AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 12, 2001, Vol.294


銀の裏打ち(Silver Liners)

ナノメートル単位の材料は様々な興味深い特性を示す。しかし、その全てがカーボンナノ チューブのような強度と安定性を持つわけではない。例えば、微小金属構造は酸化により 急速に破壊されるが、巧妙な化学的なトリックと鋳型手法のトリックを用いることによっ て安定性を改善することが出来る。カリックスアレン化合物(calix[4]hydroquinone)のナ ノチューブを合成した最新の合成研究に基づき、Hongたちは(p. 348、表紙も参照)、これ らのチューブ内に銀イオンを閉じ込めて、幅0.4ナノメートルのナノワイヤーを形成した 。これらのチューブにより支持されたワイヤーは空気や水の中の環境において長期間の安 定性を示している。三次元配列された支持チューブ内に形成されたこれらのワイヤーは限 局現象を研究するためのモデルシステムや、ナノメートルサイズのデバイスのコネクタ ーとして用いることが出来る可能性がある。(Na)

月のチリに残されたメッセージ(Messages in Moondust)

アポロ 宇宙船によって持ち帰られた月の表面は、太陽における対流から月の形成にいた るまで、太陽系内で進行する様々な過程を測る有用な資料である。Nishiizumi(西泉)と Caffee (p.352) は、アポロ17号による月の土壌の中土の余分にあるベリリウム-10 を定 量し、彼らは、これを高エネルギーの銀河系あるいは太陽宇宙線ではなく、むしろ低エネ ルギーの太陽風に起因するものと考えている。推算されたフラックス量は、ベリリウム- 10は、太陽大気中で形成され、より深いところにある太陽対流層での混合を受けずに、太 陽風中へ直接に放出されたものであることを示している。原始地球と地球に衝突した火星 の大きさの火球との間の巨大衝突により、月は形成されたと思われる。アポロによりもた らされた月の土壌中の酸素同位体濃度に関する Wiechert たち(p.345)の解析によると 、酸素同位体は一様で、地球の測定値に類似していることを示している。このように、原 始地球と、仮説として考えられている地球よりは小さな火球は、おそらくは、太陽からお よそ等距離において形成された類似の物質からなっていた。(Wt,Nk,Tk)

磁場誘導量子臨界(Magnetic Field-Induced Quantum Criticality)

ゼロ度の極限温度において、圧力、電場、あるいは化学的置換のような外部パラメータを 印加することで相変化が誘導される量子的臨界状態は、関連する系の実証研究と理論研究 に対して豊かな研究の土壌を提供することが分かっている。しかしながら、これらの系の 調整には、系の大きさの限界であるとか、より興味ある現象を隠蔽する可能性のある攪乱 を導入しかねないとかの、系自身の問題を孕んでいる。Grigeraたち(p. 329; Aeppliと Sohによる展望記事参照)は、磁気的に調整可能な、厳密に定義できる量子的臨界点の存在 を明らかにするルテニウム酸塩Sr3Ru3O7における磁 気遷移データを紹介している。この遷移についての、より厳密な温度依存性に関する実験 からは、現在の量子的臨界について解釈では容易に説明できない振る舞いが明らかになっ た。(hk)

不連続面を分割する(Splitting a Discontinuity)

地震探査データによって、マントルの中に地球全体に分布する深さ410Kmと660Kmの2つの 速度不連続面と、あまり明確ではなく地球全体に分布していない深さ510Kmにおける3つ目 の速度不連続面の存在が言われてきた。Deuss とWoodhouse(p.354;Vidaleによる展望記事 参照)は、520Kmの不連続面に対して、深さ500Kmと560Kmのそれぞれに 速度不連続が存在するという輪郭を描いた。彼らは、速度不連続面をガーネットからペロ ブスカイトへの相転移が原因であるとした。不連続面の深さの差異は、小さな温度や組成 の変動に関係するか、あるいはこれが、中層マントルのレオロジーの変動範囲を制約する ことになるかも知れない。(TO)

哺乳類の中耳(Mammalian Middle Ear)

哺乳動物の中耳は、下顎から中耳へと骨の移動によって進化したものと考えられているが 、この仮説を支持する化石証拠が無かった。Wangたち(p.357)は、中国における白亜紀時 代の二頭の哺乳動物の中に良く保存された下顎のメッケル軟骨(Meckel'scartilage)を見 つけた。メッケル軟骨は歯骨と耳をつないでおり、多分この二頭の哺乳動物においては中 耳として機能していたものであろう。二個の頭蓋骨の形態から、哺乳動物における歯骨は 咀嚼を強くするために進化の時代を通してより大きくなり、一方後部歯骨ユニットはヒア リングを強化するために小さくなったことを示唆している。最終的には、この後部歯骨は 頭蓋中において二つの耳小骨を形成するために分離して、下顎から完全に分かれた。(KU)

地球の磁場を感じる(Feeling the Earth's Magnetic Field)

脊椎動物が地球の磁場によって方位を知ることに関する2つの報告がなされている(Brown よるニュース記事参照)。フロリダで孵化した後、若いウミガメは、北大西洋のサルガッ ソー海の周りを旋回して移動する。Lohmannたち(p.364)は、旋回の周囲における3つの異 なる地理的位置と対応する、異なる磁場にいる孵化したばかりのウミガメを調べた。若い ウミガメは、異なる磁場において旋回以内に方位を保つ方向に向いている。このこちは 、若いウミガメは局所的な地磁気の場が遺伝的にプログラムされていることを示唆してい る。Nemecたち(p.366)は、哺乳動物における磁場方向の知覚と神経の関係を決定した。ほ とんど完全な地下生活を可能にするザンビアデバネズミの中脳蓋上丘(superior colliculus)のニューロンは、磁場刺激によって選択的に活性化される。(TO)

結合だけのために(Only Connect)

インテグリンは、大型の、ヘテロ二量体(αβ)膜貫通型タンパク質であり、そのリガン ドとの強固でかつ制御された相互作用に基づいて、多くの細胞外構成要素と結合するだけ でなく、その他の細胞接着タンパク質とも結合する。インテグリンは、接着、遊走および 増殖などの正常な細胞プロセスにおいて重要なものであり、そして腫瘍形成および転移な どの病理学的状態にも関与している。Xiongたち(p. 339;HumphriesとMouldによる展望 記事および9月7日のCouzinによるニュース記事を参照)は、αVおよびβ3の複合体の細胞 外領域の結晶構造を提示する。そのなかには12個のドメインがあり、卵型の“頭部”およ び二つの“尾部”を形成する。そのなかでも特 に興味深いのは、αV鎖に由来するアミノ末端の“7枚羽の”βプロペラ構造およびβ3鎖 に由来するAドメインである。このような一対のドメインは、グアニンヌクレオチド結合 のαおよびβサブユニット、すなわちGタンパク質間のインターフェースと同様のインタ ーフェースを形成し、そしてたとえばフィブロネクチンなどの多くのイ ンテグリンリガンドに存在するArg-Gly-Aspトリペプチドモチーフに対する結合部位も含 有する。(NF)

カルシウムに対するはじめの一歩(Getting First Dibs on Calcium)

L-型電位依存性チャンネル(LTC)を介して細胞に流入するカルシウムイオン (Ca2+)は、中心的な神経機能に関与する特定の遺伝子の発現と関連してお り、その一方でその他の手段で細胞に流入するCa2+は、別の作用を起こす ことができる。Dolmetschたち(p. 333; Ikedaによる展望記事を参照)は、うまい実 験ストラテジー、すなわち機能的ノック・イン技術を使用して、細胞シグナル伝達にお ける特異性の理解の困難な側面を探求する。彼らはまず、チャンネル阻害剤に対して抵 抗性のLTCを操作して、その後、阻害剤で処理して内在性のチャンネル機能を排除した 培養初代ニューロンにおいて、それを発現させ、そして解析した。LTCのカルモジュリ ン-結合領域は、転写因子CREBおよびMEF-2のCa2+-誘導性活性化にとって本 質的である。したがって、LTCを介して流入するCa2+は、一見するとチャンネルの入り 口にすでに位置しているカルモジュリン分子によって検知される。カルモジュリンのこ の活性化は、p42およびp44マイトジェン-活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)の持続的 な活性化に必要とされており、それがその次に核内でのシグナルをオンにすることを意 味している。(NF,Tn)

 炭素-炭素結合をつくる(Creating Carbon‐Carbon Bonds)

クラスⅠのアルドラーゼは炭素-炭素結合形成を触媒し、それ故に立体特異的な有機合 成における生体触媒として関心が持たれている。Heineたち(p.369)は低温結晶解析法を 用いて、タイプⅠのアルドラーゼであるD‐2-デオキシリボース‐5-フォスフェートア ルドラーゼ(DERA)とカルビノールアミン、及びシッフ塩基の二つの共有結合中間体を 1、1オングストロームの分解能でその構造を決定した。部位特異的変異誘発法と核磁気 共鳴データと共に原子レベルでの分解能による構造情報を用いて、著者たちは本質的な 触媒残基の総てを描写する詳細なメカニズムを提案している。彼らは、活性サイトにお ける水分子が触媒作用においてプロトン移動を仲介していることを見い出した 。(KU,Tn)

糖脂質と細菌の細胞壁(Glycolipids and the Bacterial Cell Wall)

バンコマイシンだけが、特定のグラム陽性菌の感染に対して用いることができる唯一の 抗生物質となる場合があるが、バンコマイシン抵抗性の細菌系統の増加が主要な公衆衛 生問題となりつつある。バンコマイシンの糖脂質誘導体の大腸菌への効果の分析によっ て、Eggertたち(p 361)は、この誘導体が細菌を殺す機構は、バンコマイシンの機構と 違うようであることを発見した。この結果は、バンコマイシンの修飾がバンコマイシン の有用性を拡大するかもしれないことを示唆している。(An,Tn)

タンパク質リン酸化酵素Bを制御(Regulating Protein Kinase B)

タンパク質リン酸化酵素B(PKB)は、成長因子情報伝達と細胞生存と癌性表現型への形質転 換の重要な制御因子として認められてきた。Mairaたち(p 374)は、物理的にPKBと相互作 用したタンパク質をスクリーニングし、特定のヒトのタンパク質を同定した。カルボキシ 末端修飾因子タンパク質(CTMP)と呼ぶこのタンパク質は、形質膜にお いてPKBに結合し、リン酸化酵素の活性化を抑制する。CTMP発現の抑制は、PKBの活性化を 増強したが、PKBのウイルス同族体を発現する細胞は、形質転換され、異常に増殖し、生 体内で腫瘍を形成することができた。しかし、CTMPを安定に発現したこのような細胞のク ローンの増殖は、もっと遅く、生体内で腫瘍を形成できなかったか、あるいは形成された としても腫瘍の増殖はもっとゆっくりしたものであった。このように、CTMPは、PKBの重 要な制御因子のようである。PKBは、インシュリン情報伝達から細胞のアポトーシス防衛 までのような主要な役割を果す酵素である。(An)

NCAMをそのままに保つ手助け(Helping NCAM Stay Unattached)

ポリ-α2,8-シアル酸(PSA)は、しばしば神経細胞接着因子(NCAM)に付着する細胞表面に発 現するオリゴ糖である。そうした修飾の正確な役割ははっきりしていないが、それは神経 系の発生や可塑性また特定の腫瘍の発生における非常に興味をそそる役割と関連している 。Mahalたちは、このたび、N-butanoylmannosamineを取り込んで自然にはないシアル酸を 形成することには、培養されたニューロンやその他の培養された細胞におけるNCAMのそれ 以上の修飾を特異的かつ可逆的に抑制する、ということを報告している(p. 380)。そうし た阻害薬の有効性は、PSAの生物学的役割の新しい理解の可能性を約束するものである 。(KF)

大気中の二酸化炭素変化のインバース・モデリング(Inverse Modeling of Atmospheric Carbon Dioxide Fluxes)

Bousquetたちは、20年間にわたる大気中の二酸化炭素の観測結果にインバース・モデルを 適用し、大気中の二酸化炭素の経年変化について洞察を得た(2000年11月7日号の報告 p. 1342)。Kaminskiと Heimannは、観測された大気中の二酸化炭素の濃度の一貫性は、モデ ルが有効であるには「それ自体では不十分である」と指摘している。これは、観測結果と の整合がより大きいが、大きな明らかに無効であるヨーロッパ上の二酸化炭素のシンクを 含む別の変化場を提示することで彼らが強調しているポイントである。Peylinたちは、彼 らの推定はモデル化された濃度と観測された濃度の整合に基づいているだけではなく、ソ ースとシンクの地域的空間構造に関する独立した知識にも基づいている、と応じている 。彼らはまた、疎なデータに基づいて大規模の大気のプロセスをモデル化する際の理想的 な分解能を見出す際の一般的な問題についても論じている。これらコメント全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/294/5541/259a で読むことができる。 (KF)
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