AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 3, 2006, Vol.311


滑りやすい溶融したストランド(Slippery Melt Strands)

侵食で露出した断層に含まれる溶融した岩石の小さな鉱脈瘤(pockets)は、おそらく地震による摩擦熱によって生成されたと考えられている。こうした溶融ストランド(melt strands)は断層の滑りを良くする効果があったのか、あるいはすべりを抑えるという役割をしたのか、あるいは、それらが小さな断層(weak faults)でどのように生成されるのかについて論争があった。Di Toroたち(p. 647)は実験室で類似した特性を持つ状態を作り、露出した断層から採取した実際の現場標本と比較した。彼らは回転式せん断装置を使い、自然の地震に近づけた条件下で岩石同士を滑らした。溶解した岩石の鉱脈瘤(pockets)は摩擦を軽減し、断層の動きを固めるよりむしろ滑らかにした。(TO,Ej,Og)
Natural and Experimental Evidence of Melt Lubrication of Faults During Earthquakes p. 647-649.

ナノ物質の安全性評価(Assessing Nanomaterial Safety)

我々の体内を自己複製して暴走するロボットやグレイグー(生物を食い尽くす想定上のナノロボット)に乗っ取られた世界を含めて、ナノテクノロジーの危険性に関するサイエンス・フィクションのシナリオは、多くの専門家によりありえないものと考えられている。しかしながら、人間や周囲の環境がナノ物質に触れた時の生物学的影響に関して、その多くは未知のままである。Nelたち(p.622)は、ナノ物質の重要なる化学的な、生物学的な特性、及びこれらの物質の安全性や毒性を評価するアウトラインに関してレビューしている。(KU,nk)
Toxic Potential of Materials at the Nanolevel p. 622-627.

磁気の地図(Magnetic Maps)

太陽のような恒星上に存在する磁場は星の内部に影響を与えるだけでなく、その周辺の環境にも影響を与える。強い対流を有する星においては、整列している磁場が乱流によって破断されることが予想される。Donatiたち(p. 633; Basriによる展望記事参照)は、超低質量で全体が対流状態にある星においては、強い双極子成分を含むかなり大きな磁場が残ることを示した。磁場によって生ずるスペクトル吸収線のゼーマン効果による分裂と偏光スペクトル中のその他の徴候の観測から、星の表面における磁場のパターン図が作られた。(hk,Ej,nk)
The Large-Scale Axisymmetric Magnetic Topology of a Very-Low-Mass Fully Convective Star p. 633-635.
ASTRONOMY: Big Fields on Small Stars p. 618-619.

結合した量子ドットの分光学(Spectroscopy of Coupled Quantum Dots)

量子情報処理において情報を蓄積し、操作するためのシステムとして、単一 の、あるいは結合した多数個の量子ドットからなる構造が、長い間提案されてきている。しかしながら、結合した量子ドットを伝達するための道筋は現在まさに探索されつつある。Stinaff たち (p.636, 1月12日のオンライン出版) は、中性および電荷を有する量子ドット対の分光学的研究を与えている。そのドットにおいては、電界による共鳴と光学的な励起との組み合わせによりドット間のコヒーレントな対形成が誘起される。主要な分光学的な特性は、比較的単純な分子モデルにより再現できる。(Wt)
Optical Signatures of Coupled Quantum Dots p. 636-639.

高圧化での水素分離(Under Pressure to Separate)

水素を工業的に作る際に、水素ガス流にはH2S、CO2、水蒸気、及び他の不純物が混入し、それらを除去する必要がある。この分離にはコスト高となる再加圧の工程を避けて高圧下で行うのが理想的であるが、今日の膜物質は高圧化では十分に機能しない。Linたち(p.639)は、CO2や他の不純物を選択的に吸収し、かつガス供給圧力が増すと効率が更に良くなるような高分子の膜物質を開発した。通常の膜と異なり、不純物の存在によりこの高分子膜は可塑性が向上し、更に膜の選択性と透過性が改善される。(KU)
Plasticization-Enhanced Hydrogen Purification Using Polymeric Membranes p. 639-642.

多様性ではなく、変化(Differences Without Diversity)

環境変化に適応する際、植物や動物には別の表現型を身につけるが、同一の遺伝子型を維持し続けるものがある。古典的な研究室モデル生物であるタバコスズメガManduca sextaは、緑色の幼虫表現型の単一表現型を示す。しかしながら、その姉妹種である5つのスポットを持つスズメガM.quin-quemaculataは、20℃では黒色の表現型を有し、28℃では緑色の表現型を有するという表現型多型を示す。SuzukiとNijhout(p. 650;Pennisiによるニュース記事を参照)は黒色変異株を使用することにより、M. sextaを環境温度に対して感作した。黒色遺伝子の変異により、幼若ホルモンが減少し、幼虫表皮のメラニン化が増大した。黒色変異体の熱ショックにより、黒色から緑色までの幅で様々な色をした幼虫が生まれた。黒色変異体個体群のその後の世代から個体を選択することにより、所望の表現型(緑色または黒色)を持つ2種類の系統を確立した。このように、表現型多型(Polyphenism)は、幼若ホルモンにより制御される遺伝的順応により進化することができる。(NF)
Evolution of a Polyphenism by Genetic Accommodation p. 650-652.

より簡単な水素付加反応(Hydrogenation with Less Guidance)

ホモキラルな化合物を作るために炭素-炭素二重結合への選択的な水素付加反応を用いて、広範囲の化合物が研究室や工業面で合成されている。しかしながら、この反応の範囲は、フェニル基や配位酸素、或いは窒素の置換といったオレフィン中に隣接する特殊な基が触媒を働かせるのに必要とすることからかなり限定されたものとなっている。Bellたち(p.642,2005年12月8日のオンライン出版;Willsによる展望記事参照)は、ホスフィン基とピリジン基の両方を持つキラル配位子を配位したある種のイリジウム化合物が、単純なアルキル置換基のみを持つオレフィンの不斉水素付加反応を触媒することを示している。彼らは、アルキル鎖の2個の非隣接C=C結合において98%を越える正味の選択性でもってビタミンE前駆体を還元した。(KU)
Asymmetric Hydrogenation of Unfunctionalized, Purely Alkyl-Substituted Olefins p. 642-644.
CHEMISTRY: Better Asymmetric Reactions p. 619-620.

ニューロンは下流に向かう(Neurons Navigate Downstream)

脳室近傍で生まれたニューロンは嗅球へと移動して嗅覚の機能を果たす。絶え間なく移動するニューロンは、初期発生時においてだけでなく、成体においても移動し続けている。Sawamotoたち(p. 629、1月12日にオンライン出版)はここで、これらのニューロンがマウスにおいてどのようにしてその方向を見つけているのか、についての知見を提供している。脳室は繊毛を持つ細胞によりその表面が覆われている。これらの繊毛が協調的に拍動することにより、脳室を通って流れる液体流が生じ、それにより移動性ニューロンを導くシグナル伝達因子が運搬される。繊毛を破壊する変異により、シグナル伝達因子の勾配および嗅球へのニューロンの移動が生成されなくなる。(NF)
New Neurons Follow the Flow of Cerebrospinal Fluid in the Adult Brain p. 629-632.

しなやかなRNA(Flexible RNA)

RNA分子の立体構造的柔軟性は、局所的運動、集合的なドメイン運動、および全体の回転拡散が複雑に組み合わされることにより生じる。Zhangたち(p. 653)は、ピコ秒の局所的運動とナノ秒のドメイン運動を核磁気共鳴(NMR)分光計により解析できるドメイン-伸長戦略を記載している。HIV-1トランス活性化反応要素の8種類の構造において、構造動態と立体構造的変化現象とを比較することにより、彼らは、局所的運動モードと集合的な内部運動モードの階層的ネットワークが、立体構造的適応性を変化させるRNAの能力を裏付けていることを示した。(NF)
Resolving the Motional Modes That Code for RNA Adaptation p. 653-656.

魚の群れを監視する(Keeping Tabs on Schools of Fish)

Makrisたち(p.660)は海洋を音波導波管として使うことにより、魚の個体数を大陸棚の規模の海域において継続的に監視する技術の開発を進めてきた。この技術での広域調査範囲は、現在の調査手法のそれよりも数桁大きい。この技術は、膨大な魚群をそっくりそのまま瞬間的な画像に作り出し、魚群の時間的な、空間的な変化を高感度に明らかにするために使われる。(TO)
Fish Population and Behavior Revealed by Instantaneous Continental Shelf-Scale Imaging p. 660-663.

ジンバブエではHIVが減少(HIV Decline in Zimbabwe)

アフリカのジンバブエにおけるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の流行が減少しているが、これは、若い世代や教育を受けた世代の性行動に大規模な変化が生じているためである。Gregson たち(p.664; HayesとWeissによる展望記事参照)は高リスク亜集団の死亡率や、若い世代の感染率の低下を示す分析結果を示した。これらの傾向はサハラ以南のアフリカ全般に生じているものと見られ、国家レベルのプログラムである、コンドームの使用や、AIDSによる死亡恐怖の高まりの両方の効果であろう。(Ej,hE)
HIV Decline Associated with Behavior Change in Eastern Zimbabwe p. 664-666.
EPIDEMIOLOGY: Enhanced: Understanding HIV Epidemic Trends in Africa p. 620-621.

臭い情報もステレオ(Smelling in Stereo)

ステレオ音源方向の同定には、強度と位相の両方の両耳への差分が効いている。Rajanたち(p. 666)は、嗅覚でも類似の手がかりを使っているらしいことを報告した。訓練したラットは、臭い成分の濃度差や到着時間差を利用して、臭い発生源の左右を嗅ぎ分けており、ラットは一回の嗅ぎ分け行動でこれらの課題が達成できる。方向性のある臭い刺激への嗅球ニューロンの応答記録は、極めて選択性が強いことを示している。(Ej,hE)
Rats Smell in Stereo p. 666-670.

顔だけを処理する(Procesing Nothing But Faces)

脳には、顔の処理だけに専念する領域はあるのだろうか? Tsaoたちは、顔に反応する領域を同定するために、サルに対して機能的磁気共鳴画像法を用い、それからその主要な領域に電極を埋め込んで、単一細胞レベルでのその特性を同定した(p.670; またKanwisherによる展望記事参照のこと)。この領域では、実質的にすべての細胞が顔だけに反応していた。この知見は、皮質がモジュラー構造であるという考えを支持するものである。(KF)
A Cortical Region Consisting Entirely of Face-Selective Cells p. 670-674.
NEUROSCIENCE: What's in a Face? p. 617-618.

マントルの鉱物は地震導波物質の役目も(Mantle Minerals as Waveguides)

地震波は、地球のマントルの最深部で半径方向(深さ方向)に比べ、水平方向には若干速く伝わる。この違いは、マントルの変形を伴う流れで誘発された鉱物の選択的配向によるものらしい。ここでの優先鉱物相はMgSiO3のポスト-ペロヴスカイト(postperovskite)構造(ペロヴスカイトから圧力変形種)であるが、この物質が安定に存在するために要求される温度と圧力があまりに高いため、その物性の多くは決めることが容易でない。Merkel たち(p. 644)は、ずっと低圧でポストペロヴスカイト構造を取る、類似相を持つMgGeO3を研究した。MgGeO3を圧縮すると一定の結晶格子方位にすべり面が優先的に整列した。この配列が大面積に広がると考えれば、地震波の異方性が説明できる。(Ej,hE,nk)
Plastic Deformation of MgGeO3 Post-Perovskite at Lower Mantle Pressures p. 644-646.

受容体結合の実態に迫る(Closing in on Receptor Binding)

ウロキナーゼ・プラスミノーゲン活性化因子(uPA)の、その細胞受容体(uPAR)への結合は、腫瘍の進行と転移において役割を果たす生物活性を仲介する。Huaiたちは、uPAのアミノ末端受容体-結合断片と複合したuPARの結晶構造とその受容体への抗体を、1.9オングストロームの分解能で決定した(p. 656)。この受容体は、ある程度の高次構造面での柔軟性を有しており、これが種々のリガンドとの相互作用を可能にしているのかもしれない。この構造は、uPA-uPAR拮抗物質を設計するための基礎を提供してくれる。(KF)
Structure of Human Urokinase Plasminogen Activator in Complex with Its Receptor p. 656-659.

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