AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 7, 1998, Vol.281


ガーネットから年代を知る(Telling Ages in Garnet)

一般的な変性鉱物の年代を調べることで,地殻の断片のテクトニクスや 温度履歴が分かる。ガーネット(ざくろ石)を用いて,サマリウム-ネ オジム同位体系に基づき,年代決定することができる。つまりガーネット に含まれているサマリウムはネオジムに崩壊する。しかしそのためには, こうした元素がガーネット中に拡散するのことが停止した温度(クロー ジャ温度)を知っておかねばならない。Gangulyたち(p.805)の実験結果 より,クロージャ温度は,変性条件の下で達するピーク温度と冷却速度に どのように依存するかを示した。その結果,ガーネットの年代は,もし、 ピーク温度が独立して求まるならば、冷却速度を推定することに用いる事 ができるかもしれない. (TO)

新しい氷の相(New Ice Phase)

氷において多くの異なる相が見つけられてきたが、その理由の1部は、 水素結合と関連している複雑さに起因しているところがある。最近 Chouたち(p.809)は,高圧(600メガパスカル以上)での新たな相の 証拠を報告している。その相は,準安定であり摂氏マイナス10度から 50度の間で観測され,その形態と融解の振る舞い,そしてラマン分光 から同定された。(TO)

正の方にアクセントが置かれて(Accent on the Positive )

γδ-T細胞ではなくαβ-T細胞の発生は、胸腺中で選択プロセスを経る :自己抗原に余りにも反応性が高いT細胞は摘み取られ(ネガティブ選択)、 外来の未知抗原を認識できるT細胞は成熟が促されるよう(ポジティブ選択) シグナルが発せられる。Baeckstroemたち(p.835)は、αβ-T細胞には γδ-T細胞受容体中には決して見られないα鎖接続ペプチドモチーフ (α-CPM)のα鎖領域があることに気づいた。α鎖のこの領域を欠くαβT細 胞を持つトランスジェニックマウスにおいては、ネガティブ選択は影響せず、 ポジティブ選択が大きく損なわれる。このように、ポジティブ選択のための、 シグナルにはこのモチーフが重要と思われる。(Ej,hE)

ドーパミンの下流(Downstream of Dopamine)

ドーパミン受容体の活性化は、脳のドーパミン作動性経路の多様なタイプの ニューロンに色々な効果を及ぼす。Fienbergたち(p.838)は、リンタンパク 質DARPP-32を作る遺伝子を欠く動物は、ドーパミンに対する分子的、電気 生理学的、行動学的応答の多くが変化したり阻害されたりすることを示した。 この発見は、ドーパミンが効力を発揮するためには、DARPP-32が中心的な 細胞内タンパク質であることを示している。(Ej,hE)

生物学における対比スケール(Allometric Scaling in Biology)

G. B. West たち(Reports, 4 Apr. 1997, p. 122) は、「全ての生物に特徴的 な,,,,3/4乗則代謝率」について議論し、彼らは「枝別れした空間充填フラクタ ルネットワークチューブを通して、基礎物質がどのように輸送されるかについ ての一般的モデル」を提案している。 H.Kurz と K. Sandau は、このフラクタルスケールが「明らかに必須な条件で はないであろう」と述べ、「非フラクタルモデル」でも、データを説明するこ とはできるとコメントしている。T.H.Dawsonは、論文中での仮定は「 哺乳動 物の基本的心血管のデザインと生理学的プロセス」に矛盾すると述べている。 彼は、これに代わる構造と機能の「スケール則」を示している。このコメントに 応じて、J.H.Brown たち(Westと彼の同僚) は、Kurz とSandau の言う、生物 学的ネットワークは、ある面では「完全なフラクタルではない」ことに同意しな がら、Dawsonに対しては「経験的測定」は、彼らの「0-次近似モデル」の方が より合致すると述べている。全文は以下を参照:
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/281/5378/751a (Ej,hE)

磁気メモリデバイスを安定化する (Stabilizing Magnetic Memory Devices)

スピンバルブデバイスでは、非磁性金属薄膜によって分離されている二つの層 の強磁性薄膜のうちの一層の磁化の整列状態をスイッチングすることにより、 その抵抗を変化することができる。この抵抗は、二つの層の磁気モーメントの 方向が揃うときのほうが低くなる。抵抗変化は、デバイスへの電源供給が絶た れた後でも残っており、メモリ要素として利用できる。トンネル接合において は、その性能は改善されてきた。その接合では、非磁性の金属膜は薄い酸化物 の層に置き換えられる。しかし、顕著な問題の1つは、一つの層の磁化は結局 は参照している薄膜を非磁性化してしまう可能性があることである。Gider た ち(p.797) は、 隣接する反強磁性薄膜に安定化された、軟磁性的で交換バイア スされた(exchange-biased)参照層は、単一の硬磁性的な層に比べて、磁化反 転のくり返し(10^7)に対してはるかに安定であったことを示している。(Wt)

TiO2からフォトニック結晶 (Photonic Crystals from Titanium Dioxide)

光の波長オーダの空間格子をもつ規則性のある誘電性の複合材料は、フォト ニックなバンドギャップを形成し、その異常な光学特性によって関心がもた れている。すなわち、これは、結晶の周期構造と同程度の波長をもつ特定の 方向の電磁波に対して、完全反射を示すいわゆるフォトニックな材料である。 可視と赤外領域において、マクロ多孔性材料はフォトニックな材料として研究 されているが,強いフォトニックな特性を示すにはその多孔性物質が,空気の屈 折率の少なくても2倍の屈折率を持つ材料でつくられる必要がある。 WijnhovenとVos(p.802)は、鋳型としてナノスケールのラテックスビーズ のコロイド状結晶を用いて、多形アナターゼ型のTiO2からフォトニック結晶 材料を作った。数回の反応を繰り返すことによって空孔をTiO2で満たした。 その材料は乳白色で強いフォトニック特性を示す。ブラッグの反射強度は充分 に大きく、結晶を通過しない特殊な波長領域全体においてフォトニックなバン ドギャップの存在を示している。(KU)

低温でなく高湿だったのだろう(Perhaps Wetter, but Not Cooler)

最後の氷河衰退期間中、突発的に寒冷期へ後戻りしたのがヤンガー・ドリアス 期(Younger Dryas: YD)である。これは北半球ではよく知られている事象である。 この事象が南半球へ影響を与えたかどうかは不確かであるが、その起源を理解す るためには重要である。過去の研究で、ニュージーランドのフランツ・ジョセフ 氷河はYD期間中に成長したことが分かっている。この研究は南半球におけるYD 事象の最も顕著な証拠である、と認識されている。Singerたちは(p.812)、ニュ ージーランドの氷河湖の花粉の記録を示し、YD期間中温度がほんのむ少ししか変 化しなかったことを示した。データによると、YDの影響があったとして、それは 冷却した天候ではなく、湿度の高さが関係していたと思われる。(Na)

量子的位相遷移とソフトモード (Quantum Phase Transitions and Soft Modes)

低温では、二次元電子ガス(2DEG)は、量子ホール状態を形成することがある。 これらの系の励起状態は、粒子-ホール対生成によって特徴づけられる。そして、 それらは、特別な磁界強度では、低エネルギー集団モード状態(磁界-ロトン極小) に至ることがある。Pellegrini たち(p.799) は、二つの密に結合した 2DEG の 相互作用を、非弾性光散乱を用いて研究した。そして、彼らは、これらの集団的 励起がゼロに接近し、ソフトになるにつれ(すなわち、大きな揺動を示す)につ れて、三つの明瞭に異なるスピン位相間の量子相転移が存在するという証拠を見 出した。このような転移を駆動する不安定性は、クーロン相互作用とゼーマン分 裂との相互作用から生ずる。(Wt)

多様だが豊富ではない(Diverse but Not Abundant)

発生と絶滅の長期的パターンは通常異なる種、属、科のトータルな多様性 という言葉で解釈されている。McKinneyたちは(p.807、表紙参照)、生態 学的優位についてこの測定基準ではうまく表現出来ない可能性を示した。 彼らは2種類のコケムシのクレードの過去1億5千万年間の生態学的優位に ついて大陸棚の堆積岩内に保存された骨格の量を考慮して調べた。データ によると、例えば、白亜紀の絶滅直後、一方のクレードの多様性は大きな 影響を受けなかったが、その生態学的豊富さが大きく減少した。(Na)

記憶の回復(Bringing Back Old Memories)

側頭葉下部の皮質(inferior temporal cortex)が視覚対象物の記憶の貯蔵 庫であり、一方、前頭葉前部の皮質(prefrontal cortex)が、視覚的記憶の 検索などの処理の実行に関係している、とされてきた。Hasegawaたちは、 左右の大脳半球をつなぐ構造である脳梁(corpus callosum)が記憶の伝達に おいて果たす役割を検証した(p.814)。彼らが見出したのは、片方の半球で (同一視覚野に両方の対象物を提示することによって)コード化された2つ の視覚的対象物の間の学習された関連性は、脳梁後部(側頭前頭葉前部の皮 質からの繊維が延びている)が完全な場合には、速やかにもう片方の半球で も学習される、と言うことである。彼らはまた、左右の視覚野に別々に提示 された(つまり、別々の側頭葉にコード化された)対象物の間の関連性は脳 梁後部が完全でなくても学習されうること、しかし、この場合の学習には完 全な脳梁前部(前頭葉前部の皮質からの繊維が延びている)の存在が必要で あること、を見出した。こうした結果は、視覚的記憶は片方の半球で検索さ れ、その後前頭葉前部の皮質で統合される、という可能性を示唆している。 (KF)

エンドサイトーシスの被膜の組立(Endocytic Coat Assembly)

脳のシナプスにおいては、ニューロンは、刺激されるたびに、神経伝達物質 を含む何百もの小胞を遊離する。内部の小胞からニューロン表面への、膜の この再配分は、小胞の膜の再利用を可能にするために、急速に逆向きに進め られなければならない。この膜の再利用プロセスには、シナプス小胞の膜の クラスリンで被覆された孔と小胞を介しての急速なエンドサイトーシスが含 まれている。Alepnevたちは、ラットから得られた、クラスリンに依存した エンドサイトーシスの機構で用いられる被覆要素は、それ自身のリン酸化の 状態の変化に応じてまとまったりバラバラになったりする、ということを見 出した(p.821)。こうした結果は、シナプス小胞の脱リン酸化のひきがねと なり、それによって活性の波への準備刺激となる、ということを示唆してい る。(KF)

単独での振る舞いとグループでの振る舞い (Acting Alone and in Groups)

ニューロンの刺激に応答して生じる骨格筋の収縮には、細胞内に蓄積された カルシウムが、リアノジン受容体(RyRs)として知られるチャネルを通って 遊離する必要がある。RyR1複合体には、RyR1サブユニット4つと、タンパ ク質FKBP12(免疫制御剤と結合するので、このように呼ばれている)の分子 4つとが含まれている。RyR1は、活性化した電位依存性カルシウム・チャネ ル(VDCC)に応答して開くが、これは明らかに直接的なタンパク質‐タンパ ク質の相互作用によるものである。しかし、細胞のRyRsのうち半分だけが、 直接的にVDCCと連合するようにみえる。Marxたちは、RyR1チャネルは必 ずしも独立して作用しないと報告している(p.818;BersとFillによる展望記 事参照)。むしろ、それらは時として同期してゲートの開閉を行っている。 このようなRyR1チャネルの協調動作は、FKBP12によって促進されており、 VDCCと接触していないRyRsへ活性化信号がどのようにして伝播するかを説 明することになる可能性がある。(KF)

時計を合わせるには光よりも熱 (More Heat than Light in Setting Clocks)

概日時計は、一日の周期や季節の移り変わりの際の光や温度の変化に合わせ て、生物代謝を維持するのに役立っている。時計を同調させるさい、光の役 割は温度の役割もはるかに注目を浴びてきた。Liuたち(p.825)は、時計を リセットする時、周囲温度が光より大きな役割を果たしうることを示してい る。昼と夜の周期の間に、鍵となる蛋白質の濃度変動が、生物が周囲温度に 依存しながらその概日性の様々な部分を示すものとして説明される。温度を 上げたり下げたりすると光の条件には無関係に、さらには反対の光誘起信号 にさからって、即座に時計を進めたり遅らせたりすることができる。(KU)

RNAによって活性化された転写(RNA-Activated Transcription)

赤クローバの壊死性モザイクウイルスのゲノムは、RNA-1 と RNA-2と呼 ばれる2つのRNAから成る。ウイルス性コートタンパク質は、RNA依存性 転写によってRNA-1から作られる小さなサブゲノム性RNAから翻訳される。 Sitたち(p.829)は、この転写がRNA2とRNA1の特異的塩基対形成相互作用 によって活性化されることを示している。従って、転写のトランス活性化は、 典型的にはタンパク質で実行されるが、RNAによってもなされる細胞機能の もう1つの例のように見える。(Ej,hE)

細胞接着のハンドル(A Handle on Cell Adhesion)

小さなグアニンヌクレオチド結合タンパク質であるCdc42とRac1によって 細胞と細胞の接着が制御されているかも知れないと思われるメカニズムが Kurodaたち(p.832)によって実証された。このような接着メカニズムの制御 は、発生時のパターン形成、細胞極性の確立、あるいは腫瘍形成のある局面 を含む細胞プロセスにおいて重要である。Rac1 と Cdc42は、カドヘリン (cadherin)とか、会合タンパク質であるカテニン(catenin)と言う名前で知 られている膜タンパク質に仲介されると細胞接着を抑止することができる。 Cdc42 とRac1の両方の標的であるグアノシン トリホスファターゼ-活性化 タンパク質であるIQGAP1は、カドヘリン仲介の接着において、Rac1と Cdc42に影響を及ぼすように見える。IQGAP1は、生体内でも試験管内でも、 カドヘリン-カテニン複合体からα-カテニンの解離を起こすことが示されて いる。(Ej,hE)
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