AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science September 28, 2007, Vol.317


量子の世界では算数が通用しない(When Quantum Arithmetic Doesn't Add Up)

買い物かごにある商品を一個入れてそれを取り出せば、あなたの支払い額は変わらないはずである。しかし、量子の世界のスーパーマーケットでは、買い物かごに出し入れする確率と順番によって合計が変わってくる。Parigiたち (p. 1890, Boyd たちの展望記事参照)は,この直感に反した現象を光子を用いて実現した。光照射野から光子を出し入れすると、出し入れの順番に依存して最終的に得られる量子状態ははじめのものと異なってくる。この光照射野量子状態の制御技術は、量子コミュケーションなどの分野に応用が期待できる。(NK)
Probing Quantum Commutation Rules by Addition and Subtraction of Single Photons to/from a Light Field
p. 1890-1893.
PHYSICS: Quantum Weirdness in the Lab
p. 1874-1875.

増加中のフッ素化薬剤(Fluorinated Drags on the Rise)

有機フッ素の置換化合物は、LipitorやOrozacといった主要な薬剤を始めとして、合成による低分子医薬品において益々重要な役割を果たしている。Muellerたち(p.1881)は、フッ素が結合過程でタンパク質とどのように相互作用しているかに関して明らかになった事象に注目している。このような分子間相互作用の解明は、基質の塩基度に影響するフッ素の電子吸引作用や、基質の構造に関する広範囲な立体電子効果に関する従来の概念を更に補うものである。この考察は広範囲にわたる構造データベースから集められた解析によって支持された。(KU)
Fluorine in Pharmaceuticals: Looking Beyond Intuition
p. 1881-1886.

量子雑音の低減(Quantum Noise Reduction)

量子コンピュータを成功させるためには、その環境と相互作用によって生ずるデコヒーレンスの影響に打ち勝つ必要がある。デコヒーレンスの影響が十分に特徴づけられるならば、このような影響を緩和することができるはずである。この解明は、原理的にプロセス断層撮影法によって成し遂げることができる。しかしながら、この方法はシステム内の量子ビットの数と共に指数関数的に多くなるリソースを必要とし、このことがこの方法を非現実的なものにしている。Emersonたち(p. 1893; Baconによる展望参照)は、デコヒーレンスのキーとなる特徴を効率的に測定できる理論手法について述べている。この方法は、指数関数的に増やさないで多項式的に増加へと実験回数を減らしている。著者たちは、液体状態と固体状態の核磁気共鳴法に基づいた量子-情報プロセッサに関してこの手法の実験的試作について発表している。(hk,KU)
Symmetrized Characterization of Noisy Quantum Processes
p. 1893-1896.
PHYSICS: Does Our Universe Allow for Robust Quantum Computation?
p. 1876-1877.

大気の中に上がる(Up in the Air)

地球大気中に酸素が放出されたのは、24億年前頃からと考えられている。酸素が増加した原因の候補には、地球の内部活動による影響、水素の放出(escape of hydrogen)、あるいはシアノバクテリアの進化などが含まれている。Anbarたち(p.1903)とKaufmanたち(p. 1900)は、25億年前頃の年代とされる西オーストラリアのMount McRae Shaleのボーリングコアの詳細な断片に対して地球化学的な調査を行った。彼等は、微量元素分析手法(特に、酸素環境化での風化を示すモリブデンとレニウムの)と、硫黄同位体(豊富なオゾンの不足を示す)の質量非依存分別(massindependent fractionation)とを用いて、大気中酸素の存在を追跡した。そのデータは、大気酸素が存在する最初の兆候を示しているが、この時にはまだ低いレベルであった。(TO,nk)
A Whiff of Oxygen Before the Great Oxidation Event?
p. 1903-1906.
Late Archean Biospheric Oxygenation and Atmospheric Evolution
p. 1900-1903.

端から見える(Seen On Edge)

2007年8月、天王星の環のなす面が、珍しくも地球に端を向けて向けて一直線になって見えた。この通常ではない配置により、散乱光によって明るいかすかな環を含め、環の暗い側の状態が明らかになった。de Pater たち (p.1888, 8月23日にオンラインで出版) はハワイの Keck望遠鏡を用いて、側面を向けている環の赤外写真を撮った。拡散した塵がリング全体を覆っているが、何らかの特別な環や特徴とは関連していない。塵の模様は、1986年に Voyager 宇宙船により初めて撮影された時から大きく変化していた。これは、このような変化が太陽系では一般的であり、今まで予想されていたよりもずっと大きなスケールで発生することを示している。(Wt)
The Dark Side of the Rings of Uranus
p. 1888-1890.

今度はスピン全部一緒にして情報記憶(Spin, All Together Now)

1個の量子ドット中の1個の電子スピンの操作は、量子情報処理手順実現の強力な候補者である。しかし、各ドットのスピン動力学は環境の影響を強く受け、多数の量子ドットからなるシステムにおいて、ドット間の変動によって生じる分布は、アドレス選択における深刻な問題となる。Greilich たち(p. 1896)は、自己組織化した半導体ドットのアンサンブルにおけるフェムト秒の磁気光学的ポンピング実験について報告した。一連のレーザーパルスによって、全ての電子スピンをコヒーレントに歳差運動をさせた。スピン情報は核のスピンに蓄えられているので、その結果、レーザーが止んだ後も暗闇の中で数十分に渡り、電子的位相情報が安定に保持された。(Ej,hE,nk)  
Nuclei-Induced Frequency Focusing of Electron Spin Coherence
p. 1896-1899.
   

ハワイの門をくぐる(Hawaiian Getaways)

ポリネシア人の伝説の中には、ハワイからポリネシアの島々に帰ってくるという話があるが、これらの航海に関する証拠は無かった。Collerson と Weisler (p. 1907; および Finneyによる展望記事参照)は、Tuamotusサンゴ礁環礁で集めた19個の玄武岩製の斧の化学分析を行い、その原産地を調べた。多くのサンプルは近くの島のものだったが、一つだけはその同位体元素と微量成分の化学分析結果は3400キロ離れたハワイのものとユニークに一致した。したがって、ポリネシア人は数千キロにも広がる、しかもハワイとの複数の接触を伴う海洋貿易ネットワークを持っていたことになる。(Ej,hE)
Stone Adze Compositions and the Extent of Ancient Polynesian Voyaging and Trade
p. 1907-1911.
ANTHROPOLOGY: Tracking Polynesian Seafarers
p. 1873-1874.

ウイルス性殺虫剤への抵抗(Viral Pesticide Resistance)

害虫の化学薬剤に対する抵抗は良く調べられているが、ウイルス性殺虫剤に関してはほとんど情報が無い。ウイルス性殺虫剤は、一般的にはホスト(害虫)に抵抗が生まれない安全な殺虫剤と思われているが、現場での集団観察では、codling(リンゴ)ガ顆粒ウイルス殺虫剤への抵抗性が認められている。Asser-Kaiserたち(p. 1916)は、この抵抗はZ伴性と関連していることを示した。選択された集団を隔離した実験で、1万倍から10万倍のウイルス抵抗が見られ、これは自然状態での抵抗を持った系統よりずっと大きい。(Ej,hE,KU)
Rapid Emergence of Baculovirus Resistance in Codling Moth Due to Dominant, Sex-Linked Inheritance
p. 1916-1918.

脳に磁気マッサージを与える(Giving the Brain a Magnetic Massage)

経頭蓋磁気刺激法(TMS)は、ニューラルプロセシングを選択的に変えるために用いられるありふれた技術となりつつある。報告によると、TMSは神経活性と血液動力学的活性を変化させるが、これらの影響に対する基本的な神経生理学的証拠は殆んど見当たらない。Allenたち(p.1918;Millerによるニュース記事参照)は麻酔下の猫にTMSを適用し、新皮質の共存領域で神経活性と血液動力学的活性を同時に測定し、そしてTMSの神経への影響に関する定量的なデータと、このデータがスタンダードな神経イメージング技術とどのように関係しているかを提供している。これらの結果は脳の可塑性のメカニズムに関する洞察をも与えるものであり、このメカニズムがTMSの持続的治療効果の基礎をなすと見なされている。(KU)
Transcranial Magnetic Stimulation Elicits Coupled Neural and Hemodynamic Consequences
p. 1918-1921.

寄生虫進化の奇妙さ(Parasitic Evolutionary Oddity)

ジアルジア属(Giardia)は腸にいるありふれた原虫寄生虫であり、またヒトの疾患の重要なエージェントである。Morrisonたちは、ジアルジア属のゲノム解析結果を提供しているが、それは、寄生虫としての生活習慣に関わる極度に単純化された代謝能などの、異常な特徴を豊富に明らかにするものである(p. 1921; またKeelingによる展望記事参照のこと)。それら異常な特徴とは、生殖周期を欠くと考えられる細胞における小さなDNA異型接合性や、それ以外は保存されているタンパク質の領域への機能的に謎めいたアミノ酸の挿入、通常のミオシンを欠く異常なアクチン細胞骨格、さらには単純化されたDNA複製とRNAプロセシング機構などである。(KF)
Genomic Minimalism in the Early Diverging Intestinal Parasite Giardia lamblia
p. 1921-1926.
GENOMICS: Deep Questions in the Tree of Life
p. 1875-1876.

マンモスのミトコンドリアの配列決定の努力(Mammoth Mitochondrial Sequencing Effort)

古代のDNAは毛の中ではよく保存されていて、冷たい環境ではおびただしい量の毛が発見され、さらに、容易に除染することができる。Gilbertたちはこうした利点を用いて、シベリアの毛の豊かなマンモス13体のミトコンドリアゲノムの完全な配列を明らかにした(p. 1927)。試料の1つはアダムスマンモスのもので、1799年に発見され、過去200年間室温で貯蔵されてきたものであった。このたびの知見は、博物館にしかない生物の試料の解析を促進するものになるであろう。(KF)
Whole-Genome Shotgun Sequencing of Mitochondria from Ancient Hair Shafts
p. 1927-1930.

硫酸化チロシンとヒト免疫不全ウイルスの侵入(Sulfated Tyrosine and HIV Entry)

ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)が宿主細胞に入るためには、その外被糖タンパク質gp120が宿主細胞の表面受容体CD4タンパク質と、1つの共同受容体とに結合する必要がある。異常な翻訳後修飾であるチロシン硫酸化が、この共同受容体との相互作用にとって重要である。Huangたちは、HIV-1 gp120とその共同受容体CCR5の硫酸化されたN末端ペプチドとの相互作用を調べ、gp120とCD4の複合体中のチロシン-硫酸化抗体の結晶構造を決定した(p. 1930)。gp120中の保存された部位はスルホ-チロシンを認識するし、薬物療法のデザインのターゲットになりうるかもしれない。(KF)
Structures of the CCR5 N Terminus and of a Tyrosine-Sulfated Antibody with HIV-1 gp120 and CD4
p. 1930-1934.

発生における身体分節のモデル化(Modeling Developmental Segmentation)

発生学における古典的な問題の1つが、ボディープランの分節化である。脊椎動物においては、このプロセスは多細胞性の振動性遺伝的ネットワークによって支えられている。Riedel-Kruseたちは、この複雑な「分節化時計」を、雑音存在下での単純な結合した発振器の集団としてモデル化し、そのモデル化を、ゼブラフィッシュ胚におけるNotchシグナルの定量的抑制後の実験的に誘発されたセグメント欠損と比較している(p. 1911、8月16日にオンライン出版)。このモデルは、後側欠損の位置や同期化した遷移、再同期の存在などを予想でき、結合の強さやノイズ、動揺への頑健さなどの推定を可能にするものであった。(KF)
Synchrony Dynamics During Initiation, Failure, and Rescue of the Segmentation Clock
p. 1911-1915.

ニューロンの経路発見(Neuronal Pathfinding)

発生の過程では、ニューロンの成長する先端がその望みの標的を同定しなければならない。ニューロンは、引き付けるガイダンス・シグナルや反発させるガイダンス・シグナルに従いつつ、筋の活性を脳のシグナルに、感覚入力を行動性の応答に、など結びつけるネットワークを作り上げている。Fujisawaたちはこのたび、モデル生物線虫(Caenorhabditis elegans)における、別々のニューロンによって送られ、受け取られるガイダンス・シグナルをニューロンが微調整するためのガイダンス・システム中に、もう1つの要素EVA-1を発見した(p. 1934)。(KF)
The Slit Receptor EVA-1 Coactivates a SAX-3/Robo–Mediated Guidance Signal in C. elegans
p. 1934-1938.

[インデックス] [前の号] [次の号]