AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 22, 2000, Vol.290


シリコン・ベースのオプトエレクトロニクスに向けて(Toward Silicon-Based Optoelectronics)

シリコンは半導体マイクロエレクロニクスを支配しているが、このシリコンを使ってシ ームレスに高集積化させ、オプトエレクロニクス技術を考慮にいれていたシリコン・ベ ースのオプトデバイスを製作するには、未だに挑戦課題が多い。ゲルマニウムのような他 のIV族元素を加えて発揮される特性であるシリコンの間接バンドギャップは、典型的に代 わりに用いられるガリウム砒素( GaAs)のようなオプト応用(および他の)材料におけ る利用に対しては考慮すべき障壁があることを示している。一連の結合され、注意深く析 出されたシルコン(Si)とシリコンゲルマニウム(SiGe)の量子井戸を有する量子カスケ ード設計を用いて、Dehlingerたち(p. 2277)はこのような構造からエレクトロルミネセン トがあることを実証している。このようにして構成した単一バンド設計が可能になったこ とで、間接ギャップ物質に課せられていた制約が取り払える。(hk)

お望み次第の単一光子(Single Photons on Demand)

量子暗号技術の実現を成功させるには、パルスごと高々一個の光子を高い信頼性で発生す ることのできる光源が、鍵となる必要条件である。これまでの研究によると、単一分子や 量子ドットのような、非線型発光体からの光子放出は、アンチバンチング(antibunching 一群にはならないこと)挙動を示すことが判っている。しかしながら、アンチバンチング は、単一光子を発生する十分条件ではなく、要求に応じた単一光子の発生を保証するため にはさらに進んだメカニズムが求められている。Michler たち(p.2282; Benjamin による 展望記事を参照のこと)は、マイクロディスク共振器に埋め込まれた、ひとつの InAs の 量子ドットをレーザーパルス光で励起することが主要なポイントである一つのメカニズム を与えている。その量子ドットに続いて起こる緩和過程は、励起パルスごとの単一光子の 放射を保証するものである。(Wt)

ニーマン・ピックC病の進展(Progress in Niemann‐Pick C Disease)

ニーマン・ピックC(NPC)病の患者は遺伝的欠陥を持っており、肝臓や脾臓、他の生命の 重要器官に過剰なコレステロールの蓄積をもたらす。細胞レベルでは、コレステロールは 内部リソソーム区画に捕獲されて原形質膜に輸送されない。殆ど総ての患者で、その病は 膜貫通タンパク質(NPC1)の破壊によって引き起こされるが、NPC1の正確な機能ははっき りしていない。コレステロール輸送におけるNPC1の関係に関する更なる理解が、二つの論 文(Marxによるニュース解説参照)の主題である。Daviesたち(p.2295)は、NPC1が抵抗 性‐結節形成‐分裂(resistance‐nodulation‐division:RND)タンパク質と呼ばれる 原核生物の透過酵素のファミリーと配列的、かつ機能的相同体であることを示している 。RNDタンパク質は親油性の薬や他の標的分子を細菌サイトゾルから輸送する。大腸菌で 発現させると、NPC1は培地からサイトゾル中へとアクリフラビンや脂肪酸は輸送するが 、しかしながらコレステロールは輸送しない。このような結果は、NPC1が多剤排出ポンプ の古代ファミリーの一員であることを示唆しており、それは哺乳類の細胞において細胞の コレステロール恒常性のハウスキーピング機能を持つと推定されている。独立した研究に おいて、Naureckieneたち(p.2298)は正常なNPC1機能を持った、まれなNPC患者のサブセッ トはリゾソーム中に局在化するコレステロール結合タンパク質であるHE1を遺伝的に欠乏 していることを示している。このような発見はコレステロール輸送を制御しているメカニ ズムの更なる理解に導くものであろう。(KU,Kj)

ラインアップから選び出す(Picked Out of a Lineup)

電子エネルギー損失分光法(EELS)は、試料のある特定の原子の化学的な指紋を与えるこ とができる。この方法は、原子が最表面層に存在している必要はなく、走査型プローブ 法の場合とは異なっている。Suenaga たち(p.2280) は、走査型プロープや電子顕微鏡 による方法の空間分解能と競い合う分解能を、EELSにおいて達成可能であることを示し ている。彼らは、単一壁カーボンナノチューブの内部に配列されたフラーレン中にカプ セル化されて包まれている、ガドリニウム(Gd)原子を同定することが可能である。Gd原 子は、この環境中におよそ1ナノメートル離れて配置されているのだが、個々の Gd原 子を同定することができる。(Wt)

大西洋の冷却(Atlantic Cooling)

過去数百万年間、地球の気候は著しく冷却した。この冷却はアメリカ中央水路が閉ざさ れたことによる海洋循環の大規模な変化による可能性がある。パナマ地狭の遮断は 450万年前に深海の循環に影響を与え始め、基本的にはその100万年から200万年後に完 了した。Marlowたちは(p.2288)、450万年分の南西アフリカ沖合いの海面温度の記録を 示しており、これによると過去320万年間に10℃という極端な低下を示しす。この温度 低下は地球規模の低温化、風により引き起こされる湧き出しの増加と大西洋海面の循環 の急激な変化が組み合わされたことによる、と考えられている。(Na)

アマゾンが乾燥していたって? (An Arid Amazon?)

最終氷期以降のアマゾン盆地における降雨の歴史を再構築することは、乾燥化が雨林の減 少又は細分化を引き起こすという主張を評価し、大気中メタン量における熱帯地方の役割 を絞込み、熱帯地方の気候が地球規模の水循環にどのような影響を与えたかを理解するた めに重要である(Betancourtによる展望記事参照)。Maslinたちは(p.2285)、この活発に議 論されている問題を明らかにするために、明確だが、従来使われていなかったアプローチ を用いた。海水面に生息した有孔虫の方解石酸素同位元素組成を測定し、淡水と海洋の同 位体の差をもとに、過去1万4千年間に、どのくらいの淡水量がアマゾン河から流れ出し 、河口で海洋と交じり合うかを決定した。彼ら出した結果によると新ドリアス期は極度に 乾燥していたこと、現代は記録上最も湿度の高い期間であることを示している。これと異 なる研究の中でMayleたちは(p.2291)、アマゾン地方南部において、気候パターンに密接 に依存する森林・サバンナ境界の長期変動を、花粉分析の手法で調べた。Maslinたちの結 果と矛盾無く、彼らは今日のボリビア森林の南側境界が過去5万年間で最も南に位置し 、その森林の最南端は過去3000年以内に出来たらしいことを発見した。(Na,Nk)

アルツハイマー病(AD)遺伝子におけるホットスポット(A Hotspot for AD Genes)

まれな、早発性の家族性アルツハイマー病(AD)の主要な遺伝子症状において変異する主要 な遺伝子は、かなり以前に同定され、そして解析された。しかしながら、ごくありふれた 遅発性のアルツハイマー病の症状と関係した遺伝子を正確に示すことは非常に困難であっ た。Bertramたち(p.2302)、Myersたち(p.2304)そしてErtekin‐Tanerたち(p.2303)による 三っの報告は遺伝子連鎖の研究からの証拠を提供しており、遅発性ADと関係した1つ、或 いはそれ以上の遺伝子を含むヒト染色体10の長腕上のホットスポットに焦点をあてている 。(KU,Kj,Tn)

分裂免許 or ディバイダーズライセンス(Divider’s License)

真核細胞が分裂する場合、真核細胞は一回、そして一回だけ、そのゲノムを複製しなけ ればならない。DNAを再度複製させる前に、細胞が分裂を完了しなければならないこと を、ライセンシングとして知られるプロセスによって確認する。サイクリン依存性キナ ーゼによるさらなる複製を阻害することに加えて、gemininはミニ染色体メンテナンス (MCM)複合体の複製開始点への結合をブロックすると考えられている 。Wohlschlegelたち(p. 2309;LygerouとNurseによるPerspectiveを参照)は 、gemininが、最近MCMローディングのために必要とされていることが同定された複製開 始因子であるCdt1のヒト類似体と、相互作用することを、今回ヒト細胞において示す。 Cdt1はG1期およびS期に存在し、一方gemininはS期とG2期に存在する。このことから、 gemininはCdt1により誘導される場合がある複製の不適切な開始を防止することを補助 する働きをしていることが示唆される。(NF,Kj,Tn)

初期発生の維持(Maintaining Early Development)

3種の真核細胞ポリメラーゼに関する転写機構について多くのことが知られているが、そ れに対して、脊椎動物の初期発生におけるTATA-結合タンパク質(TBP)またはTBP-関連因 子の役割については、ほとんど知られていない。Veenstraたち(p.2312)は、アンチセン スオリゴヌクレオチドを使用して、Xenopusの初期胚発生期間中のTBPまたはTBP-様因子 (TLF)の役割を調べた。2種の因子は、異なる役割を有しており、検出量のTBPを有して いないTBP-欠損胚は、原腸胚形成の開始期を経過するものの、それに引き続く発生段階を 完成することができず、そしてTLFは接合子の転写を開始するためにに必要とされる。こ のように、TBPとその関連因子であるTLFは両方ともXenopusの発生に必要とされるが、初 期胚発生および特定の遺伝子の転写調節において、それぞれの因子は異なる機能を示す 。(NF,Tn)

ゲノムによる結合アッセイ(Binding Assays by the Genome)

細胞内で、タンパク質はDNAエレメントと結合して、転写、複製や染色体凝縮、接着など を制御する。最近では、特定のタンパク質とDNAの相互作用を含むこれらのプロセスに関 与する様々なメカニズムを解明するために、多くの研究がなされている。これらの分析に 、研究者たちはクロマチン免疫沈降分析やDNAマイクロアレイの手法を広く用いて、それ ぞれタンパク質−DNAの相互作用や遺伝子発現レベルを試験してきた。Renたち(p.2306 )は、この2つの手法を組み合わせて、酵母の全ゲノムにわたってタンパク質−DNAのin vivoでの相互作用をモニターした。この全ゲノム位置づけ分析法を用いて、Ga14とSte12 という2つの転写活性因子の性状決定を行った。これらの方法を用いて、全体的な制御ネ ットワークをより詳しく理解することができるようになるであろう。(hE)

その記憶を保つ(Hold Those Thoughts)

作業記憶(人間のこころにおける情報の活動的表現)は、脳のニューロン回路による広 範囲の分散ネットワークによって仲介される。機能的磁気共鳴画像化法の研究で 、Fureyたちは、脳のコリン作動性システムが視覚的作業記憶課題に関与する中枢神経 系のさまざまな要素といかにして相互作用するか、を解析した(p. 2315; また 、Robbinsたちによる展望記事参照のこと)。顔のコード化の際には、アセチルコリンの 崩壊を抑制するある薬剤によって引き起こされるコリン作動性の活性変化が、腹側後頭 皮質における反応の選択性を強化し、同時に前頭葉前部領域における活性を減少させた 。こうした結果は、神経化学的プロセスが作業記憶機能に関与する神経系をどのように 調節しているかを示すものである。(KF,Tn)

表面の単純化(Simplifying Surfaces)

科学のさまざまな領域では、高次元のデータを低次元の空間に変換することが、いつも 可能だとは限らないにしても、望まれることが多い。たとえば、黒と白による顔の画像 には、照明の方向に依存して見えの明るい領域と暗い領域が存在している。頭部を回転 させると、明るい領域と暗い領域の混じった画像は連続的に変化していくが、その変化 は、頬骨や眉毛などの他とは違った特徴が存在するため、非常に複雑なものである。そ れにもかかわらず、その根底には、単一のパラメータ、すなわち回転によって定義され る単純さが存在している。Tenenbaumたち(p. 2319)およびRoweisとSaul(p. 2323)は 、この座標変換を計算できる2つのアルゴリズムを提示している。こうした計算が可能 であることの意義については、SeungとLeeが展望記事において論じている。(KF)
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