AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 16, 2000, Vol.288


極限物質を引き伸ばす(Stretching Extreme Matter)

ほとんどの材料は伸ばすと横断面が狭くなるが、しかしリエントラント泡のような 或る種の材料は伸ばすと、幅がより拡大するような異常な性質を持っている。異方 性の材料において、一方向における伸びは他の方向での収縮を伴い、そしてその過 程は通常全体的には高密度化することになる。Baughmanたち(p.2018;Lakesによる 展望参照)は,このような材料が非圧縮性であり、即ち伸ばしても殆ど体積変化を示 さないということを提示している。彼らは非常に大きな密度を持つ材料、例えば中 性子星の外殻、或いはイオンプラズマのような非常に低密度材料に対してこのよう な異常な挙動を予測している。実験データにより、イオンプラズマにおいてこのよ うな予測の有効性が実証されている。(KU)

静かに降り積もる(Quiescent Accretion)

大質量天体の降着円盤形成には、ガスの角運動量の散逸が必要であり、それゆえ 、ガス粘性を与える何らかのプロセスが求められる。円盤が弱電離状態で静穏な近 接連星系では、降着プロセスは自分の圧力で形を支えている磁気流体乱流という標 準モデルには従わない。Menou (p.2022) は、バーストの反復時間と、二つの天体の 質量比の間には逆の相関があるが、この相関は、伴星によって引き起こされる潮汐 力による渦状波あるいは衝撃波の発生という考えに至ることを示している。これは 、静かに降着するプロセスを確実な形で与えるものである。(Wt,Nk)

海洋の酸素の生産力を推定する(Estimating Oceanic Productivity)

光合成による酸素の生産の約半分は海洋で行なわれている。酸素の生成に加えて 、このプロセスは大気中の二酸化炭素もまた消費しており、化石燃料の燃焼による 影響を評価する上で重要である。Luz と Barkan(p.2028;Benderによる展望記事参 照)は、酸素同位体17Oの不均衡が、成層圏で起こる原子質量に依存しな い分別作用が原因で空中の酸素分子に生じた酸素同位体17O 比の異常を 、海洋生物の活動は消失させていく力があることを利用して、海洋の生産量を推定 する新しいテクニックを開発した。このテクニックは時間積分量を利用するので 、数週間分の精度で酸素生産量を評価することができる。(TO,Nk)

一つずつ絡ませる(Entangled One-by-One)

量子コンピュータの開発は、情報要素であるキュビット(qubit)の量子状態の絡みを 制御する能力に依存するであろう。多体の絡みあい状態(現在まで、4つのキュビッ ト)は、これまで、全体として1か0かのプロセスであった。それゆえ、キュビット 相互が近接しているために、個々のキュビットを指定し、その内容を調べることは 困難と思われる。Rauschenbeutel たち (p.2024) は、キュビットを一つずつ絡ませ 、かつ、それを空間的に離すことが出来る(cmのオーダーで)ような、あるプロセス について述べている。この方式は、多体を制御しながら絡み合わせることができる 有力な 手段となる。(Wt)

低温燃料電池(Cooler Fuel Cells)

ほとんどの燃料電池は炭化水素燃料を高温で処理することで得られる水素を使う 。他方、メタン、エタンまたはプロパンなどの軽量の炭化水素を直接空気と反応さ せる方法がある。これらの燃料電池では、電解質として多くの場合550℃以上の高温 でのみイオン伝導性となるセラミックを利用している。Hibinoたちは(p. 2031、Serviceのニュース解説も参照)、サマリウムを添加したセリアを電解質とし て用いることで、350℃の低温動作を実現したことを報告している。この単一セル構 造の燃料電池では、燃料と空気が同時に電解質に入り、電解質の両側に取り付けら れた電極から電流が取り出せる。(Na)

ショウジョウバエの逆遺伝学(Reverse Genetics in Drosophila)

T. H. Morganが1世紀前に遺伝に関する研究においてありふれたショウジョウバエ を使ったことから、これが生物学におけるモデル生物の1つとなった。ショウジョ ウバエは、遺伝学や分子生物学における革命的発展に極めて重要な役割を果たして きた。また、1981年の発表によって、P転化因子によって遺伝子組換ショウジョウバ エを作れることがわかり、またもやショウジョウバエはゲノム研究の重要ポジショ ンに据えられた。このような有用性・便宜性にもかかわらず、マウスや酵母の研究 者が当たり前に思っている極めて重要なものが、ショウジョウバエの分子ツールキ ットには不足している:相同的組換えと標的化変異誘発である。RongとGolic (p. 2013; および、Engelsによる展望記事参照)はショウジョウバエを使った相同的組換 えによるジーンターゲティング(gene targeting)について報告している。この方法 は他の生物にも利 用できるものと思われる。(Ej,hE)

三層構造膜の形成(Forming Three‐Layered Membranes)

遺伝子伝達に応用を見出した陽イオン脂質とDNAの複合体は、反対に荷電した種間の 複雑な相互作用に起因する錯綜した構造を示す。Wongたち(p.2035)は、この方法を 拡張して、DNAを他の高分子電解質、より低い表面電荷密度を持つ細胞骨格の繊維状 アクチン(F-actin)に置き換えた。結果として生じた物質はマイクロメートルスケ ールの細管のネットワークである。X線散乱や凍結割断電子顕微鏡データにより 、F-actinが自己集合化して、脂質二重層の両側に二次元的に平行配列しており、そ してくるまってリボン状の細管を形成している。このような細管は、その後類似の 層で取り囲まれ、浸透膨張によって形成される水の層で分離されている。このよう な結果として、多くの異常な形態が生じるが、これは電荷相互作用が単純な構造だ けでは容易に満足されないという「欲求不満」(frustrated)の集合体によってもた らされていることを示唆している。(KU)

鳥にとって悪い気候(Bad Weather for Birds)

渡り鳥は、その種の多くの数が減少しており、その個体数動態に影響する要因を理 解するためには、繁殖する地域と越冬する地域との両方を長期間に渡って観測する ことが必要である。Sillettたち(p.2040;Saetherによる展望記事参照)は13年のデ ータセットを使い、渡り鳥の個体数が、全世界的な気候パターンの変化に対して 、空間的かつ時間的スケールの範囲で影響を受けることを示した。エルニーニョの ような地域的な気候パターンは、ある種が越冬する場所と同様に繁殖する場所にも 影響を与える。成鳥の生き延びる割合や生産力は、エルニーニョの年には低下し 、ラニーニャには増加した。また、生産力は、冬の新個体数と育成個体数に正の相 関を持っている。(TO,Og)

小さな分子の切り換え(Small Molecule Switches)

巨大分子の相互作用をオンかオフに切り換える能力があれば、多数の細胞イベント の制御が得られる。Guoたち(p 2042)は、小さな分子を用い、ヒトの成長ホルモンと その受容体との相互作用を変調した。著者は、各タンパク質に変異を導入すること によって、相互作用界面に腔を作成した。その後、インドール類似体ライブラリを スクリーニングし、受容体に対して変異体ホルモンの親和性を千倍以上増加したリ ガンドを選択した。細胞増殖とJAK2リン酸化のアッセイによれば、変異体ホルモン と受容体を含んだ細胞において、リガンドが成長ホルモン情報伝達経路をオンにし たことを示した。(An)

己を知れ(Know Thyself)

免疫系は、自己マーカーのない異物細胞とウイルスを攻撃する。Oldenborgたち (p2051;Hagmannによる記事参照)は、よく知られている主要組織適合性抗原と異なっ ている赤血球における自己マーカーを記述している。CD47というこのタンパク質は 、赤色髄マクロファージという脾臓のマクロファージのクラスによる破壊を回避す るために、赤血球に存在しなければならない。(An)

成長するが分割はしない(Growing But Not Dividing)

増殖(proliferation)に伴って、細胞増殖(cell growth)がどのようにして起きるか についてのメカニズムは良くは分かってない。Volarevic たち(p. 2045) は、マウ スにおいては、この2つのプロセスは別々であり、リボソームタンパク質S6をコ ードする遺伝子は成人期においてある条件下で除去されることを示した。このよう な動物の細胞では、40Sリボソームサブユニット(この中には成分としてS6タンパク 質がある)が欠如している。しかし、絶食した動物に養分摂取が再開されるとこの ような動物の肝臓細胞は正常な成長を示す。これに比べ、S6を欠く動物の肝臓細胞 においては、部分的肝切除を行った後では正常動物の細胞のようには増殖しない 。これは明らかにサイクリンEの発現を増やすことが出来ないためと思われる。リボ ソームの翻訳機構に欠陥が見つかると、細胞増殖を停止させるチェッックポイント 機構が存在するらしい。(Ej,hE)

単一RNA分子の折りたたみ(Folding Single Molecules)

タンパク質の折りたたみに対してRNAの折りたたみに関しては良く理解されていない 。RNAの二次構造の要素が余り良く知られていないという点もあり、そして厳しい技 術的挑戦課題の為でもある。Zhuangたち(p.2048)は、単一RNA分子、この場合におい ては繊毛虫類テトラヒメナのグループ¥265リボザイムの観察結果を記述している 。単一分子の蛍光変化のヒストグラムから、彼らは基質とリボザイムの活性部位に 対する結合と離脱の速度定数を導き出した。彼らは、又、現象が余りにも速くて従 来の測定法の組み合わせでは観測されないような折りたたみに関する新たな経路を 見出している。(KU)

外側小惑星群にある玄武岩質の小惑星(Basaltic Asteroid in the Outer Belt)

小惑星のいくつかは、より大きくて、分化した、太陽系進化の初期に分裂した母惑 星の破片であると考えられている。しかしながら、大型の小惑星である小惑星番号 4のベスタだけが、玄武岩質の表面構造を持つことが観測されていた。従ってベス タは、潜在的には分化した母惑星であるとみなされていた。Lazzaroたち(p.2033)は 、外側のメインベルト小惑星群にある小惑星番号1459のマグニアにも、玄武岩質の 表面を持つことを示すスペクトルを観測した。軌道の力学的シミュレーションによ れば、マグニアは母惑星から分裂した後、孤立した断片であるかもしれないという ことが推察される。小惑星は、いくつかの不安定共鳴帯の中にわずかに存在する安 定軌道を見出せたと言うだけの理由でこれまで長期に生存してこられた。マグニア はベスタとは大変離れているので、両者は、おそらく同じ母惑星から分裂されたも のではないであろう。そしてマグニャは、おそらく地球上で発見される玄武岩質の 隕石の発生源ではないであろう。(hk,Nk)

三次元で見る(Seeing in 3D)

対象物の認識は脳の下位側頭皮質のTE部位により行われるが、この大きな皮質領域 内部の機能の特殊化については殆ど知られていない。Janssenたちは(p.2054)、TE内 のある下位領域のニューロンが別の領域のニューロンに比べ対象物の三次元表面構 造に対し、より高い選択性を持つことを報告している。この発見は、従来の形態学 的研究に矛盾せず、下位側頭皮質が、明らかに特異的な個々の下位領域に更に分類 されるための機能的基礎を提供し、更に、視覚系が三次元形状を特別な対象物の特 性として取り扱っていることを示している。(Na)

ヒトのミトコンドリアDNAの組換え(Recombination in Human Mitochondrial DNA)

Awadallaたちは、彼らが遺伝子組換えの程度と関連すると考えているヒトとチンパ ンジーのミトコンドリアDNA(mtDNA)の距離が増すにつれ連鎖不均衡(LD)が減少する ことを発見した(12月24日号の報告 p. 2524)。この結論について、4つのグループが さまざまな理由に基づいて議論を行なっている。KivisildとVillemsは、用いられた データの質に疑問を呈し、観察結果のうちのいくつかは「むしろより妥当に、系統 的に解釈できる」と示唆している。JordeとBamshadは、Kumarたちも同様だが 、Awadallaたちによって用いられたLDの測定値は対立遺伝子頻度の変動に非常に感 受性が高いものであると論じ、そのデータを別のLD測定値であるD'を用いて吟味す ると、LDとmtDNAの距離との間には有意な関係があるという証拠はなにもないと言っ ている。Kumarたちはさらに「ヒトのmtDNAにおいて組換えがなかったということ 」を支持する系統発 生的分析の証拠はなく、「むしろ、それがあった証拠があることになる」と記して いる。また、ParsonsとIrwinは、ヒトのmtDNA制御領域(CR)に焦点を合わせ、「LDと 、組換えの事実をあらわすはずの距離とが負の相関を有することを示す証はなかっ た」ことを見出している。Awadallaたちは、ランダムあるいはシステマティックな 配列決定誤りが自分たちの解析に影響を与えていることはありそうもないと論じ 、また、たとえKivisildとVillemsによって怪しいと指摘されたいくつかのデータを 分析対象から除いても、「LDと距離の相関は負である」ことを示している。彼らは 「r2の方がD'より組換えを検出する力が高いはずである」とするいくつかの記述を 提示し、Kumarたちによって示された系統発生的分析は、組換えが生じていないこと を暗黙裡に仮定した系統発生樹を用いているという論理的な誤りに依存している可 能性があると記している。最後に、CRにおけるLDと距離の相関の証拠がないことは 、「組換えを経た多くの配列で、距離に関するLDを有意に減少しているわけではな い」ので、Awadallaたちの言うように、組換えがなかったという議論ではないので ある。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/288/5473/1931a で読むことができる。(KF)
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