AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 19, 2006, Vol.312


カトキンの流入量を制御(Controlling the Coming of Catkins)

一年草の開花時期は一対の遺伝子、FTとCO、によって制御されるが、木の開花でも類似の遺伝子が開花時期を制御しているのだろうか?最初の開花が生じるまでの若い時期は、何十年もかかることがある。潜在的には開花時期に影響を与える環境因子に対して、この期間、木は何の応答も示さない。Bohlenius たち(p. 1040, オンライイン出版 4 May, 2006) は、ポプラの木(ポプラ、aspen, cottonwoods)のFT 相同分子が木の開花時期の決定的要因であることを示した。ポプラのFTは木の全く異なる発生過程にも関わっており、短日のタイミングが秋に生じる成長休止と、芽の固化を誘起する。(Ej,hE)
CO/FT Regulatory Module Controls Timing of Flowering and Seasonal Growth Cessation in Trees p. 1040-1043.

ヘビーメタルとハードロック(Heavy Metal and Hard Rock)

地殻の各層を完全に突き抜けて、その下の始原的な火成岩にまで達する掘削は地球科学における主要な目標の1つである。地殻が最も薄い所は中央海嶺付近の急速に拡大している場所であり、掘削孔はこの地域を目指したものになっている。Wilsonたち(p. 1016, 2006,4月 20 日、オンライン出版)は、東太平洋海膨近くに地震、断層などによる損傷を受けていない地殻に1.6 kmの深さの孔を掘削し、大部分の大洋床を構成する固化マグマから成る暗色の結晶性火成岩である斑レイ岩(gabbro)層にまで達することができた。斑レイ岩層の深さを決定する調査の過程で、極めて高速に拡張している地殻ではマグマテャンバー(マグマ中の空隙)は浅いところで形成されることが確認された。さらに、地震波から定めた地殻層は岩石の構成層に対応していないことから、地震波速度は、岩石の種類ではなく、その空隙率に依存していることが推察される。(Ej,hE,nk)
Drilling to Gabbro in Intact Ocean Crust p. 1016-1020.

重合の間も保持されている(Poised for Polymerization)

導電性高分子における共役π電子軌道のネットワークは、嵩高い多原子側鎖グループか、或いは骨格鎖に組み込まれたフェニル基のいずれかにより安定化する。Sunたち(p.1030;Baughmanによる展望記事参照)は、側鎖として単にヨウ素原子のみを持つだけで、厳密にC=C二重結合とCC三重結合を交互に配列させたポリマーを合成した。この合成にはジニトリルオキサルアミドのホストとの共晶におけるジヨードジアセチレンの最初の鋳型形成に依存している。二トリルとヨウ素間の密な接触により、ホスト構造が適切なスペースを持ったカラム中にモノマーを配列させ、このスペースは重合の後も殆ど変化していない。この生成物は、カルビンと言う仮説として知られているが理解しづらい炭素の線形同素体の前駆体としての可能性がある。(KU)
Preparation of Poly(diiododiacetylene), an Ordered Conjugated Polymer of Carbon and Iodine p. 1030-1034.
CHEMISTRY: Dangerously Seeking Linear Carbon p. 1009-1110.

スピン列(Spin Sequences)

微小構造におけるスピン間の結合を制御できれば、スピントロニクスや量子コンピューティングにおける用途がありうる。Hirjibehedin たち (p.1021, 3月30日にオンライン出版; Brune による展望記事を参照のこと) は、走査型トンネル顕微鏡を用いて、マンガン原子の鎖を薄い絶縁体の表面(Cu 表面上に成長させた CuN の単層膜)上に配列した。彼らは、次に非弾性トンネル分光法を用いて、超低温状況下で鎖の長さ(10原子までの)の関数としてスピン励起スペクトルを測定した。開放スピン鎖の Heisenberg モデルによるスペクトルと反強磁性交換相互作用とを比較することにより、結合の強さと共に集合的スピン配位について明らかにした。(Wt)
Spin Coupling in Engineered Atomic Structures p. 1021-1024.
APPLIED PHYSICS: Assembly and Probing of Spin Chains of Finite Size p. 1005-1006.

選択的なSi-Hの結合切断(Selective Si-H Scission)

伸縮振動の励起による化学結合の切断は魅力的な考え方であるが、励起エネルギーは他の振動運動や回転運動へと急速に再分配されるために稀にしか起こらない。Liuたち(p.1024;Tullyによる展望記事参照)は、シリコン(111)表面に吸着したH原子が、Si-H伸縮振動の周波数に調整された強烈な赤外光パルスの照射によりH2分子として飛び出す事を見出した。局所的な表面加熱でもSi−H結合が切断される可能性があるが、著者たちは同じ条件下でのH原子とD原子の吸着混合体の照射によって、この熱的なメカニズムを除外している。単純な表面加熱では17:1の割合でH2よりもD2分子が多く生成されるが、Si-H伸縮振動の共鳴励起では200倍もH2分子が優先的に生成される。(KU)
Desorption of H from Si(111) by Resonant Excitation of the Si-H Vibrational Stretch Mode p. 1024-1026.
CHEMISTRY: Mode-Selective Control of Surface Reactions p. 1004-1005.

ボトルネックに打ち勝つ(Beating a Bottleneck)

原子や分子が移動する孔あるいはチャネルに比較して、原子や分子の平均自由行程が相対的に長いときにクヌーセン拡散が起きる。そこでは、分子間の衝突よりも壁の衝突がより頻繁になる。このモデルは2から50ナノメートルの孔に対しては成り立つが、より小さいチャネル中の流れのときには一体何が起きるのであろうか?Holtたち(p. 1034:表紙とShollとJohnsonによる展望記事を参照)は、2層と多層のカーボンナノチューブを用いて作った孔が開いている膜を生成した。ガスに対しての流れの速度はクヌーセン拡散によって見込まれる速度より1オーダ大きく、水流の速度は流体学から計算される値を大きく超えていた。著者たちは、"輸送能力の向上は内部ナノチューブ表面の滑らかさによる"と主張していて、それはコンピュータシミュレーションからの結果と合っている。(hk,nk)
Fast Mass Transport Through Sub-2-Nanometer Carbon Nanotubes p. 1034-1037.
MATERIALS SCIENCE: Making High-Flux Membranes with Carbon Nanotubes p. 1003-1004.

減少による進化か?(Evolution by Reduction?)

真核生物の起源は未だによく解ってなく、謎めいている。Kurland たち(p. 1011) は、現在のモデルである真核生物は、構造的、かつ、遺伝的に、より簡単な原核細胞に由来するという説の対立点を取り上げた。ゲノムやプロテオミクスの立場の証拠からは、真核生物細胞が複雑になった原因は、真核生物ドメイン、真正細菌ドメイン、古細菌ドメインの共通祖先の中に既に存在しており、成長と細胞分割の高速化に特化し、及び/又は、極限的な環境に適応するために真正細菌と古細菌はゲノムを減少させる方向に進化したと推察される。(Ej,hE,nk)
Genomics and the Irreducible Nature of Eukaryote Cells p. 1011-1014.

準備している(Being Prepared)

前もって計画するということは多くの認知的なスキルを必要とし、そのスキルは少なからず需要の将来状況を予測する能力であり、メンタルな時間旅行と呼べる。アメリカカケス(scrub jay)は、目ざとい近くの仲間から食料を失うことを避けるため、食料の隠し場所を再移動しており、これにより将来の消費に備えて食料を保存しているという確かな証拠が存在する(Dallyたちによる5月18日オンライン出版)。MulcahyとCall(p.1038;Suddendorfによる展望記事参照)は、ボノボやオランウータンがこうしたスキルを発揮しているかどうかを評価する一連の実験を示している。類人猿のこの両方の種は、適切に有用な対象物を選択し、それを夜通し保持し、そして褒美の餌を得るための道具として、その対象物を次の日に使うため元に戻している。(TO)
Apes Save Tools for Future Use p. 1038-1040.
BEHAVIOR: Enhanced: Foresight and Evolution of the Human Mind p. 1006-1007.

マダガスカルの特別な種分化(Special Speciation in Madagascar)

マダガスカルは、ジュラ紀以来アフリカ本土から孤立した結果、マダガスカルの植物相と動物相の高いパーセンテージがその島固有となっている。マダガスカルは、島内部における固有性、特に特定流域地域における固有性の高さが注目されており、これは生物地理学者たちを長く悩ませてきたパターンでもある。生物種が川や流域との関連でどう分布するかのデータベースを基礎として、Wilmeたち(p.1063)は、ある種の気候変動(climatefluctuation)パターンは、個体群、特に森林に住む個体群の小さな地域への隔離が小地域規模での種分化に適した条件を引き起こすように働くことを示した。(TO,Ej,nk)
Biogeographic Evolution of Madagascar's Microendemic Biota p. 1063-1065.

DNAの防御を整理する(Marshalling DNA Defenses)

細胞は損傷したDNAを認識し、細胞自らが損傷に対処し修復を引き起こすのを助ける、複雑なシグナル伝達機構を開始する。しかし、DNA損傷への応答として発現の増加を蒙るのは、DNA修復のために必要とされる酵素だけではない。細胞周期を介した進行やストレス応答、あるいは代謝経路など、それ以外のイベントもまた制御される。Workmanたちはシステム-レベルのアプローチを用いて、DNA損傷に応答するそうしたいくつものシグナル経路をマップにした(p. 1054)。その結果、予期せぬ調節性の相互作用が明らかにされ、そうしたマップを用いて、特定の薬に対する患者-特異的な効果の予想可能な道が開かれた。(KF)
A Systems Approach to Mapping DNA Damage Response Pathways p. 1054-1059.

影響があるのは誰か(Who Gets the Credit?)

結果からそこに至るまでの行動を逆向きにたどったり、将来のシナリオに関して戦略的な計画立案をする際、重要な課題の1つは、最終的な結果について影響力(とその大きさ)をもったのは誰か、ということである。信用ゲーム(trust game)では、最初のプレイヤーはどれだけのお金を投資するか決める必要があり、二番目のプレイヤーは投資の何倍を返還するか決める必要がある。Tomlinたちは、大規模な同時性の脳イメージングを実施し、「自分」が選択したときに比べて、「相手」が何を選択したかが明らかになったときの方が帯状皮質のさまざまな領域が活動的になる、ということを示唆している(p. 1047)。(KF)
Agent-Specific Responses in the Cingulate Cortex During Economic Exchanges p. 1047-1050.

シナプスの制御(Controlling the Synapse)

神経筋接合部におけるシナプスは、筋肉運動の制御に関与するキーとなる要素である。Kittelたちは、シナプスの確立と維持におけるコイルドコイル領域タンパク質、ショウジョウバエのBruchpilot(BRP)の役割を記述している(p. 1051、4月13日にオンライン出版; またAtwoodによる展望記事参照のこと)。BRPはショウジョウバエの神経筋シナプスの伝達物質遊離部位(活動的領域)の中心にあるドーナツ形状の構造中に局在していた。BRPを欠く変異体ではシナプス前膜に欠損があった。著者たちは、BRPは完全に機能するシナプスの形成に必要であり、遊離部位におけるCa2チャネルと小胞の間の非常な近接を確立することによって、生体内のシナプス前変化を仲介する可能性がある、と示唆している。(KF)
Bruchpilot Promotes Active Zone Assembly, Ca2+ Channel Clustering, and Vesicle Release p. 1051-1054.
NEUROSCIENCE: Gatekeeper at the Synapse p. 1008-1009.

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