AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 17, 2006, Vol.311


お前の頭はお前の足元で分かる(Knowing Your Head from Your Toes)

昆虫とか両生類とか色々な生物の胚の頭部や尾部先端は、発生の初期の段階で確立するが、その理由は卵形成中に細胞運命決定因子が局在化するためである。哺乳類の胚は上記生物とは異なり、初期段階では等しい割球可能性を有していると考えられてきた。Deb たち(p. 992)は、初期のマウスの胚は局在化した決定要因を持っているらしいことを示した。特に、Cdx2 メッセンジャーRNAはマウス卵母細胞の植物極の方向に非対称に局在化している結果、受精の後、配向が変化し、2細胞期胚の後期の割球中での濃度が高くなった。Cdx2 遺伝子産物が卵母細胞と胚において非対称に分布するために、細胞系列が栄養外胚葉に導かれる。このように、栄養外胚葉への特異化がすでにマウス卵母細胞中に予めパターン化されている。(Ej,hE)
Cdx2 Gene Expression and Trophectoderm Lineage Specification in Mouse Embryos p. 992-996.

乱雑な衛星の動き(Messy Moon Motions)

ShowalterとLissauer(p.973,2005年12月22日のオンライン出版;Murrayによる展望記事参照)により、天王星の回りにMabとCupidと命名された二つの付随する衛星と外側の二つの環が見出された。天王星におけるこれらの新しい仲間はハッブル宇宙望遠鏡の画像で捉えられ、ボイジャー2号からの以前の写真で過去の運動を追跡された。ボイジャー2号の接近飛行以来、これらの衛星の軌道と環の明るさにかなり大きくな変化が見出されている。天王星の衛星の多くは単純なケプラー軌道と異なり、複雑な挙動をしている。この事は、天王星全体の系が重力的な不安定さか、或いは無秩序なものである事を示唆している。(KU,nk)
The Second Ring-Moon System of Uranus: Discovery and Dynamics p. 973-977.
PLANETARY SCIENCE: Ringing the Changes p. 961-962.

火星のオーロラ(Martian Aurorae)

荷電粒子が惑星大気中の磁場に沿って加速されると、オーロラが発生する。Lundinたち(p.980)は軌道を回るMars Express探査機に搭載されたASPERA(Analyzer of Space Plasma and Energetic Atom)−3測定器を用いて、火星上空で弧を描いて流れるイオンと電子の動きをマップ化した。火星大気中において荷電粒子がぐるぐると回りながら運動するところは火星表面の磁場が強い領域で、そこではオーロラも観測された。このような火星におけるオーロラの形成機構は地球のそれに似ている。(KU,nk)
Plasma Acceleration Above Martian Magnetic Anomalies p. 980-983.

旅客の輸送手段へのパワー(Power to the People Movers)

リチウム電池はその高エネルギー密度にも関わらず、自動車や他の輸送手段へは用いられていない。なぜならば、リチウム電池は十分に高レートなパワーを供給することができないからである。Kangたち(p. 977)は層状の遷移金属構造を持つ一群の電極についての理論と実験研究を結び付けて、リチウムイオンの高移動度の可能性に関して報告している。この結果はリチウム電池のパワー供給を改善できる一般的な方法があることを示している。(hk)
Electrodes with High Power and High Capacity for Rechargeable Lithium Batteries p. 977-980.

金属性のマントル鉱物(Metallic Mantle Minerales)

鉄のコアを持つより小さな地球型惑星において、深部における主要なケイ酸塩鉱物はMgSiO3からなると考えられているが、より高圧下でのこの鉱物の安定性に関しては実験的に確認されていない。Umemotoたち(p.983)は数値計算を用いて、極端な条件化でのこの鉱物の安定性を調べた。このような条件は巨大な外惑星や他の太陽系において新たに発見された地球型の大きな惑星で生じていると推定されている。その結果によると、MgSiO3がMgOとSiO2に分解する事が示された。高圧下での電子軌道の圧縮により、この鉱物はより金属的な挙動を示し、結果としてこの惑星の熱特性や惑星の熱流に影響を及ぼす事になる。(KU,Ej)
Dissociation of MgSiO3 in the Cores of Gas Giants and Terrestrial Exoplanets p. 983-986.

より早く進んでいる(Going Faster)

グリーンランドの氷床から溶けた水が、どの程度に世界的な海水面上昇に寄与しているかは、氷床の内部と周辺部との質量収支(mass balance)に依存している。今日、氷床内部では質量を増しつつあるが、周辺部ではより急速に失われつつあることが知られている。Rignot とKanagaratnam (p. 986;Dowdeswellによる展望記事参照)はグリーンランド全体の氷床の氷速度マップを示し、全周辺部周りで流出する氷の割合を推定した。彼らの結果と過去のデータとの比較から、1996年から氷の流れが広い範囲で加速していたこと、そのときに質量損失は2倍になったこと、そして温暖化に特に影響を受ける氷のダイナミクスがグリーンランドの氷河の急速な後退に強く影響を及ぼしていることを示している。(TO)
Changes in the Velocity Structure of the Greenland Ice Sheet p. 986-990.
ATMOSPHERIC SCIENCE: The Greenland Ice Sheet and Global Sea-Level Rise p. 963-964.

性の選択を再考する(Rethinking Sexual Selection)

性の選択についてダーウィンが1871年に述べた説は、文化的にも社会的にも偏っている。彼は、オスとメスの違いが異なる理由を、自然選択にしばしば矛盾するような手法で説明しようとした。Roughgarden たち(p. 965) は、協調ゲーム理論によって、社会的選択理論に基づく別のモデルを提案した。性的関係における個々の協力関係は、他の社会的関係と同じように、協力しない関係よりも有利な適応条件を生成するらしい。このような差が、協力する個人やグループに対する選択淘汰圧力となる可能性がある。(Ej,hE)
Reproductive Social Behavior: Cooperative Games to Replace Sexual Selection p. 965-969.

有性生殖の期待値(Sex Pays Off)

有性生殖は高くつく。例えば、1個体のメスに対して1個体のオスという性比を仮定した場合、無性生殖メスの娘個体は、有性生殖メスに由来する子孫と比較して2倍の割合で繁殖する。このような明らかな欠点が存在しているにもかかわらず、有性生殖が維持される理由は何だろうか?無性生殖系統において、減数分裂の組換えがなく、結果として変異の蓄積が生じることが示唆された。PalandとLynch(p. 990;Nielsenによる展望記事を参照)は、Daphnia(ミジンコ)の有性生殖系統と真正の無性生殖系統とを研究した。選択的干渉のプロセスを通じて、無性生殖系統は、有性生殖系統と比較して、そのミトコンドリアゲノム中に4倍の数の多少有害な変異を発生させた。(NF)
Transitions to Asexuality Result in Excess Amino Acid Substitutions p. 990-992.
EVOLUTION: Why Sex? p. 960-961.

微生物による硫黄元素の流動(Microbial Mobilization of Elemental Sulfur)

硫黄元素の微生物性酸化は地球上の硫黄サイクルにおいて重要であるが、この反応のメカニズムについてはほとんど知られていない。Urichたち(p.996)は、好熱好酸性古細菌由来の硫黄オキシゲナーゼ還元酵素の構造を1.7Åの解像度で決定した。球状のプラス帯電した反応チャンバーは24個の単量体から形成される。直鎖硫黄は、おそらく無極性チャンネルを介して進入し、そして24個の活性部位中の一つの過硫化システインに結合する。このスルファン硫黄鎖は、隣接する単核非ヘム鉄での不均化反応と酸素付加の基質である。(NF)
X-ray Structure of a Self-Compartmentalizing Sulfur Cycle Metalloenzyme p. 996-1000.

概日時計を回せっ!(Revving Up the Circadian Clock)

哺乳動物において、概日リズムは、睡眠・覚醒サイクルや代謝を含む多数の行動的性質および生理学的性質を制御する。これらのリズムの破壊は双極性障害などの特定の精神疾患と関連している。Yinたち(p. 1002)は、概日時計調節と双極性障害との可能性のある分子的関連について記述した。培養線維芽細胞において、双極性障害を治療する際に使用されるリチウムで処理すると、時計遺伝子発現の中心的な負の制御因子であるReverb αの核内受容体が急速に分解した。このReverb αの不安定化により、時計遺伝子の活性化が導かれた。(NF)
Is a Critical Lithium-Sensitive Component of the Circadian Clock p. 1002-1005.

あまり深く考えないこと(Don't Think Too Much)

我々は、決定を下すために考えることでよい選択ができ、そしてより複雑な決定になればなるほど、それを考えるためにより多くの時間や労力を費やすことが望ましいと思っている。Dijksterhuisたち(p. 1005; Millerによるニュース記事参照)は、単純な決定(シャンプーの買い物など)については、予想通り十分に考えて下した決定は、考えない場合よりも満足なものと判断できるような選択をすることを示している。しかし、決定が複雑(車のようにより高価で多くの特徴がある)になると、最適な組み合わせに対して、数多くの置換(permutations)をふるいにかけるための選択に注力するのではなく、無意識に任せることの方がより良い決定や満足のいく決定が得られる。(TO)
On Making the Right Choice: The Deliberation-Without-Attention Effect p. 1005-1007.

ノルエピネフリンと喜びと報酬と(Norepinephrine, Pleasure, and Reward)

ノルエピネフリンは、一般に麻薬使用中止の際の反作用において役割を果たすものとして受け入れられているが、麻薬の報酬性および刺激性効果を仲介する役割については議論の余地がある。Olsonたちは、ドーパミンβ水酸化酵素(DBH)遺伝子のターゲット破壊によりノルエピネフリンを合成できない遺伝子組み換えマウスが、条件付け場所選考試験(conditioned place preference test)による測定で、モルヒネの報酬にまったく盲目であるということを発見した(p. 1017)。重要なことに、モルヒネ報酬への感受性は、特定のニューロン集合におけるDBH発現が回復すると完全に元に戻った。(KF)
Role of Noradrenergic Signaling by the Nucleus Tractus Solitarius in Mediating Opiate Reward p. 1017-1020.

ラットは我々が考える以上に賢い(Rats Are Smarter Than We Think)

ヒトとヒト以外の動物のどちらも、因果関係の学習において基礎的な連想機構(associative mechanisms)を利用している可能性があるが、ヒトは連想的学習に帰着させることのできない因果関係についての深い理解が可能である。対照的に、ヒト以外の霊長類を含む動物が、因果関係の深い理解ができるという決定的な証拠はない。Blaisdellたちは、ラットが因果関係への自分自身の介入の結果を推論できるとする証拠を提示している(p. 1020)。ラットは、共通原因モデルにおける1つの結果への介入が、別の結果には影響しないことを正確に予測した。つまり、ラットは、連想モデルが予想する以上に洗練された原因推論を行うことができるのである。(KF)
Causal Reasoning in Rats p. 1020-1022.

べき乗則と昆虫のスケール(Power Laws and Scale Insects)

生態系の多くのパターンにべき乗則が成り立つが、この個体数分布の本当の理由が数学的にわかっている訳ではない。Vandermeer と Perfecto (p. 1000)は、メキシコにおいて、日陰で育成したコーヒー40ヘクタール上のミドリカイガラムシ(green scale insect、Coccus viridis)の生物学と空間的個体分布の動態を研究した。このカイガラムシにはいくつかの天敵がいるが(寄生ダニ、スズメバチや捕食性葉カブトムシ)、ある種のカイガラムシは蜂蜜を探し回っているアズテカアリによって守られている。このコーヒー園でのカイガラムシのクラスターサイズの頻度分布は、それ以前の時間間隔がランダムであった後に、一般的に指数関数的に増える個体数と一致している。基本的べき乗則は各茂みでの指数関数的個体数増加と同じである。べき乗則からのずれは、カイガラムシの不完全な移動パターンと防御アリの移動の不完全さに起因する。(Ej,hE)
A Keystone Mutualism Drives Pattern in a Power Function p. 1000-1002.

シナプス変化の転写による制御(Transcriptional Regulation of Synaptic Change)

ニューロンのシナプス活性の変化が、結果としてニューロン機能の安定的変化をもたらすことがある。そのような長期的変化の多くは、キーとなる標的遺伝子の転写の変化によって仲介されると考えられている。2つの研究が、シナプス数の制御における転写制御因子MEF2(筋細胞エンハンサー因子2)の役割を同定している(BegとScheiffeleによる展望記事参照のこと)。培養されたラットの胚性ニューロンにおいて、Flavellたちは、ニューロン活性を伴うカルシウム依存性シグナル伝達がMEF2の活性化を導き、シナプスの数を減少させることを発見した(p. 1008)。MEF2AとMEF2Dが枯渇すると、シナプス形成が増加し、またシナプス形成を減少させると知られている遺伝子のMEF2-活性化転写が増加した。Shaliziたちもまた、ラットの小脳および小脳スライスにあるMEF2のシナプス数の制御を発見した(p. 1012)。MEF2Aは転写制御因子Nur77をコードする遺伝子の転写を抑圧することによって作用する。MEF2AはSUMO化{低分子ユビキチン様修飾因子タンパク質(small ubiquitin-related modifier protein)の共有結合による修飾、或いはSUMO}されたときに抑圧活性を示した。SUMO化は、次にMEF2Aのカルシウム依存性脱リン酸化に依存した。MEF2Aのリン酸化はMEF2Aのアセチル化状態とSUMO化状態とを切り替えるらしい。(KF)
NEUROSCIENCE: SUMO Wrestles the Synapse p. 962-963.
Activity-Dependent Regulation of MEF2 Transcription Factors Suppresses Excitatory Synapse Number p. 1008-1012.
A Calcium-Regulated MEF2 Sumoylation Switch Controls Postsynaptic Differentiation p. 1012-1017.

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