AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 7, 2000, Vol.288


ポリマーで配管する(Plumbing Polymer)

マイクロメカニズムで製造されたデバイスの多くはシリコンのような硬い材料から 作られており、溝を彫ったり孔を形成するために何回も膜形成やエッチングが必要 となる。Ungerたち(p.113)は、パターン形成された弾性ポリマー(エラストマ ー)層を集積してマイクロデバイスを作った。硬化処理されたポリマー層はポリマ ーを構成している二つの成分のうちの一つを過剰に含んでおり、その過剰成分を交 互にすると接触している表面が反応して密閉構造を形成することが出来る。著者た ちは空気圧で作動するマイクロメートルスケールのバルブを作った。このデバイス は「デッドボリューム」が極めて少なく、そしてサイクル寿命は長くなっている 。彼らはバルブを次々に集積・連結してぜん動ポンプを作った。(KU,Ok)
[註]マイクロ技術を用いたデバイスは、最近、マイクロリアクタ、DNAチップ 、Lab-on-a-chip(チップ上の化学実験室)などに展開されてきている。これらのデ バイスはほとんどシリコン基板をエッチングしたリソグラフィ技術(有名なのはド イツのLIGA技術)に依存している。本論文のソフト(=軟材料を用いた)リソ グラフィーの着想は面白い。この利点は、(1)シリコン製のデバイスより、2桁以上 小さいデバイスを作れること、(2)たやすく迅速成形ができ、生体適合性が得られる こと、であり、今後の展開が楽しみである。(Ok)

伸ばすと融解する(Meltinng in the Stretch)

多くのポリマーは比較的低い温度で容易に変形し、簡単に特殊な形状に仕立て上げ ることが出来る。ポリマー鎖を伸ばした時、実際には何が起こっているのだろうか? Looたち(p.116)は重水素核磁気共鳴を用いて、結晶とアモルファス領域の両方を含 んでいるナイロン6の鎖の動きを調べた。ポリマーのガラス転移温度近傍において 、ポリマーが引き延ばされている限り、アモルファス領域の鎖は活発な液体様の動 きを示した。変形を止めると、直ちにこの動きがなくなる。(KU)

発色団を形づくること(Shaping Chromophores)

電気光学的(EO)変調器は、電気信号入力を、光ファイバ・ネットワークを走る光 パルスに変換する。近年における重合体と無機のEO材料開発は、それらの速度(変 調周波数)の高速化をもたらしているが、利得をあげるための制約となるとともに 雑音を増加させる相対的に高い駆動電圧(半波電圧約5V)を必要とする。静電気的 相互作用によって、重合体材料における分子の発色団が一列に並ぶ傾向があること でEO効果が抑制されることが、重合体材料改良における一つの困難な点である。特 別な形状に設計された発色団は、上記困難を回避し、かつ半波長電圧は1ボルト以 下のEO変調器を作れるということを、Shiたち(p.119)はここで示した。(hk)

断層を流動化する(Fluidizing Faults)

二重結合モーメントテンソルは、断層の剪断運動を数学的に表現しており、地震の 力学の研究に用いられている。全地震のおよそ75%が二重結合モーメントテンソル (伸張対直交圧縮)により表現することができる。Dreger たち (p.122) は、カリフ ォルニアの Long Valley Caldera の頂上の膨張期間中の 1997年11月に発生した群 発地震(swarm)における地震モーメントテンソルを導き、また、その広帯域波形を解 析した。かれらは、等方的モーメントテンソル(ある点源からの半径方向への膨張) を発見した。これは、流体が、加圧かあるいはマグマによる加熱のどちらかにより 断層へ注入され、地震と同時に起きる体積膨張を引き起こしたことを示唆している 。(Wt,Og)

鉄の濃縮(Iron Enrichment)

鉄にはいくつかの安定した同位体がある。鉄同位体の生物学的な分別は、例えば 、細菌活動による堆積や鉄の鉱床や鉱石中で起きているにもかかわらず、非-生物学 的な分別は検出不可能と考えられていた。しかしながら、Anbarたちは(p. 126)、研 究室における実験で純粋に化学的な分別が観測できることを示している。(Na,Og)

水中のガス抜き(Underwater Degassing)

温室効果ガスであるメタンの大気中濃度は、過去40万年間に渡って大きく変化して きた。幾度かあった増加は、湿地帯の拡大によるものであると考えられてきた。し かし、メタン以外の急速な増加があったことは、異なる原因、ガスハイドレート (水和ガス)の分離を示唆している。メタンハイドレート(水和メタン)は、膨大 な量の炭素を大陸沿岸部に蓄積しており、海洋の水温が高くなることによって不安 定になる。Kennettたち(p.128;Blunierによる展望記事参照)は、こうしたハイドレ ートが過去6万年間に重要なメタンの供給源であったのかを確かめるため、サンタバ ーバラ海峡から得られた有孔虫における炭素同位体組成を計測した。その結果、大 量のメタンは海底から放出されたことが何度かあったことが判った。 これは、亜間 氷期と呼ばれる短い温暖な期間における、カタストロフィックな堆積物の崩壊(大 規模な海底地滑り)とも一致する。(TO,Og)

1つずつ組み立てて作る(Building Piece by Piece)

3つのRNAと50のodd proteinsの複合体であるリボソームの構造記述の際には、なぜ このような性質の異なったタンパク質が必要なのか、どうやって秩序正しく化学量 論的に構築されるのか、と言った構造と機能に関する件が再び問題となる 。Agalarovたち(p. 107)は、小さなリボソームのサブユニットRNAの一部と複合体を 作っている3つの小さなリボソームサブユニットタンパク質の構造を高い分解能で 決定した。彼らは、1番目のタンパク質-RNA相互作用がRNA中の3つのらせん体接合 の内2つの再編成を安定化させ、これが次々に小さなサブユニットタンパク質がさ らに2つ結合するための部位を形成し、引き続く組立のステップの骨格となること を見つけた。 (Ej,hE)

滑泳でさらに水中深く(Gliding Farther Underwater)

海洋哺乳動物は、一呼吸するだけで潜水中の長時間、どのようにして有酸素運動を 維持しているのだろうか?Williamsたち(p. 133;Pennisiによるニュース記事参照) は、潜水可能なビデオカメラを自由に泳ぎ回るアシカやイルカそしてクジラに装着 するこ とで、運動期間の挙動の変化を検出した。肺の圧迫と、深さとともに増加する静水 圧は、能動的な手足の動きを鈍らせ、深く潜水している間は滑泳(gliding)に変わる 。滑泳によるエネルギーの節約は、こうした哺乳動物が潜水の期間を長くすること と驚くべき深さまで到達することとを可能にしている。(TO)

座標の調整(Coordinate Regulation)

DNA配列のコーディング領域を解釈するための分析方法は多様に存在する。しかし 、非コーディング領域の調節エレメントを同定することはより困難であった 。Lootsたち(p. 136)は、ヒト第5染色体とマウス第11染色体は、ある遺伝子の組 が同じ順序に配列していることに気づき、長距離のシスエレメント(long-range cis-actingelements)の性質を持った保存配列を同定した。もっとも大きな候補エレ メントは遺伝子組換えマウスにおいて、インターロイキン-4, -13, -5の発現を制御 していることが示された。(Ej,hE)

偽装をつなぎ留める(Anchoring the Camouflage)

眠り病の原因である、アフリカのトリパノソーマは、免疫監視を逃れるために、グ リコシル・ホスチァチジルイノシトール・アンカーにより急速に剥げ落ちる表面糖 タンパク質で覆われている。これらのアンカーを合成するためには、トリパノソ ーマはミリスチン酸を必要としているが、これまでミリスチン酸の起源は謎であっ た。Moritaたちは(p. 140)、トリパノソーマがミリスチン酸をミリスチン酸自体か ら合成出来ること、またミリスチン酸の合成経路が遮断されると、抗生物質のチオ ラクトマイシンによって寄生虫が殺されるので、これからの治療に期待できること を示した。(Na)

タンパク質を徐々に解きほぐす(Unraveling Proteins Bit by Bit)

タンパク質折りたたみは、物理生化学者たちにとって、いまだに大きな課題である 。場合によっては、折りたたみ経路に関するもっともらしい記述ができることもあ るが、分子内相互作用のエネルギーと動力学とは測定がより難しいのである。タン パク質の展開の方は、化学的変性剤によって、またもっと最近では機械的操作によ って、実験的にずっと扱いやすくなっている。Oesterheltたちは、単一分子技法の 最新の応用として、また、完全な膜タンパク質がいかにして折りたたまり脂質の二 分子層に挿入されるかという複雑な問題を考えていくための窓として、光で活性化 されたプロトンポンプ・バクテリオロドプシンの原子間力顕微鏡の研究成果を提供 している(p.143; また、ForbesとLorimerによる展望記事参照のこと)。(KF)

血球の系譜(Blood Cell Lineages)

GATA-1とGATA-2とGATA-3とAML1という4つの転写制御因子は、哺乳類の血球発生にと って決定的に重要であると知られているが、因子間の関係は不明である 。Lebestkyたち(p 146)は、ショウジョウバエにおける血球の系譜の制御を研究し 、ショウジョウバエのGATA同族体であるSerpentがプラズマ細胞と結晶細胞という血 球の2つのクラスのいずれにも必要であることを示している。転写制御因子 Lozengeは哺乳類のAML1と類似し、結晶細胞だけの発生に必要であるが、Gcmはプラ ズマ細胞の発生に必要である。(An)

方向を変える(Changing Direction)

軸索が誕生場所から最終的結合位置に行く間に、目的地に向かってのガイダンスシ グナルに従う。KimとWadsworth(p. 150)は、基底膜が方向の合図を提供できること を示している。基底膜の構造成分であるnidogenを欠乏する線虫の変異体は、特定の 軸索の先導機能の特異的な欠損を現す。(An)

ファミリーの財産の融合(Merger of Family Fortunes)

ソマトスタチンとドーパミンは、中枢神経系において重要な神経伝達物質である 。それらの活動は、Gタンパク質-結合受容体に属するあるファミリーのメンバーに よって仲介される。多くの受容体にとって、ホモ二量体化は機能調節の重要な側面 の一つである。Rochevilleたちは、この事実が、ソマトスタチン受容体とドーパミ ン受容体のような2つの無関係な受容体間にもまたあてはまる、ということを示し ている(p. 154; また、Milliganによる展望記事参照のこと)。結果として生じるヘ テロ二量体は、生理学的活性を高めた新しいタイプの受容体を作ることになる 。(KF)

セロトニンと、リタリンの治療上の効果(Serotonin and the Therapeutic Effects of Ritalin)

Gainetdinovたちは、その行動が注意-欠乏機能亢進障害(ADHD: attention-deficithyperactivity disorder)の子どもの行動と似ている、ドーパミ ン輸送体をノックアウトしたマウスの歩行運動活性が、メチルフェニデート (Ritalin)などの精神刺激剤とセロトニン作動性薬剤のどちらによっても減少するこ とを発見した(1999年1月15日号の報告 p. 397)。Gainetdinovたちは、精神刺激性の 薬剤が多くのADHD患者に対して示す「逆説的な沈静効果」は、セレトニン作動性効 果から生じている可能性がある、と示唆している。Volkowたちは、しかし、この提 案に存在する「中心的問題」を見出している。コカインやアンフェタミンなどのそ の他の精神刺激剤とは違って、「メチルフェニデートは脳における細胞外セロトニ ン濃度を増加させない」のである。彼らはまた、Gainetdinovたちによる結果が直接 ADHD治療に関係しているものかどうかについて、薬用量と投薬に対する時間的な応 答に関するいくつかの論点をもとに疑問を投げかけている。Gainetdinovたちは 、「神経化学や組織化学あるいは電気生化学の研究やまた行動の研究による証拠 」は、メチルフェニデートがセレトニン作動性システムに対して影響を及ぼすこと を示唆している、と応じ、「主としてセレトニン作動性の作用性成分を有する薬剤 には」ADHDに対する「潜在的な臨床的効力があるという山のような証拠がある」と 指摘している。これらコメントの全文は
www.sciencemag.org/cgi/content/full/288/5463/11a で読むことができる。(KF)
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