AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 18, 2007, Vol.316


宇宙での瓦礫の山(Rubble Pile in Space)

はやぶさ宇宙船が近地球小惑星イトカワ上に着陸したのは2004年であり、このとき極めて鮮明な表面写真を撮影したがこの写真はセンチメートルサイズの砂利まで判別できるほどであった。Miyamoto たち(p.1011,Asphaugによる展望記事も参照)は土砂粒子の形状分布を解析し、イトカワのような低い重力環境で作用している粉体プロセスを記載した。ここの表土は振動によって粒径が分別したと思われ、最も粒子の細かいものが重力が最も小さい場所に集積している。より大きな岩の凝集からは、イトカワが粒子対流のような動きで内部からかき混ぜられていた事が示唆される。 (Ej,hE,nk,hm)
Regolith Migration and Sorting on Asteroid Itokawa
p. 1011-1014.
PLANETARY SCIENCE: The Shifting Sands of Asteroids
p. 993-994.

新しい生成物を巻き上げる(Spinning Up New Production)

中規模の渦巻き---直径100〜200 kmの短命な回転水塊---はどの海洋でも見られ、海洋上層部における混合作用の重要な原因と考えられている。これらの渦巻き中では通常プランクトンのブルーミング(急激な増殖)が生じていることから、これらの渦のいくつかが亜熱帯での生物学的生産の中ではまだ勘定に入っていない栄養源となっている可能性がある。しかし渦の寿命は短命であるため、これを実験的に特徴付けるのは困難であった(Michaelsの展望記事参照)。McGillicuddy たち(p. 1021) は、西インド諸島のサルガッソ海のモード水(温度や塩分が深さによらず一定な海水)からなる10個の渦巻きで、葉緑素、珪藻、酸素の量を測定し、渦が海面上の風に非対称に応答するモデルを使って、上昇流とこれに伴って観察されるプランクトンのブルーミングについて説明した。Benitez-Nelson たち(p. 1017)は、ハワイ周辺の特徴的な風のパターンを利用して、そこの中規模な渦中の反復ブルーミングの生物的、化学的、物理的な測定を直接時系列的に行った。この ブルームは極めて生産性が高いが、生物に取り込まれた炭素の大部分は渦の上層部分で再循環され、深部に落ちては行かない。これは渦が生物循環過程の途中から炭素を奪い、炭素の堆積貯蔵作用を強化しているという推測を否定する結果である。しかし、この観察からは、渦が上部の水層から選択的にシリカを除去する働きがあることが示唆されている。(Ej,hE,nk)
OCEAN SCIENCE: Highly Active Eddies
p. 992-993.
Eddy/Wind Interactions Stimulate Extraordinary Mid-Ocean Plankton Blooms
p. 1021-1026.
Mesoscale Eddies Drive Increased Silica Export in the Subtropical Pacific Ocean
p. 1017-1021.

ポラリトン凝縮(Polariton Condensation)

ボソンが詰め込まれて密度がある臨界閾値を超えるとともに、温度が十分に低いときは、それらは相転移を起こし、単一の量子状態に凝縮する可能性がある。ボース-アインシュタイン凝縮は、冷たい原子(cold atoms)や超流動、あるいは超伝導体を含む多くの系で示されてきた。小さな有効質量ゆえ(そして、より高温までその現象を駆動できる可能性があるので)、半導体の系においても凝縮状態を生み出したいという願望がある。Balili たち (p.1007; Littlewood による展望記事を参照のこと) は、ポラリトンは、励起子に光子が結合してできた準粒子であるが、その集合体は、冷たい原子のトラップと類似した方法でマイクロキャビティの中に生成され、捕捉されうることを示している。著者たちは、それらの系におけるボース- アインシュタイン凝縮の兆候を実際に示している。(Wt)
Bose-Einstein Condensation of Microcavity Polaritons in a Trap
p. 1007-1010.
PHYSICS: Condensates Made of Light
p. 989-990.

ベルトを締め上げる(Buckle Up)

浅い岩脈の侵入と地震とが組合さって、ハワイの活火山マウナロア火山の表面が湾曲しているが、このとき火山の下部のマグマがどのように溜まり循環したかは知られていない。Amelung たち(p. 1026) は2002年から2005年まで干渉性開口合成レーダーを使って地形をマッピングした。火山の南西部隆起帯の山腹部では新たな岩脈様マグマ本体が膨潤している。以前の岩脈侵入と地震活動により圧力が開放された箇所にマグマの集積が起きている。これは局所的応力の伝達が表面下のマグマ形成に重要な役割を果たしていることを示唆する。(Ej,hE,nk)
Stress Control of Deep Rift Intrusion at Mauna Loa Volcano, Hawaii
p. 1026-1030.

心理的ブロック(Mental Block)

重力による引力を教わらなくても、小さな子供でも、支えの無い物体は地面に落ちることを知っている。このような直感は、地球は平坦ではなく、実は丸いのであると言うような科学的事実の学習の妨げになりうる。Bloom と Weisberg (p. 996) は、人生の若い段階で確立する信念、特に直接詳細な理解をすることがほとんど不可能なようなトピックスについての信念が、最近の科学の多くが反直感的であり、だから簡単には受け入れがたい、とする大人の傾向を生み出しているという見方についてレビューを行なっている。(Ej,hE)
Childhood Origins of Adult Resistance to Science
p. 996-997.

モラルと感情(Morality and Emotion)

モラルというのは、自己を売り出すゲームの側面を持っているが、通常、人は自分が関与するグループ内部では平和、礼儀、協力が皆に受け入れられることを心から望むものである。Haidt (p. 998) は、このような動機が、大部分が無意識ですばやく生起する感情に支配された多様な直感によっていかにして処理され、次にそれがいかにしてモラルに立脚した論理的で自制的なプロセスを導き出すかについて考察をした。我々が晒されている多くの情報は、我々はほとんど自覚することなく知覚され処理されるが、この状態は感情についても同じであろう。Niedenthal (p. 1002) は、知覚され、検索され、実験的に誘起された感情と、我われがいかにして感情情報を処理しているかとの関連をレビューしている。(Ej,hE)
The New Synthesis in Moral Psychology
p. 998-1002.
Embodying Emotion
p. 1002-1005.

葉から花へと(From Leaf to Flower)

春が来ると、多くの植物は花成ホルモンの調節のもとで花を咲かせる。花成ホルモンの分子特性に関しては長い間未知であったが、そのシグナルが葉で発生している事は知られており、成長芽に至るまで植物全体を移動しているにちがいない。Corbesierたち(p.1030,4月19日のオンライン出版参照)とTamakiたち(p.1033,4月19日のオンライン出版参照)は、植物内を移動しているものがタンパク質であって、花成ホルモンのシグナルらしいそのタンパク質をコードしているRNAでは無いことを示している(Pennisiによる4月20日のニュース記事参照)。花成ホルモンRNAとそのタンパク質はシロイヌナズナではFLOWERING LOCUS T遺伝子に、稲ではHd3a遺伝子にコードされている。(KU)
FT Protein Movement Contributes to Long-Distance Signaling in Floral Induction of Arabidopsis
p. 1030-1033.
Hd3a Protein Is a Mobile Flowering Signal in Rice
p. 1033-1036.

スマートな薬剤、よりスマートな腫瘍(Smart Drugs, Smarter Tumors)

「スマート」な癌薬剤の有望なクラスは、制御されない増殖に関連した特異的チロシンキナーゼの抑制により作用する。上皮増殖因子受容体(EGFR)のキナーゼ活性を標的とする薬剤、ゲフィチニブとエルロチニブは肺癌患者に最初投与したときには非常に有効である。これらの患者の腫瘍には、EGFR遺伝子において活性な変異体が含まれている。しかしながら、殆んど不可避的に、これらの腫瘍は薬剤耐性を発生して、再成長し始める。Engelmanたち(p.1039,4月26日のオンライン出版参照)は、これらの腫瘍の一部が示す薬剤耐性がMET癌遺伝子の増幅によってもたらされる事を発見した。この増幅によって、変異EGFRによって本来活性化される同じ細胞のシグナル伝達経路が、様々なルートによって次に活性化させられるのである。(KU)
MET Amplification Leads to Gefitinib Resistance in Lung Cancer by Activating ERBB3 Signaling
p. 1039-1043.

WNTネットワークに関連した腫瘍抑制因子(Tumor Suppressor Joined to WNT Network)

癌発生に寄与する細胞のシグナル伝達経路の解明は、しばしばヒト腫瘍中に変異した遺伝子の同定から始まる。新たに同定された遺伝子配列が、その機能に関してほとんど手がかりも与えてくれないようなときには、相補的な生化学的アプローチが特に重要となる。Majorたち(p.1043;Nusseによる展望記事参照)はタンパク質相互作用ネットワークの解析により、腫瘍抑制遺伝子であるWTXの機能を明白にした。この腫瘍抑制遺伝子は、ごく最近ウイルムス腫瘍と呼ばれる遺伝性の腎癌中で変異していることが見出された。このWTXタンパク質は、β-カテニン、AXIN1,βーTrCP2(β-transducin repeat -containing protein2)、及びAPC(adenomatous polyposis coli)を含むWNTシグナルカスケードにおける幾つかのタンパク質と複合体を形成し、そしてβ-カテニンの分解を促進してWNTシグナル伝達経路に拮抗するのである。(KU)
Wilms Tumor Suppressor WTX Negatively Regulates WNT/ß-Catenin Signaling
p. 1043-1046.
CANCER: Converging on β-Catenin in Wilms Tumor
p. 988-989.

光が見える(Seeing the Light)

生物が環境変化に適応するためには、外部からの信号によってタンパク質機能が影響を受けなければならない。パラアミノサリチル酸(Per-Arnt-Sim)スーパーファミリーに属するタンパク質、多様な外部シグナルの形質導入に関与しているのだが、そのシグナル経路を決定することは難題であった。Zoltowskiたちは、真菌の光受容器の、暗さおよび明るさによって活性化される状態の結晶構造を決定した(p. 1054)。活性中心における光誘発化学変化が伝播して、細胞機能にとって必須なタンパク質N末端における大規模な立体構造変化がもたらされるのである。(KF)
Conformational Switching in the Fungal Light Sensor Vivid
p. 1054-1057.

中心小体を作り出す(Making Centrioles)

中心小体は、動物細胞における微小管細胞骨格の組織化、とくに有糸分裂の際の紡錐体の極を産生する原因となる場合などに、鍵となる役割を果たしている。Rodrigues-Martinsたちはこのたび、ショウジョウバエの生殖系列中でのSAK/PLK4キナーゼの過剰発現によって、何千もの中心小体を産生する合胞体の胚にある中心小体が、劇的に増幅していることを明らかにした(4月26日オンライン発行されたp. 1046)。中心小体を卵形成の間に卵から除去すると、それによって、中心小体は通常受精の際に精子から供給されることになる。しかし中心小体の増幅は中心小体をまったく欠く未受精卵においても観察され、これは中心小体が新たに産生されていることを示している。つまり、中心小体形成というものは、既存の中心小体が中心小体組立の触媒およびプラットフォームとして作用し、そこではフィードバック機構が中心小体の数を制御する自己組織化プロセスを示している可能性がある。(KF)
Revisiting the Role of the Mother Centriole in Centriole Biogenesis
p. 1046-1050.

機会均等のポリマーの結晶化(Equal-Opportunity Polymer Crystallization)

融解したポリマー鎖は流動中に引き伸ばされ、臨界長を越えるとコイル状態からほぼ完全に伸びきった状態へと転移する。このような流動-伸張材料が冷却されて結晶化すると、「シシカバブ(shish-kebab)」風の形状を作り、最初の結晶化はシシ(串に相当)で生じ、二次的結晶化によってシシの骨格の外にケバブ(肉に相当)が作られる。長い間、これら伸びた鎖が分離、凝集することでシシが形成されると考えられていた。しかしながら、重水素化の処理をした短鎖、中鎖、或いは長鎖の分画を用いて、Kimataたち(p.1014)は、シシにおける長鎖の割合が融解した最初のポリマー中の割合と同じである事を示している。彼らは、伸張した長鎖は結晶化のための触媒として作用するが、しかしながらいったん結晶化が進行すると、結晶化の初期段階のうちに、長鎖があらゆる長さの鎖を引き込んでいると示唆している。(KU)
Molecular Basis of the Shish-Kebab Morphology in Polymer Crystallization
p. 1014-1017.

チームワークの傾向(Trends in Teamwork)

現在、多くの科学者は、研究や特許取得、論文執筆などにおいて、チームによるプロジェクトに関与するようになっている。しかしながら、チーム関与の効果やその影響についてはほとんど知られていない。Wuchtyたちは、(1955年から2000年にかけて表われた)2千万もの科学論文に関するデータを用いて、科学的知識および特許の生産が、チームワークという点でどう変わってきたかを調べた(4月12日にオンライン発行されたp. 1036)。研究チームの規模は大きくなってきており、単一著者による論文や特許はますます少なくなってきている。それは科学でも工学でも、また社会科学でも特許においてもそうであり、伝統的に個人による分野とされてきた数学などにおいても同じようにそうなのである。これと同じ傾向はアートや人文科学でも明らかになってきている。平均すると、チームはより多く引用される論文や特許を生み出しており、その差は年を追って増加しているのである。(KF)
The Increasing Dominance of Teams in Production of Knowledge
p. 1036-1039.

ヒストン修飾の陰と陽(The Yin and Yang of Histone Modification)

真核生物におけるDNA(デオキシリボ核酸)は、ヒストン・タンパク質からなる抜くレオソームにパッケージされている。ヒストンの共有結合的修飾が、転写や複製、修復の制御に際して決定的な調節的役割を果たしているのである。異なったヒストン修飾は、別々のタンパク質モジュールによって認識されているが、それらモジュールは、別々の、さらに拮抗性の機能をもつ調節性複合体において見出される。Liたちは、この明らかな矛盾に対して、リジン36においてジメチル化されているヒストンH3に優先的に結合する色素領域(chromodomain)タンパク質Eaf3の解析を通して取り組んでいる(p. 1050)。Eaf3は、Rpd3S脱アセチル化酵素複合体とNuA4アセチル基転移酵素複合体の双方のサブユニットである。Rpd3S複合体のヌクレオソームへの親和性と、転写される染色質における全体的なアセチル化のレベルの制御は、Eaf3とNuA4では見つかっていないもう1つ別のタンパク質、Rco1の活性の組み合わせによって決定されるのである。(KF)
Combined Action of PHD and Chromo Domains Directs the Rpd3S HDAC to Transcribed Chromatin
p. 1050-1054.

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