大きな規模で影響している可能性がある。Miuraたち(p.1763)はMJO事象をシミュレートするために、大気循環と雲の直接的な結合を可能とするモデルを用いることで、現在の地球規模での気象学モデル--積雲雲パラメータ化--の欠点の一つに挑戦している。彼らの結果は、近い将来1ヶ月前にMJOの予測が可能であることを示している。(KU,nk)
Deep Ocean Impact of a Madden-Julian Oscillation Observed by Argo Floats
p. 1765-1769.
A Madden-Julian Oscillation Event Realistically Simulated by a Global Cloud-Resolving Model
p. 1763-1765.

光ファイバー中の蓄積光(Storing Light in Optic Fiber)

光パルスによる通信は高速ではあるが、後処理のために光信号を直接蓄積することは、なかなか難しい挑戦的な課題である。量子ガスを利用した光の停留と蓄積の方法はあるが、利用できる波長は、ガスの原子、或いはイオンの励起レベルによって固定されている。Zhu たち (p.1748; Cho による解説記事を参照のこと)は、誘導ブリルアン散乱が、光パルス列をファイバー中に音波信号としての記録に利用でき、また、読み出しパルスを用いてオン・デマンドに信号を検索ことにも活用可能なことを示している。このように、日常的にも利用されている構成要素で可変遅延を達成することができる。誘起された時間遅延は、音響信号の寿命で限定されるが、数ナノ秒のオーダーになりうる。また、著者たちは、少数のパルスであれば光ファイバー内部に同時に蓄積できることをも示している。(Wt)
Stored Light in an Optical Fiber via Stimulated Brillouin Scattering
p. 1748-1750.

相転移をクローズアップする。(Close-Ups of Phase Transitions)

相転移の研究は巨視的なプローブを用いて行われ、幾つかの基本となる微視的な不均質性が平均化されてしまう。Qazilbashたち(p. 1750)は、高精度かつ高感度の分光エリプソメトリーと高い空間分解能の近接場顕微鏡を組み合わせた新しい分光学的方法についての開発状況を報告している。彼らはこの方法を用いて、VO2における金属-絶縁体転移を研究し、転移領域近傍における金属性と絶縁性領域の不均質な状態を同定した。金属性領域内で、彼らか異なる電子の質量を観測したが、これは電子相関の効果が中心的な役割を演じるような転移現象を説明するシナリオ中の一つによって予測された効果である。(hk,KU)
Mott Transition in VO2 Revealed by Infrared Spectroscopy and Nano-Imaging
p. 1750-1753.

マグネシウム(Ⅰ)の二量体(A Magnesium(Ⅰ) Dimer)

部分還元された+1価の状態は、マグネシウムや他のアルカリ土類金属のカルシウム、ストロンチウムやバリウムにおいて稀にしか観測されていない。Greenたち(p.1754,11月8日のオンライン出版)はカリウム金属を用いて、Mg(Ⅱ)化合物のペアを還元し、それを単離し、二つのMg(Ⅰ)センターが単結合で結合した安定な二量体の結晶構造を解析した。バルキーな二座の窒素をベースとしたリガンドの配位により、この異常な錯体が安定化されている。(KU)
Stable Magnesium(I) Compounds with Mg-Mg Bonds
p. 1754-1757.

動いている泥の形成(Mud Formation on the Move)

泥岩は地質学的記録の大部分を構成しており、海岸線から沖の深海の環境の静止状態を記録していると思われている。しかし、泥粒子が凝集塊して羽毛状(floccule)になるような、沈殿の複雑な様子を実験室で再現するのは困難である。人工水路による実験によって、Schieberたち(p. 1760; およびBohacsによる展望記事参照)は粘土の羽毛状沈殿物の輸送と沈殿現象を研究し、砂を輸送し沈殿させる流速でなら、この現象が起きることを見つけた。これから実験条件の広い範囲で海綿状沈殿物が生じることが判明した。この羽毛状構造はさざ波を作り、これが発達して泥の層を形成し、圧縮された後、ラミナ(葉層)構造となる。これらの結果から、泥岩が記録している古代の環境について理解できただけでなく、現在生じているハイドロカーボンの探索や堆積物の蓄積と言った問題の理解にも役立つ。(Ej,hE,nk)
Accretion of Mudstone Beds from Migrating Floccule Ripples
p. 1760-1763.
   

サンゴ礁は瓦礫と化す(Reefs Run to Rubble)

人類による気候変動をすぐに弱める見込みは無く、サンゴ礁を長期に生存させる見込みが危うくなってきた。Hoegh-Guldberg たち(p. 1737; およびKennedyによる論説記事、さらに特別ニュース記事参照)は、サンゴ礁の運命に対する3つのシナリオをレビューしているが、そのどれも人間社会が依存している資源とその保護についての慰めにはなりそうもない。現状を維持するためには直ちにサンゴ礁へのストレスを減少させる策を緊急に実施する必要があるが、大気中の二酸化炭素が少し増えただけで多くのサンゴ礁で生態学的・構造的崩壊に至るであろう。(Ej,hE)
Coral Reefs Under Rapid Climate Change and Ocean Acidification
p. 1737-1742.

コナジラミの侵襲(Invasion of the Whitefly)

生物学的には近縁であるが、遠方に孤立した生物の個体同士が人間活動の結果接近して、繁殖可能となることがある。Liu たち(p. 1769, Reitzによる展望記事参照)は、中国とオーストラリアでコナジラミ(Bemisia tabaci)の生物型Bが広範囲にかつ急激に侵襲してきたが、その行動メカニズムについて報告している。生物型Bは、世界のトップ100の侵襲性の強い生物の1つで、他の生物型に比べ、穀物にはより有害である。生物的には近縁であるが、地理的には孤立していた生物を非対称的に交配させると、新たな個体群の侵襲が加速されやすい。しかし、予想に反して、元来の存在種が侵入種の競争力を増加させ、侵入と置換を加速している。(Ej,hE,nk)
Asymmetric Mating Interactions Drive Widespread Invasion and Displacement in a Whitefly
p. 1769-1772.

魚とカエルへの人間の影響(Human Impacts on Fish and Frogs)

養殖魚は、その仲間うちに病原体、特にsalmon lice(サケのシラミ)と呼ばれる甲殻類寄生虫が広まるのを促進するような条件の下で育てられている。salmon liceは若いサケにとって非常にダメージを与えるもので、90%以上もの致死をもたらす。Krkosekたちはこのたび、養殖場こそが、カナダの海岸沿いでの若いサケへのsalmon lice感染の致命的源であること、また幾つかの川における天然のサケの集団を急速に絶滅に至らしめていること、を明らかにしている(p. 1772; またStokstadのニュース記事参照のこと)。両生類の数と種が共に減り続けていることが、少なくともこの10年明らかになってきている。これには、真菌性の病気や生息地の損失、汚染などさまざまな原因が関わっているとされてきた。Beckerたちは、ブラジルの大西洋岸の森林において、両生類の数の減少は、両生類が交尾を行なう水際と彼らが棲む残存自然林との間が引き離されているためであることを明らかにした。(p. 1775)。この結果は、数の減少が水生の幼生である両生類に偏っていることを説明するものであり、川沿いの植生の保存管理によって両生類減少率を下げるよう助けることができることを示唆するものである。(KF,nk)
Declining Wild Salmon Populations in Relation to Parasites from Farm Salmon
p. 1772-1775.
Habitat Split and the Global Decline of Amphibians
p. 1775-1777.

セリンとカルボキシ末端領域コード(Serine and the CTD Code)

哺乳類の重合酵素II(pol II)の大きなサブユニットのカルボキシ末端領域(CTD)は、セリンの豊富な共通ヘプタペプチドの52回の繰り返しからなる独特の構造をもっている。セリン-2とセリン-5のリン酸化は、pol II転写物の成熟にとって必要となる同時転写性RNAプロセシング段階にとって決定的なものであることが知られている(Cordenによる展望記事参照のこと)。Chapmanたちは単クローン抗体を用いて、セリン-7が転写される遺伝子上でリン酸化されていることを示し(p.1780)、Egloffたちは、このリン酸化イベントが非翻訳低分子核内RNAのための遺伝子にインテグレータ(Integrator)複合体を補充するに際して特異的な役割を果たしていることを示している(p. 1777)。CTDヘプタペプチド内の残基に対するこうした遺伝子型特有の補充の存在は、CTDコードという考え方を強化するものである。(KF)
Transcribing RNA Polymerase II Is Phosphorylated at CTD Residue Serine-7
p. 1780-1782.
Serine-7 of the RNA Polymerase II CTD Is Specifically Required for snRNA Gene Expression
p. 1777-1779.

金を助ける(Getting Gold the Help It Needs)

金属粒子と酸化物「担持体」からなる不均一触媒の役割をそれぞれの物質に分離・帰属させることは困難である。それは、触媒が複数の反応ステップに関与するためである。例えば、水性ガスシフト(WGS: Water-Gas Shift)反応(H2O+CO→H2+CO2)において、金のみでは、たとえナノ粒子であっても触媒作用を示さない。ところが、金-セリア(セリウム酸化物)ナノ粒子は触媒作用を発現する。Rodriguezたち(P. 1757)は、一部還元された酸化チタンあるいは酸化セリウムのアイランド上の金表面が、バルクな金であっても、WGS触媒として機能することを見出した。彼らは、酸化物アイランドの酸素空孔において水の解離が(金は触媒として関与しない)、そして金表面もしくは金-酸化物界面において一酸化炭素の吸着が起きていると結論している。(NK)
Activity of CeOx and TiOx Nanoparticles Grown on Au(111) in the Water-Gas Shift Reaction
p. 1757-1760.

炭素の出入りについて(Carbon Bookkeeping)

地球系全体を通じて炭素がどういう経路で循環しているのか、その経路のすべてを理解することが緊急に必要となっているが、炭素がどういう風に利用されているのか、われわれの知識は不完全である。Bergたちは、ある範囲の古細菌が一酸化炭素からの無機炭素を同化して、有機分子にする4-ヒドロキシ酪酸塩-CoA脱水酵素を利用していることを発見した(p. 1782; またThauerによる展望記事参照のこと)。4-ヒドロキシ酪酸塩-CoA脱水酵素のための遺伝子配列が海洋微生物のメタゲノムに広範に出現していることは、海洋の炭素の出入りについて、このプロセスが意義あるものだということを告げるものである。(KF)
A 3-Hydroxypropionate/4-Hydroxybutyrate Autotrophic Carbon Dioxide Assimilation Pathway in Archaea
p. 1782-1786.

概日リズムの方法(Circadian Rhythm Methods)

植物や動物における概日リズムは、代謝経路の活性の周期的変化と結びついているらしい(Imaizumiたちによる展望記事参照、及び11月15日のオンライン出版)。Yinたちは、そうした生化学的プロセスの協調に寄与する可能性のある分子機構に関して記述している(p. 1786、11月15日のオンライン出版)。Rev-erb αというものが概日時計要素Bmal1をコードする遺伝子の転写を制御している。Rev-erb αはヘムに結合し、それによって制御されているが、これがリプレッサー複合体中のRev-erb αを安定化し、そのことが次に糖新生酵素の産生をブロックしている。つまり、Rev-erb αはヘムセンサーとして作用し、ヒト幹細胞において、細胞時計とグルコースの恒常性、さらにはエネルギー代謝を協調させているのである。シロイヌナズナの研究から、Doddたちはこのたび、細胞質のシグナル伝達分子である環状アデノシン二リン酸リボース(cADPR)もまた、時計機構の要素の1つであることを明らかにしている(p. 1789)。cADPRを含むフィードバックループに対するゆらぎは時計の不安定さをもたらし、細胞質の Ca2+イオン遊離の一日単位の周期的変動を破壊するのである。(KF)
Rev-erbaα, a Heme Sensor That Coordinates Metabolic and Circadian Pathways
p. 1786-1789.
The Arabidopsis Circadian Clock Incorporates a cADPR-Based Feedback Loop
p. 1789-1792.

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