AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 9, 2001, Vol.294


薄氷の下(Below Thin Ice)

木星の月、エウロパは液体の水の層(エウロパの海と呼ばれる)を覆うとされる氷の殻を 持っている。その氷の殻の厚さに関して少なからぬ論議があった。Turtle と Pierazzo(p.1326;Kerrによるニュース記事参照)は、ガリレオ宇宙観測船によってエウ ロパで観測された衝撃クレータの形状とエウロパの氷について、尤もらしいレオロジ ー的性質に基づく衝撃クレータのシミュレーションとを用いて、氷の厚さの下限値は少 なくとも3〜4キロメートルであると計った。(TO)

ナノワイヤとナノチューブによる論理回路(Nanowire and Nanotube Circuitry)

従来もカーボンナノチューブまたは半導体ナノワイヤにより作られる微小サイズのトラン ジスタ素子を使った論理回路が作られていた(TsengとEllenbogenによる展望参照)。 Bachtoldたち(p. 1317、表紙参照)は、細いアルミニウム線にアルミニウム酸化物層を被 覆したカーボンナノチューブトランジスタ用に局所的ゲートを作ることに成功した。この アプローチでは、適切なパターン形成技術を用いると、同一チップ上の異なるトランジス タにアドレス出来る、異なるゲートを形成することが出来る。著者たちは利得10以上のト ランジスタと、種々の論理計算を行えるいくつかの論理回路を開発した。Huangたちは(p. 1313)、p型Siナノワイヤとn型GaNにより構成されたクロス型結合がダイオードや電界効果 トランジスタとして効果的に機能することを示している。彼等は、これらシンプルな基本 要素を組み合わせることで、論理計算に必要なOR回路、AND回路とNOR回路を形成できるこ とを実証している。(Na)

パーキンソン病におけるドーパミン-α-シニュクライン付加物(Dopamine-α -Synuclein Adducts in Parkinson's)

パーキンソン病においては、ドーパミン作動性神経が失なわれて、Lewy体(Lewy body)が α-シニュクライン形の繊維形で構成せれる。Conwayたち(p.1346)は、単離したα-シニュ クラインによって引き起こされる原繊維形成を抑制する低分子化合物を調べた。同定され た分子のほぼ全体がドーパミンと関連したカテコールアミンであった。著作たちは、ド ーパミンとα-シニュクライン間で酸化性の付加物が形成され、このことが影響を受けて いる神経においてα-シニュクライン形の繊維前駆体オリゴマー、あるいは原繊維の安定 化と蓄積に導びくことを提案している。(KU)

転移のプロファイル(Profile of Metastasis)

ガンによる死亡のほとんどは、悪性細胞が原発腫瘍から移動して、遠くの健康な肝臓と か脳とか骨とかの器官に「侵入」することによって生じる。これを分子的に研究するた め、転移(metastasis)と呼ばれるこのプロセスを、Sahaたち(p. 1343; Marxによる12 October ニュース記事参照 )は、ヒトの結腸直腸ガンが純粋に肝臓転移する時に活性化 する遺伝子を同定するために、遺伝子発現プロファイル法を利用した。PRL-3 遺伝子は 小さなチロシン 脱リン酸酵素をコードしており、腫瘍の初期段階と比較して、一貫し て転移部で高度レベルで発現しており、転移のサブセットでは選択的増幅がDNAレベル で行われている。(Ej,hE)

アイルランドの最近の気候(Ireland's Recent Climate)

過去1万年の北半球における多くの気候の記録はあまりに分解能が低いため、最高分解能 で見られる10年周期の事象が局所的なものかあるいは地域的なものか、また緩やかな事象 における急激な事象は、気温に対してより影響を与えてきたのかどうかについて決定でき ない。McDermottたち(p.1328)は、南西アイルランドの石筍(stalagmite)から高解像度の 酸素同位体記録を示した。それには、グリーンランドからのアイスコアに保存されている 高い頻度で見られる多くの気候変動が、もっと南方まで拡大していたことが観察される 。おそらく北大西洋の熱塩(thermohaline)循環の変化によって引き起こされる多世紀に渡 る振幅や循環が、この地域気候に1500年の平均期間で起こる流氷の事象よりも、強い影響 を与えてきたことが表われている。(TO)

溶媒和アニオン(Solvating Anions)

イオン溶媒和に関する初期段階における基礎的研究のほとんどはカチオンに焦点があて られており、小さなサイズのカチオンは溶媒分子と強い相互作用をして小さなクラスタ ー形成を促がす。より大きなサイズのアニオンでも類似の研究が行なわれたが遥かに難 しい。Wangたち(p.1322;Staceによる展望参照)は、4個から40個の水分子を持つ2つの2 価のアニオン分子、硫酸塩(SO42-)とシュウ酸塩 (C2H42-)の水和に関するフォトエミッションの研 究データーを報告している。クラスターへの水分子の数の増加と共に、アニオン的特徴 から溶媒的特徴への段階的な移り変わりが観測された。このことはアニオンがクラスタ ー表面に存在しているのではなく、バルクな溶液中におけるアニオン種と全く似たよう な溶媒和であることを示唆している。(KU)

凝縮物質の階級に加わる(Adding to the Ranks of Condensates)

ボース-アインシュタイン凝縮物質(Bose-Einstein condensate BEC) においては、全原子 が同一の量子的基底状態にある。アルカリ原子の集合体を冷却して、BEC を形成したとい う最初の報告以来、他の原子種を凝縮するための努力が続けられてきた。しかしながら 、ある選ばれた少数の元素についての成功に限られている:ルピジウム、ナトリウム、水 素、ヘリウム、リチウムである。Modugno たち (p.1320) は、従来にはない方法により 、適当な衝突過程を用いてルビジウムとカリウム(K) の原子の混合物を冷却した。このよ うにして、彼らは、直接的なレーザー冷却の限界を乗り越え、K を凝縮可能な原子種のリ ストに付け加えた。この、他の原子種を用いてある原子種を共鳴的に(sympathetically) 冷却する手法は、BEC リストを拡大する一般的な道筋を与える可能性がある。(Wt)

受容体の運命をたどりながら(Following the Fate of Receptors)

Gタンパク質結合受容体(GPCRs)はリガンド結合によって活性化されるが、そのシグナル 出力も受容体の内部移行や分解によって制御される。しかし、このシグナル制御のメカ ニズムについてはよく分かってない。Shenoyたち (p. 1307) は、Mdm2タンパク質が βアレスチンと関連していると報告している。このMdm2は、一般的にはp53腫瘍サプレ ッサータンパク質の量を制御するユビキチンリガーゼとして知られているものである 。βアレスチンは活性化されたβ2-アドレナリン受容体のユビキチン化を促進するよう に見え、受容体とβアレスチンのユビキチン化のそれぞれは、受容体のインターナリゼ ーションとタンパク質分解のそれぞれに、個々に働きかけるように見える。例えば、 Mdm2 を欠く細胞ではβアレスチンのユビキチン化が起きなくなり(受容体については 、この限りでない)、その結果受容体のインターナリゼーションが減少するが、受容体 分解には影響しない。(Ej,hE)

 鋳型なしポリメラーゼを分ける(Splitting a Template-less Polymerase)

全ての転移RNA (tRNA)は、3'末端に5'-CCA-3'配列を持っており、これがアミノ酸付着 部位として作用する。多くのtRNAにとって、CCA配列はCCA付加酵素によって付加される が、この酵素はこれらの付加作用に鋳型(テンプレート)を必要としないRNAポリメラ ーゼである。Tomita と Weiner (p. 1334) は、細菌Aquifex aeolicus中のCCA付加酵素 が、CCを付加する酵素と、Aを付加する2つの独立した酵素からなっていることを見つ けた。このことは、この酵素がポリアデニル酸ポリメラーゼが進化して、CCを付加する 能力を持つようになったことを示唆している。(Ej,hE)

酸素のセンシングについての酵素学(The Enzymology of Oxygen Sensing)

酸素の量が限定される(低酸素になる)と、哺乳類の細胞は、酸素の配達を増強する遺 伝子、あるいは利用できる酸素の減少に合わせて代謝の調節を促進する遺伝子、の転写 を増加させることによって対応する。この適応応答は低酸素-誘導性因子(HIF)によって 仲介されるが、この因子は、低酸素状態では安定であるが、そのタンパク質にある特定 のプロリン残基がヒドロキシル化されると酸素の存在下で分解の標的となる転写因子で ある。BruickとMcKnightは、この翻訳後修飾に責任のある、進化的に保存されてきた酵 素HIFプロリル・ヒドロキシラーゼのあるファミリを同定した(p. 1337)。この酵素の発 見は、低酸素が重大な役割を示す多くの病気、たとえば虚血性心疾患や卒中、に対する 新しい治療の可能性を開くものとなる可能性がある。(KF)

ダイナミックな再生(Dynamic Reconstitution)

微小管は細胞の細胞骨格におけるキー・コンポーネントである。細胞内で微小管は、絶 え間なく成長した後突然急速に分解するという"動的不安定性"として知られるプロセス で絶えず変形している。試験管内での微小管は、もっと予想が可能でかつ安定である 。今回Kinoshitaたち(p. 1340)は、新しいシステムを開発し、そのでは、精製したコン ポーネントを用いて重合と脱重合の生理学的速度を測定してまとめた。(hk)

トリソラックスを馴化(Taming Trithorax)

ショウジョウバエのトリソラックス(Trithorax)クラスのタンパク質は、遺伝的な遺伝 子発現パターンを維持することを補助し、種の間に高度に保存されている。例えば、ヒ トのトリソラックス同族体の染色体の転座は、乳児の白血病に関連する。Petrukたち(p 1331)は、このタンパク質を精製し、それが他の2つの因子、つまり活性化補助因子とヒ ストンアセチラーゼであるCBPと哺乳類のシステムにおいてアンチホスファターゼとし て知られているタンパク質Sbf1、と複合体を形成することを発見した。ヒストンのアセ チル化とリン酸化の両方は、転写活性を刺激するトリソラックス複合体の作用において ある役割を果しているのかもしれない。(An)

コレステロールの配達(Delivering Cholesterol)

グリア細胞は、ニューロン間のシナプスの形成を促進するが、Mauchたち(p 1354;BarresとSmithによる展望記事参照)は、シナプス形成を促進するグリア細胞の因 子を同定した。この因子は、apoEリポタンパク質と複合したコレステロールである。シ ナプスの構築は、シナプス小胞のような成分のための新しい膜の形成を必要とするが 、このため必要となる余分なコレステロールがグリア細胞によって作成される。(An)

GILT、無罪(Not GILT-y)

免疫応答が始まったとき、抗原提示細胞の細胞内コンパートメント内で、抗原は提示の ための処理を行われなければならない。しかし、抗原性タンパク質には、しばしば、そ のタンパク質の分解および提示を阻害する可能性があるジスルフィド結合を含有する。 Maricたち(p. 1361; Wattsによる展望記事を参照)は、ここで、後期エンドソーム中 で見られる、インターフェロンγ-誘導性チオールレダクターゼ(GILT)は、ジスルフ ィド結合抗原を提示する際に重要であることを示している。GILTを欠損するノックアウ トマウスは、モデル抗原である雌鶏卵リゾチームを含め、ジスルフィド結合抗原の処理 および提示にはそれほど効率的なものではなかった。(NF)

予期せぬ生存シグナル(An Unexpected Survival Signal)

住血吸虫は、そのライフサイクルの中の一部をほ乳動物の肝臓中ですごし、そこでは繁 殖および伝播のために宿主に慢性的に感染している。この寄生虫は、内分泌系および免 疫系から生じるシグナルを含め、宿主由来のシグナルを通じてその環境の変化を検出す ることができる。様々な系統の免疫欠損マウスを使用して、Daviesたち(p.1358)は 、住血吸虫のライフサイクルの肝臓期は、肝臓中の特異なリンパ球サブセットに依存し ているようであることを報告している。これらの細胞は、CD4共受容体を発現するが、T 細胞発生のために通常必要とされるクラスIまたはクラスII主要組織適合性分子の発現 には依存していない。これらの特別な肝臓T細胞により、寄生虫がその宿主の免疫学的 健康状態の変動を検出することができるようにするようである。(NF)

高次皮質領域の組織構造(The Organization of Higher Cortical Areas)

脳に傷害を受けた人を注意深く分析することで、空間処理において頭頂の皮質が役割を 果たしていることは長く知られてきた。それに加えて、サルにおける記録からは、頭頂 の皮質性ニューロンが、網膜中心の座標系における標的の位置をコードしたり、更新し たりする可能性があることが示唆されている。しかし、視空間における記憶場所が、皮 質の複数のサブ領域にわたってシステマティックに配列されているかどうかは、知られ ていない。従来行なわれた機能的磁気共鳴映像法を用いた研究では、初期視覚領域の網 膜場マップが記述されてきた。自分たちの以前のマッピングの方法を巧妙に変更するこ とで、Serenoたちは、サッカード眼球運動の標的として覚えた場所をコードする領域を マップすることを試みた(p. 1350)。彼らは、ヒトの頭頂の皮質に、網膜場座標系にお ける対側空間をマップする領域を発見した。著者たちは、この領域がサルの外側頭頂内 領域と相同的である可能性があると示唆している。(KF)

薬物習慣性と海馬(Drug Addiction and the Hippocampus)

Vorelたちは、海馬のある特定の領域を電気的に刺激するだけで、ラットのコカイン自 己投与行動が消滅した直後、再発する、と述べた(2001年5月11日号の報告 p.1175)。 BerkeとEichenbaumは、コメントを寄せて、別の解釈を示唆している。それは、海馬の 役割は、彼らが主張するには、行動の「消滅の『記憶』を提供する」ことにあり、 Vorelたちの実験における電気的刺激は、コカイン探索行動を「禁じる海馬の役割」を 妨害した、というものである。VorelとGardnerは、電気的刺激は「海馬の機能の不活性 化ではなく、活性化を表現しているように見える」と応じながらも、海馬の薬理学的不 活性化を行なえば海馬の正確な役割を決定するのに有益であろう、ということについて は、同意している。これらコメント全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/294/5545/1235a で読むことができる。 (KF)
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