AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 6, 1998, Vol.282


ホログラム材料の改良(Improving Holographic Materials)

ホログラフィは膨大な量のデジタルデータを蓄積するために用いる ことができるが、その材料が写真フィルムの定着と同じで、何らか の方法で定着されていないと、ホログラムを読み出すプロセスで、 消去されてしまう。Hesselinkたちは(p.1098)、最近、ホログラム の書き込みに2本の光ビームを用いることで、全て光学的に定着する 方法について記述した。消去するには弱すぎる強度の赤外ビームを読 み出しに用いる。彼らは、このアプローチの根底にある機構と蓄積材 料組成を最適化する方法を明らかにし、リチウムニオブ酸塩で感度を 高め、記録効率を高め、暗い条件での保存期間を延ばす方法を示した。 (Na)

褐色の矮(わい)星の誕生(The Birth of Brown Dwarfs)

褐色矮星であると確実に立証された発見の最初の例、GlieseB2, 以来、 観測天文学者たちは、他の褐色矮星の候補を探して、それがどのように 形成され、どのように質量と年代の関係が得られるかを決定しようとし た。Tamuraたち(p.1095)は、約500光年先にあるカメレオン座と牡牛 座での星間分子雲付近で2つの近赤外探査観測を実施して、1ダースの 褐色矮星の候補を発見した。これらの候補のいくつかは、0.012太陽質 量(solar masses)以下の質量であり、またいくつかは100万年以下の 年齢であることを示している。そして、こうした褐色矮星の候補の少な い質量と若い年齢から、それらが生まれたばかりであり、恒星のように 星間分子雲から形成された可能性を示唆している。(TO,Nk)

海王星の環における粒子のバレエ (Particle Ballet in Neptune's Ring)

海王星は、その惑星からおよそ63,000km離れた軌道を回る粒子からな る広がったリングの内部に、ダストの豊富なキロメートルサイズ以下の 密集した粒子からなる4つのアークを有している。長期間に渡り、この アーク-環の系がどのように維持されうるのかを理解することは長い間困 難な問題であった。Salo と Hanninen (p.1102)は、長時間スケールに 渡り安定であるアーク-環の系のいくつかの鍵となる構造を再現する数値 モデルを開発した。彼らは、海王星とガラテアの影響が支配的な引力圏 の内部では、アーク粒子相互の引力は実際にはそれらの相互衝突を避け るように働くことを示した。粒子の自己重力が、アークの形態を維持す ることを可能としている。この予期し得なかった結果は、しかしまた、 これまでアークに対してダストの源泉として考えられてきた(粒子-粒子 衝突によるとする)仮説を突き崩してしまうものである。著者たちによる と、それらはアーク間のキロメートルサイズの粒子をより小さな粒子が 衝突したことによるものである。そして、より大きな粒子による希薄重 力の存在は、ダスト状の噴出物を特定の領域に閉じ込める。シミュレー ションによると、一つのアークを複数のフ域が交差する可能性のあること を示している。かくして、大きな粒子によると、アークにおけるダスト の集中領域の幅と高さを説明することができる。(Wt,Nk)

ヒト幹細胞を利用する(Harnessing Human Stem Cells)

早期胚には無限の成長や分化を潜在的に持っている細胞を含んでいる。 マウスにおいて、このような胚幹(ES)細胞がクローン化されており、特 異的な遺伝変化を持ったマウスをつくるのに利用されている。Thomson たち(p. 1145:Marshallによる編集されたニュース解説やGearhartによ る展望を参照)は、長期間に渡るヒトの早期胚からの細胞系をつくった。 その細胞は培養中においては未分化のままで、霊長類ES細胞の標識を発 現しているが、実験室及び生体内の両方でこのような細胞を主要な三つ の系譜(外胚葉、中胚葉、内胚葉)からそれとわかるような組織に分化さ せることが出来る。このような、細胞系は代替えのヒト細胞や組織をつ くる上で有用となるであろう。(KU)

ナノチュープの野原(Fields of Nanotubes)

カーボンナノチューブは、ナノメートルスケールの電子デバイスのコンポ ーネントとして多くの注目を集めている。このような応用にとって鍵とな る要件は、高度に秩序だったチューブの並びを合成する方法であり、目標 とする応用と両立しうる合成条件と基板を用いることができることである。 たとえば、フラットパネルディスプレイはガラス基板を用いるが、それは ナノチューブ合成で使用できる最高の温度に対して制限を加えるものであ る。Ren たち (p.1105) は、高度な規則性があり空間的にある広さを持つ (数平方mm)のナノチューブの並びを、ガラスの特性に悪影響しない十分 低い温度でガラス基板に直接成長させることができることを示している。 (Wt)

古代の箔のファッション(Early Foil Fashioning)

こみいった銅や金の装身具のファッションを含めて、金属細工はアンデス 文明において2500年位前からよく知られていたが、この文化の源流ははっ きりしていなかった。BurgerとGordon(p. 1108:Quilterによる展望も参 照)は,ペルーのミナ ペルディダ(Mina Perdida)から出土した3400年位前 を示す単純な銅と金の加工物に関して記述している。箔の加工物は天然の 金属を叩いて延ばすことにより造られたらしく、金属細工が粗金溶解より もかなり早くから行われていたことを示している。(KU)

脳における外傷への応答(Trauma Response in the Brain)

霊長類の脳における長期変化の能力はどのようなものなのだろう? 上肢 に外傷を受けたために脳への感覚性入力が変化することとなったサルから 得られた、解剖学的および生理学的結果を、2つの報告が与えている (Merzenichによる展望記事参照)。JonesとPonsは、感覚性入力が通過す る最初の部位である視床が、大規模の再組織化を経て、結果として、対応 する領域の拡大を伴った顔と体幹の感覚性表現に到ることを見い出した (p.1121)。Florenceたちは、同様に大規模な表現の変化とニューロン性 の拡大が、体性感覚皮質においても生じることを見い出した(p. 1117)。 (KF)

熱帯熱マラリア原虫ゲノムからの手掛り (Clues from the Malaria Parasite Genome)

Gardnerたち(p 1126)によって、熱帯熱マラリア原虫 (Plasmodium falciparum)の染色体のひとつの完全な配列が報告された。 染色体2は、長さが945キロベースであり、209の予想された遺伝子を含む。 染色体2のA+Tに豊む性質(80.2%)は、全ゲノムのショットガン戦略の通常 な手順が無理なことを示唆したが、しかし正確な構築ができた。抗原の可変 性に関与する可能性のあるrifinのファミリを含むいくつかのマラリア原虫 特異的遺伝子が同定された。(An)

順応的変異性の証拠(Underpinnings of Adaptive Mutability)

1988年に、Cairnsは一連の実験について報告し、生物体というものは、 ストレスがあるときに、そのストレスをうまくあしらう,1つか、それ 以上の遺伝子をの変異率を増すことによってストレスに応答するように 見える、と述べている。この「順応的変異性」仮説そのものは、この仮 説の確認や否定を探索する研究を大きく増加させた。Anderssonたち (p.1133)は、部分的に機能する変異遺伝子の選択的増幅がありうるよう な実験を示した。この選択的増幅は標的の数を増加させ、ストレスにさ らされたときに変異率が増加したように見えるが、実際のところは、座 位の変異性(mutability)は不変であった。(Ej,hE)

噛み合わせを形成(Building the Bite)

哺乳類における歯の発生が外胚葉とその下の間充織との微妙に制御され た相互作用による。それ以上の設計によって歯の型と、別の歯との相対 順を決めなければならず、切歯を口の前方へ、臼歯を後方へ付るように する。Tuckerたち(p 1136)は、マウスにおける歯の性質を決定する成 分としてペプチド信号BMP4とホメオボックス遺伝子Barx-1を同定した。 ほぼ同一構造をもつ配列のメンバーの間の微細な構造の差が、関連のペ プチド信号とホメオボックス遺伝子発現のタイミングとバランスによって、 特定され、調整される。(An)

エネルギーと興奮(Energy and Excitation)

多数の組織において、カリウム(K+)チャネルがアデノシン三リン酸(ATP) によって、変調されている。このように、細胞の代謝が膜静止電位と興奮 性を制御できる。多くの細胞におけるこのK+チャネルのATP感受性とATP 濃度との間のミスマッチは、他の内在因子がこの変調に影響することを示 唆している。Baukrowitzたち(p 1141)とShyngたち(p 1138)は、PIPと PIP2というリン脂質がATPとK+チャネルとの相互作用を強力に制御する ことを示している(Ashcroftによる展望参考)。この結果は、細胞の代謝状 態による細胞興奮性の微細なチューニングの例であるかもしれない。(An)

多層の殻(Layered Shells)

凹型にくぼみ中空となったマイクロメートルあるいはナノメートル・オー ダーの粒子は、薬物送達や触媒などの領域で潜在的に使い道がある。そう した粒子の合成法には、表面を被覆した球状のものを作った後で、その芯 を、焼いて溶融したり化学的に溶解したりして除去するやり方があった。 Carusoたちは、最近開発された技法を用いて、コロイド粒子の上に、無機 高分子から合成された多くの層を作り上げた(p.1111)。引き続いて、彼ら はコロイドを除去し、多層となった殻からなる中空の球を残した。マイクロ メートル以下の大きさで、壁の厚みが数十から数百ナノメートルの中空の殻 が得られた。この方法なら、芯に用いるコロイド粒子の形状によって、殻の 大きさや形状、組成を調整することができる。層を析出するのに用いる技法 は、生物学的な巨大分子や染料、ナノメートル・オーダーの粒子など広い範 囲の合成物の取り込みを可能にするものでなければならない。(KF)

昔の地震の時期を調べる(Dating Early Earthquakes)

地震の被害を調査するために、しばしば以前に発生した地震の時期や規模に 関する知識が要求される。大規模な地震は数百年またはそれ以上の間隔で繰 り返すことが一般的である、しかし、歴史的な記録によると最大でも数百年 以上遡れない、従い、昔の地震の発生時期を特定することが必要とされてい る。ZredaとNoller(p. 1097)は、基岩断層崖は、露出した岩の宇宙線起源 の核種の蓄積量を調べることで発生時期を直接知ることができることを示し た。彼らはワイオミング州Hebgen湖断層を研究し、24,000年前より5回の 大規模な破壊が起きたことを示した。発生の繰り返し間隔は不規則なもので あり、断層の歪は離散的な間隔で開放されたようだ。(Na)

植物のオーキシン応答(Auxin Response in Plants)

植物ホルモンのオーキシンは植物成長や生理面を多面的に制御している。小 胞体中に局在化しているオーキシン結合タンパク質1(ABP1)は、オーキシ ン受容体の一つの候補である。Jonesたち(p. 1114)はABP1が組織培養細 胞中で発現したり、全植物で過発現した時、付随的なオーキシン応答性の表 現型が付与されることを示している。このようにABP1は新たなオーキシン 応答経路の重要な成分の一つである。(KU)

自然の衝突検出器(Natural Impact Detector)

太陽系外の微粒子の検出は、通常パイオニア11やガリレオのような人工衛 星によってなされてきた。それらは微粒子が衝突するたびに信号を記録し ていた。Showalter(p.1099)は、土星のFリング中の3つの明るい斑点を 分析した。それらは、ボイジャーが1980年から1981年に撮った画像の中 に見つかったもので、約2週間のうちに、形成されて輝きだしそして消えて いった。これらの斑点は、土星系外からFリングに来た半径2から40センチ メートルの隕石様物体(meteoroids)の衝突によって引き起こされた。ボイ ジャーの画像のより詳細な分析、ハッブル宇宙望遠鏡とカッシーニ (Cassini)のより詳細な観測によって、隕石様物体が小惑星あるいは彗星か ら飛来してきたのか、そしてこれらの衝突が惑星リング系のダイナミクスや 構造にどのような影響を与えたのかということを明らかにする衝突モデルが 洗練されたものになるであろう。(TO,Nk,Tk)

カルシニュリン抑制と心臓肥大 (Calcineurin Inhibition and Cardiac Hypertrophy)

M. A. Sussmanたち(9月11日号、p.1690)は、「遺伝的に肥大性心筋症に 罹りやすいマウスにカルシニュリン抑制剤のシクロスポリンとFK506を投 与すると、発病をおさえる」ことを見つけた。「シクロスポリンは、圧力 −過負荷肥大のラットモデルに対しても類似した効果がある」。
J. G. Muellerたちは、これにコメントして、彼らの実験によると圧力−過 負荷肥大のマウスモデルでは、血清中のシクロスポリン濃度が高くなると、 「すべての処置された動物において3週間以内に肥大が発生した」。彼らは、 結論として、「心肥大の誘導には活性化カルシニュリンで十分条件である が、必要条件ではない」としている。
これに応答して、Molkentin(Sussmannたち)は、「カルシニュリンは圧 力−過負荷肥大の誘導には必要条件ではない」と同意している。最初の報告 は6日間の研究であった。Molkentinは、今では「シクロスポリンによって、 より長期の21日間処置されたラットは、病的な応答に対する有意な予防性は 示さなかった」と観察している。これらコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5391/1007aを参照。 (Ej,hE)

ネバダのユッカ山地における歪みを検出する (Detecting Strain in the Yucca Mountain Area, Nevada)

B. Wernickeたち (3月27日号、p.2096)地球位置同定システム(GPS)衛星 による調査と、三角測量による調査から、高濃度放射性廃棄物の永久処分 場として考えられているユッカ山地における地殻の歪みの割合を測定した。 彼らの見つけた歪みの割合は、この地方の第四紀の火山史や構造地質史か ら予想されるものより少なくとも1桁大きかった。
これに対して、 J. C. Savageは、Wernickeたちは「彼らが見積もる誤差に、その場所の 不安定性を含んでいない」し、「1992年に起きたLittle Skull Mountain 地震の地震と同時に生じ(coseisimic)たり、地震後(postseismic)に生じ る効果(地震時の変位が時間遅れを伴なうこと)に適当な重み付けを行って ない」コメントしている。
C. B. Connorたちは、Lathrop Wells玄武岩の高精度同位体年齢は、 Wernickeたちの引用したものよりずっと古いことを示唆していると述べて いる。彼らは、「Wernickeたちの示唆に3つの代案」を提案し、GPSに よって求められた歪みの割合は異常な歪みの蓄積を経験しつつあることを示 唆しているのではないかとしている。
Savageに対して J. L. Davisたち は、地震に伴なう効果(coseismic effect)を説明するのに、「歪みの割合を 求めるのに利用する4つの異なる解法がある」と、その詳細を述べている。 Davisたちは、Connerたちが与えた「いくつかの代案」は「可能性はあるが、 推測に過ぎない」としている。(Davisたちは三角測量のデータの1つを 訂正している。)この全文は
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/282/5391/1007bを参照。 (Ej,Nk)
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