AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 23, 2007, Vol.315


スーパー拡大鏡(Magnifying Superlenses)

従来の光学顕微鏡の空間分解能は、回折によって 200nmオーダーの値に制限されているが、負の屈折率を示すように設計された特別な構造を有するメタマテリアルに基づく"スーパーレンズ"は、この限界を乗り越えられる可能性がある。しかしながら、現在まで実際に呈示された平面的なスーパーレンズでは、拡大機能を与えることはできない。Smolyaninov たち (p.1699) は、表面プラズモンポラリトン(surface-plasmon polaritons ;SPP) の伝播に基づく拡大鏡について記述している。像を結び、拡大される物体は、スーパーレンズの中心領域の内側に置かれる。このレンズは、金の基板上に堆積された高分子からなる同心円の構造からなっている。光はその物体から散乱し、金薄膜中にSPP を発生する。正しく設計された構造を有するレンズを用いると、 SPP は同心円からなる"レンズ"を通して外側に向かって放射状に伝播する。このため、その物体の拡大像は、最外周の環において従来の顕微鏡で見ることができる。Brevia において、Liu たち (p.1686) は、銀とアルミニウムからなる湾曲したナノスケールの多層を用いて、ある物質の像をファーフィールド面に投影するスーパーレンズを創製した。ファーフィールドでは、通常の顕微鏡でその像を見ることができる。(Wt)
Magnifying Superlens in the Visible Frequency Range
p. 1699-1701.
Far-Field Optical Hyperlens Magnifying Sub-Diffraction-Limited Objects
p. 1686.

錫のトグルスイッチ(A Tin Toggle Switch)

ボンディングすることによる状態変化は、原子や分子スケールのワイヤーの導電度に影響するはずであるが、原子の導電構造と絶縁構造間のスイッチングに関しての直接的な証拠は殆んど得られていない。Tomatsuたち(p. 1696)は走査トンネル効果顕微鏡(STM)を用いて、錫(Sn)原子をゲルマニウム(Ge)の(001)面に膜形成すると、最高位列にある捩れたゲルマニウム二量体(dimer)中にSn原子が取り込まれ、一次元の導電体を形成することを明らかにしている。STMのチップは、Sn原子をこれらの非対称な二量体の「上」か或いは「下」にスイッチするために用いられる。Sn原子が上にあるときには、その列は導電性を維持するが、Sn原子が下へスイッチされると、列はπ*状態にある電子を反射して、非導電性のワイヤーとなる。(hk,KU)
An Atomic Seesaw Switch Formed by Tilted Asymmetric Sn-Ge Dimers on a Ge (001) Surface
p. 1696-1698.

熱帯アフリカの降雨記録(Tropical African Rain Records)

多量な海洋性堆積物の記録 (marine sedimentary records) は、最終氷期極大期の2万5千年前から今日の温暖な時期の完新世に至る間の海洋の表面温度の変化を詳細に再現するために使われてきた。しかし同じ期間における地表面温度を示す陸上の記録を構成することは、特に熱帯アフリカでは困難であった。Weijersたち(p.1701)は、コンゴ川河口近傍から得られた海洋性沈降物記録に含まれる陸地および海洋のバイオマーカーを分析し、陸地と近傍の海洋の温度状況に関する対応する記録物を明らかにした。これらは、2つの領域(regimes)における気候条件の比較を容易にする。これによると、熱帯アフリカの地表温度は最終退氷期以降に約4℃上昇し、この上昇はその近くの海表面温度上昇の約2倍である。この変化する陸地と海の温度差は、中央アフリカの降水パターンに対して大きな影響を及ぼしてきた。(TO,og)
Coupled Thermal and Hydrological Evolution of Tropical Africa over the Last Deglaciation
p. 1701-1704.

壊滅的な風と波(Damaging Winds and Waves)

2005年には、強力な2つのハリケーン(Katrina と Rita) が数週間の間隔でミシシッピ河口を相次いで襲った。Dayたち(p. 1679)は、僅かに異なった経路を通ったことによって、それが与えたニューオルリンズや他の地域が被った被害と洪水の評価や理由の比較情報が得られた。また、将来、より回復力のある地域を目指して再建するには何をすべきかを評価した。ハリケーンは破壊的暴風を作り襲ってくるし、風のエネルギーを海表面に伝達することで波を生じる。この伝達エネルギーの大きさは、通常、嵐の中の表面の風によって推測されるが、しかし、この観測方法は、波や飛沫によって影響を受けるため、大きな熱帯のサイクロンの暴風では精度が低い。Jarosz たち (p. 1707)は、2004年のハリケーンIvanの通過時、海流速度のデータを表面から深部にまで全体に渡って取得利用し、空気から海洋への運動量の移動量を海の側から直接決定した。エネルギー伝達効率は風速72マイル/時のとき、最大となり(ハリケーン第1級レベル)、ハリケーン第2級から第3級の風速111マイル/時に到達すると半分にまで低下する。これらの発見は、暴風の軌跡と強度の予報だけでなく、これに伴なう海の波や、うねりや潮汐の精度向上に役立つに違いない。(Ej,hE)
Restoration of the Mississippi Delta: Lessons from Hurricanes Katrina and Rita
p. 1679-1684.
Bottom-Up Determination of Air-Sea Momentum Exchange Under a Major Tropical Cyclone
p. 1707-1709.

地殻形成時期の年代測定(Dating Crust Creation)

地殻は中央海嶺で形成され、ここからプレートが広がって沈み込み帯の上に来てプレートのエッジに癒着することで絶えず成長している。地殻の成長は地球初期にもあったのだろうか、それとも、45億年の地球の歴史の後半だけに限定されるのだろうか?Furnes たち(p. 1704;およびKerrによるニュース記事参照)は、海底の拡大による地殻の形成は38億年の期間継続されてきたことを明らかにした。彼らはグリーンランドにおいて、知られている中で最も古い海洋地殻のオフィオライト層序を見つけ年代測定した。この一連の岩体は斑レイ岩、枕状溶岩、シート状岩脈を含み、これらが海底で今日見られるのと同様なプロセスで形成されたことを示唆している。(Ej,nk)
A Vestige of Earth's Oldest Ophiolite
p. 1704-1707.

分割決定(Division Decisions)

免疫反応の間、T細胞は急速に分裂し、分化して多様なT細胞型を生むが、これが特定の脅威に適切に反応する。記憶T細胞もまた同一集団から生まれ、新規の感染が彼らの注意を喚起するまで体内に留まっている。Chang たち(p. 1687、3月1日号オンライン出版参照、およびLittman and Singhによる展望記事参照)は、単一T細胞は病原体に応答して、初期に非対称細胞分裂を生じ、運命の異なる2つの娘細胞を生成することを明らかにした。抗原提示細胞(APC)と免疫シナプスを形成した後、シグナル伝達や非対称細胞分裂の原因となるタンパク質を含む多様なタンパク質がT細胞内に再構築される。分裂後、APC-T細胞シナプスに近位の娘細胞はエフェクター細胞となり、これと遠位の姉妹細胞はメモリー様細胞となり、マウスに移植されたとき、より良い保護を与える。(Ej,hE,so)
Asymmetric T Lymphocyte Division in the Initiation of Adaptive Immune Responses
p. 1687-1691.
IMMUNOLOGY: Asymmetry and Immune Memory
p. 1673-1674.

最終的な処理(The Final Crunch)

似たような長さのスペーサで分離された反復配列の規則的なクラスター(CRISPR)は、細菌や古細菌のゲノムに広く分布しており、高頻度可変性の特徴をもつ。このスペーサはバクテリオファージやプラスミド配列と配列相同性を共有しており、RNA干渉を通して外来性の遺伝子因子に対する免疫を提供する。ヨーグルトから得られた溶解性のファージを用いたファージ‐耐性のレンサ球菌(Streptococcus thermophilus)の自然産生の間に、Barrangouたち(p.1709,Marxによるニュース記事参照)は、CRISPR中に新たなスペーサとしてウイルス配列の組み込みにより、実際に特異的な、獲得性の、かつ遺伝性の様式で病原性のファージに対する免疫性が付与される事を見出した。スペーサの付与と除去はウイルス感染性を変え、そしてCRISPR-関連遺伝子は耐性機構に直接関与している可能性がある。(KU,hE)
CRISPR Provides Acquired Resistance Against Viruses in Prokaryotes
p. 1709-1712.

電荷の中にとどまる(Staying in Charge)

通常の条件下で、細胞内のアデノシン三リン酸(ATP)の濃度は1ミリモルのオーダである。多数の酵素や調節タンパク質は、タンパク同化プロセス、異化プロセス、及び一般的なハウスキーピングプロセスに対してこの普遍的なエネルギの流れに依存している。ATPのレベル調節している一次酵素の一つがAMP-活性化タンパク質キナーゼ(AKPK)であり、このものはAMPに対するATPの相対的な比を検知している。この比が低下すると、AMPKは代謝酵素をリン酸化し、その後ATPの消費を少なくし、ATPをより多く作る。TownleyとShapiro(p.1726,2月8日のオンライン出版;Hardieによる展望記事参照)は、分裂酵母のAMPK相同体の構造を解明し、単一ヌクレオチドの部位でのATPとAMPの競合的な結合を実証している。ヌクレオチドの部位では、対イオンの欠如により、モノと三リン酸のリガンド間の識別が増幅しているらしい。(KU)
Crystal Structures of the Adenylate Sensor from Fission Yeast AMP-Activated Protein Kinase
p. 1726-1729.
BIOCHEMISTRY: Balancing Cellular Energy
p. 1671-1672.

植物ホルモンのシグナル伝達受容体(Plant Hormone Signaling Reseptor)

ホルモンのアブシジン酸(ABA)は、高等植物において様々な発生プロセスや生理的プロセスを制御している。Liuたち(p.1712, 3月8日のオンライン出版;GrillとChristmannによる展望記事参照)は、ABA受容体として機能する膜-結合タンパク質を同定した。このタンパク質、GCR2はGタンパク質−結合受容体の特徴を持っており、この結合受容体は動物細胞においては数千の変異体を有しているが、植物細胞中ではごく僅かしか知られていない変異体である。(KU)
A G Protein-Coupled Receptor Is a Plasma Membrane Receptor for the Plant Hormone Abscisic Acid
p. 1712-1716.
BOTANY: A Plant Receptor with a Big Family
p. 1676-1677.

核孔の直径を修飾する因子(Diameter Modulators of the Nuclear Pore)

核膜孔複合体(NPC)は、細胞質と核の間の分子の交換を制御するものである。この超分子性の構造は、ヌクレオポリン(nup)と呼ばれるタンパク質の集合によって構成されている。Melcakたちは、nup58とnup45からなる複合体の構造を記述しているが、これらはNPCの中心的チャネルの必須成分である(p. 1729)。これら2つのヌクレオポリンは、安定な二量体を形成するが、この二量体は更に結び付いて四量体になる。2つの結晶形は四量体の4つの配座異性体を含んでおり、二量体間の外側のオフセットにおいて異なる。つまり、これらヌクレオポリンは動的な相互作用界面をもっており、輸送チャネルの直径を積荷のサイズに合わせて調整するために、互いに相対的に位置をずらしているのかもしれない。(KF)
Structure of Nup58/45 Suggests Flexible Nuclear Pore Diameter by Intermolecular Sliding
p. 1729-1732.

より強く保持する(Holding On More Tightly)

チタン酸化物へのナノスケールの金クラスターに関する異常な触媒活性に関する幾つかの側面は、酸化された金原子が反応増加に何らかの役割を果たしているかどうかを含めて、未だ明白ではない。Mattheyたち(p.1692)は高分解走査トンネル顕微鏡と密度関数理論を用いて、還元系、ヒドロキシル化、および酸化系のTiO2(110)表面に担持された金ナノクラスターを比較した。これらのナノクラスターはヒドロキシル化された表面で最も容易に拡散し、そして還元された表面よりも酸化された表面でより強く結合していた。表面の酸素原子と共有結合的に相互作用する陽イオンの金原子は、明らかにチタニア表面と強く相互作用する多くのタイプのクラスターを作っている。(KU,tk)
Enhanced Bonding of Gold Nanoparticles on Oxidized TiO2(110)
p. 1692-1696.

応答能のモデル化(Modeling Competence)

細菌は、応答能の状態においてよく研究された一過性の分化を行い、その期間に環境からDNAを取り込むこむ。これは、十分に良く理解されている稀な発生系の例であり、精密な定量的方法で分析されている。Sueelたちは数学的モデルと正確な実験的測定を用いて、この発生系のキーとなる特性を記述している(p.1716)。応答能状態の頻度と持続時間は、遺伝子発現における単純な変化によって独立に調整することができ、遺伝子発現におけるそうした変動はまた、系における別な動的性質を生み出すものであろう。(KF)
Tunability and Noise Dependence in Differentiation Dynamics
p. 1716-1719.

脳における格子(The Grid in the Brain)

脳の中では、その動物の現在の位置が、中央嗅覚皮質第II層にある主細胞の周期的活性によってコード化された文脈非依存の空間マップによって、動的に表されている。計算的モデルからは、嗅内皮質の背側から腹側へ向けての軸に沿った格子細胞(grid cells)の空間的頻度の違いが、この軸に沿ったニューロンの内因性時間的頻度の違いに対応しているに違いないと予想される。Giocomoたちによる第II層にある星状細胞から得られた記録は、こうしたモデルに一致する、嗅内皮質の背側から腹側へ向けての軸に沿った閾値下の膜の周期的変動の頻度の進行性減少の存在を実証するものであった(p. 1719)。この段階的な減少は、それに対応する同じ軸に沿った格子細胞の空間的頻度の減少の原因となるものであった。(KF)
Temporal Frequency of Subthreshold Oscillations Scales with Entorhinal Grid Cell Field Spacing
p. 1719-1722.

マウスにおける色視覚を作り出す(Generating Color Vision in the Mouse)

3色型の色覚のためには、動物は、個々の光受容器において3つの異なった視物質を発現させる必要があり、またその情報を網膜および視覚野において処理できなけらばならない。マウスは3色型の視覚をもたないが、それは2つの視物質しかもたないためである。Jacobsたちは、第3の視物質を発現するよう遺伝子改変を施したマウスの行動上の特性を調べた(p. 1723)。ヒトの長波長オプシンを組み込んで、X連鎖多形性を形成させたのである。遺伝子改変されたマウスが正しい比率で色素を発現すると、マウスは機能的な3色型視覚と整合する行動を示した。(KF)
Emergence of Novel Color Vision in Mice Engineered to Express a Human Cone Photopigment
p. 1723-1725.

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