AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 27, 2001, Vol.293


窒素固定の共生生物 (Nitrogen-Fixing Symbiont)

α-プロテオバクテリアであるSinorhizobium melilotiは、有益な植物(アグロバクテリ ウム属)や動物(ブルセラ)の病原体との親和性を有するだけでなく、マメ科植物との共 生生物でもある。この相利共生は、陸生エコシステムで固定される約一億トンの窒素の うちのかなりの割合を占めている。Galibertたち(p.668)は、三つのレプリコン(一個の 染色体と二個のメガプラスミド)からならS.melilotiの6.7-メガベースのゲノム配列を 解析した。幾つかの驚くべき特徴としては、タイプⅢ分泌系やσ因子rpoS、そしてニト ロゲナーゼnifQが明らかに欠失していることと、レプリコン中への幾つかのクラスの挿 入エレメントの分画、26ヌクレオチドサイクラーゼ、タイプⅣ分泌系、及び二つのタイ プの線毛遺伝子が存在していることである。(KU,Kj)

凝縮物質の中のショッキングな挙動(Shocking Behavior in Condensates)

欠陥はしばしば望まれないものではあるが、それらを制御して導入することは、媒体につ いての有用な標識あるいは探査プローブを与える可能性がある。ボース-アインシュタイ ン凝縮物質(Bose-Einstein condensates BECs)への、局在化された欠陥を導入できれば 、このような巨視的な量子系と超流動物質の特性を探査するのに非常に有用な道具となる であろう。Dutton たち (p.663) は、彼らの遅延光技術と電磁的に誘導された透過性とを 組み合わせて、ある BEC 中の局在化された欠陥形成と、その BEC の欠陥への応答につい て報告している。小規模で大振幅の音波がBEC中で崩壊すると、ソリトンや渦の核形成の ような位相幾何的な欠陥が形成し、これによる超流動性の破壊にいたる。この結果は、超 流動物質は古典的な衝撃波に類似していることを示している。(Wt)

β-らせん高分子を形成する (Building beta-Helical Polymers)

α-らせん体やβ-シート構造に比べてなじみが薄いが、平行β-鎖がコイル状に巻いて 巨大なヘリックスを形成するβ-らせん体要素も存在している。例えば、数多くの病気 と関係しているトランスチレチン(transthyretin)の線維形状の中に、そして昆虫の凍 結防止タンパク質中にも存在している。Cornelissenたち(p.676)はイソシアノペプチド 重合体を合成した。この重合体もβ-らせん構造を形成するがタンパク質中のβ-らせん 体要素とは異なっている。その高分子の骨格は中心にヘリックス構造を有し、そのまわ りを隣接したペプチドがシート状の配列を形成している。この構造は有機溶媒や水の双 方で安定であり、この種の材料が結晶成長の鋳型として、金属触媒の保持部材として 、或いは非線形の光発色団の構造形成のために用いられる可能性がある。(KU)

結晶性のパッキングによって C70 の重合が可能になる(Crystal Packing Directs C70 Polymerization)

フラーレンC60 は、圧力下に晒されると、シクロ付加により重合化して三 次元的ネットワークを形成する。次に高級なフラーレンとして知られている C70 では、類似の反応はこれまでは難しく、加圧は通常は単に C70 二量体を形成するのみであった。Soldatov たち (p. 680) は、理論的 なモデル化から、C70 結晶を充填することにより、重合体の形成が決定さ れていることを示している。等軸晶系に充填された結晶とは異なり、六方晶系に充填さ れた結晶は2重にねじられた軸を含んでおり、圧力下でそれはジグザグ状の高分子を形 成することができる。結果として得られた構造は、X線回折と分光により確証された 。(Wt)

地殻が形作られたとき(When the Crust Took Shape)

惑星の誕生するのは約45億年であり、地球上の最も古い岩石は約40億年前である。この ころの地球環境については意見の相違が甚だしく、定説はない。このころ金星はすでに 温室効果ガスに覆われていたと思われている。このころ月への小惑星の衝突が頻繁だっ たことから地球のへの影響も大きかったと思われる。その結果、テクトニクスからの情 報は少ない。これを補うのが、従来のウラニウム−鉛系を利用した年代測定に代わる 、ルテチウムからハフニウム(176Lu to 176Hf)への放射性崩壊 を利用した方法であり、古い地殻の年代測定には重要な手段である。Schererたち (p.683;Kramersによる展望記事参照)は、寿命比較によって、176Luから 176Hfへの崩壊定数についてより正確な値を決定した。それらの値は、最近 の崩壊計数実験とも一致し、以前の寿命比較値よりも小さい。これらの結果は、地球上 の最初の地殻が出現したのが41億年から43億年前に遡らせ、そして惑星形成の後に直ち に分化が引き起こされたことを示している。(TO)

火山のピストン(Volcanic Piston)

最近、火山の噴火予知に広帯域の地震波計が有力な武器となりつつある。これを使って 、地下のマグマの動きも推測可能になっている。今回の報告は、このような新しい地震 計を利用して得られた観測結果に基づいている。2000年6月、三宅島の火山では、小規 模な噴火による小さな混乱の真っ只中に、その頂上に比較的大きなカルデラが成長した 。カルデラ形成は、深いマグマの流出を示すある超長期間地震シグナルと同期していた 。このシグナルはマグマは三宅島から北西部にある神津島に向かって流れていたことを 示していた。Kumagaiたち(p.687;Scarpaによる展望記事参照)は、この異常な観測の組 み合わせを説明するため、導管の中で固体物質の狭いマグマ室に押し下げ、深いマグマ の流出を起こすピストンのモデルを作った。そのピストンが下降するたびにカルデラの サイズは大きくなる。(TO)

群れと偏見(Prides and Prejudice)

最近のモデルによれば、社会的動物の雌グループ・メンバ間で生殖は割当性である可能 性を示していた。 多くの実験的研究は、生殖が高度に歪められている種に焦点を合わ せていた。Packerたち(p.690; Pennisiによるニュースを参照)は、過去20~30年間収集 されたデータを用いてアフリカライオンの群れにおける生殖の歪みの程度をよく調べた 。そのデータは別の話を物語っている。彼らは、群れの生殖において観測された変化と 、シミュレーションによって生成された生殖における過小あるいは過大見積りされた変 化とを比較した。その結果、大抵の場合、子づくりは、群れの中でメスの間で公平に割 り当てられていた。これらの結果は、動物社会では稀な、平等社会の例を提供している 。(hk)

Chagas 病の制御モデル(A Model for Control of Chagas Disease)

シャーガス(Chagas)病はラテンアメリカの貧しい田舎全般に見られる、寄生虫の、トパ ノソーマ属のTrypanosoma cruziによって引き起こされる慢性病であり、究極的には致 命傷となる。この原虫は吸血性のサシガメ(triatomine bug)によって伝搬する。この病 気は、居住環境を改善することで制御可能であろうと長い間言われてきた。Cohenと Gurtler (p. 694)は、この病気が家族内での伝染に寄与する複雑な変数の集合を数学的 にモデル化した。彼らは、ペットを排除し、寝室の構造を改善するという、単純な方法 で、ヒトのシャーガス病を実質的に無くすることができると提案している。(Ej,hE)

 SNAREについてわかったこと(Getting to Grips with SNARES)

SNAREタンパク質は、膜輸送の間の正確な融合現象の促進に関与している。Tochioたち (p. 698)は、核磁気共鳴分光計を使用して、酵母由来のSNAREタンパク質の一つでシ ンタキシン(syntaxin)とは異なる、SNAREタンパク質の一つ、Ykt6pのアミノ末端(1 ~140残基)構造を調べた。Ykt6pのアミノ末端の構造は、十分に解析がされている別の SNAREタンパク質、シンタキシンのアミノ末端とは似ておらず、むしろアクチン制御タ ンパク質であるプロフィリン(profilin)と共通の特徴を有することがわかった。アミ ノ末端ドメインは、Ykt6pの機能において重要な生物学的役割を果たしており、in vitroの研究ではSNARE複合体の形成とカイネティックスに影響を及ぼす可能性があるこ とが示されている。(NF,Kj)

からまずに死す(Death Without Entanglements)

微小管結合タンパク質τの立体構造およびリン酸化の異常が、アルツハイマー病を含む 多数のヒトの神経変性性疾患の病因と関連しており、そしてこれらの異常が神経細胞の 死の引き金の役割をしていることが推測されている。Wittmannたち(p. 711;Ferberに よるニュース記事を参照)は、ショウジョウバエ、Drosophila melanogasterの神経系 において、ヒト野生型τおよび変異型τを発現させることにより、これらのいわゆる" タウオパシー"の遺伝子モデルを作成した。トランスジェニック・ショウジョウバエは 、多くのヒト・タウオパシーの特徴を表し、その中には、成人発症性の進行性神経変性 、早期の死、変異型τの毒性の亢進そして異常型τの蓄積などが含まれた。しかしなが ら奇妙なことに、死につつあるニューロンは、ヒトおよびげっ歯類のモデルにおいてタ ウオパシーの顕著な特徴である神経原線維のからみ--すなわち、大型のτの線維性凝集 物--の兆候を何も示さなかった。遺伝的に使用しやすいことから、ショウジョウバエモ デルは、τ媒介性神経毒性を裏付ける細胞メカニズムに新たな考察を提供することが期 待されている。(NF)

炎症性脂質の受容体(Receptor for an Inflammatory Lipid)

G2Aというオーファン受容体であるGタンパク質共役型受容体は、マウスからこれを除く と全身性エリテマトーデスと類似している自己免疫疾患を発生するので、重要な免疫調 節の役割を果している。Kabarowskiたち(p 702;CarsonとLoによる展望記事参照)は、細 胞膜と血清に存在するリゾホスファチジルコリン(LPC)という脂質がこの受容体を活性 化するリガンドであることを発見した。以前LPCは、全身性の自己免疫疾患やアテロ ーム性動脈硬化症のような慢性の炎症疾患に関与することが認められてきた 。G2A-LPCの相互作用は、T細胞の遊走行動を変化させることがわかった。(An,Kj)

破壊になる訳(Destined for Destruction)

細胞が飢餓状態になると、余計なタンパク質を共食いをする傾向になる。Kurodaたち(p 705;GottesmanとMauriziによる展望記事参照)は、細菌におけるこの過程を研究し、無 機ポリリン酸塩は、構築されていない余計なリボソームのサブユニットの特異的な分解 を促進する重要な因子であることを発見したが、この分解は、成分のアミノ酸を再利用 するためなのではないかと推定されている。著者は、無機ポリリン酸塩がリボソームの タンパク質に結合し、Lonというアデノシン三リン酸依存のタンパク質分解酵素による タンパク質分解の標的となることを提案している。(An)

いかにして、リン酸が1分子アクチンを変化させるか(How One Phosphate Changes Actin)

単量体のアクチンは、アデノシン三リン酸(ATP)と結合し、会合することでアクチン重 合体を形成する。この重合体は細胞骨格を作り上げる細いフィラメントの核となる要素 である。重合は、ATP加水分解が存在していない条件下で生じうるのだが、ATP加水分解 はゆっくりした速度で生じ、フィラメントからモノマーが解離する性向を増すらしい (De La CruzとPollardによる展望記事参照のこと)。これがどう作用するかはずっと明 らかになっていなかったが、それは入手可能なアクチンの構造体(とくに重合を妨げる 他のタンパク質との複合体の中にあるもの)がATP状態とアデノシン二リン酸(ADP)状態 との間で、何ら違いを示していなかったからである。Otterbeinたちは、ADPと結合して 複合体を形成しない構造を提示し、そしてヌクレオチド加水分解とリン酸遊離によって 引き起こされる立体配置的変化を記述している(p. 708)。(KF)

高誘電性を解明する(High-Valued Dielectrics Unreveled)

しばしば酸化シリコンより3倍ほど高い誘電率を示す酸化ベロブスカイトは益々縮小す るマイクロエレクトロニクス回路における新しい理想的な絶縁体であると考えられてい る。そのような材料の一つである、CaCu3Ti4O2 (CCTO)は室温でおよそ105の誘電率を持ち、広い温度範囲(100Kから600K)において熱的 に安定しているために特に有望である。しかしながら、100K以下で、誘電率が1000倍程 度減少するが、他の高誘電率物質で通常見られる構造的な相転移は引き起こさない、と いう異常な温度依存性を示すことの説明は依然難しい。Homesたちは(p. 673)、この材 料の振る舞いの顕微鏡的な仕組みがTiO8八面体内の結合が共有結合からイ オン結合に転移することに関連することを示す、広い周波数と温度範囲における光伝導 率データを示している。(Na)

Y染色体と置換仮説(The Y Chromosome and the Replacement Hypothesis)

Keたちは、アジア人の163の集団に属する男性12,127人に見られたアフリカ起源を特徴 付ける3つのY染色体マーカーの分析において、遺伝子プールに対してそれ以前のアジア の原人由来のものがいささかでも寄与していたことに対する支持となるものを見出さな かった(2001年5月11日号の報告 p. 1151)。この結果は、現代のヒトの起源についての 「アフリカから出てきた」仮説あるいは置換仮説と整合するものである。Hawksは、Ke たちの研究が単一の証拠の線に依存しすぎているとコメントし、他の遺伝的データと考 古学的な、あるいは化石の証拠などを含む「バランスの取れた見方」は、「東アジアな いしさらには古代のヒトの集団に対する」単純な置換仮説と対立することがあると述べ ている。JinとSuは、Y染色体マーカーは、唯一の遺伝的証拠ではないが、「今まででベ ストのもの」であると応じ、また、歴史的な化石の証拠は、出来事のスナップショット として価値はあるが、「当時生活していたヒトが、現存の集団に実際に貢献してきてい るのかを明らかにするには無理がある」とも述べている。これらコメント全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/293/5530/567a で読むことができる。(KF)
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