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2019.06.20
過去と決別し、リコーを「再起動」する。2017年度から始まった新中期経営計画において、山下良則新社長はこう宣言した。
将来を見据えて足腰と実行力を鍛え、聖域ない構造改革を断行して一定のめどをつけ、去る2月6日、同社の成長戦略を発表した。
次年度から2019年度までをスコープにした本戦略のテーマは「挑戦」。その名の通り、全社一丸となって高い目標に挑む。
戦略を策定するうえで、中心に据えたのはSDGs*だ。そこには「SDGsの達成に貢献しない事業はたとえ高収益でも市場から評価されず、退場を余儀なくされる…」という山下の確信がある。リコーはSDGsの達成に貢献する領域として、5つのマテリアリティ(図①)を設定しており、これを着実に実践していく。そしてもう一つ、山下が意識する世の中のトレンドが、働き方に留まらない、生き方や価値観の個人化の進展。つまりパーソナライゼーションだ。今回の成長戦略は、企業への「社会課題解決の要請」、さらに「パーソナライゼーションの加速」という二つの社会的潮流から導き出された。
図① リコーが取り組む5つのマテリアリティとSDGs。*SDGs:Sustainable Development Goals (持続可能な開発⽬標) 貧困や飢餓、健康や安全衛⽣、経済発展、環境課題など、17の⽬標と169のターゲットに全世界が取り組むことによって、『誰も取り残されない』社会を2030年までに実現することを⽬指す。2015年9⽉の国連サミットで採択。
図②が「リコーの挑戦」で掲げた、成長戦略の構造だ。コアとなるオフィスプリンティングの事業をしっかりと磨き上げるのが成長戦略0。RPA(ロボットによる業務自動化)を活用するなどオペレーションエクセレンスを追求する一方、複合機というデバイスそのものを進化させ、顧客基盤を固めることがリコーの強みの源泉となる。コア事業で培ったプリンティング技術を強みとして、市場を拡げていくのが成長戦略1。そして、上述の顧客基盤に、新たな価値を提供していくのが、成長戦略2である。
図② 成長戦略(リコーの挑戦)
まず成長戦略1として掲げたのが、プリンティング技術による産業革新への挑戦だ。衣料や建材などの印刷は、版を使って大量生産するアナログのプロセスが主流だ。一方で、商品デザインにはトレンドや季節性があり、また消費者の嗜好の多様化も進む。流通過程の在庫が膨らみ、売れ残りによる商品廃棄が大量に発生する原因ともなる。リコーは、このアナログプロセスのデジタル化を仕掛け、ほしいものをほしい分だけ印刷(生産)する、いわゆる「オンデマンド印刷」を実現する。これにより、廃棄量を大幅に減らすだけではない。商品デザインの自由度が増し、消費者により多くの選択肢を提供できるようになるのだ。プリンティング技術は、先ほど説明した二つの社会的潮流、「社会課題解決の要請」と「パーソナライゼーションの加速」を同時に満たす可能性を秘めている、と山下が考える理由はここにある。さらに、“表示する印刷”は、“機能する印刷”へと進化する。インクジェット技術を用い、インクの代わりに特殊な樹脂を積層させ成形するのが3Dプリンターだ。金型の製作を必要としていた生産工程は、これによりリードタイムが劇的に短縮される。この技術をさらに進化させ、人体の細胞を生きたまま積層させて、人体組織を再現することも可能となった。創薬や再生医療などの様々な分野での応用が期待される。
成長戦略2では、オフィスを中心とした全世界140万社の顧客基盤に、新たな価値を提供していく。リコーの販売・サービスネットワークは世界約200ヵ国をカバーし、お客様先には440万台の機器が設置されている。これらの機器の安定稼働のために、約11,000人のエンジニアがお客様に密着してサポートする。すでにリコーの主力商品である複合機を活用したお客様のワークフローソリューションや、リコー ユニファイドコミュニケーションシステム(RICOH UCS)、インタラクティブホワイトボード(IWB)を加えたコミュニケーションソリューションなどは、お客様に高い評価を頂いている。大手旅行代理店様では、店舗にRICOH UCSを使ったブースを設置。来店されるお客様と、同社の離れたオフィスに控える地域別の専門家とが、リアルタイムで繋がる。お客様と会話をしながら細かな要望をすくい上げ、これに応えながら受注につなげる。このソリューションは、窓口業務をもつ金融業や地方自治体への活用が見込まれる。リコーのデバイスが相互につながり、エッジデバイスとして、目や耳の働きを担う。そして、そこから集まるデータが価値を生む。リコーがその先に描く姿が、B2Bのプラットフォームビジネスだ。B2Bプラットフォームを成立させるうえで、図③の4つの要素はどれも欠かすことができない。
図③ B2Bのオープンなプラットフォーム
エッジデバイスには、リコーの画像処理技術、センシング技術が埋め込まれ、データを取り込む役割を担う。測距機能に優れ、車載用として活用されているステレオカメラや、全天球動画の撮影が可能なRICOH THETAなど、多彩なデバイスを揃える。アプリケーション、ソリューションは、パートナー企業にアプリケーションプログラミングインターフェース(API)を開放して、価値を作り込んでいく。キーワードは「オープン」だ。ここでもリコーの顧客基盤が、パートナーにとっての魅力となる。プラットフォームは、すでに事業ユニットごとに構築されており、データを蓄積する準備もできている。これらをつなぐことで、テキスト、画像、音声、映像などのデータをシームレスに活用できる。最後に、もっとも重要なのが、リコーが誇る顧客接点とサポートだ。これが、お客様やパートナーにとっての安心感を生む。
さらに、新たな可能性への挑戦として、将来の成長のための事業の芽を育むことも忘れてはならない。山下が、ここでも強く意識するのは、社会課題の解決に貢献する事業を育てることだ。この方面では、てんかんやアルツハイマーなどの早期発見を可能にする脳磁計事業、慢性的なヒト不足にある介護人材の負担を減らすベッドセンサー事業、さらに脱炭素社会の実現に向けた環境・エネルギー技術の事業化を目指す。
リコーは、これらの取り組みによる新しい提供価値をEMPOWERING DIGITAL WORKPLACESと定めた(図④)。
図④ EMPOWERING DIGITAL WORKPLACES
リコーは、「“はたらく”をよりスマートに」に徹底的にこだわりながら、プリンティング技術の可能性を拡げていく。リコーの創業者 市村清は、既存の枠にとらわれない発想で多くのイノベーションを生み出し、今日のリコーグループの礎を築いた。このDNAは、今なおリコーグループに強く根付いている。社会の役に立てば、儲けようとしなくても儲かるのだ、という市村の言葉の通り、事業活動を通じて社会へのお役立ちを実践する。