AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science October 6, 2000, Vol.290


軌道なき惑星(Planets Without Orbits)

太陽系外において恒星を回る惑星が約47個発見されている。ということは、宇宙では惑星 は比較的当たり前のように見える。Zapatero Osorioたちは(p.103、Irionによるニュース 解説も参照)、光学的及び近赤外イメージとスペクトル分光計を用い,いくつかの若く (100万年から500万年)、質量の少ない(木星の質量の5倍から15倍)、σOrionis近傍恒星群 中の物体の温度を見積もった。これらの物体の温度は非常に低く(1700から2200ケルビン 温度)、持続した核融合を起せないので惑星であると思われる。もしそれらが惑星だとし ても、いかなる恒星の周りも回っていない。これら孤立された惑星の存在は、従来の惑星 形成モデルとその惑星形成の時間尺度に対する新し い課題である。(Na,Nk,Tk)

調子はずれからカオスがやってくる(Out of Order Comes Chaos)

核磁気共鳴分光学の理論は少数の決定的な仮定に基づいてはいるが、その理論は非常に信 頼できるもので、複雑な高周波(RF)パルス列を用いて、磁化の変化を予測可能な範囲で発 生することができる。Linたち(p.118)は、多数のたんぱく質NRM実験環境である水溶液中 において、放射減衰と双極子場という二つの効果は、非常に単純なRFパルスの後において も、実際は結合してカオス状態のスピンダイナミクスを生成することを示している。この 二つの効果は、通常は別個に扱われている。パルス列によって除去されるべき磁化が再度 現れるうるし、また、わずかな温度勾配によって増幅されもする。著者たちはこれらの効 果をどのようにして除去しうるか、そして、どのようにして可視化に用いることができる かを議論している。(Wt)

メゾポーラスなパターン形成(Mesoporous Patterning)

ほとんどの無機薄膜のパターン形成方法には、特定の領域のみを対象にし、それ以外の部 分を放置する選択的薄膜形成法を採用している。Doshi たち(p. 107)は、パターン作成対 象物表面に直接酸を生成し、フォトマスキングを実施して、連続したフィルム上に異なっ たシリカのメゾポーラス相のパターンを形成した。可変フラックスを投入することによっ て、非被覆部分は、被覆部分に比べ、より高密度の六方晶系相が形成され、連続的な中間 調パターンが得られた。もし、より多くの界面活性物質が使われると、非被覆部分の正方 晶の相の密度は、以前より小さくなった。このような異なった密度と異なった屈折率を持 つ薄膜は光学的導波路や回折格子に利用可能である。(Ej,hE)

振動励起した電子の伝達(Vibrationally Excited Electron Transfer)

ほとんどの興味ある電子移動反応は、溶液中か凝縮相において生じるが、反応が溶媒効果 と相互作用しているのであれば基礎的な研究は困難である。Huangたち(p. 111)は、振動 によって励起したNO分子が単結晶の金の表面において散乱させられる中間状態の様子を観 察した。NO分子の双極子は、金属中でそのイメージ双極子と相互作用をする。金属は溶媒 のスクリーニング効果を擬似的に表現する。彼らの発見によれば、ポテンシャルエネルギ ー障壁を容易に通過することから生じる高い振動状態においては、電子移動が飛躍的に増 加しする。絶縁体のLiF表面を使った同様な実験では、このような効果は観察されなかっ た。(Ej)

熱により電子伝達を高める(Thermally Enhanced Electron Transfer)

タンパク質の電子伝達プロセスは大変精密な構造的配置を必要としているため、そこでの 熱運動は反応速度を低下させると予想されていた。BalabinとOnuchic(p.114;schultenに よる展望記事参照)は、タンパクは熱運動によって邪魔されているのではなく、むしろそ れをうまく利用していることを示した。電子は経路網を探索することができ、そのうちの いくつかは平衡状態とはほど遠いタンパク質のコンフォメーション中に発生する。電子運 動の量子的性質によって、建設的かつ破壊的な干渉効果が経路間に生じ、これが電子伝達 を動的に増幅するのであろう。(TO,Tn)

希ガスが貴金属に出会うとき(When Noble Gas Meets Noble Metal)

希ガスの価電子殻は完全に埋められているため反応性が極めて乏しい。それでも共有結合 性によって希ガスとの種々の化合物が作られている。もっとも、これらの化合物は単離で きないが。Seidel とSeppelt (p. 117; Pyykkoによる展望記事参照) は、キセノンでさえ も金と出会うと平面矩形状金複合体AuF3と結合して結晶化し、-40℃でも安定 なAuXe42を作る。ここでの金とキセノンの結合距離は約274ピコメートルであ る。溶液中での化合物は室温、キセノン圧力10barで安定である。(Ej)

神経障害性疼痛の鎮痛薬(Neuropathic Pain Killer)

末梢神経ダメージは、激しく持続的な神経障害性疼痛を生じるが、その疼痛は、従来の薬 では、治療しにくい。Boucherたち(p 124)は、他の神経栄養性因子と異なって、GDNFだけ が神経障害性疼痛の発生を防止でき、既に確立した神経障害性疼痛の状態を 元にもどすことを助けることができるという証拠を報告している。GDNFの効果は、有髄化 した感覚求心性神経における自発性の活性の減少によって引き起こされる。その根底にあ る機構は、背根神経節ニューロンにおける電位作動型ナトリウムチャネル発現の再調整で ある。(An,Tn)

継続するための神経((Having the Nerve to Go On)

線虫Caenorhabditis elegansにおいて、インシュリン様受容体daf-2の情報伝達経路を壊 す変異は、線虫の寿命を劇的に伸ばし、大量の脂肪の蓄積をさせる。Wolkowたち(p 147)は、特定の組織だけから変異型インシュリン様受容体の正常型を選択的に発現させる ことによって、神経系がこの経路の寿命伸展の効果を担っており、筋肉が代謝の変化を制 御する部位であることを明かにした。著者、daf-2経路における欠損がフリーラジカル清 掃酵素の過剰発現を許容することによって、ニューロンを酸化的ダメージから保護し、寿 命を延長する神経内分泌信号をニューロンが分泌することを許容することを示唆している 。(An)

空間の存在の感覚(A Sense of Space)

T細胞は、それが存在する物理的空間に反応する能力を獲得している。このことは、リン パ系器官が空であったり、リンパ球がほとんど存在しないとき、T細胞が分割してリンパ 系器官を埋めるときに見られる現象である。このような恒常的拡張は空間が占領され尽く したとき、チェックを受ける(抑制される)。この場合、ナイーブT細胞は定常状態で生 き延びる。Seddon たち(p. 127)は、T細胞受容体情報伝達やT細胞発生に決定的に関与し ているチロシンキナーゼp56lckの必要性を調べた。成熟したナイーブT細胞中のp56lckを スイッチ・オフすることによって、彼らはこの情報伝達分子は恒常性拡大に必要であるが 、T細胞生存には必ずしも必要ないことが分かった。(Ej,hE,Tn)

ガン:近接効果(Cancer:The Proximity Effect)

RET遺伝子と他の遠く離れた座位の間の染色体の転位は、放射線誘発による甲状腺腫瘍に おいて一般的なものであり、そしてチェルノブイリ事故の後周囲の放射線に暴露した子供 達にも見い出されている。線状のDNA配列において、はるか遠く離れている配列間での相 互転位、及び非正統的転位を一体何が介在しているのだろうか?Nikiforovaたち (p.138;Savageによる展望参照)は、こういった腫瘍中でしばしば組み換えを生じている RET遺伝子とH4遺伝子が、ヒト甲状腺細胞核中で空間的に接近した状態にあることを示し ている。このようなキメラ遺伝子産物の形成によって、マウスにおいて癌が生じることが 知られている。(KU,Tn)

脂肪細胞の運命を決定する(Determining Fat Cell Fate)

脂肪細胞は、エネルギー貯蔵や放出のための身体部位として働いている。脂肪細胞の分化 に機能する遺伝子に関しては、かなりのことが知られているが、しかしながら我々は初期 の脂肪生成に関与するプレヤーに関する知識には欠如している。Tongたち(p.134)はショ ウジョウバエのモデル系を用いて、二つの脊椎動物のGATA因子を同定した。GATA因子はシ ョウジョウバエにおける同族体と同じく脂肪組織に作用する。タンパク質GATA‐2と GATA‐3は前脂肪細胞の段階にある細胞分化を抑制し、そしてそれによって前脂肪細胞の 脂肪細胞への変化を制御している。肥満したいくつかのマウスモデルによると、脂肪中に おいてGATA‐2とGATA‐3の発現の減少を示し。GATA因子はショウジョウバエとマウスの両 者で脂肪組織に作用するので、このタンパク質は肥満の研究や治療に対する適切な標的と して有用であろう。(KU)

不親切な切断をする(Making an Unkind Cut)

アルツハイマー病において、脳中のβ‐アミロイドペプチドの蓄積は膜‐結合アスパラギ ン酸プロテアーゼであるmemapsin 2(β‐分泌酵素)による前駆体タンパク質の切断に由来 する。Hongたち(p.150)は、1.9オングストロームの分解能でもって阻害薬と複合体形成 したmemapsin2のプロテアーゼ領域の結晶構造を決定した。阻害薬の骨格に関与する水素 結合は他のアスパラギン酸プロテアーゼのものと似ているが、阻害薬の側鎖との接触は異 なっており、そして阻害薬の骨格は異常に屈曲した構造をしている。このような特徴は 、memapsin2を特異的に抑制する薬剤の合理的設計を容易にするであろう。(KU,Tn)

まず心配事を取り除いて(Targeting Anxiety)

Benzodiazepinesは広く利用されている薬剤であり、これは中枢神経系における抑制性の GABA作動性神経伝達を増強する。この薬は薬理学的には、抗不安薬と鎮静の両方の薬効を 有する。このGABAA受容体が示す極めて多様な薬効作用をよりよく理解するために、Lowた ち(p.131;およびHelmuthによるニュース解説)は、特定の受容体サブユニットを選択的に サイレンスさせることを試みた。彼らはGABAA受容体のα2サブユニットが benzodiazepineの抗不安薬の作用を仲介することを発見した。この発見によって鎮静作用 とか運動性機能障害といった副作用のない不安治療の新薬の開発に役立つことが期待され る。(Ej,hE)

量子ドットの内部を観察する(Peering Inside a Quantum Dot)

量子ドットの光学的、電気的特性はそのサイズを制御することで調整出来、ナノメートル サイズにおける多数の光学・電気的なアプリケーションを開く可能性がある。しかしなが ら、実際に応用するためにはドットの電気的構造に対する正確な知識が必要である 。Vdovinたちは(p.122)、磁気トンネルスペクトル分光計を用い、セルフアセンブルされ た量子ドット中に閉じ込められた基底と励起された電子状態の波動関数の空間的マップを 作る可能性を記述している。(Na)

攻撃と対抗手段(Attack and Counterattack)

転写後遺伝子サイレンシング(Post-transcriptional gene silencing)、あるいはRNA"イ ンターフェアランス"は、植物においてウィルスからの攻撃を防ぐ機能として進化してき たのだろう。それに対し、ウィルスが対抗手段を発達させてきたであろうことは、驚くに あたらない。Anandalakshmiたち(P.142)は、遺伝子サイレンシングを調整するたんぱく質 相互作用を研究した。植物ポティウィルス(potyviruses)によってコードされるHC-Proは 、遺伝子サイレンシングを抑制すると思われるカルモジュリン-と関連する植物タンパク 質と相互作用しあっている。(TO,Tn) (hk)

成長因子受容体とSTAT(Growth Factor Receptors and STATs)

STAT(シグナル変換と転写の活性化器官)転写因子はサイトカイン受容体と関連するキナ ーゼに応答して活性化する。STATはそれから核に移動し、そこで特定の遺伝子の転写を制 御する。成長因子受容体の刺激でもSTATを活性化させるが、そのメカニズムはよく分かっ ていない。Simonたち(p.144)は、STAT3が小さなグアニンヌクレオチド結合タンパク質で あるRac1に応答して活性化されることを示した。実際のところ、活性化されたRac1を直接 STAT3に結合相互作用(binding interaction)させると、STAT活性 化に寄与するようにみえる。彼らの研究によれば、RacはSTAT3の成長因子によって誘起さ れた活性化に対して2通りに機能することが示唆されている。明らかにSTAT3を細胞表面の キナーゼ複合体に局在化させるだけでなく、STAT3をリン酸化するJak2のようなキナーゼ の活性化促進を助けているように見える。この結果から、Rac(Rasの協力も得て)と共に STAT3を制御することによって、細胞形質転換とガンに寄与する可能性がある 。(Ej,hE,Tn)
[インデックス] [前の号] [次の号]