AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science September 14, 2007, Vol.317


磁化の局所スイッチング(Switching Magnetism on the Spot)

固定磁気ディスクでは、磁場印加により情報を書き込み、別の電極でそれを読み取るのが典型的な方法である。この手法では、得られる記録ビット密度に限界がある。書き込み磁場の広がりを抑えることができず、隣接するビットに影響を与えてしまうからである。スピン偏極電流は局所書き込み・読み取りが可能であり、高密度化の問題を解決できると期待されている。しかし、スピン偏極磁化スイッチングのメカニズムはまだ明らかにされていない。Krause たち(p.1537)は走査型トンネル顕微鏡プローブの先端から出るスピン偏極電流により、鉄原子からなるアイランドの磁化を局所的に制御・読み取りできることを示した。また、この磁化スイッチング現象は、スピン偏極電流によって誘起されるスピントルク効果によるものであり、オルステッド効果(電流による磁場発生)による寄与は小さいことを明らかにしている。(NK)
Current-Induced Magnetization Switching with a Spin-Polarized Scanning Tunneling Microscope
p. 1537-1540.

チェッカーゲームの場合は引き分け(A No-Win Solution for Checkers)

コンピュータ科学者は人工頭脳の研究には、伝統的にチェスのようなゲームを利用してきた。もっと易しい探索空間の小さなゲームの場合は、スタート位置からコンピュータでしらみつぶしに空間を調べることで完全な解が得られる。チェスの場合は探索空間が膨大で、最速のコンピュータでも解くには地質学的な時間が必要であるが、他のゲームの場合は難しいけれど取り組み可能な挑戦課題となる。Schaeffer たち(p. 1518, Choによる7月19日のニュース記事参照)は、チェッカーゲームの解について報告している。もし、黒が先手であれば、対戦相手が間違いを犯さなかった場合、ゲームは引き分けになる。この完全な解の解析は1989年に始まり、数十台のコンピュータが必要であった。(Ej,hE,nk)
Checkers Is Solved
p. 1518-1522.

数珠つながりの星(Strings of Stars)

初期宇宙の周囲より突出して高密度な領域で最初に誕生する星は、重力により中心部へと崩壊する。これらの領域は、自ら光らず、光とは重力以外の相互作用もしないダークマターの塊が種になって生まれる。最初の星についてのほとんどのモデルは「冷たい」ダークマターから星を発生させているが、もし、もっとエネルギーの高い基本素粒子から成っている場合は、ダークマターが「暖い」可能性がある。暖かいダークマターを含むコンピュータシミュレーションによれば、Gao と Theuns (p. 1527,およびBrommによる展望記事参照) は、暖かいダークマターの高速な動きによって微小な密度構造を消去し、極めて細長く安定なガス雲が形成され、フラグメント化されて1列に並んだ数珠つながりの星が出来る。このように、最初の星の配列パターンから宇宙のダークマターが何からできているかが分かるかもしれない。(Ej,KU,nk)
Lighting the Universe with Filaments
p. 1527-1530.
ASTRONOMY: From Darkness to Light
p. 1511-1512.

グラフェンのビリヤード(Graphene Billiards)

グラフェン(分離したグラファイトシート)は、顕著なバンド構造と機械的安定性を有するが、それ以外にも風変わりな輸送物性を示すことが予想される。しかし、運動量空間において電気的バンドが出会うDirac点は、予想される多くの特性の原因となるにかかわらず、その周囲でのキャリアーの輸送には不明な点が多く残されていた。Miao たち(p. 1530)は、キャリアー密度が変化する色々な大きさのデバイス構造におけるこの領域周辺の特性について系統的に調べた。グラフェンのキャリアーは大きなコヒーレンス長を有しており、これによりグラフェンの輸送特性は幾何学的形状に依存することになる。実際、電子とホールがグラフェンシートのエッジで散乱されるとき、電子とホールの波動関数が干渉し、まるで量子干渉ビリヤードのように振舞う。(Ej,KU,nk)
Phase-Coherent Transport in Graphene Quantum Billiards
p. 1530-1533.

イオウをこちらに廻して(Pass the Sulfur, Please)

炭素とイオウの同位体シグニチャー(特徴的組成比)は、初期地球の生命の痕跡の証拠となりうる。いくつかのイオウの同位体シグニチャーを利用して代謝の痕跡を追跡しようと試みられている。35億年前の岩石中にあった、32Sに対する34Sの割合が大きい領域は、硫酸塩還元細菌が存在したことが推測されていた。Philippot たち(p. 1534;Thamdrupによる展望記事参照)は33Sのデータを利用して、これらの岩石では、ある生物が元素状態のイオウを代謝し、不均化反応(イオウを2種類の原子価数のイオウに変化させる反応)をもたらしていたことを示した。このような生物のいくつかは系統樹の根幹部に存在することが知られている。(Ej,hE,KU)
Early Archaean Microorganisms Preferred Elemental Sulfur, Not Sulfate
p. 1534-1537.
GEOCHEMISTRY: New Players in an Ancient Cycle
p. 1508-1509.

人の相互作用(Human Interaction)

人は自然系と絶えず相互作用している。Liuたち(p.1513)は、人と自然系の間の組織的な、空間的、かつ時間的な結びつきに関する複雑な性質をレビューしている。様々な大陸でのケーススタディから、この結びつきが直接的な相互作用からより間接的なものへと、又隣接した結合から離れたものへと、局所的なスケールから地球規模へと、そして単純なパターンから複雑なパターンやプロセスへと進化したことを示唆している。このような相互作用の認識により、生態系や社会経済的な持続可能性に対する効果的な政策策定に役立つはずである。人は自然系と相互作用しているだけでなく、集団の中でお互いに相互作用している。Limたち(p.1540)は化学や物理で良く知られている相分離の概念を採用し、人間集団が人種や文化によってそれぞれの領域を占有するパターンを地球規模で研究した。そしてこのパターン形成の研究は抗争を予測したり、そしておそらくは防止に役立つ可能性がある。彼らは、闘争が境界の曖昧な地域間で起こっていると仮定した。民族の地域的な分布に基づいたモデルにより、以前のユーゴスラビアやインドで生じた地域的な抗争に関する優れた予測が得られた。(KU,nk)    
Complexity of Coupled Human and Natural Systems
p. 1513-1516.
Global Pattern Formation and Ethnic/Cultural Violence
p. 1540-1544.
   

テイラーメイドのToll様受容体(Tailor-Made Toll- Like Receptor)

実験室レベルに基づいた免疫学では、昆虫から哺乳類にいたる生得性の免疫受容体に関する多くの役割が明らかになった。しかしながら、このような受容体が、どの程度感染からヒトを守っているのだろうか?Zhangたち(p.1522)は、ヒトの一次免疫不全症に関して報告している。その報告は、他の病原体に関して何等の明白な影響を与えることなく、単一の特異的なウイルス感染からの防御におけるToll様受容体(TLR)に関する特異的な役割を示している。単純ヘルペスウイルス(HSV)はTLR3の変異誘発遺伝子を持つ子供に脳炎を引き起こすが、TLR3は通常中枢神経系や免疫系の樹状細胞におけるウイルス核酸への抗ウイルス性のインターフェロン応答を調節している。生得的なヒトの免疫貯蔵庫におけるTLR3の維持はウイルス感染によってもたらされているのかもしれない。これらの結果は、他の似たような狭い宿主-病原体の相互作用も、また共進化した可能性を示唆している。(KU)
TLR3 Deficiency in Patients with Herpes Simplex Encephalitis
p. 1522-1527.

タンパク質の機能的進化(Functional Evolution of Proteins)

タンパク質の進化のメカニズムに関する直接的な同定には、進化の時間軸を通してのタンパク質を比較することが必要となる。脊椎動物の鉱質コルチコイド(MR)と糖質コルチコイド(GR)の4億5千年前の祖先の配列が、系統発生学的解析により以前決定され、この祖先がMR様のホルモン特異性を持っていることが示された。Ortlundたち(p.1544,8月16日のオンライン出版;8月17日のServiceによるニュース記事参照)は、構造と機能、及び系統発生的解析を用いて、特異的な変異がどのようにしてMR様からGRホルモン特異性への変化に行き着いたのかを決定した。彼らは上位性の相互作用に関する証拠を見出したが、そこではある置換が他の部位での構造を変化させる。置換は即時的な機能上の影響を持っていないが、安定性に影響し、その結果として機能的に切り換わる変異を引き起こし、GR進化に重要な役割を果たしている。(KU)
Crystal Structure of an Ancient Protein: Evolution by Conformational Epistasis
p. 1544-1548.

空気のご馳走(An Airy Meal)

人類の栄養面と地球規模での生態系にとって必須である大気中窒素のアンモニアとしての固定は、自立性の細菌や植物の根の小結線における共生細菌によって作られている。Lecheneたち(p.1563,Kuypersによる展望記事参照)は安定な同位体15Nによるマルチ-同位体イメージング質量分析法を用いて、相利共生細菌による窒素固定を測定した。彼らは、固定された窒素の利用を、このケースでは植物の宿主細胞ではなく動物細胞で追跡した。(KU)
Quantitative Imaging of Nitrogen Fixation by Individual Bacteria Within Animal Cells
p. 1563-1566.
MICROBIOLOGY: Sizing Up the Uncultivated Majority
p. 1510-1511.

抗体特異性を倍にする(Doubling Up Antibody Specificity)

コムギやオオムギの頭部胴枯れ病の原因となる真菌性植物病原体であるfusariumgraminearumは、最近10年間における合衆国の農業で最大の経済的損失をもたらした。Cuomoたちは、F. graminearumのゲノムの配列決定を行ない、宿主と病原体の相互作用に関わる遺伝子を明らかにした(p. 1400)。ゲノム配列に加えて、第2の(別の)系統との配列比較を介して、1万以上の一塩基多型が同定された。これらデータは、ゲノム内で高度に可変性のある遺伝子の豊富な領域があって、そこに病原性と潜在的に結びついている遺伝子が潜んでいることを示唆するものである。(KF)
Anti-Inflammatory Activity of Human IgG4 Antibodies by Dynamic Fab Arm Exchange
p. 1554-1557.
IMMUNOLOGY: Square-Dancing Antibodies
p. 1507-1508.

筋を作る際の調節モチーフ(Regulatory Motifs in Making Muscle)

後生動物の発生の間、同義遺伝子が同時発現することで、相互作用する遺伝子産物が同じ場所に同時に産生される。Brownたちは、一緒に機能している同義遺伝子がいかにして協調的に発現しているかを、同時制御されている19個のホヤ(Ciona)の遺伝子のシス制御要素を詳細に吟味・検討した(p.1557)。この遺伝子は筋の多タンパク複合体の成分をコードしているものである。アッセイは変異性解析を介してこのシス制御要素を定義し、また筋細胞中の変異体-作成物遺伝子発現は数量化されて、各調節モチーフの活性が見積もられた。分岐した種であるC. intestinalisとC. savignyiの間の比較によって、モチーフの配置が種の中の同時制御遺伝子間でも大きく異なっていること、しかしオルソロガス・モチーフは進化的に保存されていることが明らかにされた。(KF,KU)
【訳注】同義遺伝子:同一形質の発現に関与している、座位の異なる複数の遺伝子
Functional Architecture and Evolution of Transcriptional Elements That Drive Gene Coexpression
p. 1557-1560.

攻撃される膜(Membranes Under Attack)

膜侵襲複合体/パーフォリン(MACPF)領域を含むタンパク質は、侵入してくる微生物あるいは感染した宿主細胞の膜を破壊することによって、哺乳類の免疫防御における重要な役割を果たしている。2つの研究がこのたび、MACPF機能の仕組みについての洞察を提供している。Rosadoたちは、細菌のMACPFタンパク質の結晶構造を2.0オングストロームの分解能で決定し(p.1548,2007年8月23日オンライン出版)、Haddersたちは、ヒトの補体成分C8αのMACPF領域の構造を2.5オングストロームの分解能で決定した(p.1552)。驚いたことに、双方のMACPF領域は、グラム陽性菌のポア形成するコレステロール-依存的な細胞溶解素(CDC:cholesterol-dependent cytolysins)と構造的に類似している。CDCによるポア形成の仕組みは知れれており、その構造的な結果は、溶解性MACPFタンパク質が同様の仕組みを使って細胞膜を破壊している可能性のあることを示唆するものである。(KF)
A Common Fold Mediates Vertebrate Defense and Bacterial Attack
p. 1548-1551.
-MACPF Reveals Mechanism of Membrane Attack in Complement Immune Defense
p. 1552-1554.

種内および種間での多様性の必要性(Diversity Needed Within and Among Species)

生物多様性の鍵となる2つの要素は、種内部の遺伝的多様性と生態学的コミュニティーおよび生態系における種の多様性である。これら2つの要素は、通常は2つの多様性の水準間での可能な相互作用にはほとんど注意を払われることなく別々に研究されていた。LankauとStraussは、双方の水準での多様性の維持を可能にするフィードバックループの存在の経験的証拠を提示している(p. 1561)。Brassica nigra(アブラナ属nigra)のアレロケミカル(allelochemica(他感物質):異なる種の生物にとって有害な物質)な形質における遺伝的変異は、この種と他の競合種の共存にとって必要である。同時に、B. nigraにおける遺伝的変異は、複数の競合種がそのコミュニティー内に存在していた時にのみ維持されていた。幾つかのB. nigra遺伝子型は他の種に対しては強い競争者であったが、種内の競争者に対しては弱かった。こうした結果の示す重要なメッセージは、自然な生息地における種多様性の保存のためには、種内の遺伝的多様性を維持する機構の保存も必要とするかもしれないということである。(KF,KU)
Mutual Feedbacks Maintain Both Genetic and Species Diversity in a Plant Community
p. 1561-1563.

[インデックス] [前の号] [次の号]