AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 28, 2003, Vol.299


単純なプラスチックで超撥水面を作る(I Really Hate to Get Wet)

ある材料の撥水性は主に表面の化学的性質に依存するが、表面形状を変えることでも変化 する。従来も高価なベース材料の表面を複雑で時間のかかるプロセスにより加工したり 、エッチングで粗らすことで超撥水材料を作ることは出来た。Erbilたちは(p. 1377)、ア イソタクチックポリプロピレンを用いて、標準的なゲル化プロセスを制御しガラスやアル ミ、金属、そして他のポリマーなどに多孔性のポリマーコーティングを施すことが可能で あり、そのコーティングの水との接触角が160度近辺であることを示している。(Na)
Transformation of a Simple Plastic into a Superhydrophobic Surface
   H. Yıldırım Erbil, A. Levent Demirel, Yonca Avcı, and Olcay Mert
p. 1377-1380.

基本的なクラスターの化学(Basic Cluster Chemistry)

水溶液中における水酸基イオン(OH-)の重要性にもかかわらず、水とどのよう な相互作用をしているかという基礎的な知見が得られてない理由は、イオンのプロトンに 対する非常に大きな親和性により、[OH---H---OH] -のような構造を形成した りするためである。小さなクラスターの実験研究も、又、熱によるスペクトルの広がりに よって妨げられている。Robertsonたち(p. 1367;HuneycuttとSaykallyによる展望参照)は 、水-水和OH-と、比較のためのアルゴン原子で囲まれたF-の高分 解能振動スペクトルを得ている。弱く結合しているAr原子の蒸発によって、この蒸発プロ セスにより主要なクラスターを冷却状態に保持している、振動エネルギーの吸収が見い出 されている。第一水和殻は比較的小さく、OH-)では3個の水分子が 、F-では4個の水分子を含んでいる。両者の場合において、水間水素結合と特 異的に関連した領域において、より大きなクラスターに対する新たな特徴が現れている 。(KU)
CHEMISTRY:
Building Solutions--One Molecule at a Time

   Alex J. Huneycutt and Richard J. Saykally
p. 1329-1330.
Spectroscopic Determination of the OH- Solvation Shell in the OH-·(H2O)n Clusters
   William H. Robertson, Eric G. Diken, Erica A. Price, Joong-Won Shin, and Mark A. Johnson
p. 1367-1372.

水和プロトンを調べる(Probing Hydrated Protons)

水溶液中ではプロトンは極めて動きやすく、水素結合のネットワークによる交換を通して 移動すると考えられている。まずいことに、このようなネットワークの構造的知見を与え るはずのバルクな水の振動スペクトルはブロードであり、特異的なクラスターのタイプに 関して解釈することが困難である。Asmisたち(p. 1375; HuneycuttとSaykallyによる展望 参照)は、波数600から1900(cm-1)の領域におけるイオンー捕捉 H+--(H2O)2とD+--(D2O) 2の共有プロトン領域における振動スペクトルに関して報告している。自由電 子レーザの照射により検知可能な吸収を示し、その後の多光子解離による H3O+や,或いはD3O+を形成する。著者た ちは水和プロトンのバンド帯域を同定し、O---H+---Oの部位の伸縮と変角振 動モードが極めて非調和的であることを見い出している。(KU)
CHEMISTRY:
Building Solutions--One Molecule at a Time

   Alex J. Huneycutt and Richard J. Saykally
p. 1329-1330.
Gas-Phase Infrared Spectrum of the Protonated Water Dimer
   Knut R. Asmis, Nicholas L. Pivonka, Gabriele Santambrogio, Mathias Brümmer, Cristina Kaposta, Daniel M. Neumark, and Ludger Wöste
p. 1375-1377.

化石を漁る(Fishing for Fossils)

最もよく保存されてそして多様なユンナノゾアン(Yunnanozoans)の化石が幾つか中国で発 見され、それらはカンブリア紀における後生動物(metazoan)の進化に対して稀に見る見識 を与えてくれる。Shuたち(p.1380)は、ある新種Hiakouella jianshanensisについて記述 し、この種は外側のエラを持つが背に神経索(dorsal nerve chord)の痕跡がない。これら 標本は、最も古くかつ原始的なユンナノゾアンの化石であり、新口動物 (deuterostomes)のstem-groupに属していると推定される。(TO)
A New Species of Yunnanozoan with Implications for Deuterostome Evolution
   Degan Shu, Simon Conway Morris, Z. F. Zhang, J. N. Liu, Jian Han, Ling Chen, X. L. Zhang, K. Yasui, and Yong Li
p. 1380-1384.

更新世ジャワ島由来のホモ・エレクトス脳頭蓋(Homo erectus Calvarium from the Pleistocene of Java)

インドネシア−日本 共同研究グループの馬場悠男(Hisao Baba、国立科学博物館人類研 究部長・東京大学大学院教授)、F. アジズ(Fachroel Aziz バンドン地質研究開発セン ター)、海部陽介(Yousuke Kaifu、国立科学博物館人類研究部研究官)、諏訪 元(Gen Suwa、東京大学総合研究博物館助教授)、河野礼子(Reiko T. Kono、国立科学博物館人 類研究部研究官)、T. ヤコブ(Teuku Jacob ガジャマダ大学) (p. 1384; Gibbonsに よるニュース記事も参照)によって、中部ジャワのサンブンマチャンの更新世堆積層から ホモ・エレクトス脳頭蓋(Sm 4)が発見された。マイクロCTによる分析結果は、頭蓋底が 現代人並みに屈曲しているにもかかわらず脳頭蓋が低いことを示し、脳頭蓋の球形化は頭 蓋底の屈曲とは独立して起こったことが分かった。Sm 4の全体的な形態は前期と後期のジ ャワ島ホモ・エレクトスの中間形にあたり、また後期ジャワ島ホモ・エレクトスでは明瞭 な形態的特殊化が見られる。このことは、後期ジャワ島ホモ・エレクトス集団が、他の集 団から実質的に隔離されていて、現代人の祖先には殆どなりえなかったという仮説を支持 する。(著者要約)
PALEOANTHROPOLOGY:
Java Skull Offers New View of Homo erectus

   Ann Gibbons
p. 1293.
Homo erectus Calvarium from the Pleistocene of Java
   Hisao Baba, Fachroel Aziz, Yousuke Kaifu, Gen Suwa, Reiko T. Kono, and Teuku Jacob
p. 1384-1388.

温故知新(Revisiting an Old Idea)

抗体のレパートリーは限られているのに、どうやって膨大な多様性を持った抗原の侵攻に 対抗できるのだろうか? この問題に対して、構造的に異なるコンフォメーションの抗体 が異なる抗原に結合するのではないか、とポーリング(Pauling)によって示唆されてはい たが、コンフォメーション上の平衡性の見地から動力学的証拠はあったものの、これを支 持する構造上の証拠は得られてなかった。James たち(p. 1362; Footeによる展望記事参 照)は、X線結晶解析と動力学から、抗体は各々独自の結合特異性を持ついくつかのコンフ ォメーションを持って存在しうることを示した。 このコンフォメーションのおびただし い多様性は、外来の抗原への対抗を助ける一方で、自己免疫とかアレルギーの要因にもな っているらしい。(Ej,hE)
IMMUNOLOGY:
Isomeric Antibodies

   Jefferson Foote
p. 1327-1328.
Antibody Multispecificity Mediated by Conformational Diversity
   Leo C. James, Pietro Roversi, and Dan S. Tawfik
p. 1362-1367.

相対的比較(Relative Comparisons)

Boffelliたち(p. 1391; Gibbs とNelsonによる展望記事参照)は、人間と霊長類の極めて 類似した遺伝子のエクソンと調節領域の解析から、関連の遠いマウスのような遺伝子比較 に比べて、ずっと詳細な情報が得られることを示した。選択された特定少数の霊長類との 比較によってアポリポタンパク質Aにおける4つの領域と制御配列中にエクソン-イントロ ン境界を同定した。推定上の調節領域が欠失するとプロモータ活性に影響が現れることか ら、これらの領域は機能を持っているらしい。(Ej,hE)
HUMAN GENETICS:
Primate Shadow Play

   Richard A. Gibbs and David L. Nelson
p. 1331-1333.
Phylogenetic Shadowing of Primate Sequences to Find Functional Regions of the Human Genome
   Dario Boffelli, Jon McAuliffe, Dmitriy Ovcharenko, Keith D. Lewis, Ivan Ovcharenko, Lior Pachter, and Edward M. Rubin
p. 1391-1394.

私をスピン・アップしてくれ、スコッティ(Spin Me Up, Scotty)

ミリ秒パルサーは連星系である。それは急速に回転する、磁場が弱くなった古い中性子星 から構成されている。この中性子星はその相棒からの物質の降着によって自転速度を増加 させている過程の中にある。Stappersたち(p.1372)はChandra X-線観測衛星から、 B1957+20のX線構造の画像を手に入れた。これらの構造は、パルサー風が相対論的な速度 であることを示し、中性子星は若いパルサーのように、相対論的な粒子によって回転エネ ルギーを損失することを示している。このように、古いパルサーと若いパルサーは回転エ ネルギー損失に対して同様な道をたどっている。そして、なぜそれらの自転速度と磁場の 強さがそのように異なっているのに、回転エネルギー損失率が同程度なのかを理解するた めに精度の高いモデルが必要とされる。(hk,Nk)
An X-ray Nebula Associated with the Millisecond Pulsar B1957+20
   B. W. Stappers, B. M. Gaensler, V. M. Kaspi, M. van der Klis, and W. H. G. Lewin
p. 1372-1374.

タンパク質検査官(Protein Inspectors)

小胞体(ER)内での品質管理(QC)は、新しく合成された分泌型タンパク質および膜タン パク質の適切な折り畳みと組み立てとを評価して、正しく折り畳まれたタンパク質のみが 分泌経路にしたがってさらに輸送されるようにするプロセスである。2報の論文において 、OdaたちおよびMolinariたち(p. 1394およびp. 1397;Sifersによる展望記事を参照 )は、EDEMと名付けられたタンパク質の役割とER膜-結合型分子シャペロンであるカルネ キシンの役割を評価している。これらの結果を併せると、それらは糖タンパク質の折り畳 みの状況を認識する様に働き、そしてそれが適切である場合には、糖タンパク質がER分解 機構を素通りするようにする、と考えられる。(NF)
CELL BIOLOGY:
Protein Degradation Unlocked

   Richard N. Sifers
p. 1330-1331.
Role of EDEM in the Release of Misfolded Glycoproteins from the Calnexin Cycle
   Maurizio Molinari, Verena Calanca, Carmela Galli, Paola Lucca, and Paolo Paganetti
p. 1397-1400.
EDEM As an Acceptor of Terminally Misfolded Glycoproteins Released from Calnexin
   Yukako Oda, Nobuko Hosokawa, Ikuo Wada, and Kazuhiro Nagata
p. 1394-1397.

フレキシビリティーは多様性を促進する(Flexibility Favors Diversity)

最近の研究において大きな食物連鎖の中での多数の種のあいだでの複雑な相互作用が明ら かになったが、生態学的な学説は、これらの食物連鎖は不安定でありかつ持続することが できないという予想を立てている。しかしながら、"現実の"生態系はしばしば、相互作用 する多数の種を維持している。Kondoh(p. 1388)は、食物連鎖モデル内部に適応進化の 考え方を導入することにより、このパラドックスを解決する。採餌適応は、食物連鎖に" フレキシビリティー"を与え、その"フレキシビリティー"が食物連鎖の複雑性とコミュニ ティーの安定性とのあいだに強力な正の関連性を作り出す。このモデルは、複雑な食物連 鎖において、どのようにして生物多様性が維持されているかを示唆しており、そして局所 的生物多様性を維持する際に、遺伝子的多様性、局所的適応、そしてコミュニティーの進 化の履歴が中心的役割を果たしていることを、示している。(NF)
Foraging Adaptation and the Relationship Between Food-Web Complexity and Stability
   Michio Kondoh
p. 1388-1391.

成熟するための水素イオンのポンピング(Pumping Protons to Grow)

免疫系においては、成熟した樹状細胞が、抗原を捉えて、それらをT細胞に提示するスペ シャリストになっている。Trombettaたちは、未成熟の樹状細胞と成熟した樹状細胞の特 徴を比較して、樹状細胞のリソソーム膜への付加的な水素イオン・ポンプの組込みが成熟 過程に含まれていることを発見した(p. 1400)。これが、エンドサイトーシス区画内にお ける低いpHの実現と、抗原に対する効率的な処理と提示を可能にしているのである。(KF)
Activation of Lysosomal Function During Dendritic Cell Maturation
   E. Sergio Trombetta, Melanie Ebersold, Wendy Garrett, Marc Pypaert, and Ira Mellman
p. 1400-1403.

フラットのまま(How to Stay Flat)

発生はその部分の組み合わせであるにもかかわらず、発生の統合性を執行する理論的な原 理が観察しにくかった。Nathたち(p. 1404;McConnellとBartonの展望記事参照)は、キン ギョソウ葉の成長の分析によって、葉の形が葉のてっぺんから基部までの分化波の形によ って決定されることを発見した。波状の葉を形成するCINCINNATA遺伝子の変異の分子分析 と理論との組み合わせによって、個々の細胞における細胞周期静止が調整されると狙って いる葉の形を生成できることという洞察を得た。(An)
BOTANY:
Leaf Development Takes Shape

   J. R. McConnell and M. K. Barton
p. 1328-1329.
Genetic Control of Surface Curvature
   Utpal Nath, Brian C. W. Crawford, Rosemary Carpenter, and Enrico Coen
p. 1404-1407.

ステロイド減は長寿命(Less Steroid Leads to Longer Life)

エクジソンというステロイドホルモンは、多くの昆虫の幼生から成虫への変化のトリガ ーとしてよく知られている。エクジソンの生合成の機構は成虫にも動いているが、その目 的が不明であった。Simonたち(p 1407)は、成虫ショウジョウバエにおけるエクジソン情 報伝達系の欠失(生合成欠失あるいは受容体欠失)があれば、ショウジョウバエの寿命の延 長およびストレス抵抗性の強化を導くが、繁殖性や活動性の随伴性減少はないことを示し ている。従ってステロイドは、ショウジョウバエと他の生物体の寿命に影響する内分泌ネ ットワークの重要な役割を果たすかもしれない。(An)
Steroid Control of Longevity in Drosophila melanogaster
   Anne F. Simon, Cindy Shih, Antha Mack, and Seymour Benzer
p. 1407-1410.

心臓ポンプの中にあるポンプを抑制する(Inhibiting a Pump Within a Pump)

心不全は、合衆国の5百万人近くに影響を与えている。遺伝的に継承される心不全のほと んどの形態は、心臓の収縮性タンパク質における欠陥と結び付いている。Schmittたちは 、心不全が、心臓筋肉細胞におけるカルシウム代謝の障害によって引き起こされうること を示している(p. 1410)。遺伝的に継承されるうっ血性心不全の形態を有するヒトは、心 臓の筋小胞体Ca2+-ATP分解酵素(SERCA2a)を抑制するタンパク質 であるホスホランバン(PLN)に変異をもっていることが見い出された。引き続いての実験 によって、変異体PLNがSERCA2aの構成的抑制を引き起こし 、Ca2+の動力学に変化をもたらす、ということが明らかになった のである。(KF)
Dilated Cardiomyopathy and Heart Failure Caused by a Mutation in Phospholamban
   Joachim P. Schmitt, Mitsuhiro Kamisago, Michio Asahi, Guo Hua Li, Ferhaan Ahmad, Ulrike Mende, Evangelia G. Kranias, David H. MacLennan, J. G. Seidman, and Christine E. Seidman
p. 1410-1413.

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