AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 1, 2006, Vol.314


すばやい明滅(Fast Flickering)

テラ電子ボルト(TeV)という超高エネルギーガンマ線の放射源として知られているほんの僅かな銀河系外天体の中にブレーザーと呼ばれるものがある。これらは、たまたま地球方向に向いた相対論的スピードの粒子ジェットを有する銀河である。TeV ガンマ線はこれらのジェットに源を有することが示唆されてきた。銀河系近傍の電波銀河 M87 の二つのジェットは、われわれの銀河を指すのではなく、天球面に沿って視線方向と直角に向いているのであるが、その銀河を調べることで、Aharonian たち (p.1424, 10月26日にオンライン出版された; Fabian による展望記事を参照のこと) は、活動銀河のガンマ線が中心のブラックホールの近傍で、実質的に発生することを示している。M87 は10TeVまでのガンマ線で輝いており、その明るさは日々変動している。このような早い変動は、ガンマ線源が、M87 銀河の中心部に位置する超大質量ブラックホールのSchwarzschild 半径近くに存在していることを示唆している。この振舞いは、ガンマ線発生についてのレプトンモデルに適合する可能性もあるが、ブラックホール近傍でのプロトン曲率放射というもう一つのメカニズムも提案されている。(Wt,Ym,nk)
Rays from the Radio Galaxy M87 p. 1424-1427.

植物プランクトンによる雲の形成(Phytoplankton Cloud)

植物プランクトンはエアロゾルとなる化合物を作り、もしこれらのエアロゾルが雲の凝結核として働くと、この生物学的生産性が海洋上の雲形成に大きな影響をもたらすことが予期される。MeskhidzeとNenes(p.1419、11月2日のオンライン出版)は、海洋表面の葉緑素の量と雲の被覆量に関する衛星観測データを結び付けて、生物学的な生産性が浅海の雲形成に有意な影響をもたらしている事を示している。南洋における植物プランクトン大増殖領域の上空では、雨滴数の濃度は2倍になっており、雲の有効半径は30%縮小していた。このことは、大気上空での短波長放射フラックスの大きな変化に導くことになる。(KU,Ej,nk)
Phytoplankton and Cloudiness in the Southern Ocean p. 1419-1423.

1秒間の協調(In Tune for a Second)

高分解能分光学は、一般に測定される集合体のサイズと測定中におけるそのサンプルのコヒーレンスとの間でトレードオフの関係がある。それゆえ、信号を強くするためにサンプルサイズを大きくすることは、しばしば狙いの信号をぼかすことになる。Boyd たち(p. 1430)は、光励起したサンプルのコヒーレンスを1秒間維持するために、光学トラップを用いてストロンチウム原子のランダムな動きを抑制した。プローブレーザの周波数を注意深く安定化することによって、1014Hzでの吸収線は対応する線幅1Hzで計測できた。得られた周波数対線幅比、或いは品質因子は以前の値を一桁以上超えている。このような測定能力は高精度な単位の標準化を容易にし、基礎的な物理常数測定を高めている。(hk,KU,Ej)
Optical Atomic Coherence at the 1-Second Time Scale p. 1430-1433.

モンスーンが激しくなる(Monsoon Violence)

気候モデルの多くは、大気温度の上昇と共に極端な降雨現象がもっと一般的なものになると予測しているが、このような傾向を示す証拠が見つかっていなかった。Goswamiたち(p.1442)は、1951年から2000年までのモンスーン期における中央インドでの毎日の降雨データを用いて、豪雨の頻度と強さの増加、及び小〜中程度の降雨の頻度減少があったことを示している。豪雨の増加分と小雨の減少分が打ち消しあって、平均としての降雨現象には有意な傾向が見られなかった。もし地球規模での温暖化が予想通り継続すると、インドにおける豪雨現象はもっと頻繁になる事をこのデータは示している。 (KU,nk)
Increasing Trend of Extreme Rain Events Over India in a Warming Environment p. 1442-1445.

キュービットの対形成の制御(Controlled Coupling of Qubits)

量子コンピュータにおける論理演算を行うには、キュービットの対形成と対形成の消滅を必要とし、そこでは個々のキュービットは或る任意の量子状態を形成し、相互作用をし、そして最終状態に達するや否や読み出すことができる。Himeたち(p.1427)は、キュービットの相互インダクタンスによって結合した超伝導フラックスのキュービット対に関してのオンーオフ制御を実証した。また、近傍の超伝導量子干渉デ素子(SQUID)に結合した二つのキュービットを用いて、相互インダクタンスと対形成の強さの程度がSQUIDの作用パラメータを変えることで制御することができた。(KU)
Solid-State Qubits with Current-Controlled Coupling p. 1427-1429.

前線で整列(Lining Up at the Front)

分子の自己組織化によって平らな表面上にナノスケールの構造を作ることが出来るが、その単一ドメインの大きさは最大数十マイクロメートル程度であった。Van Hameren たち(p. 1433)は、ディスク形状の中心核の周りに構築された長いアルキル基をもつ3つのポルフィリングループが、dewetting(濡れから乾燥への現象)を利用したプロセスによって数ミリメートル平方の領域を覆う長く整列された鎖構造を形成することを示した。雲母上で単一コラムの平行線が、小液滴が蒸発する領域の先端に形成されるが、液滴が大きいときは蒸発時間が長くかかるため蒸発前線と垂直方向に、より大きな線分集合体が成長する。もっと表面が粗いガラスの上では形成されるパターンの整列度は低いが、それでも液晶分子を整列させる用途には使えるであろう。(Ej,hE)
Macroscopic Hierarchical Surface Patterning of Porphyrin Trimers via Self-Assembly and Dewetting p. 1433-1436.

もっと男の子が欲しい(More Boys Preferred)

誕生時の性比の偏りから、女性が子孫の性を操作しているのではないかとの推測が成り立つ。Gomendio たち(p.1445) は、男性も子供の性比に影響を与えている可能性を示した。赤シカにおいて、繁殖性の強いオスほど、より多くのオスの子供を産ませることが判った。性比に及ぼすメスの影響を最小にするために、自然状態で生きる発情したオスから採取した精子によって人工受精させた。このような性比にオスが関わっているとすれば、進化の過程でのオスとメスの葛藤の結果なのであろう。(Ej,hE)
Male Fertility and Sex Ratio at Birth in Red Deer p. 1445-1447.

マウスの毛のチューリングパターン(Turing Patterning in the Mouse Hairs)

50年以上前、アラン チューリングは反応・拡散という仮説の基に生物学的パターン形成の理論的説明を紹介した。ここで、毛包(hair follicles)とか 羽毛(feather)の分布のようなパターンは、阻害因子と活性化因子が、正と負のフィードバックを受けることによって生じうることを論じた。このチューリングモデルは、それ以来多くの化学系においてもパターンの説明に利用されてきたが、ハエのように、個体発生の研究によく用いられる系の生物学的パターンにはうまく当てはまらなかった。Sickたち(p. 1447, オンライン出版;11月2日号、および、Maini たちによる展望記事参照)は、マウスの毛包の配置を調べ、これがWNT活性化タンパク質と、その阻害因子DKKから生じており、この観察されたパターンは反応・拡散モデルで説明できることをコンピュータモデルで示した。(Ej,hE,so) "biological pattering in developmental model systems such as the fly"の箇所についてですが、patteringではなくてpatterningとして訳されていますよね?たぶん、patterningのほうが正しいと思います(patteringだと「雨がパラパラ降る」とか「足音がパタパタする」といった意味だそうですので)。その直後の"developmental model systems such as the fly"については、直訳では上記で訳された通りなのですが、私は「発生学上の」という意味を理解するのが難しいと思いました。「ハエのように、個体発生の研究によく用いられる系」としてはどうでしょうか?
WNT and DKK Determine Hair Follicle Spacing Through a Reaction-Diffusion Mechanism p. 1447-1450.
DEVELOPMENTAL BIOLOGY: The Turing Model Comes of Molecular Age p. 1397-1398.

翻訳しても失われてない(Not Lost in Translation)

真核生物のタンパク質合成の基準メカニズムでは、翻訳開始因子(タンパク質)によって認識されるメッセンジャーRNA (mRNA)の5'末端部の修飾されたヌクレオチドキャップが関与している。しかし、多様な病原性ウイルスや細胞のmRNAは、内部リボゾーム侵入部位(IRESs)と呼ばれる構造化したRNA配列を利用することで、この基準メカニズムを経由せずに翻訳を開始する。Pfingstenたち(p. 1450) は、分解能3.1オングストロームでIRESのリボソーム結合領域の構造を決定した。このRNAは予め折り畳まれており、特異なリボソーム結合構造を持っている。この構造を低温電子顕微鏡で再構成(cryoelectron microscopic reconstructions)したIRES-リボソーム複合体に接合させることで、リボソームの結合を促進し、リボソームのコンフォメーションの変化を誘発するようなコンタクトが同定された。(Ej,hE,KU,so)
Structural Basis for Ribosome Recruitment and Manipulation by a Viral IRES RNA p. 1450-1454.

遺伝子と腸の反応(Of Genes and Gut Reactions)

クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患(IBD)は、共生腸細菌に対する不適切な免疫応答によって引き起こされると考えられている。そうした病気に遺伝的要素が関わっているという強い証拠がある。例えば、NOD2/CARD15遺伝子の特定の配列変異体を担っている個人は、高いリスクを有している。このたび、ゲノム全体にわたっての関連の研究において、Duerrたちは、インターロイキン-23受容体(IL23R)をコードする遺伝子の珍しい配列変異体が、個人のIBD発生リスクを有意に低くするということを発見した(p. 1461,10月26日にオンライン出版; またCardonによる展望記事参照のこと)。インターロイキン-23は、マウスモデルにおけるIBDや多発性硬化症、関節炎などの広範囲な慢性の炎症性疾患におけるその役割のせいで、注意をますます惹きつけているサイトカインである。(KF,hE)
A Genome-Wide Association Study Identifies IL23R as an Inflammatory Bowel Disease Gene p. 1461-1463.
GENETICS: Enhanced: Delivering New Disease Genes p. 1403-1405.

プロゲステロンと乳癌(Progesterone and Breast Cancer)

乳癌の感受性遺伝子BRCA1の変異は、女性の乳癌および卵巣癌の発生リスクを大きく増加させる。この変異体遺伝子は体全体に広く発現するにもかかわらず、そうした変異が主にホルモン-応答性組織に影響を与えるのはなぜだろう? Pooleたちは、この組織特異性が部分的に、BRCA1によって仲介されるホルモン・プロゲステロンによるシグナル伝達への影響によると示唆している(p. 1467; またMarxによるニュース記事参照のこと)。Brca1/p53-欠損マウスの乳房の上皮細胞(MECs)は、高レベルのプロゲステロン受容体をおそらくプロテアソームによる分解の欠如によって蓄積し、そしてMECの異常な増殖を発生させた。プロゲステロン拮抗物質ミフェプリストーン(RU 486)によって処置すると、マウスにおける乳房の腫瘍発生は抑制され、あるいは遅延された。(KF)
Prevention of Brca1-Mediated Mammary Tumorigenesis in Mice by a Progesterone Antagonist p. 1467-1470.
MEDICINE: Squelching Progesterone's Signal May Prevent Breast Cancer p. 1370.

単一分子の円偏光二色性(Singles on Circular Dichroism)

立体構造の平均化により、反応経路や光応答反応に関する正確な姿が曖昧になるため、最近単一分子の分光学が注目されている。Hasseyたち(p.1437,11月2日のオンライン出版)はこの分析手法を円偏光二色性へと拡張した。円偏光二色性はキラルな混合物を解析する昔からの手法であるが、分子レベルでの理解が十分には得られていない。彼らは、ポリオレフィン基板に置かれた、かつ分子内回転をブロックするカンファー(樟脳)基を結合させる事で相互の変換を制限した二つのジアステレオ異性のヘリセンを調べた。各々のケースの集合体のシグナルは、支配的な円偏光の向きとは反対方向に偏光した少数の寄与を少なからず含んでいた。このように、ランダムに配向したバルクな試料全体としての測定では見かけ上弱い固有の分子応答を示している可能性がある。著者たちは、ブロードなシグナル応答領域をポリオレフィン表面に対するヘリセンの異なった立体構造によるとしている。(KU)
Probing the Chiroptical Response of a Single Molecule p. 1437-1439.

原始隕石中の球(Primitive Spheres)

始原的隕石の中には丸い有機物の小球が散在しているものがある。その多くはマイクロメートル程度の大きさの炭素に富んだ薄い殻を持つ中空の球である。Nakamura-Messengerたち(p.1439)は、カナダ北西部のタギッシュ湖に落下した隕石中のカーボンナノ球における15N/14NとD/Hの同位体比を測定し、ナノ球における同位体比が隕石の母岩(マトリックス)の部分よりはるかに高いことを示している。似たような同位体比が以前にも隕石の有機物中で発見されているが、特定の粒子に局在化はしていなかった。この同位体比により、ナノ球が太陽が形成される以前の低温分子雲の特徴である10〜20ケルビン程度の非常な低温で形成されたことを示唆している。(KU,Ej,nk)
Organic Globules in the Tagish Lake Meteorite: Remnants of the Protosolar Disk p. 1439-1442.

PIPスイッチを入れる(Turn On the PIPs)

多くの細胞性タンパク質は、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸[PtdIns(4,5)P] がホスホリパーゼCによって加水分解されたときに抑制され、あるキナーゼがPtdIns(4,5)Pを回復したときに再活性化される(McLaughlinによる展望記事参照のこと;11月9日にオンライン出版)。PtdIns(4,5)Pの枯渇が、受容体活性化に際して神経系における重要なイオンチャネルであるKCNQカリウムチャネルを直接閉ざすシグナルであるかどうかは、いまだに議論の余地がある。Suhたちはこのたび、PtdIns(4,5)Pの損失がそのチャネルを閉ざすのに実際十分であるということを示した(p. 1454,9月21日にオンライン出版)。更に、KCNQチャネルの開放は、余分なPtdIns(4,5)Pの合成によって刺激されたが、余分なホスファチジルイノシトール3,4,5- 三リン酸[PtdIns(3,4,5)P]の産生によっては最小限にしか影響されなかった。小さなGTPases(GTP分解酵素)は細胞の制御において多くの役割を有しており、しばしば原形質膜に一過性に結合する。Heoたちは、蛍光タグ付けされた小さなGTPasesの細胞局在性をモニターし、膜に結合する酵素の大部分がプラスに帯電したアミノ酸のクラスターを含んでいることを発見した(p. 1458,11月9日にオンライン出版)。そうした領域がマイナスに帯電した脂質に結合するのではないかと考えて、著者たちは、GTPasesを原形質膜にターゲティングするためには、PtdIns(4,5)PとPtdIns(3,4,5)Pが必要となることを明らかにした。この脂質は、細胞制御系の多様な側面を制御するシグナル伝達ハブとして働いている可能性がある。(KF)
CELL BIOLOGY: Tools to Tamper with Phosphoinositides p. 1402-1403.
Rapid Chemically Induced Changes of PtdIns(4,5)P2 Gate KCNQ Ion Channels p. 1454-1457.
PI(3,4,5)P3 and PI(4,5)P2 Lipids Target Proteins with Polybasic Clusters to the Plasma Membrane p. 1458-1461.

結びつきを作る(Making Connections)

複雑なコミュニティーのメタゲノム解析は、ゲノムの"shrapnel(破片)"に支配されている。つまり、その微生物コミュニティーが1つまたは少数の種によって支配されていない限り、計算によってそのコミュニティーを再構築することは難しいのである。Ottesenたちは、複雑な環境の共同体において個々の細菌をサンプルするデジタルポリメラーゼ連鎖反応法の一種を実行する微少溶液(microfluidic)装置を開発した(p. 1464)。彼らはシロアリの腸の細菌叢で彼らの装置をテストし、homoacetogenesis(相利共生してセルロースから酢酸塩を作る)への細菌性寄与体を、小さなサブユニットのリボソームRNA遺伝子と鍵となる代謝性遺伝子の対を追跡することで同定し、それにより機能の分類学的位置をマッピングした、。(KF,so)
Microfluidic Digital PCR Enables Multigene Analysis of Individual Environmental Bacteria p. 1464-1467.

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