AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 21, 2007, Vol.317


寄生サイクルに関するゲノム解析完了

熱帯地方の発展途上国の人々の多数に感染する糸状線虫類は、複数の中間宿主を経由する多様なライフサイクルを持つことで知られている。Ghedinらは(p. 1756)、マレー糸状虫(Brugia malayi)のゲノムを解読に成功した。線虫の一種であるシノラブディス・エレガンス(Caenorhabditis elegans)とこのフィラリア性寄生虫のゲノムの比較が可能となり、寄生虫感染症に関する遺伝子の特定が期待される。これで、寄生過程に関与する物全て、即ちヒト・カ(蚊)・ボルバキア(Wolbachia)と線虫それ自体のゲノムが解読されたことになる。システムとしての寄生メカニズム解明への大きな一歩である。(NK)
Draft Genome of the Filarial Nematode Parasite Brugia malayi
p. 1756-1760.

3次元における分数量子ホール効果(Fractional Quantum Hall Effect in 3D)

2次元(2D)での電子ガスにおいて、凝縮が特別な磁場で生じ、極めて液体に似た特性を持つ状態を形成することがある。以前の研究は、このような分数量子ホール効果が2D系に特異的な固有の多体量子基底状態に由来することを示していた。Behniaたち(p.1729,8月16日のオンライン出版;HuxleyとGreenによる展望記事参照)は、似たような状態が非常に大きな高磁場のもとでビスマス結晶中で観測されることを示唆する、熱輸送および電荷輸送測定の結果を示している。これは、この金属がかなり小さなフェルミ表面をもっており、電子が非常に長い平均自由行程で移動していることによっている。著者たちは、ビスマスにおける電子相関が一般的に推定された以上に強く、そしてこの金属が珍しい量子ホール液体を示す可能性を見出した。(KU)
Signatures of Electron Fractionalization in Ultraquantum Bismuth
p. 1729-1731.
PHYSICS: Electrons Acquire a Split Personality in Bismuth
p. 1694-1695.

1個の環から多数の環へ(From One Ring, Many)

ディールズ-アルダー(Diels-Alder)環化反応は、単一の反応ステップで構造的に複雑なものを導入するために有機合成で広く使われている。2つの炭素-炭素結合の形成を通して、この反応は4つの異なる中心でその立体化学を同時に制御することができる。BalskusとJacobsen(p.1736)は、キラルなオキサアザボロリジン(oxazaborolidine)誘導体が、前もって作られた有機大環状分子の非対称なDiels-Alder反応を触媒して、高度に立体選択性のある環状化合物を作ることを示している。これらの環状化合物においては、5員環〜8員環の3つの環がかど(edge)を共有することで結合されている。その幅広い基質化合物の範囲はE,Eジェンをもつ一連の大環状分子まで拡大され、著者たちはこの方法をとくにセスキテルペン天然物の合成に向けて特異的に応用した。(KU)
Asymmetric Catalysis of the Transannular Diels-Alder Reaction
p. 1736-1740.

光ナノ回路(Optical Nanocircuits)

電子回路のクロックスピードを増すには駆動周波数を光の領域に向けて進める必要があり、加えるに部品の大きさも減らす必要がある。現状のマイクロエレクトロニクスの回路を光の周波数で用いると、許容できないような損出があり大きな問題となる。同様に、光の周波数という高い周波数で用いられるようなレジスターやキャパシター、あるいはインダクターといった回路の基本的要素も欠けている。Engheta(p.1698)は、ナノ回路の構築要素として波長以下のナノ粒子の光応答を考察したある一つの提案を概観している。メタ物質の光応答を変調する能力と構築要素を一緒に結合できる能力とを結ぶことにより、マイクロエレクトロニクスにおける回路網と構造に類似した「集積」("lumped")光回路が得られる可能性がある。(KU)
Circuits with Light at Nanoscales: Optical Nanocircuits Inspired by Metamaterials
p. 1698-1702.

深部マントルでのスピン転移領域(Deep Spin-Trasition Region)

地球の下部マントルの構造、組成、及び挙動は高温、高圧下での鉱物内の鉄の量子スピン状態により影響される。しかしながら、このスピンの挙動は実験的に未だ十分に確立されていない。Linたち(p.1740)は、レーザ加熱されたダイアモンドセル中で下部マントルと同じ圧力と温度での鉱物ferropericlase中の鉄のスピン状態をin siteでのシンクロトロンX線回折を用いたX線放出分光系を用いて決定した。スピン特性における連続した変化が中部マントルから下部マントル(1300〜2200kmの深さ)にかけての領域で生じている。最下部のマントルにおいて、低スピンのferropericlaseが安定である。中部マントルから下部マントルにおけるスピン転移は、古典的な状態方程式では表現できないものであり、急峻な速度勾配と密度勾配を生み出す可能性がある。おそらく地震波によってそれを検出できるであろう。(KU,tk,nk)
Spin Transition Zone in Earth's Lower Mantle
p. 1740-1743.

手首に総ての手がかりが(All in the Wrist)

身体の小さなホミニン(ヒト族)であるホモ・フロレシエンシスの起源と類縁関係については広く議論されてきたが、謎に包まれている。何らかの方法で完新世までインドネシアのフロレス島で孤立したまま生き延びた原始的な種の化石なのか、或いは病的な現代人であるのか、はたまた他の別のものなのか? Tocheriたち(p.1743)は、もともとの化石標本の手首の骨が極めて原始的なものであり、現代人やネアンデルタール人の手首と完全に異なっていることを示している。(KU,nk)    
The Primitive Wrist of Homo floresiensis and Its Implications for Hominin Evolution
p. 1743-1745.
   

精子幹細胞(Sperm Stem Cells)

哺乳類の精子形成幹細胞のニッチ(存在している領域)についてほとんど判ってない。Yoshida たち(p. 1722;DiNardoとBraunによる展望記事参照) は、微速度イメージング法と3次元構造の再構築を行い、候補となる幹細胞 (未分化精原細胞)がマウス精巣中の精細管を囲む脈管構造に局在していることを突き止めた。分化に際して、生殖細胞はこれらの領域を離れ、精細管を通り抜けて広がる。(Ej,hE)
A Vasculature-Associated Niche for Undifferentiated Spermatogonia in the Mouse Testis
p. 1722-1726.
DEVELOPMENTAL BIOLOGY: Home for the Precious Few
p. 1696-1697.

亜鉛を輸送する(Transporting Zinc)

二価の亜鉛陽イオンは原核生物や真核生物の細胞中に多様な形態で見つかる。Lu とFu (p. 1746, 8月23日オンライン出版、および、Niesによる展望記事参照)は、H+と交換することによってZn2+を取り入れる細菌性膜タンパク質YiiPの3.8オングストロームの構造を提示した。YiiPの構造はY 字型のホモ二量体で、これを通じてZn2+/H+の交換経路が推定される。YiiPは輸送タンパク質の陽イオン拡散促進を行うファミリーの一員である。このファミリーの別のメンバーであるZnT-8は膵β細胞中でのみ発現し、2型糖尿病のリスクに関与していることが最近判明した。(Ej,hE)
Structure of the Zinc Transporter YiiP
p. 1746-1748.
BIOCHEMISTRY: How Cells Control Zinc Homeostasis
p. 1695-1696.

テクニカラー超分解能画像の形成(Technicolor Super-Resolution Imaging)

分子の相互作用を20nmから50nmの分解能で可視化するには、多色超分解能(高解像度)の画像化システムが必要となるが、これはまだ実現していなかった。Batesたち(p.1749, 8月16日、オンライン出版)は、光スイッチングが可能な駆動剤(activator)とレポーターの対を利用した多色確率的光学再構成顕微鏡 (STORM)を作ったことを報告した。3種の駆動剤と3種のレポーターの組合せ対によって、最大9種の識別可能な蛍光プローブが可能となる。モデルDNA試料の3色画像化例と固定された細胞の2色画像化例が20ナノ、30ナノの解像度で得られた。(Ej,hE)
Multicolor Super-Resolution Imaging with Photo-Switchable Fluorescent Probes
p. 1749-1753.

血小板産生を覗き見る(Taking a Peek at Platelet Production)

血小板新生(血小板形成)の現在のモデルは、多くがin vitroの研究や静的なイメージング法で得られたものである。Junt たち(p. 1767; Geddis and Kaushanskyによる展望記事も参照) は、動的な生体内イメージング法を用いて、活性な血小板産生をする骨髄内の巨核球の挙動を明らかにした。巨核球は骨髄の微小血管にぴったり接触を保ちつつ、血液流中に長く伸びて行くように見える。血流によるせん断力が寄与することで、この大きな巨核球が血液中に伸び、血小板と胞体突起(proplatelet)が抹消循環中に移動するように見える。(Ej,hE)
Dynamic Visualization of Thrombopoiesis Within Bone Marrow
p. 1767-1770.
IMMUNOLOGY: The Root of Platelet Production
p. 1689-1691.

王国を横断して(Crossing Kingdoms)

全真核生物のゲノム配列決定プロジェクトでは、細菌性の配列が見つかっても稀に起こる細菌からの汚染として通常は解析から除外している。しかしながら、Dunning Hotoppたちは、細菌性内部共生体ウォルバキア属から真核生物のゲノムへの遺伝的挿入の例を、6つの属、3つの昆虫目、2つの違った門にわたる11の種において発見した(8月30日にオンライン発行されたp. 1753)。これらの挿入の範囲は、ウォルバキア属ゲノム全体から短い100塩基対の挿入にまでわたっていて、変性および転写された遺伝子として発見された。つまり、細菌と真核生物の間のDNAの移動は、想定されていたほどまれなものではない可能性がある。(KF,nk)
Widespread Lateral Gene Transfer from Intracellular Bacteria to Multicellular Eukaryotes
p. 1753-1756.

ミクロRNAによる遺伝子制御を再構成する(Reconstituting MicroRNA GeneRegulation)

ミクロRNA(miRNA)とは、ほとんどすべての真核生物のゲノムに存在する、小さな、21個以下のヌクレオチドからなる非翻訳RNAである。それは、標的リボ核酸の翻訳を抑圧し、またそれらを不安定にすることによって、動物における遺伝子発現を制御している。この抑圧の正確な仕組みは、ある種の謎のようなものとして残ったままである。Mathonnetたちは、miRNAの能力を要約して遺伝子発現を下方制御するようにしたメッセンジャーRNA(mRNA)翻訳システムを試験管内で開発した(7月26日にオンライン発行されたp. 1764)。この無細胞系では、Let-7 miRNAは、翻訳の最初の段階つまりmRNA 5' capの認識をブロックするよう作用する。つまり、mRNAの分解は遺伝子抑圧、少なくともそのプロセスの初期においては決定的ではないのである。(KF)
MicroRNA Inhibition of Translation Initiation in Vitro by Targeting the Cap-Binding Complex eIF4F
p. 1764-1767.

磁力を動かす(Setting Magnetic Walls in Motion)

磁壁は、磁場あるいはスピン分極電流を注入することで移動させることができる。磁化は情報のビットとして利用でき、電気的に制御しうるので、磁壁の挙動の根底にある微視的な仕組みを理解することには実際的興味がある。Yamanouchiたちは、2つの方法によって引き起こされる磁壁の挙動が基本的に異なっていて、それぞれが別の普遍性(universality)クラスとして彼らが記述するものに属していると報告している(p.1726)。この結果は、磁壁の動きに基づく適切な論理技術の開発において有益となるであろう。(KF,KU)
Universality Classes for Domain Wall Motion in the Ferromagnetic Semiconductor (Ga,Mn)As
p. 1726-1729.

インターフェロメトリーを介した溶液相互作用(Solution Interactions via Interferometry)

干渉計(インターフェロメトリー)は、、生体分子の結合パートナーが表面に固定化されている場合に、生体分子の濃度とその結合の相互作用とを調べるために用いることのできるいくつかの技法の1つである。Bornhopたちはこのたび、後方散乱インターフェロメトリーのかなり単純な実現を示している(p. 1732)。それは、試料の混合のため、またレーザー光のマルチパスセルとして微少溶液(microfluidic)チャネルを利用するもので、結合の際の明瞭な屈折率変化を介して、いくつかの結合対についての解離定数の決定に用いることのできるものである。解離定数は、タンパク質Aと免疫グロブリンGとの結合対、また活性化したカルモジュリン(CaM)と小分子阻害剤あるいはカルシニューリンとの結合対など、いくつかの結合対に対して決定された。微小熱量測定法とは異なり、これらアッセイは試料が非常に少量でも実施することができる。たとえば、いくつかのカルモジュリン・アッセイは、このタンパク質をほんの200picomolしか必要としないのである。(KF,tk,KU)
Free-Solution, Label-Free Molecular Interactions Studied by Back-Scattering Interferometry
p. 1732-1736.

後成的な機構が明らかに(Epigenetic Mechanism Unraveled)

ゲノムの後成的(epigenetic)制御には、根底にあるDNA配列とは独立の、細胞分裂を介した情報伝達が含まれる。もっともよく理解されている例は、DNAにおけるシトシン塩基のメチル化である。これは転位因子を沈黙させるよう作用するものだが、DNAメチル基転移酵素DNMT1の維持を必要とする。Bostickたちは、最近発見されたメチルDNA結合タンパク質のファミリーUHRF1(ユビキチン様の、PHDおよびRING指領域1を含む)がまた、哺乳類のCpG DNAメチル化の維持にとって必要であることを示している(8月2日にオンライン発行されたp. 1760)。UHRF1は半メチル化したDNAを結合し、DNMT1と相互作用および共存するもので、DNMT1と染色質との安定な結びつきにとって必要なものである。こうした知見は、UHRF1が、効率的なCpGメチル化維持のためにDNMT1を補充していることを示唆するものである。(KF)
UHRF1 Plays a Role in Maintaining DNA Methylation in Mammalian Cells
p. 1760-1764.

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