AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 27, 2007, Vol.317


飼い猫の長い系列(The Long Lineage of Domestic Cats)

最近のゲノム情報によって、謎であった飼い猫の起源が明らかになった。Driscoll たち(p. 519, 6月28日号オンライン出版)は、ゲノムとミトコンドリアのマーカーの情報をつなぎ合せ、野生猫に対する飼い猫の起源を明らかにした。その系列には飼い猫以外に、今まで考えられた以上に古い10万年以上前の野生猫の種がいくつか混ざっていた。 さらに、飼い猫化が起きたのはアフリカではなく、近東の肥沃な三日月地帯らしい。(Ej,hE)
The Near Eastern Origin of Cat Domestication
p. 519-523.

オンライン世界(Life Online)

多くの人にとってインターネット上のウェブサーフィンはインデックス、ランク、カテゴリー化を使った検索エンジンから始まるであろう。どのようにしてこれらの検索サイトを見つけ、ウェブの評価をするかは、研究課題でもあり、厳しい企業間競争の対象でもある。Henzinger (p. 468)は、ウェブ利用者が使う検索用質問用語の難しさの克服に関する研究実体について調査した。現在の最も驚くべき仮想世界を表す単語の例として--creativity-oriented environment Second Life(創造性志向の環境であるセカンドライフ) および the massively multiplayer online role-playing game World of Warcraft(大人数参加型オンラインゲームの軍用戦艦世界)があろう。このようなオンライン世界は人間の相互作用--経済から利他主義に至る--に関する研究開始を可能にしている--それも前例のない大規模なレベルで。Bainbridge (p. 472) はこの新しい研究分野に関する将来の可能性や初期の成果について述べている。(Ej,hE,nk)
Search Technologies for the Internet
p. 468-471.
The Scientific Research Potential of Virtual Worlds
p. 472-476.

流氷と海洋表面の生産性(Icebergs and Surface Ocean Productivity )

地球温暖化によって、南極の流氷が氷のシートから作り出される速度がどのくらい上昇するか、これがどのように周囲の外洋の生態系に影響を与えるか?Smithたち(p. 478, および6月21日、オンライン出版)は、2005年の南半球の春に当たる時期の北西Weddell Seaにおける2つの漂流テーブル型流氷と周囲の海水について研究した。その結果、陸成物質、葉緑素、オキアミ、そして海鳥が、流氷から4キロメートルの距離まで増加していた。著者たちは近隣の流氷を調べ、調査海域が一般的であると仮定すれば、表面水の40%もの領域が融解流氷の影響を受けていると計算した。従って、漂流氷山のおかげで、低生産性であったはずの海域の生産性が高まり、有機炭素の深海への隔離量も増大すると期待される。(Ej,hE,og,nk)
Free-Drifting Icebergs: Hot Spots of Chemical and Biological Enrichment in the Weddell Sea
p. 478-482.

経済発展のモデル化(Modeling Economic Development)

伝統的な経済学では、国家は常に、その人的、物的、制度的資産を利用してその国に適切な輸出品群を見出すと仮定してきた。この見方には、一国の経済成長は要するにそれらの資産形態の総量を増加させることなのである、という意味が含まれている。この見方に立てば、国の経済成長は主として、これら個々の資本をどのように増加させるかの問題となる。しかし、もしこれらの資本が製品毎に高度に特有な形態を有するなら、一国の生産能力の進化にとって製品世界の構造というものが極めて重要となる。Hidalgo たち(p. 482) は、ネットワーク理論と世界貿易データを利用して、国の成長と発展に関する動的理論を構築した。このモデルによって、なぜある国はずっと貧しいにもかかわらず、別の国は経済的に成長するかを説明してくれるかもしれない。(Ej,hE,nk)
The Product Space Conditions the Development of Nations
p. 482-487.

決定論的な、もつれたペア(Deterministic Entangled Pairs)

量子情報処理と量子計算における主要な課題は、信頼性高く情報を記憶し、ひとつのノードから他のノードへ情報を伝達することを可能とすることである。複数のフォトンからできているようなキュビット(量子ビット) のもつれは、このような目的を達成する上で鍵となる主要なものであるが、今までのところ、確率的な生成プロセスに基づくものであった。Wilk たち(p.488, 6月21日にオンラインで出版) は、空洞(キャビティ)量子電気力学な装置によって、静的なキュビット(一つの原子)と飛翔するキュビット(一つのフォトン)との間のインターフェースの実装に成功したことを報告しており、ほとんど決定論的に操作できる潜在的な可能性を示している。捕捉された Rb原子を狙った一連のレーザーパルスにより、もつれたフォトンペアの決定論的な生成をもたらす可能性がある。(Wt)
Single-Atom Single-Photon Quantum Interface
p. 488-490.

酸素のないエアロゲル(Aerogels Without the Oxygen)

分子ふるいやイオン交換体および触媒として用いられる無機多孔質物質には、これまではもっぱら酸化物が使用されてきた。しかし、硫化物とセレン化物のようなカルコゲナイトのもつより高い分極率と“柔らかさ”はこれら多孔質物質と重金属イオンとの作用性能を向上させる可能性が高い。Bagたち(p. 490; Brockによる展望記事参照)は、水中での白金(Ⅱ)塩と陰イオン性金属カルコゲナイトクラスターとの反応から一連のゲルを作製した。次に、これらのゲルの超臨界乾燥によってメソポーラスなエアロゲルへと変換された。このメソポーラスエアロゲルは広い表面積を持ち、かつ構成成分に依存するバンドギャップをもつ半導体である。これらの物質は、無極性有機物分子ばかりでなく大量の水銀イオンをも、溶液から吸着することができる。(hk,KU,nk)
Porous Semiconducting Gels and Aerogels from Chalcogenide Clusters
p. 490-493.
MATERIALS SCIENCE: Filling a Void
p. 460-461.

金触媒をチャージアップ(Charging Up Gold Catalysts)

非対称性の触媒は、主にキラル配位子を持つ遷移金属錯体に依存している。ごく最近、キラルな陰イオンが金属の存在しない系で用いられ、酸触媒や相関移動反応において非対称性をもたらしている。Hamiltonたち(p.496;LacourとLinderによる展望記事参照)は、陽イオン性の金(Ⅰ)ホスフィン錯体とキラルなリン酸のカウンターイオンとを対形成することで,これら二つのアプローチを結びつけた。以前困難であったO−とN−置換アレンの広範囲な環化反応が高収率、かつエナンチオ選択的に進行した。あるケースでは、彼らはキラル配位子とキラル対イオンの相乗的な組み合わせを用いて、更に高い選択性を達成している。(KU)
A Powerful Chiral Counterion Strategy for Asymmetric Transition Metal Catalysis
p. 496-499.
CHEMISTRY: A Counterion Strategy
p. 462-463.

初めに変異大(Variable Beginnings)

化石記録に関する多くの研究から、ウマやアンモナイト、およびヒト等で見られるように、近縁種間の進化が明らかになった。では、一つの種内進化に関して化石記録は何を示しているのだろう?究極的には種内進化が進化の構築ブロックなのである。Webster(p.499;Huntによる展望記事参照)はカンブリア紀に出現した三葉虫の優れた化石記録を用いて、この問題に取り組んだ。900を越える三葉虫の種の調査から、その形態学的変異は三葉虫の出現直後が最も大きかった。その後の同じ種に属する仲間はより限定された変異を示す。このような種内でのパターンは、三葉虫全体が示すより大規模な進化的な変異を反映している。(KU,og,nk)
A Cambrian Peak in Morphological Variation Within Trilobite Species
p. 499-502.
PALEONTOLOGY: Variation and Early Evolution
p. 459-460.

エチレンによる根の成長点の制御(Ethylene Controls Root Meristem Production)

植物において、未分化の分裂組織が幹細胞を提供して、根やシュートを産生する。根の生長点は、細胞分裂の極めて少ない静止中心と呼ばれる領域で僅かな数の幹細胞を含んでいる。Ortega-Martinezたち(p.507)は、エチレンの生合成を調節している遺伝子に欠損を持つシロイヌナズナを研究し、ガス状のホルモンエチレンをより多く作っていることを見出した。このような変異体における静止中心の細胞は正常なものよりもより多く細胞分裂を行っており、結果として根の生長点に余分の幹細胞をもたらしている。外来性のエチレンの付与もまた、静止中心の細胞分裂を増加させ、変異体におけるエチレン合成のブロッキングにより余分な分裂が抑制される。(KU)
Ethylene Modulates Stem Cell Division in the Arabidopsis thaliana Root
p. 507-510.

ノイズ、遺伝子発現、および応答能

土壌細菌の枯草菌は「形質転換受容性」であり、環境から遺伝子物質を取り込むことが出来る。応答能はタンパク質KomKによって調節され、このタンパク質はDNA取り込みに対応する遺伝子を制御している。しかしながら、細胞は増殖の定常期の最初のある限られた期間にのみランダムな形で応答能の状態へと変化する。Maamarたち(p. 526、6月14日のオンライン出版;Mettetalとvan Oudenaardenによる展望記事参照)は、comK転写の時間的な制御が、細胞の形質転換受容性となる「機会のウィンドウ」を限定していることを、更に遺伝子発現における内因性のノイズが、形質転換受容状態への確率論的変化が起きる割合を制御していることを見出した。(KU)
Noise in Gene Expression Determines Cell Fate in Bacillus subtilis
p. 526-529.
MICROBIOLOGY: Necessary Noise
p. 463-464.

好気性菌は遥かに広範囲に(Aerobes Far and Wide)

光を取り込んだり、電荷分離を行うために微生物葉緑素を用いる好気性の光合成菌は、当初選択的な、栄養豊富な環境に限定されていると考えられていたが、その後類似の生物体が海洋上部の至る所で分布していることが見出された。その後のプロテオロドプシンを含む細菌の発見により、光合成はプロテオバクテリアにおいて一般的なものであることが示された。Bryantたち(p. 523)は、アシドバクテリア(Acidobacteria)門に属するもう一つの驚くべき好気性の光合成菌に関して記述している。(KU)
Candidatus Chloracidobacterium thermophilum: An Aerobic Phototrophic Acidobacterium
p. 523-526.

パーキンソン病に対する調停の可能性(Potential Parkinson's Intervention)

いくつかの神経変性疾患は、タンパク質のミスフォールディングが関わっていて、本質的には加齢に伴うものである。Outeiroたちは、パーキンソン病に関わるタンパク質、αシヌクレインの毒性と凝集を調節する或る化合物を同定した(p. 516、2007年6月1日にオンライン出版; またDillinとKellyによる展望記事参照のこと)。この化合物はヒトのサーチュイン2(SIRT2)脱アセチル化酵素に対する選択的な抑制活性を示し、細胞内のαシヌクレインの凝集サイズを増大させる幾つかのパーキンソン病のモデル系について有効性をもつものであった。この結果は、より大きな含有物に対しても細胞保護的な役割が存在しうることを示唆するものである。(KF)
-Synuclein-Mediated Toxicity in Models of Parkinson's Disease
p. 516-519.
MEDICINE: The Yin-Yang of Sirtuins
p. 461-462.

罠にかかった四面体(Trapped Tetrahedron)

合成巨大分子の空洞(キャビティ)が、一連の高度に反応性の小分子を単に閉じ込めることで安定化させ、ゲスト分子と周囲の媒体との反応を抑制するのに用いられてきた。Iwasawaたちはこの方法を拡張し、反応中間体をより積極的に安定化させた(p. 493)。彼らは、疎水性の内部と極性の縁をもつ籠の形をしたキャビティを作り、内向きの縁にアルデヒドを繋ぎ止めた。有機溶液中で、この電子受容体はアルキルアミンを引き寄せ、極性の窒素がアルデヒドの方に配位し、それによって、イミン形成に向けた反応経路に沿ってヘミアミナル化合物の四面体形成を促進する。フリーなアルデヒドとアミンの反応においては、そうした中間物は典型的には短命過ぎて観察できないのだが、この受容体は、アミン構造に依存するが、その中間体モチーフを数分から数時間安定化させ、核磁気共鳴分光法による観察を可能にする。(KF,KU)
Stabilization of Labile Carbonyl Addition Intermediates by a Synthetic Receptor
p. 493-496.

海流と気候変化(Ocean Currents and Climate Change)

最終氷期の間の急激な気候変化は、多様なアイスコアや海洋および陸上の記録物において明瞭に見て取れるが、それが海洋循環とどのように関わっていたかは依然不明なままである。Martratたちは、北大西洋のイベリア境界の海底質のコアから得られた結果を提示している--この場所は極に近い緯度からの水の輸送変化を記録している所である--が、その結果から、深海の水の主要な源が北極のものから南のものに変わったときに、比較的暖かな時期の後の冷たい期間が生じたことを示している(p. 502、6月14日のオンライン出版)。彼らのデータはこのパターンが少なくとも42万年前に始まったことを示し、深海と地球表面の変化の結びつきを強化するものである。(KF,KU,nk)
Four Climate Cycles of Recurring Deep and Surface Water Destabilizations on the Iberian Margin
p. 502-507.

FLAP中のロイコトリエン合成阻害剤(Leukotriene Synthesis Inhibitors in a FLAP)

ロイコトリエンは呼吸疾患や循環器疾患に関与している生理活性な脂質代謝産物である。ロイコトリエンは、アラキドン酸から酵素5-リポキシゲナーゼおよび内在性膜タンパク質5-リポキシゲナーゼ活性タンパク質(FLAP)によって合成され、FLAPはその生合成にとって必須の役割を果たしている。Fergusonたちは、2つの異なったロイコトリエン生合成阻害剤との複合体におけるヒトFLAPの結晶構造を記述している(p. 510、6月28日にオンライン出版)。それらの構造は、阻害剤がいかにしてアラキドン酸がFLAPに結合するのを妨げているかを示唆するものであり、その結合により、5-リポキシゲナーゼへと輸送されることになるらしい。この構造についてのデータは、FLAPを標的にし、ロイコトリエンの生合成を抑制する薬剤開発の基礎を提供してくれるものである。(KF)
Crystal Structure of Inhibitor-Bound Human 5-Lipoxygenase-Activating Protein
p. 510-512.

明らかになったヘリカーゼの段階規模(Helicase Step Size Revealed)

非構造タンパク質3(NS3)は、C型肝炎ウイルス複製に必須なヘリカーゼである。それはDNAとRNAの双方を巻き戻すものであり、ヘリカーゼ機能を研究するモデル酵素の一つにもなっている。Myongたちは単一分子蛍光分析を用いて、DNAの巻き戻しがおよそ3つの塩基対段階で生じるが、塩基が解ける前に隠れた段階が存在していることを明らかにしている(p. 513)。彼らは、NS3の2つの領域が単一ヌクレオチド段階で転位置していて、それぞれがアデノシン三リン酸の1つの分子の加水分解と結び付いているが、第3の領域はDNAにアンカーとしてくっついたままになっている、ということを提唱している。これらのプロセスがDNA-タンパク質複合体における張力を増強し、第3の領域が前進する時に張力が解放され、巻き戻しが爆発的に始まる。(KF,KU)
Spring-Loaded Mechanism of DNA Unwinding by Hepatitis C Virus NS3 Helicase
p. 513-516.

コカインによって誘発される可塑性を正す(Correcting Cocaine-Induced Plasticity)

代謝型受容体-依存的長期抑圧(mGluR-LTD)が、コカインによって誘発される腹側被蓋野(VTA)におけるシナプス可塑性を逆にする、ということが提唱されてきた。Mameliたちはこのたび、単一用量のコカインに曝されたマウスの腹側被蓋野におけるmGluR-LTDの発現機構を解明した(p. 530)。この系における長期抑制は、シナプスからのAMPA受容体(AMPAR)の単純な除去によるのではない。そうではなくて、AMPARが、新しく合成されたGluR2サブユニットを含む新しいものによって置換されるのである。このシナプスは、つまり、少ししか受容体がないという理由からではなく、新しいGluR2を含むAMPARの伝導性が減少したせいで、長期抑制を発現するのである。(KF)
Rapid Synthesis and Synaptic Insertion of GluR2 for mGluR-LTD in the Ventral Tegmental Area
p. 530-533.

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