AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 21, 2001, Vol.294


速報(In Brevia)

深海の巨大イカ
全長7m程で独特の形態特徴を持つ新種の巨大イカがVecchioneたちにより4ヵ所の深海で ビデオ撮影された(p. 2505)。このイカの特徴は10本の腕が全て同じ長さで、全て外側 に伸びてから途中で関節があるように折れ曲がっている。数年の間に、メキシコ湾、大 西洋、インド洋と太平洋で8回、同様な深海で、この全く未知の生物が見つけられてい ることから、この巨大イカは世界中で比較的一般的に生息しているものと推測される 。このように比較的一般的な生物であると思われるのに過去に一度も捕獲されたり、観 測されたことがなかった、ということは、深海生物については殆ど知られていない、と いえる。
ミニチュアサイズの遺伝子
Seoたちは、微小な海洋生物であるOikopleura dioicaを分析し(p. 2506)、脊索動物と して最小の遺伝子を発見した。この脊索動物は最終的には人類の進化にもつながる脊椎 動物の系列の一部である。Oikopleuraは脊索動物の進化研究にもっぱら利用されていた が、異常に高い遺伝子密度とコンパクトな遺伝子により、ゲノム研究テーマとしても魅 力的である。(Na)

移動の道理 (Reasons to Transfer)

Marcus 交差関係(Marcus cross relation) は、さまざまな種の間の電子移動速度を、平 衡定数(基底状態のエネルギー論による)と自己交換速度の観点から体系化することができ る。水素原子(H. ひとつの電子とひとつのプロトン)移動は、類似した駆動力に対して広 範な速度変化を示すラジカル反応である。Roth たち (p.2524) は、ある広い範囲の H.移 動速度は Marcus 交差関係に従い、そして、緩慢な電子あるいはプロトン移動を示す化合 物は、しばしば、ゆっくりした H.移動を経ることを示している。(Wt)

我々の分け前は公平か?(Our Fair Share?)

Vitousek たちによる15 年前の研究では、限定地域の野外調査結果を外挿して、陸上植 物生産量の42%を接収していると見積もっていた。Rojstaczer たち (p. 2549; Fieldに よる展望記事参照)は、今回、主として人工衛星による調査と誤差解析に基づき、従来 の見積もりを改訂した。彼らの結論は、異なった調査手段にもかかわらず、以前と類似 するものであるが(10〜55%)、不確定要素は依然として大きいことに注意を呼びかけて いる。特に、農耕地と二次森の生物量の生産性などいくつかの重要パラメータにおいて 。(Ej,hE)

ブラックホールと成長の激発(Black Holes and Growth Spurts)

活動銀河核(active galactic nuclei AGNs) のとてつもない光度は、中心核にあるブラ ックホールが、その質量の大部分を降着させいていた期間に生じたものと考えられてい る。Page たち (p.2516) は、それらの光度がピークにある(赤方偏移はおよそ1〜3を 有する) AGNs のサブミリメートル帯フラックスを観測した。彼らは、その放射の原因 を、銀河のバルジにおいて星形成の反映であるスターバースト活動からのダストによる ものと同定した。スターバースト活動とブラックホールの主要成長期間とは同時期のよ うにみえるが、これは、急速な星形成とブラックホール成長のもととなる物質は類似の ものであろうことを示唆している。このように、バルジと中心の銀河の形態は、比較的 、過度に活動な時期にある宇宙において同時代に発達した。(Wt,Nk)

表面への励起状態での着地(Exciting Landings on Surfaces)

分子が表面に吸着すると、結合を形成してエネルギーを放出する。低いエネルギー結合 のため(0.5V以下)、このようなエネルギーは熱として散逸し(表面での振動やフォノン として)、電子的プロセスはありえない、と一般的には考えられていた。Gergenたち (p.2521;Auerbachによる展望参照)は、多結晶の銀フィルム上への水や一酸化窒素 (NO)、及び二酸化窒素(NO2)やキセノンの吸着が、総て電子ー正孔の対を形 成し、低い障壁のショットキー・ダイオード特性が観察されたことを示している。この 発見は化学吸着に関する通常のモデルを変えるだけでなく、センサー応用への新たな可 能性をも示唆するものである。(KU)

シートに関する外来性の振舞い(Exotic Behavior with Sheets)

超伝導が電子-音子カップリング機構によって説明される低遷移温度(Tc)超伝導体は 、一般的に運動量空間中で電子等方性対形成を示す。つまりそれらはs-波対称性を示す と言われている。しかしながら、それらの高Tc銅塩類のいくつかのように、少数の低 Tc超伝導体は、より複雑な対形成対称性を示していた。この明らかな矛盾を説明するた めのメカニズムの一つが、いくつかのフェルミ面シートの持つ付加的寄与であった 。Yokoyaたち(p. 2518)は超高分解能角度分析光子放出法を用いて、このような超伝導 体(2H-NbSe2)における異なるフェルミ面シートを解像することができ、彼 らは、根底にあるメカニズムがs-波対形成であることを確認した。(hk)

芳香族性に関する新たなねじれ(A New Twist on Aromaticity)

多くの酵素反応における補酵素の一つ、チアミン二リン酸はチアゾール基を含んでおり 、C-2の位置で求核性のカルボアニオンを形成する。Chabriereたち(p.2559;Freyによる 展望参照)は、ピルビン酸:フェレドキシン酸化還元酵素の触媒反応による分解反応に おいて、フリーラジカル中間体が、ピルビン酸の脱炭酸が生じ、酸化反応が完了する前 に部分的な局在化電子を含んでいるという結晶学的証拠を示している。触媒反応中にチ アゾール環のねじれによって、その芳香族性が大きく減少し、孤立電子の完全なる非局 在化を抑制している。(KU)

動作中のシリンジ (A Syringe in Action)

細菌からでている突起物は接合や病原性発揮の時期に特定のタンパク質とDNAを送り出 す役割を果たすと予想されてきた。しかし、その役割を直接に示すことはできていなか った。JinとHe(p. 2556)は、シュードモナス(P. syringae)のHrp線毛からタンパク質が 押し出されるのを直接に可視化した。これに用いた免疫金の標識化プロトコールは、同 様な疑問がまだ残っている別のシステムにも曖昧のない回答を提供するのに利用できる であろう。(An)

 歩け、歩くな。(Walk, Don't Walk)

視交差上核(SCN)と呼ぶ哺乳類の脳の領域における概日性時計からの信号は、なんとか して、歩行運動や休憩のようなプロセスのリズム性の行動に翻訳されなければならない 。Kramerたち(p. 2511;Barinagaによるニュース記事参照)は、SCNにおけるニューロン がトランスフォーミング増殖因子α(TGFα)を分泌し、TGFαはハムスターの視床下部に おけるコグネイト受容体に作用し、歩行運動を抑制することを示している。TGFαの発 現は歩行運動と休憩のサイクルに相関している。従って、脳において局所的に作用する 因子を分泌することは、概日性時計がサイクル的な影響を与える一つのメカニズムであ る。(An)

転写とコファクターのメチル化(Transcription and Cofactor Methylation)

ヌクレオソーム中にパッケージされたDNAを呼び出すために、ヒストン修飾因子が作用 して、それに引き続いてDNAの転写を可能にする。Xuたち(p. 2507;Nishiokaと Reinbergによる展望記事を参照)はここで、ヒストンメチルトランスフェラーゼである コアクチベーター関連アルギニンメチルトランスフェラーゼ、CARM1もまた、非染色質 基質を有し、そして2種類の別個のしかし協働する様式で働き、遺伝子の発現に影響を 与えることを示している。in vitroにおいて染色質鋳型により、CARM1は正に働き、核 受容体転写を刺激する。しかしながら、因子は、CREBの作用を妨害するアミノ酸におい てコアクチベーターCBP(CREB結合タンパク質/p300)をメチル化することにより、転 写を妨害することができる。このように、CARM1は、レチノイド受容体により転写活性 を強力にし、その一方でcAMP(アデノシ-3',5'-一リン酸)シグナル伝達を妨害するこ とができ、2種のシグナル伝達経路間でのクロストークを可能にする。(NF)

末端結合によりスクリーニング(The End-Joining Justifies the Screen)

Ooiたち(p. 2552)は、免疫グロブリンの再構成、二重鎖破壊の修復、そして酵母交配 型-スイッチングにおいて重要な遺伝子組換えの一形態である、非相同性末端結合 (NHEJ)を欠損した酵母の変異体について、全ゲノムにわたるスクリーニングを、20ヌ クレオチドの“バーコード”配列とのハイブリダイゼーションにより行った。これらの 何千もの変異体を、細胞を選択マーカーを含有する線状プラスミドまたは環状プラスミ ドによりトランスフォームする機能アッセイにより、一度に解析した。NHEJに関与する ものとして同定された遺伝子の一つ、NEJ1は、細胞が癌にならないように防御する、ヒ トタンパク質の相同体のアミノ末端と相互作用する。(NF)

幹細胞から精子へ(From stem to Sperm)

ショウジョウバエの精巣における幹細胞の運命を制御する情報伝達経路の分子メカニズ ムと空間的機構について2つの研究が光をあてている(WassermanとDiNardoによる展望 記事を参照のこと)。精巣尖部(hub)に位置する体細胞群は、精子を生産しうる幹細 胞に取り囲まれている。ショウジョウバエが必要とするときになったら、幹細胞は非対 称的に分裂して、娘幹細胞と将来成熟した精子に分化する細胞とを作り出す。Tulinaと Matunis (p.2546)及びKigerたち(p.2542)は、これらの幹細胞を未分化な状態に維持す るようにJAK-STAT情報伝達経路からの制御シグナルをhubが送り出していることを示し た。この経路に欠陥があると、幹細胞は精子形成を開始してしまう。幹細胞がどのよう にして維持され、また様々な経路に分化していくのかをもっと理解すると医学用途に有 用となるに違いない(hE)

前立腺ガンへの遺伝的手がかり(Genetic Clue to Prostate Cancer)

前立腺ガンは男性の8人に1人がかかるガンであり、アメリカ合衆国だけで毎年 32,000人もの人が死亡している。その内の約半分は染色体10p15において対立遺伝子の 欠失が見られる。Narlaたち(p. 2563)は、この領域にマッピングされる遺伝子の1つで あるKLF6は、推定上のKruppel様転写制御因子をコードするが、散発性前立腺腫瘍にお いて高頻度に変異していることを見つけた。腫瘍関連変異を含むKLF6ではなく、野生型 KLF6を一過性発現させると前立腺ガンの培養細胞の増殖を遅くする。これは細胞周期調 節タンパク質p21/WAF1を通じて仲介された効果によるものである。KLF6のこれら性質か ら、これは前立腺ガンの腫瘍抑圧遺伝子として機能することが示唆される。(Ej,hE)

近くにある有用な情報(Useful Information in the Neighborhood)

情報は多数のニューロン間にどのように分布しているのだろうか?類似した刺激特徴を 選択する皮質性ニューロンは互いに接近して存在している。Reich たち(p. 2566; Richmondによる展望記事参照) は、一次視覚皮質中の個々のニューロンからの信号を同 時に記録し、近隣のニューロンの応答は相対的にわずかな相関を持っているだけである ことを見つけた。ニューロン数ヒストグラムに応じた平均化とか、イメージが生じてい る領域での平均化とか、あるいは、場の電位での平均化を行うと、最適状態からはずれ (情報の一部が失われ)、センサー処理のような初期段階であっても、生じている情報 処理を過小評価することになる。(Ej,hE)

木の年輪による年代算定の歪み(Warping of Tree-Ring Dates)

14Cによる木の年輪の年代測定精度は、鍵となる仮定がいかに正しく成り立 つかに係っている。すなわち、平均的な大気のCO2の炭素同位体組成が、ど んな年でも中緯度の木で同一であるという仮定に立っている。この仮定についての再点 検が2つの報告で述べられている(Reimerによる展望記事も参照)。木の年輪の放射性 炭素の存在率は均等ではないという希な事実を利用して、Manningたち(p. 2532)は、紀 元前330年から紀元前1000年までの地中海地方のアナトリアビャクシン(Anatolian juniper)に基づく年代を見直した。紀元前800年頃に短期間生じた年輪の 14C/12Cの緯度方向への勾配を考慮することによって、それまで ドイツやアイルランドの年輪に基づいていた年輪年代にくらべ、22年だけ古い方に年代 をシフトした。この値は小さいが、東部地中海やエーゲ海の歴史にとっては重要な意味 をもつ。Kromer たち (p. 2529) は、現代の年輪の放射性炭素年代においても、太陽活 動減退とそれに伴う地球規模の寒冷化による、小さいが重要な地域的な差異を見つけた 。大気中の14CO2濃度の急速な増加が見られたある期間におい て、ドイツとアナトリアの木は、14C/12Cの値が異なっていたの で、見かけ上異なる年代を記録することになる。異なる地域における木の成長する季節 ずれとか、あるいは、温暖さや水分の豊富さとかの生理学的な効果がこれらの差異の原 因であろう。(Ej,hE)

分離して克服(Divide and Conquer)

メチルカチオンの特性は酸化反応、化学反応速度論、及び宇宙化学といった多様な分野 で問題となっている--いまだに、この小さなイオン分子種は分光学的な特徴づけが困難 となっている。Liuたち(p.2527)は、CH3+に関する回転分解振 動スペクトルを同定した。それは光電子分光学法の類推によって得られ、放出されたマ イナス帯電の粒子が電子ではなくて、代わりにCl-イオンであり、このケ ースではCH3Clの光解離によってつくられている。この方法は、又、他のカ ルボカチオンや遷移状態のイオン化学種にも適用されるものである。(KU)

ゲノムの刷り込みの方法(How to Imprint a Genome)

哺乳類では、ある種の遺伝子の発現はその胚の遺伝形質に依存するのではなく、彼らの 親に依存する。これは、「ゲノムの刷り込み」として知られる現象である。刷り込み遺 伝子は、出生前の成長や発生、そして行動に関与し、ヒトの病気にも当然かかわってい る。刷り込みはしばしば、影響を受ける遺伝子のDNAの新規なメチル化を含んでいるが 、しかしこうした刷り込みが配偶子形成の間にいかにして確立されるかについては、ほ とんどわかっていない。Bourc'hisたちはこのたび、母性的配偶子のメチル化機構の要 素のひとつとして、Dnmt3Lを同定した(p. 2536)。Dnmt3Lは母性的メチル化刷り込みの 確立に必要なものであり、刷り込みの維持には影響を与えない。奇妙なことにDnmt3Lは DNAメチル基転移酵素には似ておらず、刷り込み座位におけるメチル化の制御機構とし て機能している可能性がある。(KF)

動原体の異質染色質が分離を確実にする(Centromere Heterochromatin Ensures Segregation)

細胞分裂の間、新たに複製された染色体は、それぞれが自分の複製とcohesinタンパク 質を介してペアになり、まさに細胞分裂しようとしている最中に並び替えられることで 、ペアの一方が2つの娘細胞に分かれて送られるようになっている。Bernardたちは、動 原体の異質染色質性が---これはしばしば凝縮染色体の中央に向けてのくびれとして見 えるものなのだが---娘細胞の最終的分離の前に姉妹染色体を保持する重要な役割を果 たしている、ということを発見した(p. 2539)。特異的に、異質染色質タンパク質 Swi6が、cohesinの動原体との結び付きを可能にし、結果として染色体の正しい分離を 可能にしているのである。(KF)

マウスの定量的形質座位をIn Silicoでマッピングする(In Silico Mapping of Mouse Quantitative Trait Loci)

Grupeたちは、マウスの定量的形質座位(QTLs)の染色体上における場所を予測する新し い計算的アルゴリズムを記述した(2001年6月8日号の報告 p. 1915)。Cheslerたちはコ メントを寄せ、そのアルゴリズムはある重要な系統CAST/Eiがない場合にはうまくいか ないことを示唆し、その方法は「現在のQTL法の有効な代案には見えない」けれども 、通常のQTL研究への資金供給と注目を危うくしうるものだ、という懸念を表明してい る。これとは別にDarvasiは、新しい方法は正しい計算のためには多数の系統が必要と なるので「QTLマッピングの重要なケースの大半においては実用的ではない」とコメン トしている。Usukaたちは、これらに応えて、Cheslerたちによる自分たちの方法の実装 にある潜在的なエラーを同定し、自分たちの方法は通常のQTL研究を含む「マウスの遺 伝的研究における利益と生産性をはっきり増加させるはずのものだ」と述べている。さ らに、彼らはDarvasiの計算は自分たちの計算法には当てはまらないと論じ、「QTLにつ いてのいかなる新しい情報源も価値がある」と論じている。これらコメント全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/294/5551/2423a で読むことができる。(KF)
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