AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 22, 1998, Vol.280


ナノチューブ、切断されて反応準備整って (Nanotubes, cut and ready to react)

単一の壁面からなるカーボンナノチューブ (SWNTs Single-w all carbon nanotubes) は、ほとんど欠陥なしに作ることができるが、純度の上げ方 や加工方法の点から、それらの有用性は制限されている。 Liu たち(p.1253) は、SWNTの純度を上げる方法を報告 している。これによると、SWNTはカーボン紙に類似した 「bucky paper」(訳注)の材料となる。強い酸化力のある 酸(硫酸と硝酸の混合物のような)の中でこの材料を再懸濁さ せ、超音波処理を行なうと、チューブは数百ナノメートルの 長さに切断される。チューブの開いている端は反応性に富み、 誘導体化するのに用いることができる。チオール(メルカプタ ン)を含む官能基を切断されたナノチューブに付着させ、今度 はそれを金粒子に付着した。(Wt)
(訳注)buckyはよく知られているように、カーボンの球状分子であるが、 これは発見者Kroto, Smallyたちが、当時アメリカで著名であった建築家Richard Buckminster Fullerの作品であるドーム状建造物(1967, モントリオール博覧会でアメリカの展示館として作られたドーム状建築物で、 後フロリダのディズニーワールドに移築)にちなんで、 彼のニックネームbuckyに由来する名前をつけた。 日本では、この建築はそれほどポピュラーでないため、 彼の姓にちなむフラーレン(fullerene)、あるいは、 サッカーボール状球形分子、がよく使われる。(Hirai)

クローン子ウシ(Cloned calves)

Cibelliたち(p. 1256)は,3頭の全く同じ遺伝子組換え子ウシ をクローニングするために,胎生繊維芽細胞をドナーとして用 いてきた。この研究は,Wilmutと彼の共同研究者が提案した, 分化した細胞(differentiated cells)からクローン動物を作る ための幾つかのテクニックが,ウシに対して適用できるという 証明を表しているだけでなく,新たな技術の次元を加えた。発 生中の胚における迅速な細胞分裂に必要とされている血清飢餓 細胞を用いる必要がなかった。さらに,老化まじかのクローン 細胞を使うことができるということは,クローンを作る過程に よって,生命時計をリセットするかもしれないことを示してい る。(TO,SO)

リン酸化酵素とホスファターゼ対 (Kinase-phosphatase pairs)

2つの報告は、タンパク質リン酸化酵素とそれを失活する酵素 との関連を記述し、細胞の情報伝達経路を厳しく制御すること の重要性を強調している。T細胞における遺伝子発現の制御に Ca2+カルモジュリン依性リン酸化酵素IV(CaMKIV)が関与す る。Westphalたち(p. 1258)は、CaMKIVを脱リン酸化し、 失活する酵素であるタンパク質ホスファターゼ2A(PP2A)との 複合体においてCaMKIVが存在していることを報告している。 細胞において、PP2A活性の抑制は、CaMKIVのリン酸化を増 加し、CaMKIV仲介リン酸化に応答して制御されるレポータ遺 伝子の転写を増加する。著者は、刺激されたT細胞において、 Ca2+依存的に惹起された特定の遺伝子の転写が惹起後、細胞 内Ca2+濃度の持続的増加にもかかわらず、減少することを PP2A とCaMKIVとの関連によって説明できるかもしれないこ とを示唆している。Campsたち(p.1262)は、ERK2という分裂 促進因子活性化タンパク質(MAP)リン酸化酵素とERK2を特異的 に脱リン酸化し、失活する酵素であるMAPリン酸化酵素ホスファ ターゼ3との関連について報告している。この場合、ERK2のリン 酸化酵素活性に依存せずに ERK2の結合がホスファテーゼを活性 化する。ERKの変異体ショウジョウバエ同族体においてこのよう な相互作用がないため、MAPリン酸化酵素の情報伝達経路を経由 する過剰の情報伝達を起こす。Hafen(p 1212)は、このような ありそうもない対形式の意味を注釈で議論している。(An,SO)

補体断片構造(Complement fragment structure)

活性化前、B細胞は、結合する抗原が異物であることを確認しな ければならない。確認の信号は、B細胞の2型補体受容体(CR2) とC3dという補体の断片との結合によって受け取られているが、 C3dが補体カスケードによって病原微生物に析出される。B細胞 のCR2が同時に結合している間に、B細胞の抗原受容体が異物の 抗原に結合すれば、B細胞の活性化と生存のための強い信号が受 け取られる。Nagarたち(p. 1277)は、C3dのX線結晶構造を測定 した。構造は、2面をもつα-αバレルであり、一面は、CR2に 結合できる深い酸性ポケットをもち、もう一面は、チオエステル 結合によって断片が異物の表面に付着される反対側にあることを 決定した。(An,Nk)

特効薬の改良(Improving the wonder drug?)

世界中で最も広く使われている薬品であるアスピリンは、シクロ オキシゲナーゼ(COX)酵素をアセチル化し不可逆的に不活性にす ることで作用する。抗炎症作用のようなアスピリンの治療的効果 はCOX-2に対する作用を仲介し、潰瘍などの副作用はCOX-1に対 する作用を仲介する。Kalgutkarたちは(p.1268、p.1191の Pennisのニュース解説も参照)、試験管内と細胞培養アッセイの 両方でCOX-2を優先的にアセチル化し不活性化するアスピリンに 類似の化合物をデザインした。このデザイン戦略は、アスピリン に類似の副作用のない薬品を開発する可能性を持っている。(Na)

肺アレルギーとγδT細胞 (Lung allergies and gamma delta T cells)

アレルギー性喘息はアレルゲンの吸入によって始まる。卵白アル ブミンのタンパク質にアレルギーを持っているマウスモデルを 使って、γδT細胞の役割がテストされた。野生型マウスに比べて γδT細胞が遺伝的に欠乏しているマウスを使って、Zuany- Amorimたち(p.1265)は、感作プロセス期間中に、これらの細胞 がサイトカイン・インターロイキン -4(IL-4)を供給しているこ とを示した。IL-4は、肺において Tヘルパー2型(TH2)応答を確 立するために必須の成分である、応答の特徴の1つであるサイト カインを産生し、免疫グロブリンE(Ig,E)を分泌する炎症性細胞に よって肺が浸潤されるのである。TH2の方向に何らかの免疫応答 を押しやるためのIL-4を供給するのに関わっている細胞が何であ るかはよく分かっていないが、少なくともこの系においては、以 前はほとんど重要な役割に関与していないと思われていたγδT 細胞が容疑者であるように見える。(Ej,hE)

Wntの別々の方向(Wnt their separate ways)

Wnt3aとWnt7aの遺伝子は、同じWntファミリに分類されている が、それぞれが別の発生の役割をはたす。Wnt7aは、肢の背腹側 のパターン形成に関連し、Wnt3aは、ニワトリの肢発生のための 外胚葉性頂提に機能する。このように非常に関係しているWnt信 号が、同じ組織においてこれほど違う役割をどのようにはたすの か。Kengakuたち(p 127 4)は、Wnt7aがβカテニン/LEF1非依 存であり、Wnt3aがβカテニン/ LEF1依存であるように、この2 つの因子が異る情報伝達経路に関与していることを報告している。 (An)

Gタンパク質のターゲットの多様性 (G protein target diversity)

ホルモンや神経伝達物質などの細胞外信号を検出する多くの受容体は、 ヘテロ三量体のグアニン・ヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質) を活性化することで、細胞過程に影響を与える。活性化されたGタンパ ク質は解離し、αサブユニットとGβγサブユニット複合体の双方が、 ターゲットタンパク質すなわちエフェクターと相互作用し、それらを 調節する。こうした信号伝達の機構を研究しているいくつかの主要な 研究所が、Gβγサブユニットによって調節される多様な酵素および イオン・チャネルの制御を可能にする構造上の基盤を、一緒に探究す ることとなった。Fordたち(p.1271)は、Gβγサブユニットが構造的 に多様なターゲットを調節できる理由の一つは、ターゲットのタンパ ク質がGβγの異なったしかしオーバーラップする領域と相互作用し ているからだ、と報告している。さらに、エフェクターとGβγの相 互作用にとって決定的なアミノ酸の多くがまた、αサブユニットへの 結合にも関与しており、それによってヘテロ三量体の複合体における Gβγサブユニットの不活性が説明されるのである。(KF)

ヒストン脱アセチル化酵素の2番目のファミリー (Second family of Histone Deacetylases)

A. Lusserたち(4July p.88)は、「染色質結合の脱アセチル化酵素 HD2をコードするトウモロコシ相補DNA」を同定した。彼らは、酸 性核 小体のリンタンパク質HD2が、「リボソームの染色質構造と機 能を制御しているらしい」と述べている。L.AravindとE.V.Koonin は、配列分析によれば、HD2と「FKBP ペプチジル-プロリル・シス -トランス・イソメラーゼ(PPIases)と同定されている昆虫のタンパ ク質」、および、「トリパノソーマのRNA-結合タンパク質」は類似 していると述べている。更にこの配列を調べた結果、「新規な[ヒス トンの脱デアセチル化酵素]ファミリー(この中には植物や酵母、2 つの寄生虫apicomplexan(ピコンプレクサ門という原生動物に含ま れる門で、その中にはマラリア病原虫などが含まれる)からのタンパ ク質を含む)の特徴を有していた」。彼らは、このヒストンの脱ア セチル化酵素の新規なファミリーの実験的特徴づけは「真核生物の 遺伝子発現の制御に関する新たな研究方向を与えるかも知れない」 と述べている。これに応えて、M.Danglたち(Lusserと共同研究者) は、「核小体HD2と、他の調節タンパク質の複合体形成は、多分起 きると思われるが、まだ証明されている訳ではない」と記している。 彼らによれば、「HD2型のヒストン脱アセチル化酵素と、ある PPIasesは、共通の先祖から発展したというアイデアの方が好まし い」。彼らは、「ヒストン脱アセチル化酵素が構造的には異なり、 むしろ多岐のタンパク質ファミリーに属していると言う事実は、異 なった細胞機能にヒストンの脱アセチル化の果たす重要性を強調し ている」と結論づけている。このコメントの全文は、本文参照。 (Ej,hE,SO)

マントルの溶融についての深みのある研究 (In-depth study of mantle melting)

海洋の新しい地殻は、拡大しているリッジ(海嶺)において形成され、 地殻は沈み込み帯と海溝においてマントルに戻っている。いかにし て溶融物が形成され、いかにしてマントルから抽出され新しい海洋 地殻を形成するかは、不確かなままであった。あるモデルでは、リッ ジの軸直下の狭い領域において溶融は発生する。別のモデルでは、 溶融は広範囲に広がっており、リッジへの流れにより収束するので ある。溶融の広がりと深さを決定することは、いかにしてマントル が流れ、プレートテクトニクスを駆動するかを理解する上で最初に 解決すべき問題である。一連の報告は、MELT(マントル電磁気学と トモグラフィー Mantle Electromagnetic and Tomography)実 験と呼ばれる地球物理学的研究による最初の地震波に関する結果を 与えている。このMELT実験自身は、そもそもこの問題の解決を目 指していた(まず第一は、p.1215 の概括論文を参照のこと、また、 表紙も参照のこと)。 溶融物を含む領域はその密度が低いため、地 震波はその領域を含まない領域に比べゆっくりと進む。そして、そ れゆえ地震計は、その下の溶融状態を画像化するため、広大な東太 平洋海膨(East Pacific Rise)領域を横切って、海洋底上に設置さ れた。ここでは、太平洋(Pacific)およびナズカ(Nazca)プレートが 形成されており、溶融物の生成が想像されるところである。溶融領 域は広大である。差し渡し数百kmで、100km かそれ以上の深さま で広がっている。そして、東太平洋海膨(East Pacific Rise)の西 側は東側に比べて遠方まで広がっている。地震波の速度は、リッジ の軸に垂直な方向に対してもっとも速い。これはおそらくは、マン トル中の深部における鉱物が流れによって選択的に方向づけられて いることを示している。(Wt,Og,Nk)

微少電荷の検出(Detecting the slightest charges)

超伝導量子干渉素子(superconducting quantum interference devices: SQUIDs)は微小磁界の測定に革命を起こした。 Schoelkopfたちは(p.1238、p.1193のServiceのニュース解説も 参照)、高周波SQUIDの基礎をなす、共振タンク回路のダンピング (減衰)の変化を測定するという原理を応用して、磁束でなく電荷 を数量化した。彼らは、1つの電荷量の数分の一を測定できる高周 波単一電子トランジスターを作成した、しかも、他の非常に高感度 の電子測定器と異なり、非常に高い周波数(100GHz)でも測定可能 である。この装置の感度は、Planck定数の250倍に相当する。 (Na,Nk)

エウローパ上の水についての塩の手がかり (Salt clues to water on Europa)

人工衛星ガリレオからの最近のデータによって、木星の月の一つで あるエウローパの凍った表面は、地質学的に若く、広い範囲にわたっ て割れていて、海洋の上を覆っている可能性がある、ことを明らか にした。McCordたちは、ガリレオの分光計から得られた反射光の スペクトルを吟味した(p.1242; またKargelによる注釈 p. 1211参 照のこと)。水和された塩、おそらくは水和されたり硫酸マグネシウ ムあるいは炭酸ナトリウムが、エウローパ表面の割れ目に沿って広 く分布しており、これは、水が割れ目を通って噴き出してきた際に 生じた蒸発残留岩の堆積物を示しているのであろう。(KF)

ゆっくりしたストレスの解放(Slowly relieving stress)

地震波は、地震の震源地から、岩を伝わる音の速度で外側に向かって 伝播する。地震の影響を受けた岩の局所的変形によって引き起こされ るストレスのパルスは、地震波の速度よりはずっとゆっくりと伝わっ ていくが、これは地殻あるいはマントルの粘性に依存する。大陸型の 地震、とくに日本における地震、に関するいくつかの研究によれば、 (大地震の何年か後になっての)群発する地震は、それに先立つ大地 震によるストレスのパルスの到着と相関がある。Pollitzたちは、太 平洋プレートの北の境界沿いに起きた、1952年から1965年にかけて まとまって発生した一連の大地震によって引き起こされたストレスの パルスが起こしうる影響について検証した(p.1245; Kerrによるニュ ース記事 p. 1194 参照のこと)。彼らは、太平洋プレート内および北 米境界に沿って起きた群発地震は、このストレスのパルスの進行に よって増加した、と示唆している。彼らは、この相関を用いて、太平 洋プレートの海洋性マントルの粘性を見積もっている。(KF)

長期にわたる彗星のシャワー(A long comet shower)

始新世後期の期間,異常な量の地球圏外の物質が地球に降り注いだ。 そして,3560万年前に,2つの大きな衝突クレータが明らかにほと んど同時期に作られた。地球圏外物質のインプットの長期にわたる 記録を得るために,Farley たち(p.1250)は,地球圏外物質の塵の トレーサとなる,始新世の堆積岩の中のヘリウム3の量を調べた。 そのデータは,地球圏外物質の流れ(flux)は,2つの大きな衝突の 時期を中心とする250万年間の間で,増大していたことを示してい る。こうした出来事の全ては,オルト(Oort) 雲のイベントによって 引き起こされた長期にわたる彗星のシャワーから説明できるかもし れない。(TO,Nk,Tk)
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