AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 16, 2004, Vol.304


双晶は2度役立つ(Twins Help Twice)

銅のような純金属は電気抵抗が低いが、しかし柔らかである。これらの金属は第2 成分を入れて合金化するか、あるいは転位と結晶粒界の導入によって強度を強くす ることが出来る。しかし、全てのこれらの方法は顕著に電気抵抗を増す。金属は、 また多くの双晶欠陥(twin defect)の導入によって強度を高めることが出来る。こ れは、2つの結晶粒が大きな粒界角で接して成長するときに起きる。多くの結晶が 双晶をなして合成された銅において、抵抗増加がより少ないことをLuたち(p. 422) は示している。さらに、双晶関係にある結晶粒がナノメートルサイズという小さい ときに、強度も顕著に増加する。(hk,Ej,tk)
Ultrahigh Strength and High Electrical Conductivity in Copper
   Lei Lu, Yongfeng Shen, Xianhua Chen, Lihua Qian, and K. Lu
p. 422-426.

同時に同じ場所で(Same Time, Same Place)

ある文章を聞いたとき、それが意味論的に筋が通っているかどうか、そして、その 文章の内容が、この分野についての我々が認知しているものと符合するものかどう かを評価している。その第二番目の評価は、一番目のものが解決した後にのみなさ れうるというのはもっとものように思われるが、Hagoort たち (p.438) は、これら の真実性に関して、時間、空間の双方で広範な並行処理がなされているという、脳 のイメージングによる2種類の証拠を与えている。脳の誘発ポテンシャル(脳波記録 法による)と、ニューロン活性(機能的磁気共鳴影像法による)の測定によると、左側 下部の前頭葉前部皮質は両方の意味付け処理を促進している。(Wt,nk)
Integration of Word Meaning and World Knowledge in Language Comprehension
   Peter Hagoort, Lea Hald, Marcel Bastiaansen, and Karl Magnus Petersson
p. 438-441.

カルモジュリン1つだけが必要(Only One Calmodulin Required)

カルモジュリンとCa2+チャンネルとの相互作用は、生命維持に必要な、 しかし異なる2種類の機能:すなわち、チャンネルそれ自体のCa2+制御 と核転写因子の局所的Ca2+トリガーとを統合する。これらの機能に重要 なことは、それぞれのチャンネルを制御するカルモジュリンの数、そしてそれぞれ のチャンネルの局所的Ca2+シグナルに加わるカルモジュリンの数であ る。Moriたち(p. 432;Levitanによる展望記事を参照)は、カルモジュリンをチャ ンネルタンパク質の細胞質尾部に対して融合させた。一つのカルモジュリンによっ ても、天然のチャンネルに特徴的なCa2+-依存性不活性化を再現するこ とができた。チャンネル開口部でのカルモジュリンの局所的濃度は、細胞質内での 濃度よりも数桁高い値であると推定された。この値は、チャンネル開口部で用意さ れている一群の約25個のカルモジュリンに対応し、これがおそらく、すぐに核転写 因子などの様々な標的に対してCa2+シグナルを伝える。(NF)
CELL BIOLOGY:
A Well-Stocked Pool

   Irwin B. Levitan
p. 394-395.
Functional Stoichiometry and Local Enrichment of Calmodulin Interacting with Ca2+ Channels
   Masayuki X. Mori, Michael G. Erickson, and David T. Yue
p. 432-435.

クリプトスポリジウムゲノム、表舞台へ(Cryptosporidium Genome Comes Out of Hiding)

微生物のゲノムの解析は、新規な治療薬を生成する際の重要なアプローチであ る。Abrahamsenたち(p. 441)は、腸管寄生虫であるクリプトスポリジウ ム(Cryptosporidium parvum)II型単離株の完全なゲノム配列を報告した。プラス モディウムやトキソプラズマとは異なり、C. parvumは、アピコプラストおよびその ゲノムを欠損しており、そしてゲノムを欠損する変性ミトコンドリアを有する。さ らに、多数の代謝経路--たとえば、クレブス回路、ペントースリン酸経路、および アミノ酸やヌクレオチドのde novo合成--が、欠損している。その一方で、宿主相互 作用や病原性における役割を果たす可能性がある細胞表面タンパク質や分泌タンパ ク質のいくつかの新しいクラスが検出された。ゲノムの解析から、いくつかの治療 アプローチが失敗に終わった理由が示唆され、そして植物起源またはバクテリア起 源であると思われる可能性のある薬物標的が同定される。(NF)
Complete Genome Sequence of the Apicomplexan, Cryptosporidium parvum
   Mitchell S. Abrahamsen, Thomas J. Templeton, Shinichiro Enomoto, Juan E. Abrahante, Guan Zhu, Cheryl A. Lancto, Mingqi Deng, Chang Liu, Giovanni Widmer, Saul Tzipori, Gregory A. Buck, Ping Xu, Alan T. Bankier, Paul H. Dear, Bernard A. Konfortov, Helen F. Spriggs, Lakshminarayan Iyer, Vivek Anantharaman, L. Aravind, and Vivek Kapur
p. 441-445.

チップ上で代謝産物産生を最適化(Optimizing Metabolite Production on Chips)

酵素経路を最適化することは、最大量の商業的に利用価値の高い代謝産物を産生す るために重要である。しかしながら、そのような酵素経路の最適化は、酵素、制御 因子および代謝産物の相互作用が複雑で、非線形であり、そして多くは未知である ために困難なことである。JungとStephanopoulos(p. 428)は、in vitro翻訳を用 いてメッセンジャーRNA-酵素融合分子を作成し、そしてそれらの融合分子と基材表 面上にスポットされた相同な捕捉DNAとをハイブリダイゼーションさせることにより 固相支持体上に固定化した。このようにして固定化した酵素は、捕捉DNA量に比例し た相対活性を保持していた。この方法を用いて、彼らは、トレハロースの収率 をその5工程の合成経路において最大化しうる相対酵素濃度を決定した。(NF)
A Functional Protein Chip for Pathway Optimization and in Vitro Metabolic Engineering
   Gyoo Yeol Jung and Gregory Stephanopoulos
p. 428-431.

本拠地と遠征地(Home and Away)

鳴き鳥(songbirds)が、冬に摂食する熱帯の場所から夏に子育てをする温暖な場所に 毎年移動する進路をどのように見つけるのかは、生物学でいまだ謎に包まれている ものの1つである。実験室での研究から、鳥は隔離されていても方角の様々な手が かりを知覚できることが示されてきた、しかし鳥の渡りの最中に、こうした手がか りが毎日どのように関わって野生の鳥を導くのかは依然はっきりしていな い。Cochranたち(p.405; Stokstadによるニュース記事参照;p. 373 A)は、米国中 西部を通り過ぎるツグミ(thrushes)を個々に追跡し、彼らが使う単純な方位確認の メカニズムを発見した。ツグミは、たとえ雲で覆い隠された空の下でも常時利用で きる手がかりである磁場を使っているが、その変化する方向を常に西を指し示す手 がかり、日没で補正している。(TO)
BEHAVIORAL ECOLOGY:
Songbirds Check Compass Against Sunset to Stay on Course

   Erik Stokstad
p. 373.
Migrating Songbirds Recalibrate Their Magnetic Compass Daily from Twilight Cues
   William W. Cochran, Henrik Mouritsen, and Martin Wikelski
p. 405-408.

海洋における鉄(Iron in the Ocean)

世界の海洋の幾つかの場所で、その場にある主要栄養成分が養えるよりも遥かに植 物プランクトン量の少ない所がある。このパラドックスは気候にとって非常に重要 である。というのは、海洋生産物が大気中のCO2濃度を大きく左右して いるからである。数多くの実験により、これらの領域の海洋表面水に必須微量成分 の一つである鉄を付与すると、海洋生産性とそれに伴う深海への炭素輸送が増加す ることが示されている。しかしながら、その効果の大きさや、或いは低濃度のケイ 酸といった他の要因がどのように生産性を抑制しているのかという疑問がまだまだ 残されている。これらの問題点解明がSouthern Ocean Iron Experiment(SOFeX)計画 の中心である(Boydによる展望記事を参照)。Coaleたち(p. 408;表紙を参照)は、こ の野外実験の概要を示しており、それによると南氷洋の二ヵ所の領域で海洋表面水 の区画に鉄が付与された。一ヵ所はAntarctic Polar Frontの北側のケイ酸濃度の低 いところ、もう一ヵ所は南側のケイ酸濃度の高いところである。鉄の富養化により 生産性が増加し、更にケイ藻類の必須成分であるケイ酸は植物プランクトンの成長 や群集構造に関して二次的な制御作用を行っている。彼らは、又、表面層で形成さ れた微粒子状の物質が沈降して再びミネラル化する際に、炭素よりも窒素をより急 激に遊離することを見出した。このような鉄の富養化が炭素の取り込みを高めるか どうかを調べるために、Buesselerたち(p. 414)は、ケイ酸濃度の高い南側区画の 表面水に鉄を付与すると、少量だが測定可能な炭素輸送の増加を見出した。粒子と の高い親和性と半減期の短い放射性核種234Thを用いた彼らの測定にお いて、沈降粒子が混合層の下に炭素を運び込んでおり、これによりCO2 の大気中への早い戻りを抑制している。しかしながら、炭素輸送に関するこの比較 的緩慢な増加は、鉄の富養化が人為的なCO2を隔離する実行可能な方法 にするほど大きくはない。Bishopたち(p. 417)は、彼らが「Ragrangrian Carbon Explorers」と呼んでいる自動プロファイリング装置を用いて、ケイ酸濃度の低い北 側区画における粒子状有機炭素濃度と表面水から深海への粒子の流れを測定した。 鉄でもって改良されていない領域に比べて、鉄富養化区画の生産性は大きく高まっ ており、混合層の下への炭素輸送は予期した以上に生じていた。(KU,nk)
Robotic Observations of Enhanced Carbon Biomass and Export at 55°S During SOFeX
   James K. B. Bishop, Todd J. Wood, Russ E. Davis, and Jeffrey T. Sherman
p. 417-420.
The Effects of Iron Fertilization on Carbon Sequestration in the Southern Ocean
   Ken O. Buesseler, John E. Andrews, Steven M. Pike, and Matthew A. Charette
p. 414-417.
Southern Ocean Iron Enrichment Experiment: Carbon Cycling in High- and Low-Si Waters
   Kenneth H. Coale, Kenneth S. Johnson, Francisco P. Chavez, Ken O. Buesseler, Richard T. Barber, Mark A. Brzezinski, William P. Cochlan, Frank J. Millero, Paul G. Falkowski, James E. Bauer, Rik H. Wanninkhof, Raphael M. Kudela, Mark A. Altabet, Burke E. Hales, Taro Takahashi, Michael R. Landry, Robert R. Bidigare, Xiujun Wang, Zanna Chase, Pete G. Strutton, Gernot E. Friederich, Maxim Y. Gorbunov, Veronica P. Lance, Anna K. Hilting, Michael R. Hiscock, Mark Demarest, William T. Hiscock, Kevin F. Sullivan, Sara J. Tanner, R. Mike Gordon, Craig N. Hunter, Virginia A. Elrod, Steve E. Fitzwater, Janice L. Jones, Sasha Tozzi, Michal Koblizek, Alice E. Roberts, Julian Herndon, Jodi Brewster, Nicolas Ladizinsky, Geoffrey Smith, David Cooper, David Timothy, Susan L. Brown, Karen E. Selph, Cecelia C. Sheridan, Benjamin S. Twining, and Zackary I. Johnson
p. 408-414.
OCEAN SCIENCE:
Ironing Out Algal Issues in the Southern Ocean

   Philip Boyd
p. 396-397.

空高く存在する鉄(Iron in the Skies)

極地方の成層圏のはるか上に形成される夜光雲は1世紀以上前から報告されてい る。しかしこれら極メソスフェア雲(PMC)は、高度が82〜87 kmであり、気温と水蒸 気圧にきわめて敏感であると信じられている。過去1世の間、この雲の発生頻度と 輝度は顕著に変化してきたが、その高度は一定であった。Planeたち(p.426;Hunten による展望記事も参照)はライダー(レーザー・レーダー)による観測で、鉄が雲に よって取り除かれていることを示した。この鉄は、流星塵が空気との摩擦熱のため 蒸発して供給されたものである。このPMCの高度においては、鉄の存在量が極小と なっていることから、そこに存在する鉄を基本的に全部取り除いているようだ。こ れは雲を形成する氷粒子の表面に付着することによるのだろう。これらの観測か ら、大気中の不均一な鉄の除去という現象が直接観測できた稀な例となっ た。(Ej,nk)
Removal of Meteoric Iron on Polar Mesospheric Clouds
   John M. C. Plane, Benjamin J. Murray, Xinzhao Chu, and Chester S. Gardner
p. 426-428.

膜融合時のカルシウム検出(Sensing Calcium During Membrane Fusion)

分泌の制御や神経伝達物質遊離の時に行なわれるカルシウム-刺激の融合に必要な最 小限の機構は、多々論議の対象であった。再構成したシステムを用いて、Tuckerた ち(p 435)は、再構成したリポソームにおいてニューロンタンパク質SNARE仲介-融合 時に、シナプトタグミンというシナプス小胞タンパク質の細胞質尾部がカルシウム センサーとして作用していることを示している。(An)   
Reconstitution of Ca2+-Regulated Membrane Fusion by Synaptotagmin and SNAREs
   Ward C. Tucker, Thomas Weber, and Edwin R. Chapman
p. 435-438.

アルツハイマー病におけるミトコンドリアの毒性(Mitochondrial Toxicity in Alzheimer's Disease)

アミロイドβ(Aβ)タンパク質の凝集はアルツハイマー病(AD)の特徴であり、ニューロ ンにとって有毒である。このニューロンの毒性の特徴の一つはミトコンドリアの機 能障害である。今回Lustbaderたち(p 448)は、AD患者と遺伝仕組み換えマウスのミ トコンドリアにおいて、AβがAβと結合したアルコール脱水素酵素(ABAD)と直接に相 互作用していることを示している。結晶構造によれば、Aβが結合すると、NAD(ニコ チンアミドアデニンジヌクレオチド)がABADと結合するのを防ぐことを示してい る。これによりABAD活性が減少し、活性酸素種の漏出、ミトコンドリアの機能障 害、及び細胞死を促進する。従って、ミトコンドリアにおけるAβとABADの相互作用 がAD病理発生への役割を果たしているのかも知れない。(An,Eh)
ABAD Directly Links Aß to Mitochondrial Toxicity in Alzheimer's Disease
   Joyce W. Lustbader, Maurizio Cirilli, Chang Lin, Hong Wei Xu, Kazuhiro Takuma, Ning Wang, Casper Caspersen, Xi Chen, Susan Pollak, Michael Chaney, Fabrizio Trinchese, Shumin Liu, Frank Gunn-Moore, Lih-Fen Lue, Douglas G. Walker, Periannan Kuppusamy, Zay L. Zewier, Ottavio Arancio, David Stern, Shirley ShiDu Yan, and Hao Wu
p. 448-452.

渦を凝視する(Gazing into the Vortex)

パターン化されたナノ磁石は、記録媒体やスピントロニクスなど幅広い分野への応 用が期待されている。ナノ磁石における磁場応答や磁化ダイナミクスを調べること は、その機能性向上のために重要である。Cheoらは(p. 420)時間分解X線画像計測 手法を用いて磁気渦の挙動を高時間・高空間分解能で調べることによりナノ磁石に おける磁化ダイナミクスを明らかにし、同手法の有用性を実証した。(NK)
Vortex Core-Driven Magnetization Dynamics
   S.-B. Choe, Y. Acremann, A. Scholl, A. Bauer, A. Doran, J. Stöhr, and H. A. Padmore
p. 420-422.

複雑な形質を分割して明らかにする(Picking Apart Complex Traits)

複雑な形質の分析には、常染色体と性染色体、及びミトコンドリアの遺伝的影響を 切り分けることのできる資源が必要になる。Singerたちは、個々の染色体が個別に ドナー(A/J)系統からレシピエントのC57BL/6Jマウスに置換された染色体置換系統 群(CSSs: chromosome substitution strains)を作り出した(p. 445)。この研究は、 さまざまな行動的かつ生理学的形質に影響を与え、特異的な染色体が量的形質遺伝 子座(QTL: quantitative trait loci)を含んでいることを示す、遺伝的変異の大き な貯蔵所の存在を明らかにするものである。CSSを利用することは、より少数のマウ スを使ってより多くのQTLを、集団を遺伝的に分離する伝統的な手法よりもより高い 感度と信頼性をもって検出することにつながるようである。(KF,Eh)
Genetic Dissection of Complex Traits with Chromosome Substitution Strains of Mice
   Jonathan B. Singer, Annie E. Hill, Lindsay C. Burrage, Keith R. Olszens, Junghan Song, Monica Justice, William E. O'Brien, David V. Conti, John S. Witte, Eric S. Lander, and Joseph H. Nadeau
p. 445-448.

脳における俳優と批評家(The Actor and the Critic in the Brain)

順応性行動とは、環境中において特定の目標に向かい、かつそれら目標を追求する ために行動を柔軟に制御する能力である。道具的条件づけにおいては、生物体は自 身の反応と、それに対するポジティブあるいはネガティブな結果との関係を学習す る。強化学習のモデルは、道具的条件づけについて、2つのプロセスからなる説明を 提供している。1つは、時間差学習予測誤差信号であるが、これは将来の報酬につい ての逐次予測を更新する批評家のようなものとして利用される。2つ目の要素は、刺 激-応答-報酬の連合を変更して、引き続いての試行においてより大きな長期的報酬 と連合する行動がより頻繁に選ばれるようにする、アクター(俳優)である。機能的 磁気共鳴映像法と行動の研究を用いて、O'Dohertyたちは、古典的条件づけと道具的 条件づけの際の報酬性刺激と中立的刺激の影響を比較した(p. 452)。予想された通 り、道具的条件づけ課題においては、対象は中立的刺激よりも報酬性刺激を選択 し、古典的条件づけにおいては、報酬を予測させる刺激によりすばやく応答したの である。(KF)
Dissociable Roles of Ventral and Dorsal Striatum in Instrumental Conditioning
   John O'Doherty, Peter Dayan, Johannes Schultz, Ralf Deichmann, Karl Friston, and Raymond J. Dolan
p. 452-454.

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