AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 25, 2004, Vol.304


濡れると早まる(Faster When Wet)

カリフォルニア州バークレーにあるヘイワード断層に囲まれたEast Bay Hills に 沿って何度か地滑りがあった。急激なマス・ムーブメントを起こすことができる地 震現象がないときには、これらの地滑りは年間約27ミリずつ動いている。長期間に わたるこのゆっくりした小さな変化を探知することは難しい。Hilleyたち(p.1952) は、9年間にわたる人工衛星からの干渉合成開口レーダ(InSAR :interferometric synthetic aperture radar)画像における僅かな変化を測定し、その後に露出岩 盤(rock outcrops)といった不変散乱体(permanent scatterers)の動きを追求し た。1997年から1998年にかけてのエルニーニョ現象がもたらしたより高降雨 量の期 間中、マス・ムーブメントは増加している。(TO,Ej)
Dynamics of Slow-Moving Landslides from Permanent Scatterer Analysis
   George E. Hilley, Roland Bürgmann, Alessandro Ferretti, Fabrizio Novali, and Fabio Rocca
p. 1952-1955.

コア崩壊からコンパクト天体へ(From Core Collapse to Compact Object)

理論によれば、タイプIIの超新星が爆発すると、爆発の残骸は中性子星やブラック ホールのようなコンパクト天体に向けて崩壊するだろうと示唆されてい る。Bietenholtz たち (p.1947) は超新星 1986J(SN 1986J) の電波観測中に、この 過程を直接的に観測した可能性がある。彼らはSN 1986J を 1986年から観測してき ているが(その爆発的な誕生は 1983年と推測されていた)、それは 1998年までは存 在していなかった。2002年と 2003年とに再び、ブラックホールあるいは中性子星を 示唆する、いままでと別のパターンの電波放射を見せ始めた。これらの観測は爆発 からコア崩壊への遷移と、コンパクト天体の最も早期の成長段階に関する情報を与 えている。その放射強度は増加し続けるであろうが、さらに研究を進展することに より、このコンパクト天体の正体を明らかにすることができるであろう。(Wt)
Discovery of a Compact Radio Component in the Center of Supernova 1986J
   Michael F. Bietenholz, Norbert Bartel, and Michael P. Rupen
p. 1947-1949.

アレスチンの強敵(Arestin’s Nemasis)

Gタンパク質−結合受容体(GPCRs)はホルモンや神経伝達物質、及びサイトカインを 含む多くの様々な因子によってつくられるシグナルを伝達する。殆どのGPCRsに対す る正と負の制御が細胞質のタンパク質、アレスチンと受容体の会合によって支配さ れている。アレスチンは殆どすべてのGPCR−仲介のシグナル伝達と輸送を制御して いる。Wangたち(p. 1940)は、GPCRsと相互作用する多領域タンパク質、スピノフィ リン(spinophilin)がin vitroとin vivoにおいてこのプロセスにおけるアレスチン の複数の役割に機能的に拮抗することにより受容体のシグナル伝達や輸送の双方を 制御していることを見出した。(KU)
Spinophilin Blocks Arrestin Actions in Vitro and in Vivo at G Protein-Coupled Receptors
   Qin Wang, Jiali Zhao, Ashley E. Brady, Jian Feng, Patrick B. Allen, Robert J. Lefkowitz, Paul Greengard, and Lee E. Limbird
p. 1940-1944.

マァミーは何処?(Where’s My Mammy?)

脳におけるオピオイド系は痛みや報酬の仲介に関与し、麻薬中毒にも重要な役割を 果たしている。幼児と母親のアタッチメント(attachment)行為に関する生理的基礎 や遺伝子的基礎とオピオイド系の関連は何であろうか?Molesたち(p. 1983)は、κ- オピオイド受容体の欠如した遺伝子組み換えマウスが、母親不在に対して正常なマ ウスの幼児が普通に発する悲しみの声を出さないことを示している。このことはア タッチメント行為の欠如を示している。母親の合図が見かけ上良く認識されておら ず、たぶん母親の刺激と楽しい状態との間の結合が形成されなかったことに起因し ている。(KU)
Deficit in Attachment Behavior in Mice Lacking the µ -Opioid Receptor Gene
   Anna Moles, Brigitte L. Kieffer, and Francesca R. D'Amato
p. 1983-1986.

南方からの気候のシグナル(Climate Signals from the South)

掘削アイスコア(氷柱)は、最新の氷期と退氷期における北半球と南半球の気候へ の相異なる反応についての記録を提供してくれる。南アメリカの低緯度での関連事 象を追跡するための手がかりに焦点を当てた2つの報告がなされている。もし、原 因と結果の時間的関係が既知であるような、植生に起因する環境シグナルが存在す るなら、これは、気候変化の代理指標として利用できる。Hughen たち(p. 1955) は、ベネズエラ沖の堆積物から熱帯性植生変化の記録を収集し、南アメリカにおけ る植生が最終氷期後半の15,000 年〜10,000年前に急速に変化したことを示した。彼 等は陸生植物の葉のワックスを利用して、気候の変化から数十年遅れて生態系が変 化したこと、また、この遅れは気候の変化速度と変化の大きさに依存することを示 した。北大西洋の低緯度と高緯度の気候シフトはヤンガードライアス(Younger Dryas)の開始に同調している。Lamy たち(p. 1959) は陸成物質流入量の代理指標 となる体積物中の鉄含有量と、海面温度について、南部チリ大陸淵部の記録を示し た。これは、過去5万年の海洋性氷床とパタゴニア氷床の変化記録となっている。そ れによると、南東太平洋における海面温度の変化のタイミングはグリーンランドで はなく、南極の温度変化に対応しており、パタゴニア氷床は様々な時間差を示して いる。このような不均一な遅延は、南アメリカの陸の記録に見られる明らかな不整 合の説明になるかもしれない。(Ej)  
Abrupt Tropical Vegetation Response to Rapid Climate Changes
   Konrad A. Hughen, Timothy I. Eglinton, Li Xu, and Matthew Makou
p. 1955-1959.
Antarctic Timing of Surface Water Changes off Chile and Patagonian Ice Sheet Response
   Frank Lamy, Jérôme Kaiser, Ulysses Ninnemann, Dierk Hebbeln, Helge W. Arz, and Joseph Stoner
p. 1959-1962.

分子光スイッチ ( A Molecular Light Switch)

フォトダイオードは、光のないところでは一方向だけしか電流を流せないが、光が 照射されると、反対方向へ光強度に比例した電流が流れる。Yasutomiたち(p. 1944) は、2つの異なったタイプのらせん状ペプチドを用いて、光の波長に依存して応答す る分子フォトダイオードを作り上げた。 単層形成に使 われる2つのタイプのオリ ゴペプチドは別々にサブストレートへ固定される。これらのオリゴペプチドは別々 のらせん体を形成し、異なる光の波長に照射されるとその波長に対応して独立にス イッチングされる。(hk)
A Molecular Photodiode System That Can Switch Photocurrent Direction
   Shiro Yasutomi, Tomoyuki Morita, Yukio Imanishi, and Shunsaku Kimura
p. 1944-1947.

酵素活性をタンパク質中に組み込む(Engineering Enzyme Activity into Proteins)

デザイナー酵素は、途方もなく大きな実用的用途の可能性を秘めているが、しかし 新しい酵素を合理的にデザインすることについては、未だ挑戦が続いている状態で ある。Dwyerたち(p.1967)は、構造に基づくコンピュータ設計技術を使用して、触 媒的に不活性でかつ構造的に無関係なタンパク質骨格中に、酵素活性を組み込ん だ。約20種の変異体を作製することにより、彼らは、リボース結合タンパク質中に トリオースホスフェートイソメラーゼ(TIM)活性を組み込むことができた。デザイ ンされた"酵素"は、糖新生条件下での大腸菌 Escherichia coliの増殖を維持し た。(NF)
Computational Design of a Biologically Active Enzyme
   Mary A. Dwyer, Loren L. Looger, and Homme W. Hellinga
p. 1967-1971.

匂いを読み解く(Puzzling Out Smells)

哺乳動物の嗅覚は、とてつもなく他種類の匂いを識別する。嗅球の中では、それぞ れの種類の匂い受容体が特有の嗅糸球体まで連結されており、脳内でのより高度な プロセッシングのために信号を中継している。しかしながら、生後すぐには、鼻上 皮から嗅球までの連絡は、でたらめに走行している。Zouたち(p. 1976)はここ で、2種の特異的匂い物質受容体の発現が顕著に生じているマウスを用いて、改良さ れていくプロセスを解析した。発生の特定の時期のあいだの匂いインプットを取り 除くと、複数の匂い物質受容体から所定の嗅糸球体へのインプットが選別され、た だ一種類だけの匂い物質シグナルに対して反応する成熟した嗅糸球体を形成する、 という内在性のプロセスが停止した。従って、臨界期の間の匂いの経験が、匂い物 質判定システムの成熟に要とされる。(NF)
Postnatal Refinement of Peripheral Olfactory Projections
   Dong-Jing Zou, Paul Feinstein, Aimée L. Rivers, Glennis A. Mathews, Ann Kim, Charles A. Greer, Peter Mombaerts, and Stuart Firestein
p. 1976-1979.

頬髭触覚のタイミング(Timed to Within a Whisker)

ラットの頬髭は、人間の指先と同様に微細な触覚のために利用される。しかし、 個々のニューロンにおいて、複雑な刺激が誘発するスパイク列は低密度であった。 神経系はどのように低密度スパイク列から、複雑な刺激を正確にコードするための 情報を十分に抽出できるのであろうか?Jonesたち(p 1986)は、ラットにおける三叉 神経節(頬髭)ニューロンの触覚刺激コードを分析した。頬髭の感覚性求心性神経に おけるスパイクのタイミングにより詳細な情報を伝えている。単一な頬髭はミリ秒 精度の変動をコードした。Krupaたち(p 1989)は、ラットが頬髭依存の活動的な触覚 弁別タスクを行なっている間に、一次体性感覚皮質の異なる層におけるニューロン アンサンブルの活性を観察した。触覚刺激は、分散した興奮性ニューロンと抑制性 ニューロンによってコードされたが、皮質層によりコードする過程が異なってい る。 (An,Ej)   
Robust Temporal Coding in the Trigeminal System
   Lauren M. Jones, Didier A. Depireux, Daniel J. Simons, and Asaf Keller
p. 1986-1989.
Layer-Specific Somatosensory Cortical Activation During Active Tactile Discrimination
   David J. Krupa, Michael C. Wiest, Marshall G. Shuler, Mark Laubach, and Miguel A. L. Nicolelis
p. 1989-1992.

ミニは樹状タンパク質合成を変調(Minis Modulate Dendritic Protein Synthesis)

自発性の微小シナプスのイベント(miniature synaptic events: minis)は、1950 年代にFattとKatzによって発見された時から、神経生物学者の興味をそそり続けて きた。Suttonたち(p. 1978)は、シナプス活性の遮断がタンパク質合成の減少を引き 起こすことを観察した。しかし、微小シナプス活性のブロッキングが逆効果をもた らし、樹状タンパク質合成を増強した。この予想外の結果は、局所の樹状タンパク 質合成の制御が様々な形の同調的かつ微小なシナプスイベントによる複雑な様式を 持っていることを示唆している。(An,Ej)
Regulation of Dendritic Protein Synthesis by Miniature Synaptic Events
   Michael A. Sutton, Nicholas R. Wall, Girish N. Aakalu, and Erin M. Schuman
p. 1979-1983.

ニューロンの集合の振動(Oscillating Assemblies of Neurons)

ニューロンのネットワークにおける振動は、脳における随伴現象(付帯徴候)以 上の ものである。BuzsakiとDraguhnは、ニューロン振動のさまざまなタイプ の、起源と 機能的役割とをレビューしている(p. 1926)。そうした振動は、情報のコーディング や記憶固定などの非常に多様なタスクのために神経系によって利用されているので ある。(KF)
Neuronal Oscillations in Cortical Networks
   György Buzsáki and Andreas Draguhn
p. 1926-1929.

マントル地震(Mantle Earthquakes)

上部地殻、下部地殻そして上層マントルの力学的強度(mechanical strength) は、 プレートがどのように変形するのか、どの程度急激に山脈が隆起するのかを決定す る。岩石圏の異なる層の相対的強度は、地震が発生する領域から推定することが出 来る。それは、こうような領域は、破壊を起こすために必要とされる弾性ひずみエ ネルギーを十分に蓄積するだけの強度がなくてはならないからである。Chen と Yang (p. 1949)は、ヒマラヤ西部の下にあるマントルにおいて11の内陸地震の場所 を確認した。上層マントルの見かけの強度(apparent strength) によりヒマラヤ山 脈の急な隆起を説明することができる。(TO,Ej)
Earthquakes Beneath the Himalayas and Tibet: Evidence for Strong Lithospheric Mantle
   Wang-Ping Chen and Zhaohui Yang
p. 1949-1952.

新しい役割のものが見つかった(A New Player Enters the Field)

転写制御因子である核因子-κB(NF-κB)は、免疫応答や炎症、細胞増 殖、さらにはア ポトーシスを制御する産生物を生み出す遺伝子の発現を制御している。その活性 は、IκBリン酸化酵素(IKK)複合体によって、きっちりと制御されている。このIKK複 合体は、細胞質中のNF-κBを隔離する一方で炎症誘発性刺激への応答としてその転写 制御因子を核に対して遊離するものである。Ducut Sigalaたちは、IKK 活性化に必 要で、NF-κB機能にとって不可欠な、IKK複合体の調節サブユニットを同定した(p. 1963)。(KF)  
Activation of Transcription Factor NF-κB Requires ELKS, an IκB Kinase Regulatory Subunit
   Jeanette L. Ducut Sigala, Virginie Bottero, David B. Young, Andrej Shevchenko, Frank Mercurio, and Inder M. Verma
p. 1963-1967.

沈黙への第2の路(Second Path to Silence)

真核生物のゲノムのある部分は、"サイレントな(沈黙の)"異質染色質内にパッケー ジされている。分裂酵母やシロイヌナズナ、ショウジョウバエの異質染色 質の特 異的領域の形成には、RNA干渉機構が関わっている。Jiaたちはこのたび、分裂酵母 において、一対の転写制御因子であるAtf1とPcr1のどちらか一方の接合型領域への 結合が、異質染色質形成の並行経路として働くことを示している(p. 1971)。この分 析は、環境的ストレスへの細胞応答に関与するATF/CREファミリーのメンバーである Atf1とPcr1を、構成的異質染色質の核形成に結びつけるものである。(KF)  
RNAi-Independent Heterochromatin Nucleation by the Stress-Activated ATF/CREB Family Proteins
   Songtao Jia, Ken-ichi Noma, and Shiv I. S. Grewal
p. 1971-1976.

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