AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 10, 2006, Vol.311


染色体に乗って(Hitching a Ride on the Chromosome)

カポジ肉腫-関連ヘルペスウィルス(KSV)は、その宿主中には組み込まれないが、安定なエピソームとして維持される。娘細胞に分布させるため、このウイルスはヒト染色体と共に行動する。Barberaたち(p. 856)は、このウイルスの潜伏性-関連核抗原(LANA)が、特定の染色体構成要素であるコアのヒストンH2AとH2Bに直接的に結合することを示した。LANAは、これら2種のヒストンを欠損する系においては結合できなかった。複合体の結晶構造から、ヌクレオソーム中でH2AおよびH2Bにより形成される特定の酸性領域とLANAとが相互作用する場合に、ヘアピン構造が形成されることが示された。(NF)
The Nucleosomal Surface as a Docking Station for Kaposi's Sarcoma Herpesvirus LANA p. 856-861.

宇宙磁場(Cosmic Magnetism)

初期高温宇宙の原始磁場は、宇宙構造の重力崩壊の副産物として生じた。Ichiki たち (p.827,1月5日のオンライン出版;Durrer による展望記事を参照のこと) は、原始の磁場は十分強く、今日の銀河団や銀河自体に見られる磁場を説明することが可能なことを示している。宇宙のある範囲の大きさに対して、彼らは、帯電した陽子と電子の異なる運動が引き起こされた電流が磁場の種をいかに生み出すかを計算している。この陽子と電子の運動のずれは、宇宙に原子が形成される前の輻射光が圧倒的な時期において、光子が陽子や電子を異なる強度で散乱することによる。 (Wt,nk)
Cosmological Magnetic Field: A Fossil of Density Perturbations in the Early Universe p. 827-829.
ASTRONOMY: Is the Mystery of Cosmic Magnetic Fields Solved? p. 787-788.

COの三角形構築(Assembling a CO Triangle)

フィッシャ−トロプシュ(Fischer- Tropsch)法では、COとH2から炭化水素を作る際に触媒と高温・高圧を用いている。しかしながら、より温和な条件で、かつより選択的にCOユニットを結合しようという多くの試みはうまくいかなかった。この原因は強い結合力を持つCOの三重結合に部分的に起因している。Summerscalesたち(p.829;WaylandとFuによる展望記事参照)はウラニウム錯体を用いて、炭素によって結ばれた3個のCOユニットからなる三角形のリングが2つのウラニウムの間にぶら下がる構造を作った。2個のUセンタ−の各々は1個の電子を供与して、(CO)32-という2価の陰イオンを作る。構造データと密度関数理論により、ウラニウムのf軌道がこのような構造の安定性に特に重要である事を示唆している。(KU,nk)
Reductive Cyclotrimerization of Carbon Monoxide to the Deltate Dianion by an Organometallic Uranium Complex p. 829-831.
CHEMISTRY: Enhanced: Building Molecules with Carbon Monoxide Reductive Coupling p. 790-791.

ネットワークの中での自由旋回(Swiveling in a Net)

液体の水は分子間水素(H)結合のネットワークで結ばれており、絶えず壊れたり再結合している。ドナー性のH−結合がアクセプターの間を段階的に移動する際に、水分子の回転には小さな拡散ステップが必要であると推定されていた。LaageとHynes(p.832、2006年1月26日のオンライン出版)による数値シミュレーションよると、より非局在化した機構を支持しており、そこでは水和シェルの中でのH-結合受容パートナー における配位数の変化によって回転が制御されている。かくして、回転は通常抑制されているが、バルクな配位がアクセプターに付与されると同時に、近傍の潜在的なアクセプターから除去されると、ドナー分子は急激に一方から他方へと自由に旋回する。(KU)
A Molecular Jump Mechanism of Water Reorientation p. 832-835.

メタン急増の容疑者はシロ(Shooting Methane Blanks)

最終氷期の期間や退氷期間に、急な気温上昇に伴って、何度もの大気中のメタン濃度の上昇が起きている。この原因としてよく知られている仮説である“クラスレート(clathrate)銃”は、海底下に存在しているメタンクラスレート(包接化合物)であり、海洋の温度上昇で急激に不安定化する。Sowers (p. 838) はこの仮説を検証するために、グリーンランドのGISP2氷柱中に泡として閉じ込められているメタンの水素の同位体分析を行った。このメタンは最終氷期間や退氷期間の急激な温暖化時期の数回の事象に対応している。クラスレートのメタンには水素の同位体に特徴が見られるが、そのような特徴が見られないことから、メタン濃度がピークを示す事象には、クラスレートが大きく寄与しているという証拠は見つからなかった。(Ej,hE,og)
Late Quaternary Atmospheric CH4 Isotope Record Suggests Marine Clathrates Are Stable p. 838-840.

広範囲な暖かい期間の元で(In a Wider Warm Spell)

数多くの異常な温暖間隔あるいは寒冷の間隔があったことが、この1000年間における多くの気温の推定代用記録で見られるが、どのようにすれば現在の温暖期間との相対的な規模を評価できるであろうか?Osborn とBriffa (p. 841)は、北半球における20世紀後期の温暖化の地理的拡がりを、この1200年間における温暖間隔と寒冷間隔双方の分布と比較した。このとき、彼らは温暖期間と寒冷期間とを定義する特定の閾値を適用することにより、温暖化と寒冷化の絶対的な規模についての疑問の余地を無くし、さらに代用温度推定(temperature proxy)として用いたその数値には特別に選択された一群のデータだけを考慮した。彼らは、20世紀後期の継続的な温暖は、9世紀以降で最も拡がりがあり長期に渡る温度異常であることを見出した。(TO)
The Spatial Extent of 20th-Century Warmth in the Context of the Past 1200 Years p. 841-844.

スカフォールドの調整(Modulating the Scaffold)

シグナル伝達複合体は、伝達の前に、予め複合体として組立てられるのが普通である。いわゆるスカフォールドタンパク質はこれら複合体を保持し多様なシグナル伝達系に対する特異性を持たせるために寄与している。Bhattacharyya たち(p.822,January 19のオンライン出版、および Breitkreutz and Tyersによる展望記事も参照)は、スカフォールドがこのような保持や空間的な局在化の役割以上のことが出来ることを示した。酵母の接合フェロモンによって一連のキナーゼが活性化され、これらのキナーゼすべてがスカフォールドタンパク質Ste5と相互作用し、この経路を通じてのシグナル伝達によってマイトジェン活性化プロテインキナーゼFus3を活性化する。Fus3 がSte5に結合する際、この相互作用によってFus3キナーゼ活性のアロステリックな部分的活性化が起こる。そのあと、Fus3はSte5スカフォールドをリン酸化することで、この系に負のフィードバックをかけているようだ。(Ej,hE)
The Ste5 Scaffold Allosterically Modulates Signaling Output of the Yeast Mating Pathway p. 822-826.
CELL SIGNALING: A Sophisticated Scaffold Wields a New Trick p. 789-790.

体躯のデザイン(Basic Body Design)

動物には、種のレベルでは、変化が継続して蓄積しているにも関わらず、左右対称性のようなある種の特徴的な体躯の設計図が初期カンブリア紀以来保存されているのは何故か?Davidson and Erwin (p. 796)は、発生に伴う遺伝調節ネットワークには、進化の保存性に関して3つの異なる成分を有していることを主張している。進化上の非柔軟性部分回路(これを“核”と称する)は特定の体躯部分を構築する上で、基本的上流機能を有し、他の小さな部分回路(これを“プラグ-イン”(組み込み部品)と称す)は多様な発生上の目的のために繰返し選択され、個々のシス調節型結合によって、詳細な表現型の変動に柔軟性を保持している。(Ej,hE)
Gene Regulatory Networks and the Evolution of Animal Body Plans p. 796-800.

自己促進性シグナル(Self-Promoting Signals)

ミトコンドリア由来の前アポトーシス因子の放出により細胞死が引き起こされ、そしてシグナル伝達現象により、ミトコンドリアの"上流"または"下流"が生じる様である。Lakhaniたち(p. 847;AdrainとMartinによる展望記事を参照)は、両方とも"下流"であると考えられているカスパーゼ3とカスパーゼ7を欠損するノックアウトマウスを解析することで、この巧妙な機構に取り組んだ。ミトコンドリアから放出される分子により刺激を受けたその他のカスパーゼによって囲まれた時に、カスパーゼ3およびカスパーゼ7が活性化される。ノックアウト動物においては、"下流"現象であるアポトーシスが抑制されるだけでなく、"上流"現象、例えばミトコンドリア膜の完全性が失われたり、アポトーシス因子が放出されることもまた、妨害された。これらの予期せぬ結果から、カスパーゼ3とカスパーゼ7が、それら自体を活性化するミトコンドリアシグナルを促進する様に機能することが示され、そしてミトコンドリア細胞死シグナルの開始に関して"ニワトリが先か卵が先か"的難問が提起される。(NF)
Caspases 3 and 7: Key Mediators of Mitochondrial Events of Apoptosis p. 847-851.
CELL BIOLOGY: Double Knockout Blow for Caspases p. 785-786.

全能性維持において翻訳がはたす役割(Role for Translation in Maintaining Totipotency)

生殖細胞は全能性である--すなわち、生殖細胞はすべての種類の細胞型を生じることができる。Cioskたち(p. 851)は、翻訳制御因子MEX-3およびGLD-1が、線虫Caenorhabditis elegansの生殖系列における全能性を維持していることを示した。これら2種類の因子が除去された場合、生殖細胞が筋肉細胞、神経細胞、および腸管細胞等の体細胞型に分化するために生殖腺中に異所性の細胞が見いだされた。この分化転換は、P顆粒や生殖細胞タンパク質等の生殖細胞の特徴を喪失することと関連していた。これらの"線虫テラトーマ"は、テラトーマの生物学を理解するための遺伝学的に制御しやすいモデルシステムとして有用であろう。(NF)
Translational Regulators Maintain Totipotency in the Caenorhabditis elegans Germline p. 851-853.

街角での噂(Word on the Street)

異常なほどヒットする音楽や映画、劇の出現にはどのような力が作用しているかを知るために、Salganikたち(p.854;Hedstroemによる展望記事参照)は、社会的な情報、即ち市場での成功に関して他の人が何に注目したり、聞いたりしているかという情報の影響を調査した。或る限られた一連の歌の評価に関して学生にオンラインでの質問を通して、著者たちは、社会的な情報へのアクセスにより或る歌が人気を博す傾向が増加する事、及び歌の質に関してはこの歌の市場での成功にはごく僅かしか反映されていない事を示している。(KU)
Experimental Study of Inequality and Unpredictability in an Artificial Cultural Market p. 854-856.
SOCIOLOGY: Experimental Macro Sociology: Predicting the Next Best Seller p. 786-787.

うつは長い目で(Depressed Mouse Needs Long-Term Treatment)

心理社会的な経験が、中脳辺縁系ドーパミンシステムの活性を変化させる神経生物学的メカニズムは何だろうか?Bertonたち(p. 864;Holdenによるニュース記事を参照)は、マウスにおいて、一連の攻撃的な危険性に遭遇した後、持続的な行動変化および分子的変化が発生することを示した。これらのマウスにおいて見られた継続的な社会的回避行動を、臨床的に有効な抗うつ剤を用いて長期的に処置(急性的な処置ではなく)することにより、完全に正常化することができる。これらの行動変化を明らかにするためには、ドーパミン作動性報酬領域内で、成長因子である脳由来神経栄養因子(BDNF)が必要とされる。(NF)
Essential Role of BDNF in the Mesolimbic Dopamine Pathway in Social Defeat Stress p. 864-868.

分かれ道をそのまま進む(Going Their Very Separated Ways)

乱流では、隣接した流体要素(トレーサ粒子)は往々にして全く異なる経路に送られるが、この種の乱流は工業での混合プロセスに利用されている。長年にわたる疑問の一つとして、混合は時間に関してのみ依存しているのか、或いは任意の二つの流体要素(トレーサ粒子)間の初期の分離距離にも依存しているのかどうかと言う点である。Bourgoinたち(p.835)は、激しい乱流に関して、流体要素(トレーサ粒子)の分離速度もまた、その初期の分離距離に依存し、昔からあるBatchelorの予測と一致している事を示している。(KU,ok)
The Role of Pair Dispersion in Turbulent Flow p. 835-838.

活性化の証しとして(Marked Out for Activation)

真核生物では、ゲノムDNAはヒストンによって、染色質内のヌクレオソームの中にパッケージされる。染色質はヒストンN末端尾部の共有結合的修飾を介して、遺伝子発現制御に決定的な役割を果たしている。もっともありふれたヒストン修飾の1つは、ヒストンH4の尾部におけるリジンのアセチル化(H4K16Ac)であるが、これは一般に活性化の標識であると考えられている。Shogren-Knaakたちは、H4 K16Acが唯一の修飾であるヌクレオソーム配列を再構成することで、この修飾の機能を試験管内で分析した(p. 844; またMarxによるニュース記事参照のこと)。期待されたように、この標識は、30ナノメートル様の染色質線維のクロスーファイバー相互作用やコンパクションを阻害するものであった。生体内では、この標識は塊の解けた染色質内に豊富にある。H4 K16Acはまた、DNA上に単一ヌクレオソームを動かして組み換えるクロマチンリモデリング酵素の能力をも阻害する。つまり、H4 K16Acは染色質の構造にも機能にも影響与えている。(KF)
An Architectural Framework That May Lie at the Core of the Postsynaptic Density p. 531-535.

神経伝達物質と高次の認知機能(Neurotransmitters and Higher Cognitive Functions)

ヒトの前頭前野の活性は、上行性の神経伝達物質系によって調節されている。しかし、ヒトにおける別々の神経化学系による相異なった認知の調節については、いまだ解明されていない。Chamberlainたちは健康なボランティアを使って、日常的な行動の制御と精神医学的疾病の徴候と処置に深く関わっている2つの認知機能におけるノルアドレナリンとセロトニンの関与に関する二重解離(double-dissociation)を実証した(p. 861)。(KF)
Neurochemical Modulation of Response Inhibition and Probabilistic Learning in Humans p. 861-863.

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