AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 20, 2003, Vol.300


そのスピンを分割せよ(Split for Its Spin)

二つの半導体、あるいは、金属と半導体が接合されると、バンドの再配列と電荷移 動が電気的なバリアー中で発生する。しかしながら、ショットキー理論は、常にそ のバリアの電子的な特性を非常によく記述できているわスピン偏極した粒子源は、 核磁気共鳴実験の信号や、将来は“スピントロニクス”への応用に対して有用な信号 増幅装置になりうる。Rakitzis たち(p.1936) は、円偏光の光を伴った超音速分子 ビーム中の気相 HCl が解離すると、平均偏極率 72% の水素原子が発生することを 報告している。この偏極率は、副産物のCl 原子の角運動量の解析に基づいている。 “長”時間(約0.7 nsec )のレーザーパルス光ではH 原子はイオン化して、陽子も電子 も共に36%の偏極率の、スピンの富化した陽子と電子を生み出すことができる。(Wt)
Spin-Polarized Hydrogen Atoms from Molecular Photodissociation
   T. P. Rakitzis, P. C. Samartzis, R. L. Toomes, T. N. Kitsopoulos, Alex Brown, G. G. Balint-Kurti, O. S. Vasyutinskii, and J. A. Beswick
p. 1936-1938.

長い一連の星の地震(A Long Series of Star Quakes)

ある大質量の主系列星は、数日から数ヶ月に至る周期で脈動している。これら振動 モードを同定するためには、長期間にわたるデータが必要である。Aerts たち (p.1926; Kawaler による展望記事を参照のこと)は、21年の期間にわたる HD 129929 の振動を研究した。彼らは、その星の年齢と金属成分量を決定し、その星の 対流コアと外層との間での混合が起きている証拠を見出した。この解析結果は、恒 星内部とそれらの進化モデルの改良に役立つだろう。この大質量星に適応できるデ ルは、大質量星の多くが、最終的には II型超新星として爆発するため、特別に興味 深い。(Wt)
ASTRONOMY:
Taking the Pulse of a Massive Star

   Steven D. Kawaler
p. 1885-1886.
Asteroseismology of HD 129929: Core Overshooting and Nonrigid Rotation
   C. Aerts, A. Thoul, J. Daszynska, R. Scuflaire, C. Waelkens, M. A. Dupret, E. Niemczura, and A. Noels
p. 1926-1928.

電気的雑音を利用する(Putting Noise to Work)

通常、実験室における絶対温度は標準温度計に対してキャリブレーションされた2 次的な標準温度計で決定されている。環境条件が規定された実験室で利用する標準 温度計は温度範囲が限定されており、利用し難い。Spietzたち(p. 1929)はトンネル 接合の電気的雑音に基づいた標準温度計について報告している。かれらの装置はミ リケルビンから室温まで動作し、自身でキャリブレーションし、そして2次的な標 準温度計と同じくらい使うのが簡単である。(hk)
Primary Electronic Thermometry Using the Shot Noise of a Tunnel Junction
   Lafe Spietz, K. W. Lehnert, I. Siddiqi, and R. J. Schoelkopf
p. 1929-1932.

騒がしくずり落ちたり滑ったり(Not-So-Silent Slipping and Sliding)

通常の地震は極めて短時間に蓄えられた歪みエネルギーを放出するが、最近の研究 によって、Cascadia沈み込み帯は地震を引き起こすことなく何週間も、あるいは、 何ヶ月もかけてスリップが可能なこと、そして日本前弧沈み込み帯(fore-arc subduction zone)は脱水していくスラブから共鳴溝(resonating conduits)に海水が 入り込むことと関係して、繰り返し起こる微小地震を経験してきたことを結論付け た。このほど、RogersとDragert(p.1942; MelbourneとWebbによる展望記事参照) は、Cascadia沈み込み帯において過去7年間、6回の発生したスリップは、深い微小 地震と関係していることを明らかにした。従って、こうしたスリップ現象は、独特 な地震の前兆をまさに示しており、そしてスリップと下沈み込みスラブからの水放 出との間に相関があるようだ。(TO)
GEOPHYSICS:
Enhanced: Slow But Not Quite Silent

   Timothy I. Melbourne and Frank H. Webb
p. 1886-1887.
Episodic Tremor and Slip on the Cascadia Subduction Zone: The Chatter of Silent Slip
   Garry Rogers and Herb Dragert
p. 1942-1943.

昇温と冷却の繰り返し(Running Hot and Cold)

非常に低い圧力下で、白金単結晶表面でのCO酸化反応は、振動と伝播波の様々なパ ターンを示す。このような低圧のもとでは熱は殆んど発生せず、この実験は本質的 には等温反応である。Cirakたち(p. 1932)は高感度赤外線カメラを用いて、より高 圧下で超薄膜(0.2?ochm)の試料を用いた実験により反応熱の影響を詳細に調べた。 その反応熱はかなり大きなもので、局所的に白金表面に捩じれを起こすだけでな く、反応物を除去して反応を停止させる。その後、表面が冷えて結晶の捩じれが元 に戻り、10秒間隔で再び繰り返し反応が全面的に始まる。著者たちは、レーザ加熱 実験で熱的挙動を分離して、この複雑な挙動を把握する詳細なモデルを与えてい る。(KU)
Oscillatory Thermomechanical Instability of an Ultrathin Catalyst
   Fehmi Cirak, Jaime E. Cisternas, Alberto M. Cuitiño, Gerhard Ertl, Philip Holmes, Ioannis G. Kevrekidis, Michael Ortiz, Harm Hinrich Rotermund, Michael Schunack, and Janpeter Wolff
p. 1932-1936.

主ベルト小惑星帯に由来する金属の乏しいM型小惑星(Metal-Less Musings from the Main Belt)

M型小惑星は、金属を豊富に含む組成であることを示唆するスペクトル的特徴をもつ ことから、分化の進んだより大きな母天体の核に由来するものであり、また鉄隕石 供給源の一つであると考えられている。MargotとBrownは、Keck II望遠鏡上で適応 光学系(波面補償光学;adaptive optics)を用いることで、今までM型に分類されて きた小惑星22Kalliopeを周回する、小さな不定形衛星を発見した(p. 1939)。その衛 星の軌道パラメータは、22Kalliopeの全体の平均密度が1立方センチメートルあたり 2.37グラムであることを示している。得られたこの値は、金属を豊富に有する小惑 星にしてはあまりに低いが、空隙率が30%であるケイ酸塩が豊富な天体であるとすれ ば、妥当なものである。となると、すべてのM型が金属でできているわけではないこ とになる。この知見は、主ベルト小惑星帯(the main belt)の進化のモデルと鉄隕石 供給源の進化のモデルに変更をせまるものかもしれない。(KF,Tk)
コメント:しかし、M型小惑星の反射スペクトルの解釈が間違っている可能性があ るという危惧もありうる(武田弘)
A Low-Density M-type Asteroid in the Main Belt
   J. L. Margot and M. E. Brown
p. 1939-1942.

解けてはいるが解けていない問題(An Open and Closed Case)

カリウム・チャネルは、さまざまな多くの信号によって開閉されるが、それらのお かげで多様な生理学的プロセスで機能するようになっている。Kuoたちは、内向きに 流れを整える細菌性カリウム・チャネルKirBac1.1の閉鎖状態での完全な構造を、 3.65オングストロームの分解能で決定した(p. 1922)。これまでに報告された開放状 態での構造と比較することによって、閉鎖状態でイオンの流れがどのようにして妨 げられるかが明らかになった。それだけでなく、これによって、細胞内領域と膜貫 通領域における立体配置の変化が、ゲート開閉を実現するのにどう結びつくかにつ いての手掛かりも得られたのである。(KF)
Crystal Structure of the Potassium Channel KirBac1.1 in the Closed State
   Anling Kuo, Jacqueline M. Gulbis, Jennifer F. Antcliff, Tahmina Rahman, Edward D. Lowe, Jochen Zimmer, Jonathan Cuthbertson, Frances M. Ashcroft, Takayuki Ezaki, and Declan A. Doyle
p. 1922-1926.

親類縁者を区別する(Sorting Out Kith and Kin)

協力的繁殖を行う種のほとんどの場合、生まれ育ったなわばりに残る子孫がヘル パーとなる。結果として生じる血縁個体の偏愛は、個体による意図的な血縁個体の 選択の結果生じているのか、もしくは長期間にわたる近傍生活などの他の何らかの 作用の結果なのか?2つの論文が、この問題に対する実験的な結果を提示する( DickinsonとKoenigによる展望記事も参照)。SinervoとClobert(p.1949)は、高度 の遺伝的な類似性を共有するだけでなく、もっと重要なことには、同様な喉色の対 立遺伝子も共有する、血縁的に無関係のオストカゲの間で、協力関係が存在するこ との詳細な遺伝的証拠を記載している。著者たちは、そのようなオスとオスとの関 連性の適応値の証拠を提示する。Baglioneたち(p. 1947)は、DNAマイクロサテラ イトを使用するハシボソガラスを用いた研究において、同一の性の渡り鳥繁殖個体 と同一の性の留鳥繁殖個体とは、遺伝的に非常に近縁であり、そしてカラスが近縁 個体と関連を持つことを積極的に選択することが分かった。血縁関係のある個体ど うしの協力関係は、このケースでは予想されたよりも一般的であり、そしてこのこ とは限定された分散によっては説明できない。(NF)
Kin Selection in Cooperative Alliances of Carrion Crows
   Vittorio Baglione, Daniela Canestrari, José M. Marcos, and Jan Ekman
p. 1947-1949.
Morphs, Dispersal Behavior, Genetic Similarity, and the Evolution of Cooperation
   Barry Sinervo and Jean Clobert
p. 1949-1951.
ECOLOGY AND EVOLUTION:
Desperately Seeking Similarity

   Janis L. Dickinson and Walter D. Koenig
p. 1887-1889.

脳レベル・シナプスレベルでの安定性(Stability at the Brain and Synapse Levels)

気質、気分、および行動プロファイルは十人十色であり、それらは、生涯にわたっ て不変であるという傾向がある。これらの気質的な特徴は、基本的な脳の相違を反 映しているのだろうか?Schwartzたち(p. 1952)は、新しいものに対して引っ込み 思案な行動と積極的な行動というよく知られた気質的な相違について研究した。彼 らは、2歳の時点でのこれらの気質的なカテゴリーの観点で分類された子供につい て、成人と同様の試験を行った場合、なじみのない顔に対して、扁桃体の脳構造に おいて差別的なfMRI反応を示すことを見いだした。実生活において長期増強(LTP) または長期抑圧(LTD)を経験したばかりの場合に、シナプスはどの程度安定なのだ ろうか?Zhuoたち(p. 1953;ChiuとWelikyによる展望記事を参照)は、アフリカツ メガエル(Xenopus)の網膜と中脳蓋を結ぶ神経繊維システムにおいて、シナプス可 塑性を誘導した。しかしながら、約20分の時間枠においては、後続の自発的活性ま たは無相関の活性が、以前に誘導したLTPまたはLTDを減少させることができまたは 逆転さえもできた。シナプス強度における安定的なそして長時間の変化は、誘導プ ロトコルを、可塑性誘導事象の間に数分間のインターバルをおきながら、一定間隔 で何回も繰り返した場合にのみ誘導することができた。(NF)
NEUROSCIENCE:
Synaptic Modification by Vision

   Chiayu Chiu and Michael Weliky
p. 1890-1891.
Reversal and Stabilization of Synaptic Modifications in a Developing Visual System
   Qiang Zhou, Huizhong W. Tao, and Mu-ming Poo
p. 1953-1957.
Inhibited and Uninhibited Infants "Grown Up": Adult Amygdalar Response to Novelty
   Carl E. Schwartz, Christopher I. Wright, Lisa M. Shin, Jerome Kagan, and Scott L. Rauch
p. 1952-1953.

CO掃引を観察(Watching CO Get Swept Away)

時間分解能タンパク質結晶学は、構造上の中間体をナノスケール程度で観察するこ とを可能にした。しかし、反応機構における立体配置的な中間体はもっと短い時間 スケールで形成することもある。Schotteたち(p 1944)は、X線結晶構造解析を用 い、フラッシュ光分解の後にミオグロビン変異体タンパク質がカルボキシ状態から デオキシ状態へ変化する時の構造データをピコセカンド時間分解能で得た。これと 相関する側鎖の動きは、サブナノセカンド時間スケールで、COをその最初の結合部 位から順次示すことができる。この研究は、結晶学の時間分解能を、分子動力学シ ミュレーションの時間スケールまで広範囲に変化させることができる。(An)
Watching a Protein as it Functions with 150-ps Time-Resolved X-ray Crystallography
   Friedrich Schotte, Manho Lim, Timothy A. Jackson, Aleksandr V. Smirnov, Jayashree Soman, John S. Olson, George N. Phillips Jr., Michael Wulff, and Philip A. Anfinrud
p. 1944-1947.

横に引っ張られた(Pulled Aside)

非対称性分裂は、後生動物の生物体における細胞多様性の生成には重大なできごと であり、そのためには極性の手がかりと紡錐体位置決めの間の正確な連動が必要で ある。Colomboたち(p 1957)は、線虫(C.elegans)の胚における非対称性紡錘位置決 めに必要な2つのGoLocoタンパク質の発見について報告している。このタンパク質と 分裂装置のGタンパク質との相互作用の研究によって、著者たちは紡錐体上で非対称 的な引きつける力を作り出すためにはGタンパク質が必要であることを示している。 この力は、PAR-2とPAR-3の前側後側極性成分が制御するGoLocoタンパク質が不均一 に分布しているために生じる。(An)
Translation of Polarity Cues into Asymmetric Spindle Positioning in Caenorhabditis elegans Embryos
   Kelly Colombo, Stephan W. Grill, Randall J. Kimple, Francis S. Willard, David P. Siderovski, and Pierre Gönczy
p. 1957-1961.

SARS流行のモデル化(Modeling the Spread of SARS)

新型肺炎SARSにおける初期の感染挙動が、二つのグループによってモデル化された (DyeとGayによる展望参照)。重要な伝染病理学パラメータは基礎増殖率、R 0であるが、これは一次感染者が非管理下で二次感染者を何人発生させ るかの尺度である。Lipsitchたち(p. 1966)は、比較アプローチを用いてSARSの拡が りをモデル化したが、限られたデータに忠実に、又、抑制手段の成果に関する注意 深い解釈を与えるものである。SARSはR0の推定値が2近傍ということか ら判断されるように、かなりの感染性をもっており、抑制できないときには大きな 流行をもたらすものであるが、しかしながら公衆衛生手段を用いれば手に負えない ほどの伝染病ではない。Rileyたち(p. 1961)は、SARS病原菌の感染に関する空間 的、動力学的モデルを用いて、香港でのSARS激増の再現を試みた。香港においては SARS流行を再発させる超感染現象の危険も薄らぎ、制圧されたものと見なされてい る。この成果は、感染者との接触を減らしたり、症候の出た患者を早期に入院させ たり、遠距離旅行を制限したりした結果である。(KU)
Transmission Dynamics of the Etiological Agent of SARS in Hong Kong: Impact of Public Health Interventions
   Steven Riley, Christophe Fraser, Christl A. Donnelly, Azra C. Ghani, Laith J. Abu-Raddad, Anthony J. Hedley, Gabriel M. Leung, Lai-Ming Ho, Tai-Hing Lam, Thuan Q. Thach, Patsy Chau, King-Pan Chan, Su-Vui Lo, Pak-Yin Leung, Thomas Tsang, William Ho, Koon-Hung Lee, Edith M. C. Lau, Neil M. Ferguson, and Roy M. Anderson
p. 1961-1966.
Transmission Dynamics and Control of Severe Acute Respiratory Syndrome
   Marc Lipsitch, Ted Cohen, Ben Cooper, James M. Robins, Stefan Ma, Lyn James, Gowri Gopalakrishna, Suok Kai Chew, Chorh Chuan Tan, Matthew H. Samore, David Fisman, and Megan Murray
p. 1966-1970.
EPIDEMIOLOGY:
Modeling the SARS Epidemic

   Chris Dye and Nigel Gay
p. 1884-1885.

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