AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 3, 2004, Vol.306


浜辺での一日(A Day at the Beach)

太陽崇拝者の誰もが紫外線損傷の影響を知っている。分子レベルにおいて、このよ うな損傷の多くはDNAにおけるシクロブタンピリミジンダイマー(CPD)の形で存在し ている。幸いなことに、原核生物や植物、および多くの動物種におけるDNAフォトリ アーゼ(photolyase)はエネルギー源として青色光を用いてこのような損傷を修復 する。光に起因するDNA修復機構の理解には、フォトリアーゼに結合したUV−損傷 DNAの高分解能構造の欠如により妨げられている。Meesたち(p. 1789)は、CPD様の 損傷を含む二重鎖DNAとの複合体におけるAnacystis nidulansフォトリアーゼの構 造を1.8オングストロームの分解能で決定した。 CPDの修復が、明らかにシンクロト ロン照射により誘発されており、その構造はチミンダイマーがフォトリアーゼの活 性部位で裏返しになっているような低温トラップ切断の中間体を示している。その 構造は多くの現存する生化学データを説明するものであり、メカニズムに関する今 後の研究の基礎を与えるものである。(KU)
Crystal Structure of a Photolyase Bound to a CPD-Like DNA Lesion After in Situ Repair
   Alexandra Mees, Tobias Klar, Petra Gnau, Ulrich Hennecke, Andre P. M. Eker, Thomas Carell, and Lars-Oliver Essen
p. 1789-1793.

ナノ・モーションの画像(Nano-Motion Pictures)

超高速X-線構造研究のひとつの目標は、非破壊で物質の原子の動きを映像化するこ とである。Bargheerたち(p. 1771; Bucksbaumによる展望記事参照)は、GaAs のサブ バンド内の電子正孔対の励起によって誘導されるGaAs/AlGaAs超格子の干渉性原子を 映像化した。この励起過程によりGaAs層内の結合が弱まり、GaAs層を膨張させ て、AlGaAs層を収縮させる原因となっている。著者たちが弱い反射波中で観測した 小さい変化の分析から、二つの層が3.5ピコ秒ごとに膨張と収縮を繰り返し、干渉性 のアコースティック定常波を出していると主張している(hk)
Coherent Atomic Motions in a Nanostructure Studied by Femtosecond X-ray Diffraction
   M. Bargheer, N. Zhavoronkov, Y. Gritsai, J. C. Woo, D. S. Kim, M. Woerner, and T. Elsaesser
p. 1771-1773.
APPLIED PHYSICS:
X-ray Movies of Wiggling Crystals

   Philip H. Bucksbaum
p. 1691-1692.

火星上のガスリーク(Gas Leak on Mars)

Mars Express 宇宙船に搭載された Planetary Fourier Spectrometer(惑星フーリエ 分光器) によって得られたスペクトルによると、火星大気中においてメタンが検出 されている。Formisano たち (p.1758, 2004年10月28日のオンライン出版; Kargel による展望記事と p.1697 から始まる Mars Opportunity に関する特集を参照のこ と) は、検出されるメタンの量は空間的にも時間的にも変化することを見いだして おり、ある局在化したソースが存在する可能性を示唆している。このメタンの考え られるソースとしては、様々なものがあり、微生物や熱水活動、彗星衝突、水和し た包接化合物の分解などが考えられる。(Wt)
Detection of Methane in the Atmosphere of Mars
   Vittorio Formisano, Sushil Atreya, Thérèse Encrenaz, Nikolai Ignatiev, and Marco Giuranna
p. 1758-1761.
PLANETARY SCIENCE:
Enhanced: Proof for Water, Hints of Life?

   Jeffrey S. Kargel
p. 1689-1691.
Opportunity Runneth Over
   Linda Rowan
p. 1697.

衰退の道をたどる両生類(Amphibians in Decline)

2001年に始まったIUCN全世界両生類調査事業(Global Amphibian Assessment;GAA)が完了し、Stuartたち(p. 1783、2004年10月14日のオンライン 出版)は、重要な知見を発表した。調査された両生類は5743種にもわたる。そし て、両生類についての現時点での保存状態は憂慮すべきものであり、1856種(全体 の32.5%)が世界的に脅威にさらされており、2468種(全体の43.2%)が減少傾向 にあり、435種(全体の7.6%)が急速な減少傾向にあり、そして129 種(全体の 2.2%)が1980年以降に姿が見えなくなった(その多くはおそらく絶 滅したものと 思われる)ことが確認された。これらの数から、両生類のおかれている状況は、他 のどの分類群に関してこれまでに見られた状況よりも、かなりひどいものであるこ とが示された。急速に減少している種のうち、50種は乱獲の対象となっているもの であり、183種は生息地の急激な消失に直面している。残る3番目の群の207種は、明 らかな脅威が存在しない状況下で あっても、破滅的に減少してしまっ た。(NF,nk)
Status and Trends of Amphibian Declines and Extinctions Worldwide
   Simon N. Stuart, Janice S. Chanson, Neil A. Cox, Bruce E. Young, Ana S. L. Rodrigues, Debra L. Fischman, and Robert W. Waller
p. 1783-1786.

自己抗原にもともとの性質を(Giving a Self-Antigen Its Natural Identity)

ナチュラルキラー(NK)T細胞は、タンパク質由来の抗原は認識せず、クラス1主要 組織適合性抗原-様CD1分子により提示される脂質を認識する。特定の人工的な脂質 および少数の細菌由来のものがNKT細胞を刺激することが示されたが、天 然に存在 する内在性脂質リガンドの性質はわかりにくいものだった。Zhouたち(p. 1786、2004年11月11日にオンラインで出版;Godfreyたちによる展望記事を参照)は ここで、哺乳動物リソソームの唯一のスフィンゴ糖脂質であるイソグロボトリヘキ ソシル-セラミド、またはiGb3が多数のヒトやマウスのNKT細胞を刺激することを示 し、そしてiGb3を生成するために必要とされる酵素のサブユニットが欠損したマウ スでは、胸腺中でのNKT細胞発生がひどく欠損していることを見いだした。この脂質 抗原は、NKT細胞の発生と機能を方向付ける役割を果たしている可能性があり、感染 から癌に至るまでの様々な疾患状態の原因となっている可能性がある。(NF)
Lysosomal Glycosphingolipid Recognition by NKT Cells
   Dapeng Zhou, Jochen Mattner, Carlos Cantu, III, Nicolas Schrantz, Ning Yin, Ying Gao, Yuval Sagiv, Kelly Hudspeth, Yun-Ping Wu, Tadashi Yamashita, Susann Teneberg, Dacheng Wang, Richard L. Proia, Steven B Levery, Paul B. Savage, Luc Teyton, and Albert Bendelac
p. 1786-1789.
IMMUNOLOGY:
The Elusive NKT Cell Antigen--Is the Search Over?

   Dale I. Godfrey, Daniel G. Pellicci, and Mark J. Smyth
p. 1687-1689.

日々の評価(A Daily Measure)

人々がどのようにして自分の時間を過ごしたり、自分の人生の中での様々な活動や 環境を経験するのか、について、正確に、かつ費用効率よく評価するためには、ど のようにしたらよいのだろうか?Kahnemanたち(p. 1776)は、人々が日々の活動を 再現することを容易にし、かつその過程での人々の日々の心理学的な経験について 報告するための方法を提案している。この方法を使用して、テキサス都市部におい て常勤で雇用されている約 1000人の女性の個別インタビューを通じて、彼女たち の前日の活動やこれらの活動に関連する彼女たちの感情について報告された。特定 の生活環境(例えば、収入や結婚しているか否か)は、人生の喜びに対して、驚く ほどわずかな作用しかなかった。(NF)
A Survey Method for Characterizing Daily Life Experience: The Day Reconstruction Method
   Daniel Kahneman, Alan B. Krueger, David A. Schkade, Norbert Schwarz, and Arthur A. Stone
p. 1776-1780.

変動激しい氷河期(Rough Glacial Times)

約8万年から2万年前にわたる最終氷期の間、地球の気候は1000年以内という急激な 変化を何度も繰り返した。Martratたち(p.1762)は、地中海西部から海面温度に関す る25万年間の長期間の記録により、そうした気候変動はその前の間氷期の時期、23 万年から13万年前にも同様に存在したことを示している。 急激な温暖化は急激な寒 冷化よりも起こりがちであり、長引く寒冷期間は長引く温暖期間よりも数が多くな い。温暖化や寒冷化の速度は1000年当たり2.5℃から5.0℃であるが、幾つかのケース では1000年当たり10℃ほどの大きな気候温暖化が生じている。(TO)
Abrupt Temperature Changes in the Western Mediterranean over the Past 250,000 Years
   Belen Martrat, Joan O. Grimalt, Constancia Lopez-Martinez, Isabel Cacho, Francisco J. Sierro, Jose Abel Flores, Rainer Zahn, Miquel Canals, Jason H. Curtis, and David A. Hodell
p. 1762-1765.

二つの世界でのベストな選択(The Best of Both Worlds)

殆ど総ての動物種は、各々が子孫にゲノムの半分しか伝えられないという事実にも かかわらず有性生殖を用いている。Pearcyたち(p. 1780;Gadagkarによる展望記事参 照)は、このような犠牲の裏をかくような蟻のCatagylphis cursorに関する異常な生 殖系を報告している。女王蟻は無生殖と生殖の子孫を産むさいに 別々の生殖モード を用いている。働き蟻だけが有性生殖によって生まれ、一 方、新しい女王蟻は例外 なく単為生殖によって生まれてくる。C. cursorは蟻の世界のカースト制度のもと で、有性生殖に関してコストミニマムで利益を最大にするような投資を行ってい る。このことは、女王蟻は子孫を生むメスの蟻には自分たちの遺伝子の伝達率を増 し、一方、働き蟻には遺伝子の多様性を維持するようにしている。(KU,nk)
Conditional Use of Sex and Parthenogenesis for Worker and Queen Production in Ants
   Morgan Pearcy, Serge Aron, Claudie Doums, and Laurent Keller
p. 1780-1783.
EVOLUTION:
Sex...Only If Really Necessary in a Feminine Monarchy

   Raghavendra Gadagkar
p. 1694-1695.

水素結合による日焼け止め(Hydrogen-Bond Sunscreen)

地球上の生物は、大気中に充分なオゾンが出来て強烈な紫外線(UV)を遮断すること が出来るようになる前に発生している。従ってDNAは、光誘導性分子構造損傷に充分 耐えられなければならなかったはずだ。しかし、DNA構造の複雑さを考えると、これ を証明することはむずかしい。Schultz たち(p. 1765)は、孤立水素結合をしたDNA 塩基対のモデルとなる気相の2-アミノピリジンクラスターを研究した。フェムト秒 時間解像度を持った光イオン化法を利用して、平面状に水素結合した二量体は65ピ コ秒以内に紫外励起エネルギーを散逸させてしまうことを見つけた。これは単量体 や、より大きなクラスターに比べて20倍も高速である。アブイニシオ(Ab initio)分 子計算では、水素結合を介した過渡的な電荷とプロトン移動による中間状態が形成 されることで、急速な緩和が説明できる。(Ej,hE,nk)
Efficient Deactivation of a Model Base Pair via Excited-State Hydrogen Transfer
   Thomas Schultz, Elena Samoylova, Wolfgang Radloff, Ingolf V. Hertel, Andrzej L. Sobolewski, and Wolfgang Domcke
p. 1765-1768.

希な追加(Rare Attachment)

窒化ケイ素は高性能のセラミックスであるが、これに希土類原子を添加すると力学 的性質が更に強化される。しかし、なぜこの強化現象がおきるのか、またなぜある 希土類は他の希土類より効果が大きいのか、の理由はよく分かってない。高解像の 透過型電子顕微鏡と電子エネルギー損失分光器を利用して、Zieglerたち(p. 1768) は、これら希土類原子が窒化ケイ素粒子と、薄い粒界相の明確な界面に存在するこ とを示した。窒化ケイ素粒子の結合端は希土類元素がぶら下がった形となってお り、結合位置は個々の希土類原子のサイズ、電子配位、界面中への酸素の存否に依 存している。(Ej,hE,nk)
Interface Structure and Atomic Bonding Characteristics in Silicon Nitride Ceramics
   A. Ziegler, J. C. Idrobo, M. K. Cinibulk, C. Kisielowski, N. D. Browning, and R. O. Ritchie
p. 1768-1770.

良い知らせ、それとも悪い知らせ?(The Good News, or the Bad News?)

ウシ海綿状脳症(BSE)のヒトにおける対応物である変異型クロイツフェルト・ヤコブ 病(vCJD)の臨床事例は、プリオン・タンパク質の多形性残基129におけるメチオニン についてホモ接合性を示す個人でだけ発見されてきた。ヒトのPrPバリン129を発現 する遺伝子組み換えマウスにBSEないしvCJDプリオンを一次感染させても、臨床的に プリオン病になったり、無症状性のプリオン感染を示したりするものは低い割合で しかなく、実質的な感染の関門が存在していることになる。Wadsworthたちはこのた び、この感染の関門はそれらマウスの第2世代においても減少しない、ということを 報告している(p. 1793;2004年11月11日のオンライン出版、またCarrellによる展望 記事参照のこと)。ヒトPrPの129番目の位置にあるバリン残基は、BSEやvCJDのプリ オンの増殖を厳しく制限しており、この結果は、この遺伝形質を有するヒトはBSEプ リオン感染に対して相対的に抵抗性が高くなることを示唆するものである。彼らが 感染するとしたら、それはおそらくvCJDのそれとは違った病気の表現型に帰結する ことになる別系統のプリオンの増殖のせいであろう。(KF)
Human Prion Protein with Valine 129 Prevents Expression of Variant CJD Phenotype
   Jonathan D. F. Wadsworth, Emmanuel A. Asante, Melanie Desbruslais, Jacqueline M. Linehan, Susan Joiner, Ian Gowland, Julie Welch, Lisa Stone, Sarah E. Lloyd, Andrew F. Hill, Sebastian Brandner, and John Collinge
p. 1793-1796.
BIOMEDICINE:
Prion Dormancy and Disease

   Robin W. Carrell
p. 1692-1693.

ほんの少しでも多過ぎる(A Little Is Still Too Much)

ベンゼンは、環境中での曝露を介して、かなりの健康リスクをもたらす。Lanたち は、(現在米国で職業上許されている基準)100ppm以下という範 囲で日常的にベンゼ ンに曝されている労働者と、ベンゼンのまったくない環境で働いている人を、中国 の工場労働者で調査した(p. 1774; またStokstadによるニュース記事参照のこと)。 ベンゼンに曝されている労働者は、相当の造血性の欠陥を示した。もっとも著し かったのは前駆体細胞における欠陥だったが、免疫系の成熟細胞もまた影響を受け ていた。この欠陥は、ベンゼンの血液毒性に関わる酵素の1つ、ミエロペルオキシ ダーゼの遺伝子変異体の対立形質を有する人たちにおいて、もっとも大きかった。 こうしたことから、職場におけるベンゼン曝露の職業上の基準の再点検が必要とさ れる。(KF,hE)
Hematotoxicity in Workers Exposed to Low Levels of Benzene
   Qing Lan, Luoping Zhang, Guilan Li, Roel Vermeulen, Rona S. Weinberg, Mustafa Dosemeci, Stephen M. Rappaport, Min Shen, Blanche P. Alter, Yongji Wu, William Kopp, Suramya Waidyanatha, Charles Rabkin, Weihong Guo, Stephen Chanock, Richard B. Hayes, Martha Linet, Sungkyoon Kim, Songnian Yin, Nathaniel Rothman, and Martyn T. Smith
p. 1774-1776.
AGRICULTURE:
Plant Pathologists Gear Up for Battle With Dread Fungus

   Erik Stokstad
p. 1672-1673.

治療にむけたスキップ(Skipping Toward a Treatment)

筋ジストロフィーに結びつくことになるジストロフィン変異を回避するアプ ローチ の1つは、変異を含むエキソンを「スキップ」して、タンパク質機能をまだ保存して いる切り詰められたRNAを生み出すことである。Goyenvalleたちは、修飾されたU7 snRNAを含むアデノ随伴ウイルス性ベクターによる単一の処置 で、ジストロフィン mRNA前駆物質においてエキソンのスキッピングが引き起こされたことを示してい る(p. 1796;2004年11月4日にオンライン出版)。mdxマウスに注入されると、筋肉 全体にはジストロフィンの合成を正常に近いレベルで可能にするのに十分なほどの スキップmRNAを含んでおり、マウスは筋肉線維の機械的特性と弾力の回復を示した のである。(KF)
Rescue of Dystrophic Muscle Through U7 snRNA-Mediated Exon Skipping
   Aurélie Goyenvalle, Adeline Vulin, Françoise Fougerousse, France Leturcq, Jean-Claude Kaplan, Luis Garcia, and Olivier Danos
p. 1796-1799.

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