AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 16, 2004, Vol.303


毛包中に潜伏する(Hiding Out in Hair Follicles)

哺乳類の皮膚となる幹細胞は毛包中に存在すると考えられており、ここで幹細胞の ニッチは、時期が来て新しく毛が生えるとか皮膚を再生する必要があるまでじっと している。Tumbar たち(p. 359)は、細胞のタイプごとに特異的に蛍光標識する手法 を用いて、このような上皮性幹細胞を表すと思われる、ゆっくり分裂する皮膚細胞 を注視して観察する方法を開発した。これら細胞の転写プロフィールをさらに分析 することで、幹細胞の活性化の準備に必要な環境を読み出すことに専念する一連の タンパク質を見つけた。(Ej,hE)
Defining the Epithelial Stem Cell Niche in Skin
   Tudorita Tumbar, Geraldine Guasch, Valentina Greco, Cedric Blanpain, William E. Lowry, Michael Rendl, and Elaine Fuchs
p. 359-363.

病原体の進化を見積る(Putting Pathogens in Their Evolutionary Place)

今日まで疫学と系統発生学を統合するための理論的枠組みを展開する試みはなされ たことはなかったが、統合化を試みる研究は始まってきた。Grenfell たち(p. 327) は、RNAウイルスの系統発生パターン、すなわち"系統ダイナミックス"の疫学的な意 味合いを総括し、これらの観察結果から、感染の進化プロフィールを定式化した。 すなわち、宿主(ホスト)の免疫力の影響の結果として、病原体における進化によ る変化の蓄積の割合を表す項を導いたのである。(Ej,hE)
Unifying the Epidemiological and Evolutionary Dynamics of Pathogens
   Bryan T. Grenfell, Oliver G. Pybus, Julia R. Gog, James L. N. Wood, Janet M. Daly, Jenny A. Mumford, and Edward C. Holmes
p. 327-332.

コミュニティを再生成する(Creating Communities)

動物の群生(コミュニティ)の成り立ちを研究しても、進化時の時間的な進行状態 をについて手がかりが得られることはほとんどない。Gillespie (p. 356; 表紙も参 照)は、ハワイ諸島の各島の生成時期が順次変化していることと、島にいるクモの一 種であるTetragnatha spiderの適応放散(adaptive radiation)とを利用して、群生 状態を進化の面から詳しく調べた。島が生成される時代が順次ずれていることか ら、各島のクモの群生は異なる発達段階を示すスナップ写真を表していると考える ことができる。したがって、適応放散による種全体の時間的断面のパターンを、既 知の生態学的なコロニー形成の研究結果と比較することが可能になる。その結果、 コロニー形成だけから期待されるパターンと同一であることが判明した。中間期で 種の数が最大になり、島が古くなるに従って同様に減少していくわけである。つま り、群生(コミュニティ)全体を支配する本来の原理は普遍的に成り立つと思われ る。(Ej,hE)
Community Assembly Through Adaptive Radiation in Hawaiian Spiders
   Rosemary Gillespie
p. 356-359.

許容できるバランスを見つけること(Finding an Acceptable Balance)

イオンの質量のような小さい質量の高精度計測は、磁場中で移動するその質量のサ イクロトロン周波数を確定することによって行なうことができる。しかしながら、 バランスしている巨視的物体質量をシーケンシャルに計測する方法は直接比較して 計測する方法より精度がでないので、比較されるイオンの質量計測精度は約 1×10-10までしかいかない。Rainvilleたち(p. 334)は、静電場と静磁場 を用いるペニング・トラップ中に二つのイオンを閉じ込める技術を示している。イ オンの動きを同時に制御することができるので、イオンの相対質量を1×10 -10の精度で確定できる。誤差の発生源を減らすことにより少なくとももう一 桁の精度改善を著者らは期待している。このように超高精度に質量を確定できる計 測技術を導入すると、度量衡や基礎物理、化学においてすぐに応用できることが見 つかるはずである.(hk)
An Ion Balance for Ultra-High-Precision Atomic Mass Measurements
   Simon Rainville, James K. Thompson, and David E. Pritchard
p. 334-338.

マントル流の上部と下部( The Top and Bottom of Mantle Flow)

マントルプルームは、火山活動,地形の隆起,地球表層の化学的異常などの原因と なっている、熱的な異常な湧き上がりと考えられている。しかしその深さや拡がり そしてプルームの存在そのものについてさえ議論がある。Montelliたち(p.338;Kerr による12月5日のニュース記事参照)は、この議論に対しプルームが原因となるマン トルの速度異常の有限周波数トモグラフィーモデル(finite-frequency global tomographic model)を加えた。6つのプルームはマントルの深さまで拡がっている が、他のほとんどのプルームはそれより短い。ハワイプルームは約2800キロメート ルの深さに達し、イエローストーンプルームはモデル上に表わすことができず、新 たな2つの予期されていなかったプルームがインド洋と大西洋内の中央海嶺につな がっている。PanningとRomanowicz(p.351)によるマントル全体にわたる異方性の動 径方向変化モデル(radialanisotropy model)は、コアマントル境界近くのマントル 流は水平方向であることを示した。この発見は、コアマントルの底部にあるD"と呼 ばれる変則の薄層が摩擦による境界層(mechanical boundary layer)であることを証 拠立てている。太平洋とアフリカの下にある2つのスーパープルームの真下ではマン トルの主な流れが垂直となっている2つの地域ある。(TO,og,nk)
Inferences on Flow at the Base of Earth's Mantle Based on Seismic Anisotropy
   Mark Panning and Barbara Romanowicz
p. 351-353.
Finite-Frequency Tomography Reveals a Variety of Plumes in the Mantle
   Raffaella Montelli, Guust Nolet, F. A. Dahlen, Guy Masters, E. Robert Engdahl, and Shu-Huei Hung
p. 338-343.
Dendrite Development Regulated by CREST, a Calcium-Regulated Transcriptional Activator
   Hiroyuki Aizawa, Shu-Ching Hu, Kathryn Bobb, Karthik Balakrishnan, Gulayse Ince, Inga Gurevich, Mitra Cowan, and Anirvan Ghosh
p. 197-202.

泥炭のために(For Peat's Sake)

大気中のメタン濃度は、最後の氷河期の終わり頃、12000年前に大規模かつ急速に増 加したことがあった。提案されている1つの供給源に、高緯度北部地方の泥炭地帯 が当時に形成されたことがある。Smithたち(p.353)は、シベリア西部に拡がる世界 最大の泥炭地帯の放射性炭素データを示している。そして過去13000年間にそこで泥 炭が形成された始まりを記録にとどめている。11500年に始まって形成され拡大した 泥炭地帯は、完新世の間における地球両半球間の大気遅延勾配(Atmospheric Gradient)とうまく対応している。(TO)
Siberian Peatlands a Net Carbon Sink and Global Methane Source Since the Early Holocene
   L. C. Smith, G. M. MacDonald, A. A. Velichko, D. W. Beilman, O. K. Borisova, K. E. Frey, K. V. Kremenetski, and Y. Sheng
p. 353-356.

類人猿の個体数とエボラウイルス(Ape Populations and Ebola)

エボラウイルス感染は公衆衛生上の重要な懸念事項であるばかりでなく、種の保存 の観点からも重要である。ガボンやコンゴ共和国の森林におけるゴリラ,チンパン ジー、ダイカー(アンテロープ:antelope)の死体が発見されたことに対応し て,Leroyたち(p. 387; Vogelによるニュース記事も参照)は、大半の組織中にエボ ラウイルスの存在を確認した。動物の死体にウイルスが存在することは、狩猟者を 初発症患者として人間での流行の前兆となることが多い。流行の度にウイルスの遺 伝的性質は異なるため、局地的に限定された流行病連鎖は識別可能である。この地 域のゴリラやチンパンジーの個体の大部分は、過去4年間の複数回のエボラウイルス 感染によって死んでおり、これによって類人猿は絶滅の脅威にさらされているので ある。(Ej,hE)
EPIDEMIOLOGY:
Ebola Outbreaks May Have Had Independent Sources

   Gretchen Vogel
p. 298-299.
Multiple Ebola Virus Transmission Events and Rapid Decline of Central African Wildlife
   Eric M. Leroy, Pierre Rouquet, Pierre Formenty, Sandrine Souquière, Annelisa Kilbourne, Jean-Marc Froment, Magdalena Bermejo, Sheilag Smit, William Karesh, Robert Swanepoel, Sherif R. Zaki, and Pierre E. Rollin
p. 387-390.

鋳型に依存したメゾスコピック集合体形成 (Template-Assisted Mesoscopic Assembly)

二種類の高分子、あるいは親水性分子と疎水性分子を結合させる事で二成分からな る分子を創り出すことができる。これらの分子は自己組織化能を有しており、溶媒 中で自発的にベシクル、ミセル、二分子膜等の集合体を形成することもある。Park 等は(p. 348)は、金ロッド(rod)にポリアニリンを結合した有機−無機二成分材 料においても、同様に自己集合体が形成される事を見出した。集合過程は、ポリア ニリン(有機部)と溶媒との親和性に依存するという。さらにこの材料が合成され る鋳型の状態によっても集合過程は大きく変化するという、有機−有機二成分材料 ではみられなかった新規な現象であることを明らかにした。(NK)
Self-Assembly of Mesoscopic Metal-Polymer Amphiphiles
   Sungho Park, Jung-Hyurk Lim, Sung-Wook Chung, and Chad A. Mirkin
p. 348-351.

見るとするとは大違い?(Monkey See, Monkey Do?)

運動性調節における運動皮質および前運動皮質の相対的役割はどのようなものであ るか? Schwartzたち(p. 380;Gottliebによる展望記事を参照)は、ヒト被験者 もしくはサル被検体を訓練して、視覚ディスプレーのシミュレーションを使用させ た。彼らは腕の動き(目に見えない)を利用して、コンピュータ上のカーソル(目 に見える)を動かした。被験者が物体の周りでの動作を何サイクルも行うにつれ て、腕の動きとカーソルの動きとの間の関連性が徐々に歪曲され、その結果、例え ば卵形の腕の動きによって、円形の物体をなぞるようになった。運動皮質の神経細 胞活性は実際の運動性指令と相関していたが、前運動皮質の神経細胞活性は、活動 プラン、たとえばサルが目標と考えていること、と相関していた。(NF)    
NEUROSCIENCE:
Action, Illusion, and Perception

   Jacqueline Gottlieb and Pietro Mazzoni
p. 317-318.
Differential Representation of Perception and Action in the Frontal Cortex
   Andrew B. Schwartz, Daniel W. Moran, and G. Anthony Reina
p. 380-383.

ヒストン交換によるDNA再構築(Remodeling DNA by Histone Exchange)

全ての真核細胞の内部において、DNAは特異的なタンパク質と共にくるまれて、クロ マチンを形成する。遺伝子発現のためには、主としてヒストンを構成要素として含 むヌクレオソームの形状であるタンパク質複合体をほどくことが必要であり、その 結果転写装置がDNAに接近することができる。このプロセスは、クロマチン再構成の 間、通常はヌクレオソームがあちこちに組み替わりそして移動する。複合体それ自 体のタンパク質は、遺伝子発現に対する重要な作用を有する変異型ヒストンの取り 込みを介して変化することもある。Mizuguchiたち(p. 343;Owen-Hughesによる展 望記事を参照)は、変異型ヒストンH2AZがどのようにクロマチン中に取り込まれる のかについて研究した。Swr1タンパク質を含有するタンパク質複合体は、ヌクレオ ソーム中の標準的なヒストンH2A/H2B二量体を変異型H2A.Z/H2B二量体に交換した。 このようにSwr1は、ヌクレオソームを組み替えたりあるいは移動させたりする分子 としてではなく、タンパク質置換物質として作用する、新規の型のクロマチン再構 成複合体を規定するのである。(NF)
MOLECULAR BIOLOGY:
Breaking the Silence

   Tom Owen-Hughes and Michael Bruno
p. 324-325.
ATP-Driven Exchange of Histone H2AZ Variant Catalyzed by SWR1 Chromatin Remodeling Complex
   Gaku Mizuguchi, Xuetong Shen, Joe Landry, Wei-Hua Wu, Subhojit Sen, and Carl Wu
p. 343-348.

結合と解離(Latch and Release)

原核生物において、膜を標的とする共翻訳性タンパク質は、哺乳動物細胞における シグナル認識粒子およびその受容体に類似している2種のGTPase、FfhとFtsY、によ り制御されている。Fociaたち(p. 373)は、加水分解することができないGTP類似 体の存在下において、Thermus aquaticus由来のFfhおよびFtsYのNGドメインの複合 体の構造を、2.05Åの解像度で決定した。複合体は、共有される触媒チャンバーにお いて両方のヌクレオチドについて非常に対称的であり、相互活性化のための機構が 提供される。これらのヌクレオチドは、タンパク質どうしを結合するインター フェースに必要不可欠であり、そしてそれらの加水分解により構成要素の解離が生 じて、標的となる複合体がはずれるのである。(NF)
Heterodimeric GTPase Core of the SRP Targeting Complex
   Pamela J. Focia, Irina V. Shepotinovskaya, James A. Seidler, and Douglas M. Freymann
p. 373-377.

細菌から得られたデザイナー糖タンパク質(Designer Glycoproteins from Bacteria)

糖鎖形成とは、真核生物におけるタンパク質の翻訳後修飾においてよく見られるも のであり、広範囲のタンパク機能に影響を与えるものである。糖タンパク 質(glycoprotein)は典型的にはglycoformの混合物として生み出される。Zhangたち は、大腸菌で発現するミオグロビンに対して、β-GlcNAc-セリンを決まった位置に遺 伝的に組み込んだ(p. 371)。導入された糖の一部分は糖類結合タンパク質によって 認識され、ガラクトシル基転移酵素によって基質として用いられることもあった。 この方法はタンパク質の均質なglycoformの産生を促進するに違いない。(KF)
A New Strategy for the Synthesis of Glycoproteins
   Zhiwen Zhang, Jeff Gildersleeve, Yu-Ying Yang, Ran Xu, Joseph A. Loo, Sean Uryu, Chi-Huey Wong, and Peter G. Schultz
p. 371-373.

ヒトとサルにおける言語獲得(Language Acquisition in Humans and Monkeys)

ヒトは、有限の語彙から無限に多様な文を作り出すことができる。文法とは、複数 の語が互いにどのように関連していて、どう組み合わせると文になるかを扱うもの である。有限状態文法は、局所的な、すなわち隣接についての関係を特定するもの であり、より複雑な句構造文法(phrase-structure grammar)によって、階層すなわ ち入れ子状態の配列が取り扱われる。明らかに、ヒトは(子どもですら)、両方のタ イプの文法を学習することができる。FitchとHauserは、シシザル(タマリン)が有限 状態文法を学習することはできるが、句構造文法を学習することはできない、とい うことを示している(p. 377; またPremackによる展望記事参照のこと)。(KF)
PSYCHOLOGY:
Is Language the Key to Human Intelligence?

   David Premack
p. 318-320.
Computational Constraints on Syntactic Processing in a Nonhuman Primate
   W. Tecumseh Fitch and Marc D. Hauser
p. 377-380.

脳における匂いの表現(Representation of Odor in the Brain)

分子的なイメージング実験は、ショウジョウバエ嗅覚系の機能の詳細についての 我々の理解を、とくに哺乳類の嗅球との構造的な並行性を数多く明らかにすること によって、拡張してきた。しかし、これまでは、ショウジョウバエにおける遺伝子 と行動のギャップを橋渡しするのに必要な単一ニューロンの電気生理学は、欠けて いたのである。Wilsonたちは、生体内でショウジョウバエの触覚葉ニューロンの細 胞全体のパッチクランプ記録をとることに成功した(p. 366)。彼らが発見したの は、放射ニューロン(projection neurons)はかなり広い範囲で整調され、求心性の 嗅覚感覚性ニューロンよりもより複雑な応答を生み出す、ということである。(KF)
Transformation of Olfactory Representations in the Drosophila Antennal Lobe
   Rachel I. Wilson, Glenn C. Turner, and Gilles Laurent
p. 366-370.

筋緊張性ジストロフィーの病理学(Pathological Mechanism of Myotonic Dystrophy)

1型の筋緊張性ジストロフィーは、筋肉とその他の体内システムの遺伝性障害であ り、特異的タンパク質キナーゼをコードするある遺伝子におけるCTG三ヌクレオチド 反復の拡張によって引き起こされる。反復は、遺伝子の不安定な領域を形成する が、この病理発生のメカニズムはまだ理解されていない。Ebralidzeたち(p 383) は、拡張したRNAのCUG反復がいくつかの転写制御因子を染色質からリボ核タンパク 複合体へ隔離するころを示している。このプロセスは、CIC-1という塩素イオンチャ ネルを含むいくつかの遺伝子の発現を減少させる。影響を受けた細胞において転写 制御因子Sp1を人工的に過剰発現させると、CIC-1遺伝子のRNAレベルが復元された。 この転写制御因子の有効濃度の減少は、筋緊張性ジストロフィーの病理学に貢献す るかもしれない。(An)
RNA Leaching of Transcription Factors Disrupts Transcription in Myotonic Dystrophy
   A. Ebralidze, Y. Wang, V. Petkova, K. Ebralidse, and R. P. Junghans
p. 383-387.

ゴムの製造(Manufacturing Gums)

ガラクトマンナンは、植物由来の炭水化物ゴムであり、アイスクリーム製造やコン クリート流れのような多様なプロセスに役に立つ。Dhuggaたち(p 363)は、グアー植 物からマンナン合成の遺伝子を単離した。マンナン合成酵素遺伝子は、セルロース 合成酵素スーパー遺伝子ファミリのメンバーである。この研究結果は、より便利な ガラクトマンナンのソースを発掘することだけではなく、細胞壁を作成する複雑な 生合成のプロセスに関する洞察も提供し、その酵素ファミリがどのように進化する ことによって、さまざまな基質の処理、異なる細胞下局在化の獲得、異なる調節性 コントロールに対応できたかについて注目させるものである。(An)
Guar Seed ß-Mannan Synthase Is a Member of the Cellulose Synthase Super Gene Family
   Kanwarpal S. Dhugga, Roberto Barreiro, Brad Whitten, Kevin Stecca, Jan Hazebroek, Gursharn S. Randhawa, Maureen Dolan, Anthony J. Kinney, Dwight Tomes, Scott Nichols, and Paul Anderson
p. 363-366.

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