AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 10, 2007, Vol.317


高濃度の塩に対する生存戦術(High-Salt Survival Tactics)

Na +/H+の交互輸送因子であるNhaAは、大腸菌の膜内タンパク質であり、高塩分やアルカリ性環境に対抗 して生存するために必須である。NhaAは、電気化学的な勾配を利用してプロトンを細胞内に輸送し、細胞質からNa+を排出するが、K+は排出しない。最近決定されたNhaAの構造から始まって、Arkinたち(p. 799)は分子動力学シミュレーションを実行し、イオン輸送、pH制御、陽イオン選択性のメカニズムを調べた。現存する実験データとシミュレーション、および、変異原性実験から、NhaAが機能するためには3つのアスパラギン酸が必須であることが示された:Asp164はNa+結合部位に、Asp163は交代して細胞質または周辺質が結合部位にアクセスするのを制御し、Asp133はpH制御に関わっている。(Ej,hE)
Mechanism of Na+/H+ Antiporting
p. 799-803.

層状の応答(A Layered Response)

アクチュエータはエネルギーを機械的な力に変換する。Masmadinis たち(p.780; Blencowe による展望記事を参照のこと) は、圧電半導体に基づくナノレベルの機械的共振器を作動させる方法を示している。この場合、上記の圧電半導体は、pin ダイオード(真性層が存在する。これは、p型とn型の層の間に挟まれた、電荷が欠乏し、かつ、活性な圧電材料である)を形成するようエピタキシャル成長させた GaAs からなる片持ち梁である。 AC 電圧の印加により誘起される機械的な共振の強さは、電荷欠乏層を変化させる DC バイアスで制御することができる。この作動状態は、デバイスのバンド構造、幾何形状、結晶方位を変えることによって調整することができる。(Wt)
Multifunctional Nanomechanical Systems via Tunably Coupled Piezoelectric Actuation
p. 780-783.
APPLIED PHYSICS: How to Strum a Nanobar
p. 762-763.
 

単層を加熱する(Heating a Monolayer)

結晶性固体の中の熱は極めて低い周波数の音響振動によって伝播する。これと対照的に、孤立した分子が伝播する熱の割合やメカニズムについては良く判ってないが、分子エレクトロニクスのような応用にとっては潜在的には重要である。Wangたち (p. 787; Nitzanによる展望記事も参照)は、干渉性音波のスペクトル分析を利用して、フラッシュ光で加熱した金の基盤から、その表面に集積したalkanethiol の単層への熱伝導速度を定量化した。炭化水素鎖を通ってピコ秒で、熱が単分子層を横切って伝わると生じる末端のメチル基の乱れをこの手法は敏感に検出する。この手法は、熱が炭化水素鎖を通ってピコ秒で末端のメチル基集合を横切って広がるが、そのメチル基の不規則性に敏感である。理論的解析の結果は、1秒当たり約1キロメートルのスピードで、熱が塊り状に輸送されるという描像と一致する。(Ej,hE,nk)
Ultrafast Flash Thermal Conductance of Molecular Chains
p. 787-790.
CHEMISTRY: Molecules Take the Heat
p. 759-760.

直接なアミドへ(Straight to Amides)

生物由来分子や市販の高分子にはアミドが多く含まれているが、 C(=O)N モチーフを含む柔軟で効率的合成法は高い価値がある。一般的に、入手可能なアルコールとアミンの酸化カプリングでアミドを合成するには、かなり無駄な量の化学量論的活性剤、あるいは、腐食性の強い酸や塩基が必要となる。Gunanathan たち(p. 790) は、ルテニウム錯体が、幅広い一級アルコールとアミンの直接的なカップリング反応を触媒して対応するアミドを合成し、遊離されるHを唯一の副産物とする吸熱反応を起こすことを見つけた。トルエン溶液を10時間以下で沸騰させることによって高収率が達成された。(Ej,hE)
Direct Synthesis of Amides from Alcohols and Amines with Liberation of H2
p. 790-792.

11回の氷河サイクルを経た氷(Ice Through 11 Glacial Cycles)

南極大陸のドームCで掘削されたアイスコアは、11回の氷河サイクルを含んでおり、極地で氷に覆われた掘削現場の中で、最も連続して長期間の気候と大気組成の記録をもたらしてくれる。Jouzel等(p. 793,7月5日オンライン出版)は、現在から80万年前に遡る気候記録の再現を可能にする、全長3260メートル長のコアの重水素同位体プロファイルを示している。この記録の高い時間分解能により、これまでより短い1000年規模の気候現象に対して北半球と南半球の高緯度地域の間の関係を詳細に調べることが可能となった。著者たちは、大気大循環モデル (General Circulation Model; GCM) を用いて、人類による影響が生じる以前(preanthropogenic)の完新世の値よりも4.5度ほど高い温暖期の期間中や10度ほど低い寒冷期の期間中の気温を知る、全期間に対するより改善された温度記録を計算した。(TO,Ej,nk)
Orbital and Millennial Antarctic Climate Variability over the Past 800,000 Years
p. 793-796.

内部を見る( Looking Within)

地球気候モデルは非常に複雑な系にも関わらず、過度に単純化された表現であることを批判されてきた。例えば、(太陽光照射、人為的エアロゾル、温室効果ガスの濃度のような)自然と人間による外因的強制項 (external forcing terms)しか含んでおらず、予測において重要な影響を与えると考えられる非人為的影響による内因的気候変量(internal climate variability)の影響を無視している。Smithたち(p. 796;Kerrによるニュース記事参照)は、モデルに内因的変量の影響を含んだmodel hindcastによる結果を報告している。彼等は、しっかりとより巧妙に(skill)、全世界的にも地域的にも表面温度を10年間に渡って予測できることを発見した。彼等が予測する2005年から始まる10年間の年間平均表面温度として、次の数年間は温暖化の進行が低下するが、2009年後に続く少なくとも半分以上の年で、継続的でかつ急速な温暖化が生じ、現在記録上最も温暖な年(1998年)よりも更に温暖化することを予測している。(TO,KU,Ej)
Improved Surface Temperature Prediction for the Coming Decade from a Global Climate Model
p. 796-799.
CLIMATE CHANGE: Humans and Nature Duel Over the Next Decade's Climate
p. 746-747.

うつ状態での脳の活動(Activity of the Depressed Brain)

うつ状態において、脳の回路がどのような機能不全に陥っているかを理解するために、Aivanたち(p.819, 7月5日のオンライン出版;Inselによる展望記事参照)は、うつに似た状態に陥っているラットの脳切片中に電位感受性の色素を入れて海馬内部の神経活動を追跡した。神経活動のある側面から、抗うつ剤の投与後の挙動改善等ラットが示す「うつ状態」の程度が予測できた。海馬の神経活動がこれらの動物の行動形態を反映しているというこの指摘は、うつにおいて機能不全となっている神経回路の更なる理解への出発点であり、他の神経疾患を研究する方法となるであろう。(KU)
High-Speed Imaging Reveals Neurophysiological Links to Behavior in an Animal Model of Depression
p. 819-823.
NEUROSCIENCE: Shining Light on Depression
p. 757-758.

Wnt,若さの根源(Wnt, the Fountain of Youth)

Wntタンパク質は細胞表面の受容体に結合するリガンドを分泌し、発生の期間に重要な影響をもたらす。Wntタンパク質はまた、加齢と関係する幹細胞や前駆細胞の表現型にも寄与しているものと考えられている。Liuたち(p.803)は、特徴的な加齢促進をもたらすKlothoタンパク質に変異を持つマウスを用いて幹細胞の性質を調べた。彼らは、変異マウスにおける幹細胞の老化の増大を観察し、Klothoタンパク質が形質移入された細胞中でWntタンパク質と強く相互作用して、Wntタンパク質を抑制していることを見出した。培養中のマウスの胚性繊維芽細胞を過剰なWntシグナル伝達に曝すと、老化が進み、トランスジェニックマウスにおいては皮膚細胞の老化を促進した。Brackたち(p.807)は、Wntシグナル伝達が年老いた動物ではより活動的であることを見出した。若い再生中の筋肉にWnt3Aを注射すると、増殖が抑えられ、結合組織の析出が増加した。このように、Wntシグナルを抑えることが、加齢や年齢に関連した病気の影響を和らげる戦略を与えることになるだろう。(KU)
Augmented Wnt Signaling in a Mammalian Model of Accelerated Aging
p. 803-806.
Increased Wnt Signaling During Aging Alters Muscle Stem Cell Fate and Increases Fibrosis
p. 807-810.

鳥の保護(Birds of a Feather)

European Union’s Birds Directiveはパイオニア的な存在の国際政策機関であり、1979年に希少な鳥や絶滅に瀕した鳥を保護するための枠組みを定める目的で設立された。Donaldたち(p.810)は、ターゲットとして定められた鳥の個体群の数に関してこの行政指導の有効性を調査した。望まれた如く、リストに指定されなかった鳥に比べて、リストに挙げられた鳥の個体群数はプラスの変化が観察された。このような国際的な取り組みにより、実際に目に見える形での保護の効果がもたらされる。(KU,Ej)
International Conservation Policy Delivers Benefits for Birds in Europe
p. 810-813.

制御の変化と表現型(Regulatory Change and Phenotypes)

近縁種間の表現型の変化は、遺伝子組成の変化と遺伝子制御モードの変化に由来すると考えられている。Bornemanたち(p.815; KruglyakとSernによる展望記事参照)は、転写因子Ste12とTec1の相同分子種の結合サイトを直接測定することで、4種の酵母菌からの転写のネットワークにおける多様性を研究した。遺伝子制御の結合サイトは、遺伝子それ自身よりもかなり変化しやすく、このことはこのような遺伝子結合サイトの変化が表現型の変化をもたらしていることを示唆している。(KU)
Divergence of Transcription Factor Binding Sites Across Related Yeast Species
p. 815-819.
EVOLUTION: An Embarrassment of Switches
p. 758-759.

インフルエンザのバリエーション(Flu Variations)

H5N1系統のインフルエンザのヒトの間での感染における主要な疑問は、ウイルスがヒト細胞に入り込む能力に対して変異がいかに影響を与えているかということと、これがわれわれの免疫系による検出にいかに影響しているかということである。Yangたちは、インフルエンザの赤血球凝集素遺伝子における特異的な変異が、宿主受容体結合と中和抗体によるウイルス認識を変化させうることを明らかにしている(p. 825)。しかしながら、そうした変異体に特異的な新しい中和抗体は免疫化によって誘発されることがあり、これがウイルスと戦うためのワクチンの設計にとって重要になるであろう。(KF)
Immunization by Avian H5 Influenza Hemagglutinin Mutants with Altered Receptor Binding Specificity
p. 825-828.

見えるもの、見えないもの(What You See and What You Don't)

ある一時に、意識的にヒトによってアクセスされうる視覚的情報の限界はどれほどのものだろうか? Huangたちは、ほんの短時間提示された視覚刺激の位置と色に関して、特異的な意識的知覚についての単一瞬間的な作用を分析した(p. 823)。彼らは、視覚的シーンごとに、われわれは1つ以上の場所に気づくことができるが、1色より多くの色に気づくことはできないことを見いだした。この結果は、ヒトは同時に複数の位置に注意を向けることができるが、単一の特徴にしか注意を向けられないと仮定している"標識付きブーリアン・マップ"の枠組み内で解釈された。(KF)
Characterizing the Limits of Human Visual Awareness
p. 823-825.

分子結合を1つ取り出す(Singling Out Molecular Binding)

非常に低濃度の分子の検出には、通常、分子が本来蛍光性であるか、或いは蛍光性マーカーによって標識付けられている必要がある。Armaniたちはこのたび、あるタイプの光学的センサーを共鳴シフトさせるwhisper gallery microcavity sensorにより、シリカ表面が抗体などの結合パートナーによって機能化された場合に、単一分子の結合を検出できることを示している(p. 783、7月5日にオンライン出版)。この共鳴器は非常に鋭い共鳴因子Q値(> 108)を有しており、また分子結合が高度に循環する光強度が局所的加熱と好ましい熱-光学的効果をもたらすので、Qにおける共鳴周波数は二乗的にシフトする。単一分子検出はまた、蛍光によって数量化される色素分子を検出することによって検証された。インターロイキン2が仔ウシ血清中で数百アトモル(10のマイナス18乗)範囲において検出された。(KF,KU)
Label-Free, Single-Molecule Detection with Optical Microcavities
p. 783-787.

有利なクローン競合者(Positively Clonal Competitors)

自然選択による進化は、順応性変異の何世代にもわたる積み重ねによってもたらされている。様々な生物体について、有害な変異の割合についての幾つかの直接的あるいは間接的な見積もりが現在あるが、有利な変異についてのデータは欠けている。Perfeitoたちは、大腸菌における順応性変異の比率が、従来考えられていたのより1000倍も高く、様々な順応性変異を担うクローン間の競合は極度に激烈であった、ということを示している(p. 813)。そうした競合こそが、進化を強いる主要な現象であり、また遺伝的交換を可能にする機構が細菌の間に維持されてきた理由を説明する助けとなるものである。(KF)
Adaptive Mutations in Bacteria: High Rate and Small Effects
p. 813-815.

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