AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 23, 2000, Vol.288


湾曲コア構造の液晶(Bent-Core Liquid Crystals)

スメクティック液晶中では、分子(あるいは「メソジェンmesogen」)は層状に組織化し 、ある場合はその分子は、層内で特別な方向あるいは分極を示す。もし、分子が正味のキ ラリティを持つ場合には、分極の存在の可能性はいっそう高く、強誘電性液晶(その中で は層の分極はすべて揃っている)の設計は、通常、キラリティを有する分子に依存してき た。最近、キラリティのない分子でさえ、もし、それらが「弓」形状を取っているならば 、反強誘電性となる配列を形作りうることが示されてきている(Lubenskyによる展望記事 を参照のこと)。Walbaたち (p.2181) は、どのように分子を層間で相互作用させるかに十 分な注意を払うことにより、強誘電性配置を取りうる弓形状のキラリティのないメソジェ ンを設計した。Pratibhaたち(p.2184) は、非等方スメクティック液晶にキラリティのな い湾曲コア構造のメソジェンを加えることにより、一軸性の材料を直交二軸性のスメクテ ィック液晶に変換することができることを示している。この二軸液晶は、以前は高分子系 にのみ見られたものである。これらの結果は、湾曲コア分子を脂質二重層に溶解すること により、異常な秩序構造の膜を生み出しうる可能性があることを示唆している。(Wt)

より強度の高いポリマーを合成する(Making Stronger Polymers)

ポリプロピレンやポリエチレンは、世界で最も広く、食品包装から人工膝までの応用分野 で使われているプラスチックである。最近の有機金属触媒研究の進歩により、ポリマーの 特性を高いレベルでコントロールすることが可能となった。Chaffinたちは(p. 218)、有 機金属触媒の一つのメタロセンを触媒として用いた合成で、層状材料の界面強度を非常に 高くすることが出来ることを報告している。結果として、通常の触媒を用いて合成された ものに対し、機械的な層分離に対する耐性がより高くなる。これは多成分性の複合体とし て優れた特性であり、ポリマーの多くの先進的な用途において重要である。(Na)

腸の反応(Gut Reaction)

大腸は多様で複雑な微生物コミュニティの住処であり、これらは一生の間、ヒトを宿主と して存在するが、これは腸の機能を正常に保つ意味で重要でもある。哺乳動物は、微生物 が浸潤性になるのを防ぎ相利共生を維持するために、腸壁から大量の免疫グロブリン (IgA)を産生する。産生されるIgAの量は多いにもかかわらず、これについてはほとんど分 かってない。Macphersonたち(p. 2222) は、これらの非病原性生物は、T細胞の助力や特 定の組織が構成されてなくても、無傷で健康な腸固有の層中に存在する多数のB1細胞由来 の血漿細胞のうちから特定の抗-共生IgAを刺激することを見つけた。この能力は、進化論 的立場からは、特異的免疫反応の原始形態のように見える。(Ej,hE)

すぐ隣の小惑星(Nearby Asteroids)

近地球小惑星(AEAs: Near-Earth asteroids)は主小惑星帯から放出された破片であり、現 在では地球の軌道と交叉しており、地球へ衝突する可能性を持っている。Bottkeたちは (p. 2190)、NAE軌道の数値シミュレーションとスペースウォッチ望遠鏡によるNAEsの観測 を組み合わせてNEAsの数と分布の予測を行っている。彼らは、直径1Km程度のNEAsはその 数がおよそ750であり、従来の観測に基づく調査では、数多くの高度に偏心したり傾いた 軌道を持つNEAsを発見出来ていないと結論づけた。(Na,Tk)

粒の中の歪み(The Strain in Grains)

造山活動の進度は、通常、褶曲や断層のような巨視的な構造によって記述される。しかし 、微視的分析技術の改良により、岩石の組織内の微視的構造を用いて、変形割合(歪み率) をより正確に定めることが可能である。Mullerたち (p.2195; Ramsayによる展望記事を参 照のこと) は、北ピレネー山脈中の衝上断層で得られた、黄鉄鉱粒子の周りの方解石、緑 泥石、石英のミリメートル単位の長い繊維状結晶の方向(歪みの干渉縞と呼ばれる)を用い て、造山活動における歪みの歴史を決定した。特に、彼らは、変形が重力崩壊から水平方 向の地殻の縮小に変化する200万年の短い期間に渡り、歪み速度が突然に増加しているこ とに注目している。(Wt,Tk,Nk)

低緯度地域での温度の上昇と下降(Low Latitude Ups and Downs)

この12000年間(完新世紀)の温暖気候は、最終氷期に比べて安定していた。しかし完新 世では温度の上昇と下降が無かったわけではなかったことが、明らかになってきた。 deMenocalたち(p.2198)は、低緯度気候の変動の規模と時期そして性質を研究の対象と した。彼らは、西アフリカの沖の海洋堆積物の掘削コアを使い、海水表面の突然の温度 低下が何度となく出現し、それと同期して北大西洋において千年のスケールの変動を伴 っていたことを示した。(TO)

羽毛の起源について(About the Origin of Feathers)

初期の、よく発達した羽毛は、後期のジュラ紀の鳥類である始祖鳥であると評されてきた 。しかし、もっと年代を遡る化石は、羽毛の初期の形態は 肉食性で後肢歩行する獣脚竜 (theropod dinosaurs)において発達していたかもしれないことを示唆している。Jonesた ちは、三畳紀の祖竜(archosaur)は数本の長い羽毛を体から生やしていたことを示唆して いる。羽毛のような外肢は、 中空の羽柄(calamus)、羽軸(rachis)、そして羽枝を保存し ていた。これらの羽毛のような特徴の目的は、後の鳥における羽毛との関係と同じく、は っきりとしない。(TO)

走りながら再構築(Remodeling on the Run)

細胞が1ステップずつ遊走していく様子を解明することは、多様な構造が正常に出来てい く事実を理解していくための基礎となる。小さな虫である線虫(C.elegans)においては 、雌雄同体の生殖腺がリード細胞によって敷設された路上に生じ、この細胞はこれを前後 して体内を移動する。Nishiwaki(p. 2205、およびHardinによる展望記事参照)たちは MIG-17と言うタンパク質を同定した。これは周囲の基底膜の成分であり、リードする細胞 が正しく路を見つけるために不可欠のタンパク質でもある。この活動は無傷のメタロプロ テアーゼ領域に依存しているために、この結果はMIG-17が経路のガイドをしている間に基 底膜を再構築しているのではかいか、と思われる。 (Ej,hE)

光を見ること(Seeing the Light)

ロドプシンはGタンパク質と相互作用する受容体であり、光によって活性化され、酵素カ スケード反応を誘発し、視覚情報が与えられる。11個のシス発色団を異性化して、全トラ ンスにすることで、視覚情報の伝達のトリガーを生じる。Borhanたち(p. 2209)は、光異 化性中間体を捕まえ、発色団とタンパク質の間の相互作用をアフィニティーラベル(光親 和性の標識)をつけることによって変化の様子を追跡した。彼らは、発色団のリングがほ んの少し動くだけで大きく歪んだ中間体を作り、異性化が生じることを示した。このエネ ルギーはリングをひっくり返す(フリップする)のに利用され、タンパク質の立体配置を 変化させる。 (hk)

環状ゲームの進化(Evolution of the Circle Game)

始原菌(古細菌)は、原核生物や真核生物とは異なっている系列であり、基本的な進化過程に関する 洞察するにも適した生物である。Myllykallioたち(p 2212)は、いくつかの始原菌の環状 ゲノムにおける双方向的な複製の単独開始点の証拠を発見し、その反対側における複製の 終結領域も発見した。複製開始点周囲の領域は、細菌の複製機構の同族体をコードしなか ったが、複製開始に機能すると思われる真核生物のような酵素のクラスターをもっていた 。終端周囲の領域において、多くの遺伝的可変性があり、細菌におけるゲノム混合 (genome shuffli)と類似している。(An)

動原体におけるイベント(Events at the Centromere)

細胞の有糸分裂時、複製した遺伝的材料は紡錐体の微小管に付着することによって分離す る。この付着は、動原体と呼ばれているDNA領域へ微小管を架橋する動原体タンパク質に よって、促進される。Takahashiたち(p 2215)は、分裂酵母において、SpCENP-Aというヒ ストン様のタンパク質が複製された染色体の正常な分離に重要であることを示している 。動原体への特異的局在化は、Mis6に依存するが、このMis6はもうひとつの動原体特異的 タンパク質でもある。(An)

ヘルパーの選択(Choosing a Helper)

免疫反応は、細胞によって仲介される(細胞免疫)か、抗体などの循環する因子によって仲 介される(体液性免疫)が、これはもともとのT細胞がTヘルパー1(TH1)に分化するか、T ヘルパー2(TH2)に分化するかに依存している。Liたちは、小さなグアノシン・トリホスフ ァターゼRac2が、T細胞の分化を促進するサイトカインであるインターフェロン-g(INF-g) の発現を増加させること、またそれが分裂促進因子によって活性化されるタンパク質リン 酸化酵素p38と転写制御因子NF-kBを介して情報伝達しているらしいということを報告して いる(p. 2219)。(KF)

選択的な記憶の損失(Selective Memory Loss)

学習と記憶には、脳における遺伝子発現の変化が伴う。神経科学における最大の課題の1 つは、そうした変化の基礎となっている情報伝達経路を解明することである。1つの手が かりが、Garciaたちの研究によって得られたが、彼らは、単一の転写制御因子NPAS2を欠 いたマウスが行動に関するさまざまなテストにおいて正常であるのに、手がかりと文脈の ある恐怖アッセイにおいて明らかになったように、特別なタイプの長期記憶においては障 害を有するということを示している(p. 2226)。このように、NPAS2は、長期記憶の強化に 必要な遺伝子を制御しているらしい。(KF)

クレーターが生じる率は変化してきたか(Time-Variable Cratering Rates?)

アポロ14号のもち帰った月の土壌試料から得られたスフェリュール(小球体)の年代分布を 調べて、Cullerたちは、「過去約35億年にわたって、クレーターのできる割合は2分の 1から3分の1減って5億年から6億年前の低い値に落ち着き、それから転じて最近の4億年 で3.7 +- 1.2倍増加した」と結論づけている(3月10日号の報告p. 1785)。Horzは、この分 布データは、月の土壌の進化を考慮に入れれば過去30億年の「衝突の割合が一定と考えて も矛盾しない」と指摘している。彼はまた、「月の土壌はランダムに起きた衝突の産物で ある」ので、限られた場所で得られた試料は「地質学的時間を通じて、必ずしも忠実に平 均的なクレーター生成の歴史を代表していない可能性がある」とも述べている。Mullerた ちは、「たしかに、場所毎のばらつきがある箇所での記録をゆがめている可能性はある 」とし、別の場所からの試料物質の測定を行なっている最中である、と応じている。さら に、彼らは、Horzのモデルは「われわれのデータに関する、検証に値する別の解釈である 」が、現存するデータに対するCullerたちの研究によって可能になったより精度の高い分 析からは、長期間にわたって衝突の率の変化があったことが強く示唆されると論じている。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/288/5474/2095a で読むことができる。(KF,Tk,Nk)
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