AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 3, 1999, Vol.285


真空ガイドによる光ファイバー(Vacuum-Guided Optical Fibers)

光ファイバーは、光をガイドしてファイバー中を伝播させるため、内側 への全反射に依存している。このようなファイバーは、高屈折率の内部 コアとそれを取り巻く低屈折率のシースが必要であるが、多くの光学材 料中で起こる大パワーの領域での非線型性のために、比較的低パワーの 伝播に限られている。Cregan たち (p.1537) は、中空のコアを持つ光 ファイバー、すなわち真空ファイバーを設計した。これは、欠陥モード の光バンドギャップ構造を用いて中空領域に光を閉じ込め、ある決まっ た波長だけの伝播を可能にしている。この設計は、はるかに大きなパワ ーの伝送を実現できる可能性を有している。(Wt)

珪素と糖との混合(Mixing Silicon and Sugar)

5個または6個のリガンドに配位している珪素は比較的まれである。5 配位珪素はガラスや融成物中に観察されているが、それらは緩和過程に おいて、ある役割を果している。5配位や6配位の珪素は、両方ともさ まざまな有機溶剤や結晶構造の中で見出されてきている。対照的に、水 溶液での安定な構造はまれであり、現在まで、芳香族リガンドを持つあ る6配位珪酸塩類に対して報告されているだけである。Kinradeたち (p.1542) は、5または6配位の珪酸塩もまた、非常に単純な糖類の分 子をリガンドとして用いることにより、水溶液中でも安定化しうること を示している。この知見は、植物による珪素の取り込みと輸送とに対し てある示唆となる可能性がある。(Wt)

少なめなジャンプ(A Smaller Jump)

地球の上部マントルは,深さ410kmと660kmにおいて地震波の速度が 急激に変化(速度velocity jump)する,明瞭な2つの状態の不連続があ る。こうした不連続は地球全体で観測されるが,より詳細な観測による と,これらの境界における地震波速度の増加の平均量に矛盾が明らかに なった。ShearerとFlanagan(p.1545)は,1976年から1997年にかけ て集められた30000以上の震動記録を使い,これらの境界の速度急増と 密度急増を決定した。彼等は,660kmでの不連続境界における密度急 増は参照する初歩的地球モデル (PREM:preliminary reference Earth model)から予測される量の約 半分であることを発見した。この結果から,660km不連続境界において 起こりうる鉱物相転移と対流のパターンについての再評価をしなければ ならないだろう。(TO)

スパッタリングによるナノドットへの経路 (A Sputtering Route to Nanodots)

半導体ナノドットのその場形成は、一般的には、リソグラフィーを用 いてパターンを形成するか、あるいは、自己組織化による基板上での 島状のパターンの成長により、これまでなされてきた。Facsko たち (p.1551) は、ガリウムアンチモン表面[(100)GaSb] が、垂直入射に よるアルゴンイオンスパッタリングに晒されると、大きく、規則的な ナノドットの配列が数分後に出現することを示している。エッチング による表面の粗面化と拡散による平坦化の相反する処理を実現したこ とが、ナノドットの形成に導いた。(Wt)

統合された気象予測(The Combined Forecast)

季節性あるいは長期的な気象予測は,より短いハリケーン等の天気予 報と同様に,経済的そして社会的に重要である。こうした予測は,主 として気象モデルに基づいている。Krishnamurtiたち(p.1548)は, 観測に対するモデル予測の重回帰分析を行ない,幾つかの気象モデル を結合して1つの超アンサンブル(superensemble)にした。この超 アンサンブルは,個々のモデルやあるいは異なるモデル予測を単純に 平均したものと比較して,エラーを少なくすることができる。彼等 は,複数のモデルを関係付けることによってより正確な超アンサンブ ルの気象予測を求めることができるプロトコルを提案した。(TO)

幹細胞を識別する(Show Me the Stem Cell)

造血幹細胞は血液中に見出されるあらゆる細胞を造ったり,自己再生の 能力を持っている。 幹細胞を同定したり分離を容易にする明瞭な表現 型の特徴はあいまいである−−特に,血液細胞のある特殊な系列のみを つくる前駆細胞(progenitor cells)と幹細胞を識別する簡易な方法が 無かった。Zieglerたち(p. 1553)は、KDRと呼ばれるサイトカイン VEGF(vascular endothelial growth factor:血管内皮細胞増殖因子) に対する受容体が,原始的な造血細胞の豊富な亜集団を前駆細胞として でなく幹細胞として識別するマーカーとなることを報告している。 (KU)

放射能に強いゲノムのマッピング (Mapping Radiation Resistance)

微生物のゲノムの物理的な地図を速く作ることが出来ると、配列決定 が非常に容易となり、そして多数のゲノム解析のスピードアップとな る。Linたち(p. 1558)は、優れた放射能耐性によって大きな関心が持 たれているバクテリア Deinococcus radiodurans の全ゲノムの制限 酵素切断地図を作成した。その作成には、制限酵素処理によって得ら れるランダムに選択されたフラグメントの光学的マッピング方式を用 いている。この方法によって、二次(ミニ)染色体の発見や特徴付けが 可能となった。ガンマー線照射を受けた細胞のDNA画像によると、 DNA修復において環状中間体の介在に関する証拠は見出されていない。 (KU)

ブドウの木を通して(Through the Grapevine)

分子遺伝技術により、これまで未知だった、歴史的なワインを作り出 した数多くの古代のブドウの起源を明らかにしている。北東フランス 産ワインの遠大なDNA分析により、Bowersたちは (p. 1562、Hagmannによるニュース解説も参照)、シャルドネ (Chardonnay)種の起源を明らかにしただけでなく、この地域のワイ ンの殆どは兄弟であることを明らかにした。その両親はピノ・ノアー ル(Pinot noir)と、あまり知られていない(しばしば、けなされてい た)グエ・ブラン(Gouais blanc)である。この知見は、珍しい生殖質 の保存の必要性などを含む、ブドウ栽培産業への重要な意味を持つ。 (Na,Tk)

特別送達(Special Delivery)

治療用のタンパク質を血液脳関門を越えて目的の組織に届けることは、 タンパク質の大きさによる制限がきつい。Schwarzeたち (p. 1569;およびStraussによるニュースストーリ)は、タンパク質導 入(protein transduction)と称する方法によって大きくて生物学的に 活性なタンパク質をマウスに効率よく送達することに成功した。目的 のタンパク質を、ヒト免疫不全症ウイルスのTatタンパク質由来の 11-アミノ酸配列と融合させた。このTatタンパク質は以前の細胞培 養の研究で、タンパク質の脂質2重層通過を仲介することが分かって いる。腹腔内にTat-β-ガラクトシダーゼ融合タンパク質を注入した マウスは、4時間以内に、脳を含む全ての組織でβ-ガラクトシダー ゼ活性を示した。この方法によって、治療用のタンパク質を送達する だけでなく、モデル生物に実験的な操作を加える新しい可能性をもた らすものとなろう。(Ej,hE)

新しい抗マラリア薬への道 (Alternative Antimalarial Pathway)

新しい抗マラリア薬の開発は既存の治療薬に対する耐性が増大するこ とで必要性が高まっている。Jomaaたちは (p. 1573、Ridleyの展望記事も参照)、ヒト宿主とは異なり、熱帯熱 マラリア原虫(Plasmodium falciparum)はイソプレノイドの生合成 に非メバロン酸経路(DOXP)を用いていることを発見した。細菌性酵素 と藻類酵素の類似性と熱帯熱マラリア原虫の染色体14番の配列から、 著者たちは熱帯熱マラリア原虫からDOXP還元イソメラーゼ酵素を特定 し、クローン化した。培養モデルのマラリアおよびげっ歯類モデルの マラリアはDOXP還元イソメラーゼ酵素を標的とすることで知られる フォスミドマイシンおよびその誘導体の一つにより抑制される。その 薬は低い毒性を持ち、経口的に摂取可能である。(Na)

BARDの短いメッセージ(A BARD's Short Message)

メッセンジャーRNA(mRNA)前駆物質のポリアデニル化には、複雑な タンパク質機構が必要である。KleimanとManleyは、この機構の構 成要素の一つがBARD1、すなわち従来は乳癌感受性タンパク質 BRCA1と物理的に結合する因子の一つとして同定されていたタンパ ク質であることを示している(p. 1576)。BARD1はポリアデニル化因 子CstF-50と結合し、また、試験管内ではポリアデニル化を抑制す る。こうした結果は、BARD1が、新しい転写物が損傷を受けたDNA の位置に入るなどの、mRNAの不適切な処理を防ぐ可能性があること を示唆している。(KF)

過去のものの想起(Remembrance of Things Past)

リストの中にある個々の単語のような単純な事実の想起は、内側側頭 葉にある脳の構造に頼って行なわれる。Fernandezたちは、挿入可能 な電極を、切除を受けようとしている患者の内側側頭葉に前もって挿 入しておき、単語リスト提示中の電気的活性の時間変化をモニターし た(p. 1582; また、SchacterとWagnerによる展望記事参照)。自由 に思い出せる単語もあれば、そうでない単語もあった。覚えられてい た単語と忘れられた単語についての電気的活性を比較すると、(単語 を最初に見せられてから)約0.3秒後の鼻腔皮質(rhinal cortex)にお ける振幅に違いがあり、それに続いて、0.5秒後の海馬における振幅 の違いが見出されることが明らかになった。このように、陳述記憶の 形成過程は、時間的に引き続いて生じる複数のサブ・プロセスに分解 できるらしい。(KF)

海における病気(Sea Sickness)

ヒト以外の陸生生物における病気や寄生の発生率が、ここ2、30年、 生態学的な、また生物保存の観点での、強い興味の焦点の一つになっ てきている。これに比べてよくわかっていないのが、海洋における 病気の広まりと、それが人間の活動によってどう影響を受けている のか、ということである。Harvellたちは、サンゴからアザラシま で、さまざまな海洋生物における病気の発生に関する最近の研究結 果を集積し、それらと、人間あるいは気候が原因のストレス因子と の潜在的関係を明らかにした(p.1505)。新しい病気の数は増加中の ようであり、その広がりは、病原体が地球全体に運ばれることで加 速されている。(KF)

不均質に移転(Transforming Inhomogenously)

希土類を含む水マンガン鉱 ( La1-xCaxMnO3 ( xは約0.3))の温度が低下するに連れて磁気モーメントの整列化が 進行し、その結果バルクの絶縁性、あるいは、常磁性相が金属状の 強磁性状態に変化する。間接的な証拠から、両方の相が、数ナノメ ートルのスケールで共存していると推測されている。Fathたち (p. 1540)は、La1-xCaxMnO3 を走査型トンネル効果顕微鏡によって直接、二相から成っ ていることを確かめた。彼らは絶縁領域と導体領域を区別すること ができただけでなく、相転位温度よりもずっと低い温度で絶縁領域 が存続していることに気づいた。この結果から、巨大磁気抵抗のモ デルが説明できるのかも知れない。(Ej,Tk)

興奮性を制御(Controlling Excitability)

リン酸化は、極めて特定され厳しく制御されているプロセスであり、 多数のイオンチャネルの活性を変調する。Gongたち(p 1565)は、 ZIP1というタンパク質がShakerカリウムチャネルの補助Kvβ2サ ブユニットをプロテインキナーゼCζアイソザイムに連結する方法 を示している。ZIP2というZIP1のスプライスバリアントは、より 少ないKvβ2の刺激をもたらす。神経成長因子のようなニューロト ロフィンは、ひとつの細胞内のZIP1対ZIP2の比を変化させること によって、細胞の興奮性の細かい変調のもうひとつの機構を提供す る。(An)

光の変化(Changes in Light)

一日中の光のパターンの変化は、植物の一日の応答および季節変 化への応答に影響する。Parkたち(p 1579)がクローンしたシロイ ヌナズナのGIタンパク質は、光との応答を伝達するシグナル伝達 経路において機能するようである。GIの遺伝子の配列は、このタ ンパク質が6つの膜貫通領域を含むことを示唆している。GIの遺 伝子の変異は、概日リズムおよび光周期応答に影響する。このよ うに、植物が環境に対して一日毎に、また季節毎に順応すること が分子レベルでのメカニズムと共働しているかもしれない。(An)

熱帯樹木の豊富さと、資源に基づいた生態的地位 (Tropical Tree Richness and Resource-Based Niches)

S. P. Hubbell たち (Reports, 22 Jan., p. 554)は、「13年以上 にわたり、パナマの熱帯森林中の1200以上のギャップ(大木の倒 木などによって生じた森林中の解放空間)での樹木の成長」につ いて研究した。このような森林の樹冠の解放空間は光を射し込ま せることになり、その結果異なる種類の樹木が、成熟した森林中 に生育する足がかりを提供することになる。Hubbellたちはこの 仮説をテストするために、「ギャップの空間的・時間的な分布形 態が、特定の熱帯森林における樹木1本1本の種から予測される 変化度合いに一致しているかどうか」を調べてみることにした。 彼らは、予測と違って、「空間的・時間的なギャップの分布形態 の変化量によっては豊富な樹木種を説明することはできない」こ とを発見した。R. L. Chazdonたちはこれにコメントして、「こ の中間的妨害仮説は、1つのギャップにおける種の豊富さは同一 地域の成熟樹木の種の数より単に大きいだけでなく、ギャップ全 体としても周囲の樹木種より大きいのは、ギャップがより多様な 条件と資源を提供しているからである」。R. K. Kobeはこれにコ メントし、「樹木の種類の豊富さを樹幹の数で正規化するとすれ ば低密度部分では樹木種は高めの値に偏りやすく、高密度部分で は低めの値に偏りやすい」。Hubbellはこれに応じて、樹木の累 計値に対する樹木種の累計値をプロットしている(横軸に樹木の 数を示し、縦軸に種の累計数をプロット)。これらのデータから、 研究対象森林では、「成熟種に比べ、正規化されようとされまい と、ギャップでは種の数が少なくなっていることがわかる。更に、 中間妨害仮説に反して、ギャップの大きさが大きくなるほど種の 数は単調減少カーブを示している」。これらコメントの全文は、 以下を参照。(Ej,hE):
www.sciencemag.org/cgi/content/full/285/5433/1459a
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