AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 19, 2001, Vol.294


地殻の短縮と押出し (Crustal Shortening and Extrusion)

インドがユーラシアにぶつかる大陸同士の大きな衝突は高くそびえた立つチベット高原 、大きな断層地帯そして地殻変形に関する研究の天然の実験場を形成した。Wangたち (p.574)は、中国全域における地殻運動の広範囲な運動モデルと10年間の測地学データと を結びつけた。彼らは、変形の90%はチベット高原を造る地殻短縮(crustal shortening)に、残りの10%は地殻を東方向すなわち中国東南部へと押出し (Extrusion)、回転させることに使われていることを発見した。(TO,Nk)

DNA中のイオン注入キャリア伝導(Ion-Gated Carrier Transport in DNA)

多くの実証研究あるいは理論研究は、DNAを通過する電子と正孔の伝導メカニズムを明ら かにすることを狙ってなされた。Barnettたち(p. 567)は、リン酸基と相互作用する水和 された対イオン(counterions)であっても正孔伝導度に大きな影響を与えられることを 示すために、分子動力学シミュレーションと第一原理による構造計算を採用した。水和イ オンの封入は、輸送を促進する螺旋体の関連する動きをし易くする。実証的研究によって 、荷電してないメチルフォスフォネイト架橋(methylphosphonate bridges)を含むDNA鎖 中では電子伝導度が下げられるということが明らかになった。(hk)

成層圏が天候に与える影響(Stratospheric Effects on Weather)

対流圏における強力な対流風により1週間を超える天候予報を困難なものとしている。対 流圏の直上に存在する成層圏は非常に安定しているが地表の天候パターンに有意の影響を 与える、と考えられることはほとんどない。BaldwinとDunkertonは(p. 581、Kerrによる ニュース解説も参照)、およそ50Km上空の成層圏の対流風循環が強く変化し、対流圏まで 降下することで、その地域の天候に影響を与えている証拠を示している。これらの事象発 生後、何ヶ月もの間、地上の気圧が系統的に変化し、北極振動、北大西洋振動と呼ばれる 大規模な気圧パターンに反映される。この効果を研究することにより嵐の発生や、その進 路の予測をより正確に予測することが可能となるだろう。(Na)

レミュアの起源(Lemur Origins)

体の小さな夜行性のレミュアは2種類の遠縁に分類され、その一つはマダガスカルの Lemuriformesであり、他の一つはアフリカやアジアにいるLorisiformesである。化石や分 子的記録からこれらのがどのような順序で進化したかはほとんど試料がなく、かつ、矛盾 をはらんでいる。Marivauxたち(p. 587)はlemuriformの化石であるBugtilemur mathesoniをパキスタンの漸新世の砂の堆積中に見つけた。マダガスカル外部での lemuriformsの多様化が少なくとも3千万年以上前にあったことは、すなわち、マダガス カルがインドから分離した時より、5千万年以上後である。つまり、lemuriformsは、マダ ガスカルとアジアの陸橋が存在したか、あるいは、大陸分離の後、アジアで独自に進化し たかのどちらかである。(Ej)

いっそう良く接触する(Making Better Contacts)

単分子の導電性の研究によれば、広い範囲の伝導率の値を示すが、その理由の1つは個 々の分子を信頼性の高い接触させることが困難なためである。Cui たち (p.571; Hipps による展望記事を参照のこと) 金の表面に自己組織化したアルカンチオール分子に、金の ナノメートルサイズの粒子を共有結合性に付着させる方法について記述している。1つか ら5つの分子に接触していると考えられる電流-電圧曲線が観察されている。そして、この 曲線は単一の接触の曲線の整数倍に比例的に変化している。その結果は理論的に予測され ている伝導率の6倍の範囲内で一致する。(Wt)

雲が無くなって(Out of the Clouds)

熱帯地方の森林伐採は、炭素除去の減少や、生息地の喪失、生物多様性の減少、浸食の増 加のような明白な一次的な損失がある。しかし、二次的な損失にはどんなものがあるだろ うか?Lawtonたち (p.584) は、衛星による雲の像と局地的な大気のモデルを用いて 、Costa Rica の低地森林の伐採により、乾季の曇天の割合を減少させるのに十分な程度 の表面エネルギー収支の変化が生じることを示している。この曇天の割合の減少は、今度 は風下の山地性の雲の森林から、それらが生き残るのに必要な水分を奪い去る。(Wt)

沈込みの開始(Starting Subduction)

プレートの沈み込み(サブダクション)が、プレートを曲げ、やがて、これが折れて沈込 み帯を形成していく過程は今までよく分かっていなかった。Regenauer-Lieb たち(p. 578)は、1キロメートル以下の解像度で、リソスフィア(岩石圏)のレオロジーデータに 基づく有限要素モデルを使い、水が沈込み帯の開始にどのような役割を演じるのかを解析 した。このモデルにおいて、堆積物による負荷(大陸-海洋境界部の受動的状態と似てい る)をリソスフィアにかけ、リソスフィアの水分を変化させた。水の量を増やすと 、100万年以上の経過時間の後、リソスフィアに狭い剪断ゾーンが発達し、これによって 沈込み帯が形成された。このことから、沈み込みは、熱弾性と熱レオロジーの2重フィ ードバック系が水による潤滑効果によってなされていることを示唆している。(Ej)

性と適応度(Sex and Fitness)

性染色体組換えに関する適応度有位性の実験的評価は、相反する実験結果により妨たげら れていた。RiceとChippindale(p.555:Lenskyによる展望参照)は、非組換え複製と随意に 組換えをした複製を直接比べた一連のショウジョウバエの実験を提供している。非組換え 集団においては、系統内の可変性は予期されたように非常に高いが、しかしながら好まし い対立遺伝子におけるその平均的増加はわずかであり、8世代ぐらい後には飽和している ようである。組換え系統の場合、その適応度は実験の間ずっと増加しつづけていた。(KU)

 血管と器官の発生(Blood Vessels Originating Organs)

血液は、器官を持続したり酸素を与えたりするだけではなく、2件の報告によれば、血管 の内皮が器官の発生に重要な役割を果すことを示している(BaharyとZonによる展望記事と Seydelによる9月28日のニューズ記事参照)。Lammertたち(p 564;表紙参照)は、膵臓の分 化とインシュリンの発現に必要な信号が内皮によって提供されることを発見した。アフリ カツメガエル胚の背側大動脈を除去するとインシュリン発現が出来なくなるが、トランス ジェニックマウスの後側の前腸における血管新生が異所性島形成とインシュリンの発現を 引き起こした。Matsumotoたち(p 559)は、flk-1変異体マウスと胚組織の外植体システム と血管形成の阻害薬を用い、血管の血流の前に、内皮細胞が肝臓の発生を促進することを 示している。(An)

p53の秘密を明かに(Worming Secrets Out of p53)

p53癌抑制遺伝子は、最も頻繁に変異するヒトの癌遺伝子である。哺乳類細胞の研究から p53に関する多くのことが分ってきたが、p53の機能と制御の理解は、遺伝的に利用できる システムがなかったため、遅れていた。Derryたち(p 591)は、線虫(C. elegans)における p53同族体を同定した。今まで、線虫にはp53がないと思われていた。cep-1と呼ぶこの遺 伝子は、アポトーシスと生殖系列における減数分裂の染色体の分離において機能し、体細 胞における環境関連ストレスの応答を仲介する。この線虫C. elegansのシステムによる遺 伝的な可能性は、p53と他の癌関連遺伝子に関する新しい洞察を導くであろう。(An)

神経堤を乗りこなせ(Riding the Neural Crest)

中枢神経系および末梢神経系とを連結する回路網を一緒につなぎ合わせるためには、複雑 な組み立て指示書付きの配線図が必要とされる。BegbieとGraham(p. 595)はここで、ニ ワトリ頭部において、末梢上鰓プラコード(epibranchial placodes)から後脳に向けて 伸びるニューロンが、後脳から外へ反対方向に移動する神経堤細胞により定められた痕跡 に従うことにより、それらの方向性を見出していることを示す。これらの神経節の連結は 、後に、口腔から脳への味覚などの感覚情報をリレーする。(NF)

シグナルの組み立て(A Signal Assembly)

シグナル認識粒子(SRP)は、活性なリボソームと内部の膜とを架橋し、そして膜タンパ ク質の共働的な合成と挿入を可能にする、RNA-タンパク質複合体である。Wildたち(p. 598)は、GGAGテトラループにより閉じられているステム-ループ構造からなるSRP RNAの ヘリックス6による複合体中の、タンパク質構成要素の一つであるSRP19の構造を、1.8オ ングストロームの解像度で明らかにした。この複合体は、SRPの組み立てにおいて初期の 中間体の一つであると考えられているが、認識が主として、直接的なヌクレオチド-アミ ノ酸の接触ではなく水分子の層により媒介されている、厳密な相補性に依存していること を示している。(NF)

総てを数える(Everybody Counts)

生物は時間と空間において不連続な存在であるが、生態学的モデルのほとんどが連続した ものとして集団をシミュレートしている。格子モデルでは不連続数をもつ集団を取り扱う ことができ、この方法を用いてHensonたち(p.602)は、小麦粉につく虫、Tribolium集団の 実験室での研究から、生物がしみというよりも点として扱われるかどうかが重要であるこ とを示した。格子効果を考慮すると、生態学的モデル、特に保存生物学や野生生物の管理 において用いられる複雑な動力学をもつモデルの予想を劇的に変えるものである。(KU)

ガンマ・デルタT細胞は興味を起こさせる(gamma delta T Cells Get Under the Skin)

ガンマ・デルタT細胞受容体を担うT細胞は、皮膚の表皮細胞の中に多数存在する。ガンマ ・デルタT細胞が真皮の統合性に寄与することについての証拠は、そうしたリンパ球が悪 性腫瘍に対して皮膚の保護を行なうことを示したGirardiたちによる研究よって増大して いる(p. 605;また、Pardollによる展望記事参照のこと)。ガンマ・デルタT細胞が存在し ない場合、マウスは、実験的に導入された皮膚癌形態に不十分にしか対応できなかったわ けなのである。悪性腫瘍の導入は、タンパク質Rae-1の上方制御と関連していた。このタ ンパク質Rae-1は、試験管内でガンマ・デルタT細胞株が癌細胞を殺すのに寄与していた 。結合の研究は、Rae-1がガンマ・デルタT細胞上のNKG2d受容体と相互作用していること を明らかにしたが、このことは、このリガンドがヒトにおける腫瘍に関連したMICA/Bタン パク質の機能的相同体である可能性があることを示唆するものである。(KF)

過去が未来の鋳型になる(The Past Molds the Future)

トリパノソーマ類は、細胞の周囲をらせん状に巻く特徴的な鞭毛をもっている。この複雑 な構造は、細胞分裂によって生じる娘細胞に、どのようにして引き渡されるのだろう? Moreira-Leiteたちは、このプロセスを吟味し、新しい鞭毛と古い鞭毛が、分裂の間物理 的にリンクしていることによって、構造上の形態が直接母から子孫に引き渡されるように なっている、ということを発見した(p. 610)。この種の形態形成の遺伝は、cytotaxis(細 胞走性)として知られているものである。(KF)

鳥類における食料供給の変化、繁殖時期とエネルギー消費の関係(Variation in Food Supply, Time of Breeding, and Energy Expenditure in Birds)

地球温暖化の影響の1つは、鳥類のえさとなる食物が年々早く得られるようになることで あり、多くの種は繁殖の時期を早めることでこれに応じるようになっている。繁殖の時期 が異なる鳥類集団の代謝率と寿命を測定することによって、Thomasたちは、食物供給のピ ーク時と繁殖時期とが合わないことからくる親鳥による過剰な代謝の努力のせいで、成鳥 における生殖のための努力が減ることになっている、と結論づけている(2001年3月30日号 の報告 p. 2598)。VerhulstとTinbergenはコメントを寄せ、こうした結論に抗して 、Thomasたちの報告は集団内の鳥の残存率の比較における「解釈上の問題」の影響を蒙っ ていること、また「実験によってのみ、繁殖時期」と「それ以外のパラメータとの因果関 係を実証することができる」ということ、を報告している。これに応じて、Thomasたちは 、彼らオリジナルの「独特な自然実験」提示を明らかにし、自分たちのデータは「現時点 での努力と将来の生殖上の見通しとの間のトレードオフを予測する理論と整合している 」と主張している。これらコメント全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/294/5542/471a で読むことができる。(KF)
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