AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 24, 1998, Vol.281


微細なベアリング(Minute Bearing)

機構デバイスを小型化する一つの方法は、単一の分子にそのデバイス で求められるさまざまな仕事を行なわせることである。これは、生物 の分子モーターに類似の方法である。Gimzewski たち(p.531;表紙も 参照のこと)は、直径1.5nmのプロペラ形状の分子を考案し、走査型ト ンネル顕微鏡の先端チップを用いて、表面の不完全な単分子層内部で、 二つの近接してはいるが異なるサイト間の分子スイッチッングができ ることを示した。一つのサイトでは、分子は動かないが、他のサイト では、分子は非常に速く回転し、実験的には計測できないほどである。 周囲の分子は、単一の回転する分子に対してベアリングとして働く。 回転は磨耗がないように見え、回転子の慣性が小さいため、非常に早 く停止することができる。(Wt)

量子ドット内部における近藤効果のチューニング (Kondo Effect Tuning in Quantum Dots)

最近の研究によると、量子ドット中で近藤効果の存在する証拠がある。 この効果とは、磁気的不純物とバルク半導体中で観測される伝導電子 との結合により発生する効果である。Cronenwett たち (p.540; Inoshita による展望記事も参照のこと) は、量子ドットは、 ドット上の電子の個数を奇数から偶数に変化させることによって、 近藤状態から非近藤状態へ転換可能であることを示した。この奇数 から偶数へ電子個数を変化させるとは、一個の対を成さぬスピンの 磁気的状態から、すべて対を成したスピンを有する非磁気的状態へ 変化させることである。近藤状態の温度もまたゲート電圧を用いて 調節することができる。そして、観測による近藤効果に対する磁場 と温度の依存性は理論的予言と良い一致を示した。(Wt)
[訳注] スピン磁気能率をもつ Fe,Mn のような不純物を含む Cu, Agなどの希薄合金は、金属中の伝導電子と局在スピンとの交換相互 作用によって極低温で電気的・磁気的性質に温度の対数で表される 異常を示す。この異常現象は対数項の存在を摂動計算によりはじめ て理論的に導いた近藤淳(1964)の名前をとり、近藤効果と呼ばれる。 (理化学辞典第3版)

マクロ多孔性物質への早道 (Fast Route to Macroporous Materials)

マクロ多孔性物質(25nmより大きな孔径)が、球形ポリスチレン を鋳型としてもちいた一段階の速い反応で合成された。Hollandた ち(p.538)は、真空ろ過により0.5μmのポリスチレン球の、厚さ がミリメートル単位のフィルムをつくり、それを金属アルコキシド 溶液中に入れた。575℃の加熱によって、直径がほぼ320ないし 360nmの密に詰まった球状ボイドを含むチタニア、ジルコニア、 アルミナの微結晶ネットワークをつくった。(KU)

リン酸化酵素阻害薬に迫る(Closing in on Kinase Inhibitors)

選択的リン酸化酵素阻害薬は、情報伝達経路の分析に役に立ち、 治療の有用性もある。Grayたち(p 533)は、olomoucineという プリンに基づく新しい阻害薬の開発方法を記述している。 olomoucineは、通常とは異なった仕方で、サイクリン依存リン 酸化酵素(CDKs)のアデノシン三リン酸部位に結合する。環の2位、 6位、および9位を修飾した化学的ライブラリのスクリーニングに よっていくつかの強いCDK阻害薬が同定できたが、その阻害薬の ひとつがpurvalanol Bであった。purvalanol Bは、臨床試験で 利用されている阻害薬flavopiridolより30倍強力である。構造の 研究は、他の合成標的を示唆し、酵母ゲノムのメッセンジャRNA 発現および60のヒト腫瘍株化細胞のスクリーニングによって、 この阻害薬の細胞効果を研究した。(An,SO)

急速な後退(A Hasty Retreat)

西南極区のパイン・アイランド氷河は、その床が海面より下にあり、 西南極区の大陸氷河の多くのように巨大な氷棚によって制約されて いないため、とりわけ後退の影響を受けやすいと考えられてきた。 Rignotは、パイン・アイランド氷河のヒンジ線の位置(氷河の潮流 による曲がりの限界を印付けるもの)が、1992年から1996年まで (データがカバーされている期間)、年1キロメートル以上の速度で 急速に後退していることを示す、衛星からのレーダーによる測定結 果を示している(p. 549;Kerrによるニュース記事参照のこと)。 この後退は、氷河の底が溶けるのを促進する温かい海水の流入に よって引き起こされているらしい。(KF)

早い段階での、距離という手がかり(Early Distance Cues)

皮質性の視覚処理の早期の段階では、方向や色などの視覚的刺激が 中心に扱われ、後の段階になると、視覚野における対象物の空間的 関係や対象物の同一性に関する情報が与えられ始める。Dobbinsた ちは、見る際の距離(すなわち対象物と観察者の身体の空間的関係) が、視覚野のもっとも早期に活動する部位V1のニューロンの活動に 与えている驚くべき影響を明らかにしている(p. 552; Barinagaに よるニュース記事参照のこと)。早期の段階での両眼からの入力の組 み合わせが両眼不同性の処理を可能にしていることは知られていた が、対象物の距離の影響は、単眼視の場合でも同様で、単眼での奥 行またはシーンの手がかりが重要らしいということを示している。 別の可能性としては、ニューロンは、対象物に対し、知覚された空 間内でのそれらの距離を優先して反応するよう調整されているかも 知れない、ということがある。(KF)

免疫受容体の反応の謎を解く (Unraveling Immune Receptor Responses)

免疫系の細胞がどのようにして、さまざまに異なった親和性をもつ リガンドに応答できるか、というのが2つの報告の主題である (Malissenによる展望記事参照のこと)。多鎖の抗原受容体は、リガ ンドに結合したとき細胞に対して信号を惹起するために、自分自身 の複合体にキナーゼを補充しないといけない。低親和性のリガンド は、高親和性のリガンドの情報伝達を途絶させることがあるが、そ の機構ははっきりしていない。Fc受容体系を用いて、Torigoeたち は、この抑制が同じ受容体に対する直接的な競合によるとは限らな いことを明らかにした(p. 568)。非-交差反応的低親和性リガンド の過剰によって受容体がクラスター形成され、高親和性リガンドに よってクラスター形成される受容体を排除するのである。このプロ セスは関連するキナーゼを効率的にまとめてしまうので、通常高親 和性のリガンドによって惹起される、より遠位の情報伝達イベント が進行できなくなるのである。この、イソップ物語にでてくる「か いば桶の中の犬」のような、自分では利用しない資源の"利己的な "囲い込みは、また、異なる親和性を有する抗原に対するT細胞受 容体への応答を説明するのを助けるかもしれない。T細胞上のab 抗原受容体には、2つの抗原結合性鎖と付加的なものあれこれ、 そしてさらにいくつかのサブ・ユニットがある。このサブ・ユニッ トには6つのチロシン・リン酸化部位がある。リン酸化の複数の形 態が検出されているわけだが、従来個々に検証できなかったため、 多様なリン酸化と活性状態の関係ははっきりしていない。 Neumeister Kershたちは、各リン酸化部位に対する抗血清を生 成し、チロシンが、ある部位によるリン酸化が、それ以外による 以前のリン酸化に依存するという、ある特定の順序でリン酸化さ れることを明らかにした(p. 572)。T細胞を完全に活性化しない ペプチド抗原というのは、順序の決まったリン酸化の系列を完了 することができないのである。このプロセスが、変化したペプチ ド・リガンドを呈示されたT細胞における機能の違いを導く情報 伝達の違いの原因かもしれない。(KF)

サルモネラに働かせる(Putting Salmonella to Work)

経口ワクチンの産生を促進するために、他の病原性生物由来の 遺伝子、または、ゲノムの「運び屋」遺伝子として、細胞内細 菌であるサルモネラ菌(Salmonella typhimorium)の弱毒性株 が開発されてきた。Russmannたち(p.565)は、細菌自身の特異 な分泌系であるIII 型システムを利用して、細胞障害性T細胞を 作ったが、これはマウスにおいて致死性ウイルス感染から防御し てくれる。このIII型分泌システムは、宿主細胞の細胞質中に 「ヒッチハイキング」するウイルスタンパク質が注入されること を保証する。このタンパク質は、次にプロセシングを受けて、 クラスI主要組織適合性分子に結合したペプチドとして、細胞表 面に運搬され、ここで細胞性免疫応答を刺激する。サルモネラ は、今や細胞障害性防御を作るための投与の容易なワクチンを つくり得る潜在力を持っている。(Ej,hE)

ビートル・マニア(Beetle-Mania)

甲虫目の昆虫(ビートル=Beetle)、すなわちカブトムシは、 全ての動植物類を通じてもっとも多様性のあるグループである。 このような多様性がなぜ生じたのかを説明するため、Farrel (p.555;およびMorellによるニュースストーリ)は、DNA配列 の組合せや形態学的特徴を利用して、植物を食するたくさんの 甲虫(草食昆虫群)のクレードが歴史的にどのように多様化を たどったかを示した。この方法によって一連の被子植物摂食の 起源が明らかになり、その各々が甲虫の多様性の劇的増加に結 び付いていることが分かった。このような種の拡散は、甲虫の 生活史の特徴が豊かになることと、顕花植物の多様性が発達す ることと結び付いた共進化モデルを支持している。(Ej,hE,Na)

情報伝達を抑制するウイルス (Viral Interference with Signaling)

多くのウィルス遺伝子が宿主のゲノムにおいて生ずると思われているが、 生じた後、ウィルスを増殖するために宿主を利用し、宿主に被害を与え ることが多い。Miskinたち(p 562)は、アフリカブタコレラウィルスの タンパク質A238Lがカルシニュリンの触媒作用のサブユニットに結合し、 免疫調節サイトカインの産生に重要である情報伝達経路を抑制できるこ とを発見した。この結果は、免疫応答におけるサイトカイン産生を制御 するタンパク質の相同遺伝子が哺乳類の細胞にあるかもしれないことを 示唆する。(An)

実際の存在比(Working Fractions)

典型的に言えば、自然における同位体の存在量は、その量に依存する --例えば、気相や液相の水における同位体の組成の違いとか、反応中 の水と酸素の同位体組成の違いは、これに関わる同位体の間の相対的 な量の違いに支配される。しかし、沢山の大気中の重要なトレースガ スの中には、酸素同位体で見ると、質量と独立した同位体の割合を示 しているものがある。この現象が理解されたならば、これは、これら のトレースガスが関与する発生源や反応を追跡するために利用するこ とが可能になるであろう。Roeckmannたち(p.544)は、大気中の重要 なオキシダントである一酸化炭素(CO)が、量に依存しない同位体の存 在量を示していることの証拠を提示した。実験測定によれば、この効 果の原因は、もう1つの重要トレースガスである水酸基との反応に関 連していることが推察される。(EJ,hE)

カタツムリに捕まる(Caught by the Snail)

イモガイの仲間の海洋カタツムリは強力な毒で餌を動けなくして捕ま える捕食性の動物である。これらの毒は、あるリガンド作動性又は電 位依存性のイオンチンネルに高い特異性を持つ物質で構成される。こ の物質は発見されてすぐ、数多くの受容体の分類や分析に必須の道具 となった。しかし、ある特定の受容体ファミリーである、セロトニン 受容体はこの有毒なカタツムリの攻撃を逃れているようである。とこ ろで、Englandたち(575)はセロトニン受容体もイモガイの毒のター ゲットであることの証拠を提示した。彼らは、セロトニン受容体のサ ブタイプである5-HT3受容体に選択的に結合するカタツムリの新しい 毒素について記述した。この知見は、この重要なイオンチャネル群の 理解を増加し、セロトニン受容体の機能障害から引き起こされる神経 系障害の治療に使われる新薬の発見に通じると期待される。(Na)

路線を作成(Laying down Tracks)

都市間の急行のように、成長中の脳におけるニューロンの結合は、 標的に着くために軸索が介在領域を渡ることによって、作成される。 CatalanoとShatz(p.559)は、視床皮質系結合の分析を用い、成長中 の軸索がサブプレートを通し、一時的な枝をサブプレートへ出すこと を見いだした。このサブプレートは軸索が標的に到達する途中に通る 領域である。通常は、最終標的との結合の方を選んで、この一時的な 結合が取り消される。この剪定プロセスは、シナプスの活性に依存し ている。(An)

遅い地震波上のホットスポット(Hot Spots over Slow Waves)

マントル内の対流は地球が冷却している徴候であり、プレートテクト ニクスの原動力であるが、深層の対流パターン全体の基本的形状につ いては未だ不確かである。ある一つのモデルでは、マントルの底に近 いところから熱い浮揚性のプルームがたちのぼり、ハワイのような、 火山性のホットスポットを生じていると考えられている。Williams たち(p.546)は、地表のホットスポットとマントルの底の、地震波の 速度が遅いことで予想される(マントルのこの領域は地震波による地 図化が完全には出来ていない)部分的に融解していると考えられてい る部分の空間的関係を調査した。地表のホットスポットの殆どは、マ ントル底部の地震波速度の遅い領域の近傍の上であり、プルームとの 関係が示唆される。(Na)

β-ケモカインMDCとHIV-1感染 (Beta-Chemokine MDC and HIV-1 Infection)

R.Palたち(October 24, のReport,p.695)は、マクロファージ起源 のケモカイン(MDC)は、ある系統のヒト免疫不全ウイルス-1型 (HIV-1)による血液細胞の感染を抑制することを発見した。彼らは、 β-ケモカインが1次T細胞によって作られるHIV-1特異性抑制活性 の主要な原因ではないかと推測している。B.Leeたちはこれにコメン トして、彼らの実験によれば、「もっと高濃度の「組換え型」MDC でも末梢血の単核細胞やマクロファージの,,,, HIV-1株による増殖性 感染を抑制しなかった」という。F.Arezana-Seisdedosたちはまた、 MDCは[コア受容体]CCR5やCXCR4-依存性HIV系に対して抑制的活性」 を示さないことを見つけた。これに応えて、A.L.DeVicoたちは、より 最近の実験から、「彼らの実験結果は他のグループの結果と一致する」 と述べている。そして、観察された「抗ウイルス性効果には、天然の MDC試料中のどんな分子が関与したのか?」問いかけている。彼らは いくつかの可能性を議論している。例えば、混入物による汚染、「潜 在性因子」や、MDCの「他のアイソフォーム」などの検討すべき問題 を。コメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/281/5376/487a(EJ,hE)
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