AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 16, 1998, Vol.279


永遠に若く(Forever young)

染色体末端を覆うDNA配列であるテロメアを短縮することは、 細胞増殖を押さえる分子時計であると思われていた。Bodnar たち (p. 349; de Langeによるコメント参照,p. 334)は、通 常ではテロメラーゼを発現することはない培養ヒト細胞中に、 テロメアを合成する酵素であるテロメラーゼの触媒性のサブ ユニットを導入することによってこの仮説をテストした。 その結果、細胞は、核型の異常を伴わないで、顕著に寿命を 延ばした。正常なヒト細胞の寿命を延ばすことが出来ると言う ことは、基礎的な生物学的研究のみならず、医学においても 重要な応用となろう。(Ej,hE)

ミトコンドリアの移入 (Mitochondrial import)

細胞の動力源であるミトコンドリアの特徴は二重膜である。 内膜は、多スパン膜タンパク質の代謝産物担体タンパク質を 含んでいる。しかし、このタンパク質は、ミトコンドリアへ のターゲティング、またはミトコンドリア中のターゲティン グを仲介する同定されたシグナルペプチドを欠乏し、移入機 構が不明である。Koehlerたちは(p. 369)、ミトコンドリア の内膜に挿入する前に膜間腔を通って輸送される不溶性の担 体タンパク質に付添う一対のタンパク質を発見した。(An)

ドラッグデリバリを狙い(Homing in on drug_delivery)

癌の化学療法薬の重要な制限は、正常な組織に対する毒性で ある。従って、腫瘍細胞を標的とする化学療法薬デリバリの 新しい戦略が注目されている。Arapたち(p. 377, Barinaga による記事参考 p. 323)は、マウスモデルにおいて、このよ うな戦略、つまり静脈内注射時に腫瘍血管に選択的に誘導さ れるペプチドとドキソルビシンという化学療法薬との抱合、 を研究した。遊離型ドキソルビシンと比較すると、ヒト腫瘍 の異種移植片をもつマウスにおいて、抱合体は、効力がより 多く、毒性がより少なかった。(An)

複製遺伝子に隠されたもの(Hidden duplicate genes)

ピロリ菌(Helicobacter pylori)は、多くの潰瘍を引き起こす と考えられており、胃癌の早期の危険因子である。この病原菌 は、Lewis b(Leb)血液型抗原として知られる哺乳類にみられる 炭水化物複合体を介して胃のライニング(lining)と結合する。 Ilverたちはこのたび、受容体の活性に対する親和性タギングを 用いて、Lebと結合する病原性H. pylori株のタンパク質の遺伝 的特徴を明らかにし、クローン化し、検証した(p. 373)。彼ら が同定したadhesinは、複製された遺伝子のファミリーの一部 であり、H. pyloriのゲノム配列に関して公表されていたものの 中にはなかったものである。このことは、ゲノムの配列決定から の情報をより良いものにするには機能的なアプローチが必要であ ることを証明するものである。このadhesinの同定は、この病原 菌によるコロニー形成を防ぐワクチンの開発の可能性を開くもの である。(KF)

膝が時計を持っている(The knees have it)

ヒトの概日時計はおよそ24時間周期であるが、自然の明暗サイ クルに同調化した太陽日で同期されている。この同調化は網膜 に対する光の刺激により起きているとずっと考えられていた。 しかしCampbellたちは(p.396; p.333のOrenの注釈も参照)、 光が膝の裏側にあたることだけが温度とメラトニンによる内在 性概日リズムを同調化するという驚くべき知見を示唆した。 (Na)

ケモカインの上で止まる(Stops on a chemokine)

血液流中のリンパ球は多段階の接着プロセスを経て速度を落とし、 血管壁中を通り抜け、組織に入り込むことが出来る。標的とする 部位で産生されるケモカインは、強い接着系であるリンパ球の上 のインテグリンを活性化する信号として働いており、それによって 適当な位置で細胞が転がっていくのをとめるのかも知れないと思 われてきた。Campbell たち(p. 381) は、特定のケモカイン -MIP-3β, SDF-1α, および6-C-kine-canが流れるリンパ球を 減速させ、500ミリ秒以内にインテグリンの標的タンパク質に接 着させることを示した。また、もう一つのケモカインである MIP-3αは、記憶細胞としての特徴を有するT細胞に選択的に作 用するように見える。このように、特定の部位で産生される特定 のケモカインは、適当なT細胞を能動的に補充しているのかも知 れない。(Ej,hE,Kj)

膜融合とLTP(Membrane fusion and LTP)

長期増強(LTP)に伴って、特定シナプスが増強する現象は、 記憶が細胞に生じた相関現象であると思われてきた。 Lledo たち (p. 399)は、LTPに伴うシナプス後細胞の新し い役割について述べている。彼らは、膜融合を阻止する物 質によって負荷されたシナプス後細胞は、LTPをも阻止す るが、膜融合を促進する物質はシナプス伝達を促進するこ とを見つけた。(Ej,hE)

HIVを包み込む(Packaging HIV)

ヒト免疫不全症ウイルスゲノムをパッケージングする初期の 段階は、ゲノムRNAのステムループ構造とヌクレオカプシド タンパク質との相互作用である。 De Guzman たち(p. 384) は核磁気共鳴スペクトルを利用して、タンパク質ー核酸複合 体の構造を明らかにした。ほとんどのレトロウイルスに保存 されている2つのヌクレオキャプシドタンパク質の亜鉛のこ ぶは、各々ステムループのループ部分中のグアニン塩基をカ ルボニルとアミドによる骨格官能基で取り巻い ており、 これは側鎖官能基によるものではない。この構造によって、 水素結合によるヌクレオチドの特異的認識を可能にしている。 (Ej,hE,Kj,SO)

インフルエンザの前線の前へ (Trying to stay ahead of influenza)

インフルエンザの新しいウイルス株は、ヒトのウィルスと動物 のウィルスとの遺伝子交換によって発生するので、新しいウイ ルス株の発生の観察はインフルエンザの監視に重要である。 Subbaraoたち(p. 393; Vogelによる記事参考, p. 324)は、 香港の子供の死亡を起こしたと思われているインフルエンザ ウイルス株の分子分析の結果を発表している。このトリのA型 ウィルスには、病原性の高いウイルス株の特徴である切断部位 を含む赤血球凝集素があった。この例が、新しい流行病発生の 初期段階であるかどうかはまだわかっていない。(An)

硝酸塩の在処を知っている(Knows its nitrates)

植物の根の構造は一般的な発生プログラムに基づいて形成されるが、 その最終的な形状は、根の先が伸びながら探知した環境情報に応答 する結果として形成され、有用な栄養物の溜まり場に伸びていく。 Zhangと Forde(p. 407)は、局所的に高濃度化した硝酸塩に応答し て誘発されたシロイヌナズナ(Arabidopsis)からの推定転写制御因 子であるANR1をクローン化した。ANR1は外側根の成長応答を、 局所環境からの硝酸塩シグナルに仲介している。(Ej,hE)

てんかんとカリウム(Epilepsy and potassium)

良性家族性新生児痙攣(Benign familial neonatal convulsions) は染色体8と染色体20に関連する先天性新生児ヒトてんかんである。 Biervertら(p. 403)は,この病気の有力な原因として,第20染色体 上のカリウムチャンネル遺伝子の欠損を見つけ出した。カルボキシ末 端が大きく切断されることによって変異体チャンネルの機能が働かな くなり、そのために刺激を受けたニューロンのカリウム依存性の再分 極が妨害されるのであろう(TO,hE,SO)

受容体とHIV耐性(Receptors and HIV resistance)

ヒト免疫不全症ウィルス(HIV)補助受容体をコードする遺伝子の 変種である,CCR5 とCCR2はAIDSへの進行の度合いを遅らせる ことに関係しているとされてきた。Winklerたち(p.389; Balter によるニュースストーリー参照, p.327)は,CXCR4補助受容体, SDF-1に対するリガンドの 3'非翻訳領域の保存された部分において, 多型性を同定した。SDF-1は,ホモ接合性(homozygously)に 起こったときに,AIDSの発病を遅らせる。SDF-1はCXCR4を下方 制御し、そして進行中におこるHIVの向性の変化 (changes in tropism of HIV)に関与している可能性がある。 この変異種はごく少数の人たちだけから見つかるのだか,その保護は, 以前に見つかったCCR5やCCR2の対立遺伝子が示す保護よりも,2倍 も強い.このようなエイズ進行への天然の耐性の基礎を分析すること により,薬物療法学上重要なターゲットになる遺伝子を見つけること ができる。(TO)

誤りに打ち勝って(Overcoming error)

量子論的な計算手法は、現在の方法よりも計算実行上強力な 方法として提案されてきた。干渉可能な量子状態はいずれ 「もつれた」状態になってしまうのであるが、その時間的な 進化は基本的な演算に対応している。しかしながら、困難な ことの一つは実際の計算を行なうデバイスは環境と相互作用 して量子状態の干渉性の喪失に至ることである。Knillたち (p.342) は、誤りが十分小さい限りでは、いかにすれば干渉 性の喪失と演算の誤りが入り込むことを乗り越えることがで きるかを示している。(Wt)

スピンギャップの崩壊(Collapsing spin gap)

格子状の超伝導化合物(たとえば Sr2Ca12Cu24O41)は、CuO2 の 層状構造ではなく孤立した、CuO2 の鎖とCu2O3"格子"を有してい る。後者は酸素原子によってつなぎ合わされた一対の CuO2鎖であ る。Mayaffreたち(p.345) は、輸送測定と銅63の核磁気共鳴の測 定をを与えている。これらの結果は、十分な高圧下(29kbar)におい ては、正規状態はもはやスピンギャップを示さない(すなわち、一重 項のスピン状態から三重項状態へ遷移させるのにエネルギーを必要 とはしない)ことを示している。この崩壊は、高温超伝導状態の開始 に対応している。(Wt)

スピードアップする(Speeding up)

分子における電荷密度分布は、分子の反応性のような特徴を 決定するものである。この反応性は、今度は分子設計に対し て重要となる。しかしながら、電荷密度分布の実験的な決定 は高精度なX線回折データが必要となり、そして一つのアミ ノ酸のような小さな分子でさえ通常の方法で正確なデータを 用意するには六週間もかかる。Koritsnszky たち(p.356) は、二次元検出器とシンクロトロン放射を用いることにより、 同等のデータが一日で集められることを示している。領域検 出器による電荷密度決定は、伝統的方法では主に反射回数 (すなわち、反射面の数=分子サイズ)による制限を受けているが、 将来はこの制限を次第に受けなくなる可能性がある。そして、 むしろ結晶の大きさと品質によって制限されるようになるで あろう。(Wt,Tk)

形づくる(Getting in shape)

シリコンの(001)面上へゲルマニウムを成長させることで ナノ結晶の形成を生じさせることが知られている。 Medeiros-Ribeiroたちは(p.353)、そのような構造を 600°Cで物理的な蒸着により成長させ、底面が四角で6nm の高さの小さいピラミッドとおよそ15nmの高さのもう少し 大きな多数の微小面よりなるドーム状面の2つの構造のみが 形成されたことを発見した。彼らはより多くののゲルマニウム を析出するにつれ、形態学的な急激な変化を説明できる熱力学 的モデルを提示した。(Na,Tk)

南アメリカを持ち上げる(Raising South America)

南アメリカの下への海洋プレートの年におよそ75ミリメートル の割りでの沈み込み(subduction)が、世界でもっとも高い火山 弧であるアンデスやいくつかの大きな断層が南アメリカの東部に 生まれたことの原因となっている。Norabuenaたちは、何回か の衛星からの測地測量を行なうことで、その収縮の結果生じた 変形が大陸全体にわたってどう分布しているか測定した (p. 358;表紙参照のこと)。そのデータは、収斂の割合のおよそ 半分がプレート境界に蓄積していることを意味している。年に およそ10から15ミリメートルが、東方の衝上断層に沿って蓄積 され、その他は地震を伴わないで生じているらしい。(KF,Nk,Og)

生命は存在せず?(Lack of life?)

火星のいん石ALH84001が、火星上の生命活動の証拠を 含んでいる可能性には、未だに議論の余地がある。2つの 報告が、地球上の成分の混入で炭素質の物質の由来を説明 できるかどうかを決定するために、ALH84001から採った 少量のサンプルに含まれている炭酸塩鉱物と有機炭素 成分の研究に焦点を当てている。Jullたちは、段階的加熱実 験によって抽出された炭素-14と炭素-13の量を測定した (p. 366)。彼らは、炭素-14が多く含まれた物質からなる大 量の成分が摂氏200度から400度の間の低温度で燃やされて いたことを発見したが、これはおそらく地球上の成分の混入 を示唆すものである。炭素-14が少ない物質からなる少量の成 分が400度から600度の間で燃やされていたが、こちらは おそらく地球外の物質であろう。Badaたちは、液体クロマト グラフィを用いて、ALH84001に含まれるアミノ酸の組成と キラリティを測定し、測定したアミノ酸のごく一部は内在性 のものであるが、大半はおそらく地球上の物質の混入を示し ていることを発見した(p. 362)。彼らは、地球上の物質の混 入は、いん石が最大13,000年間南極大陸に存在していた間に それに滲みこんだ水によってなされた、という説を提案して いる。水による浸出によって、アミノ酸が濃縮し、維持された その仕組みは不明のままであるので、ALH84001に含まれる 炭素質の物質の一部の起源は、未だに決定されていない。(KF,Tk)

記憶と抑制(Memory and inhibition)

多くの生物学的システムの制御は、ポジティブにもネガティブ にも行われている。たとえば腫瘍の形成は、活動的なガン遺伝 子の発現によって起きることもあるが、腫瘍のサプレッサー遺 伝子が失われることによって起こることもあるのである。 Abelたちは、レビュー論文で、記憶の形成にはポジティブな 制御因子の活性化だけでなく、阻害因子の除去が必要となるあ りさまと、正常な長期記憶の形成にこれら二つの効果のバランス がどう関与しているかを論じている(p. 338)。(KF)
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